表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
三章「魔の饗宴」
32/44

神々の独白

話自体は余り進まないです。

 ところどころに綺麗な直方体の箱が積み重ねられているだけで、他には驚くほど物がなく、広さばかりが目立つ部屋の中で。

 その箱を思い思いに設置してその上に腰掛ける男女が五人。


 五人の中で最も高く箱を積み上げ、その上に腰掛けた青年がいた。

 整えられた黒髪にスラリとした体に、精悍ながらも柔和さも持ち合わせた顔立ちの青年が、おもむろに語りだす。


「俺が思うに、いつでも時代の流れを変え得るのは、平均能力の高い集団ではなく、突出した個の存在だ」


 あまりにも脈絡のなさ過ぎる語り出しに対して、他の四人は戸惑いを覚える事もなく、ただ同調するように頷くのみ。

 そんな聴衆に気を良くしたのか、青年はさらに続ける。


「反重力を例に取ってみようか。この技術は二十六世紀初頭にとある科学者によって実現された。その瞬間は後の時代の科学の流れを大きく変えた、転換期と言っても良い。

 ところがその当時の時点における研究の進展度合いと、二十一世紀における研究の進展度合いには、実際のところ大した差がない。およそ五百年の間、多数の科学者が協力して研究して成果が得られなかったものを、ただ一人が数十年程度で成し遂げたわけだ」


 何が可笑しいのか、青年はそこで忍び笑いを漏らす。まるで当時の他の人間の無知さ加減が馬鹿らしくて仕方がないとでも言いたそうに。


「これはほんの一例に過ぎない。これ以外にも、VR技術や短距離テレポート、完全無害のスーパークリーンエネルギー源に星間移動など、個人によって実現された歴史的快挙というのは多数ある。さらに歴史を紐解けば、科学とはまた別だが、織田信長や卑弥呼、アレクサンダー大王にナポレオン、ベートーベンにモーツァルト。様々な分野において突出した個の存在が発展を齎してきた。考えようによっては、皆で仲良しこよしで頑張る事よりも突出した個が他の大多数を牽引する事こそが人として―――ひいては生物として正しい在り方だとも言える」

「噛み砕いて言うなら、民主主義や合議制よりも、絶対王政や封建社会の方が正しいって事ね」


 合いの手を入れるのは、色褪せたブロンドヘアの女性。下ろし立てのように皺一つない白衣を身につけ、箱に腰掛けて頬杖をつくその女性は、青年の話が興味深くて堪らないという顔をしていた。


「王や貴族が突出した個であるという前提条件が必要になるが、そういう事になる。だが同時に、その前提条件が満たされていたところで、その正しい事が行われても決して正しい結果に繋がる事はないだろう。

 突出した個というのは、常にさらに突出した個に捻じ伏せられる運命にある。貴族は王に、小国の王は大国の王にそれぞれ逆らう事ができない。俺たちのように互いを認め合い肩を並べるのならば話は別だが、そうでなければ同じ突出した個同士で妬み合い、争い、勝者と敗者に分かれるのが常だ。突出した個がどれほど他の愚者を率いて発展を齎そうとも、最終的には潰し合って終わる」

「そういえば、どこぞの偉人が言っていた言葉があったね。民主主義は人間には上等過ぎると」


 五人の中では最も外見年齢の高い、大柄な体を持った男が口にした発言がツボに入ったのか、青年がクハッと笑う。


「中々言い得て妙だ。人間には喜怒哀楽という感情があり、また本質的に平等などあり得ない。容姿の良し悪しがあり、才能の有無があり、また同じ分野においても様々な形で上下関係がある。それを人間は恨み、妬み、また反発するようにできている。そんな者たちに皆平等ですなんて事などできはしない」

「そんな事が実現するとするならば、意見が早々分かれる事のない少数グループの中に置いてだけだろうね。まあその少数グループの中であっても上下関係ができ上がる事が間々あるのだから、人間というのは度し難いが」

「でも私たちの中に上下関係なんてものは実質ないでしょ? けいが一番若いから世間が一番矢面に出して勝手にリーダー扱いした事はあったけど、別に蛍はリーダーでもなければ、私たちの中にリーダーなんてものもないし」

「まあ俺たちの場合、嫉妬やら何やらが来るよりも先に、互いに認め敬意を払い合う事が先に来ているというのがあるからな。というか、俺たちからすれば自分以外の奴らは対等な話のできる唯一の間柄だろう? そんなやつ相手に、万が一対抗心を抱くことはあっても、嫉妬を抱くことはあり得ないだろう」

「確かに、本質的に自分と相手とが対等だって、話してて分かるからねえ。嫉妬のしようがない」


 納得がいったと、ブロンドヘアの女性はしきりに頷く。


「だがそれでも、やはり俺たちは少数派なのさ。客観的に語れば今しがた俺が口にした事の通りになるべきだが、実際にはそうならない。対等であっても大抵は優劣を競って、上下関係というものを決めたがる」

「なるほどね。なら僕たちは、そうなるべき流れに従っただけとも言えるね」

「そんな流れがあるかどうかは知らないけど、成るべきように成らないのが、人間の愚かさと言ったところね」


 残るもう一人の女性も同調する。その言葉に含まれているのは侮蔑というよりも、呆れが多分に混じっていた。


「そしてこれは、ニューアースにおいても同様だ。特にモンスター側なんて分かりやすい。通常のモンスターは魔人に、魔人は魔王に、魔王は魔神に、それぞれ逆らえない。さらには同じ存在同士であっても、序列というものを決めたがる」

「それも力によってね」

「そうだ。最も原始的で、最も手っ取り早い手段だ。これを野蛮だと言う事は簡単だが、同時に全くの的外れな言葉だ。

 人間だけに限らず、生物の本質は野蛮で残酷なものだ。ある程度知性のある生物はそれを理性だの道徳だので塗り潰して隠しているが、一皮剥いてしまえば皆同じだ。世の中どう言い繕うが、弱肉強食が唯一絶対の真理だ。食う物を確保するために他の個体を出し抜き、捕食者に襲われた時には群れの最も弱い個体を囮にして逃げる。捕食者なんて言うまでもなく、食うために命を奪う。

 人間なんてもっと酷い。生かさず殺さず、鎖に繋いで糧を得るために搾り取る。自然界の捕食の関係よりも遥かに残酷だ。それを色々と言葉で装飾しているが、そうしたものこそが野蛮さの象徴だ。

 モンスター共はそれが極端に分かり易くなっているだけで、やっている事は他の連中と何一つ変わりはしねえ。強者はより強い者に、理不尽はより大きな理不尽に蹂躙され淘汰される。それだけの事だ」


 青年が立ち上がり、指を鳴らす。虚空にスクリーンが生じ、積み上げられた箱が崩れて青年が転落する。


「あっ、首の骨が折れた」


 青年は頭から落下し、首が曲がってはいけない方向に曲がっていた。そんな青年を誰も気に掛ける様子はなく、現れたスクリーンに四人は注目していた。


 スクリーンに映っていたのは、戦い命を奪い合おうとする二人。

 片方は黒髪の青年で、顔立ちには今しがた転落した青年に似通った部分が見受けられていた。

 もう片方は銀髪のオールバックに中世の貴族のような格好をした男で、口元からは鋭い犬歯が覗いていた。


「さて、今この画面に映った戦っている者の片方は魔王だ。『澱みの森』に存在する三体の魔王のうちの一体で、二番目の序列に位置する。吸血鬼という高いポテンシャルを持つ種族であり、『澱みの森』においては紛れもない突出した個だ。おそらくは単身で軍団を蹂躙でき、国を滅ぼすことも可能だろう。人間にとっては多大な犠牲無しに抗うことはできない、圧倒的理不尽な存在だ」


 転落して首の骨が折れたはずの青年が、いつの間にか何事もなかったかのようにケロリとした表情で立ち上がり、説明を始めた。


「対するは我が愛すべき弟であり、ニューアースにおいては『堕ち神』と呼ばれている秀哉だ。こちらもまた紛れもない突出した個であり、本人の意思はともかく、その気になればやはり軍団を蹂躙でき、国を滅ぼせる存在だ。

 ここで問題だ。どちらもできる事は変わらない、同じ突出した個同士。勝つのはどっちだ?」

「秀哉だね」

「秀哉よ」

「秀哉君だね」

「……言うまでもない」


 誰一人として意見が割れる事の無い、満場一致の回答。問題を出した青年自身も、その回答に不満があるようには見受けられなかった。


「併せてどうしてか聞いてもいいか?」

「簡単な事だよ。生きた歳月、積んできた経験、そして何より彼らのスペックを表す数値。そのどれにおいても秀哉君の方が圧倒的に上で、どうあがいてもその差は埋めることは到底叶わないからだ。挙げようと思えば他にもいくらでも要因なんて挙げられるけど、大まかなものはこんなものかな。他の者も僕と大体同じ意見だと思うけど?」

「異議はないわね」


 四人とも同意を示すように頷く。


「さっき蛍が言ったように、その理不尽な存在だった吸血鬼も、秀哉というさらなる理不尽によって蹂躙され淘汰される事になるわけだね」

「因果応報とも言うがな。元々こいつらがニューアースでやっている『大侵攻』と呼ばれている行為は、俺たちにとっては不都合な代物だった。いや、不都合というほどでもないか。『大侵攻』という行為自体に問題はないが、それが齎す結果は俺たちにとって不愉快なものだ。

 だが俺たちはそれを阻止するように、直接秀哉に命じたことはない。あくまで最終判断はあいつの自由意志に任せているし、さらに言えばどうすれば良いのかという具体的な方針も示してはいない。余り派手に干渉しすぎるとエストのマヌケに感付かれるというのもあるが、それを抜きにしても俺たちは示したりはしなかった。つまり、秀哉との交戦は連中にとっては避けられた訳だ」

「だけど、現実には交戦している。それもたった今。閉鎖空間にあった箱庭ならばともかく、秀哉君の性格等を鑑みれば、彼が自主的に交戦しようとする事はなかった筈なのにだ。

 この結果を招いたのは、一から十まで全てそこの吸血鬼自身だ。エストがこの事を後に確認したとしても、僕たちが関与していると感付ける可能性は限りなく薄いだろうね」

「まさしく因果応報って事よね」


 哀れむように、あるいは愚かだと嘲るように、彼らはスクリーンに投影されている者たちの片割れを笑う。


「向こう側からすれば、秀哉が自分を殺そうとする理由は理不尽極まりないだろうね。根本的な価値観が違う。何故秀哉が襲ってくるのか、理解することすらできないだろう。

 だが理不尽というものは、得てしてそういうものだ。当人からすれば予想だにしない所から襲い掛かってきて、好きなだけ蹂躙して去っていく。グラヴァディガに住む人間からすれば、それが『澱みの森』の魔族共がまさにそれで、その魔族からすれば、秀哉がそれだったという事だ。

 結局、連中が外法を使った事が運の尽きだったという訳だ」

「同じような事はエスト共にも言えるわね。あいつらが何をしようとも基本的に私たちは不干渉を貫くつもりだったけど、不愉快に感じちゃったから先手を打つ事にした。

 別にあいつらがどう足掻こうとも、私たちに対しては全て無意味でしかない。ちょっと指を動かせば全部パーになる。でもそうはしないであえて秀哉を送り込んだのは、きちんとあいつらにも分かるように思い知らせてやろうっていう、しょうもない理由によるもの。向こうからすればふざけるなって言いたくなるものだろうね」

「それで良いんだよ。エストという理不尽は、更なる理不尽である秀哉に蹂躙され淘汰される。それが俺たちにとって最も望ましい結果だ」

「もし秀哉が失敗したら?」

「その時はその時だ。所詮これも余興に過ぎない。お前も言ったとおり俺たちがその気になればいつだって解決できる事案だ。でもそうしないのは、お前が言った理由もそうだが、秀哉に対するご褒美的な要素も含んでいるというのもあるからだ。あいつに死なれるのは困るから、さすがにいざという時は直前で介入するが―――まあその心配もないと思うぞ? きちんと段取りもしてあるんだからな」

「そうなる事を願っているとも。それでもいざという時が来た場合、その時は是非とも僕に任せて欲しいね」

「馬鹿言わないで。私がやるわ」

「メロナこそ弁えなさい。あたしがやるわ」

「お前ら、一応言っておくが秀哉は俺の弟なんだが?」


 笑いあう。面白い戯れ言を聞いたと言わんばかりに。

 否、実際彼らにとっては戯れ言なのだろう。今までの会話も、彼らの関知するところで起きる出来事全ても。


 彼らは五人は、紛れもない―――神なのだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ