表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
三章「魔の饗宴」
31/44

魔人討滅

 魔人が拳を握り、イレーゼたちが身構える。

 刃物同士が擦れ合う音が響き、エリンズが頭部に拳を受けて後頭部から地面に倒れる。

 エリンズが地面に倒れきる頃には既にその場に魔人の姿はなく、エミリーが側頭部に裏拳を受けて吹き飛ぶ。


「ぬあっ!?」


 イレーゼが魔人の攻撃を回避できたのは、幸運以外の何物でもない。

 確かにステータスはイレーゼの方が先の二人よりも高いが、魔人の攻撃に反応すら許されなかったのは彼女もまた同じであり、それでも攻撃を回避できたのは、彼女が【野生の勘】を持っていたからに他ならない。


「速すぎ……ッ!?」


 己の勘に従ってその場から飛び退き、着ている服に四筋の切れ込みが入れられ、その下の皮膚を一枚斬られる。

 形状が変わろうともその刃に宿るスキルは健在であり、例え『魔剣ダイラック』の刃を受け切った防刃性を誇る衣類であっても、ただの布切れと同じだった。


(落ち着け……)


 距離を取って、自分に言い聞かせる。


(さっきよりも格段に速かったから驚いて眼で追い切れなかっただけで、実際はそこまで速くない。シュウポンの方が速い。よく見れば……追える!)


 再び魔人が動き出すが、今度は視界の端に捉えることができた。

 その動きを予測し、自分の元に到達するタイミングを計り、掌底を放つ。手に重い手応え。


「かてぇ……!」


 掌底が装甲を打ち抜く事は叶わず、僅かにその表面を歪ませたのみ。

 しかしイレーゼが放った掌底は【臥震掌鍛】。衝撃を相手の内部に浸透させて一瞬だけその行動の自由を奪う。

 その隙に続けざまにイレーゼは蹴りを二発打ち込む。勿論最初の【臥震掌鍛】も、今の蹴りも、同様に打ち込んだ際に【質量の枷(グルゲスタ)】を掛けている。


「これで、さっきと同じ動きは無理だ!」


 さらに追撃の拳を振るうが、魔人はそれを体を傾けるだけで容易く回避。続く顔を狙った回し蹴りも、腕を間に挟んでガード。反対の腕で貫き手を放つ。イレーゼも体を傾ける事で、頬を掠めながらも回避。さらに拳と蹴りを放つ。魔人もそれを回避し、受け止め、お返しの攻撃を放つ。

 両者の応酬は瞬く間に泥沼の模様となる。互いに振るった拳は百をすぐに超え、尚も攻撃の応酬速度は上がっていく。


 一見すると両者は互角に見えるが、よく観察してみると、イレーゼがやや押している。最初に両者が激突した位置よりも大分魔人側に移動しており、それは即ちイレーゼの攻撃の勢いに押されて魔人が後退しているという事である。

 確かに魔人はイレーゼよりもステータスは高いが、両者が組み合う距離ではそのステータスも十全には発揮されない。ましてや近接の格闘戦闘はイレーゼの土俵である。彼女の持つ【体術A】はそのステータスの差を覆して有り余る。

 さらにはイレーゼの攻撃が当たる度に【質量の枷(グルゲスタ)】の魔法により装甲の質量は増し、その分魔人の動きは鈍る。重量の増した装甲の部位を剥離させれば問題は解決するだろうが、その隙をイレーゼは与えない。

 だが一方で、厚さを増した装甲を前にイレーゼは打ち抜ききる事ができず、決定打に欠いた状態にある。質量を増大させて放たれた拳も蹴りも、表面を歪ませるだけに留まっている。状況はイレーゼに有利な状態にありながら、押し切れていない最たる理由がそれだった。


 その膠着状態が動いたのは、さらに互いに百を打ち合った時だった。

 イレーゼの蹴りを受けて魔人が、後退する際に足を強く下ろして地面を踏み割り、宙に浮いた連接剣の柄をその手に握る。

 イレーゼが打ち合いに夢中になって、魔人が後退する先に何があるのかの確認を怠った事を悔やむ隙すら与えずに、連接剣を伸長。それでも初撃の刺突は辛うじて回避できたが、軌道を変えて腕に巻き付く事は防げなかった。


 咄嗟に伸びた剣片同士を繋ぐワイヤーを掴む事で引き絞る事を防ぐも、両手の塞がった彼女に対して魔人が空いた手を持ち上げる。

 持ち上げられた手刀の形を作り、イレーゼ目掛けて振り下ろされる―――直前で手は見当違いの方向に伸ばされ、何も無い虚空を掴む。


「ソウイエバモウ一人居タ」


 無感動に独白する魔人の手が掴む虚空から、赤い血が鉤爪を伝って流れ落ちる。続いて虚空に紫電が走り、右腕を掴まれ血を流すヴェクターが姿を現す。


ソレ・・ハ中々面白イ。ケド音デバレバレ」


 魔人が手を握り締め、ヴェクターの腕を輪切りにする。押し殺した苦鳴が響き、切断された腕の断面から大量の鮮血が迸り、魔人の全身を濡らす。その血を、魔人は嬉しそうに舐め取る。


「ぐあ、あぁ……浴び、たな……我が血を……」


 歯を食い縛り苦痛を堪えながらも、ヴェクターが会心の笑みを浮かべる。


「これで、もうおまえは、何も見ることは無い!」


 その言葉と同時に上級疫病属性魔法【神経侵犯(ヴェトル)】がその猛威を振るう。

 最初こそヴェクターの言葉に怪訝そうに表情を歪めていた魔人だったが、突如としてその視界が闇に包まれ、焦ったように首を回して周囲を見ようとする。

 だが当然、どの方角を向こうともその視界が景色を映すことは無い。


「ナニヲシタ!」

「わざわざ教える奴がいるのか?」


 魔人がさっきまで散々そうしていたように、ヴェクターが苦痛に脂汗を浮かばせながらも嘲笑う。

 それを魔人が見る事はなかったが、言葉と雰囲気から自分が嘲笑われている事を大体理解し、怒気を滲ませる。


 声が聞こえた位置から大よその居場所を割り出し、鉤爪を振るう。切っ先が飛び退いたヴェクターの鼻先を掠めて血を滲ませる。その感覚を感じ取った魔人が嫌らしく笑い、彼へ目掛けて舌を放つ。


「イレーゼの事を忘れるな!」


 視覚を奪われた事とヴェクターに注意が向いた事で、僅かに連接剣による拘束が緩んだ隙を突いて腕を抜き取ったイレーゼが、舌が伸びきるよりも先に動き、魔人の顎に【臥震掌鍛】をかます。

 完全に不意を打った掌底は魔人の顎を砕き、強制的に閉口させる。その際に魔人の歯は自らの舌を噛み切り、舌の先端が地面に落ちて不気味に蠕動する。


「グギギ……」


 光を失った瞳が、先ほどまでイレーゼが立っていた場所を映す。しかし既にその場所に彼女の姿はなく、その事を知らずに見当違いの場所に鉤爪を振るう魔人の頭部に、音もなく跳躍したイレーゼの遠心力を加えた回転踵落としが命中し、頭蓋骨を陥没させる。

 人間ならばそれで意識がブラックアウトして決着がつくだろうが、魔人は人の形を取ってはいても、本体は体内に潜む無数の寄生虫である。たかが頭蓋骨を陥没させられて脳を揺らされた程度では動きを止めるだけしかできず、イレーゼの着地の音を敏感に聞き取り、多少ふらつきながらも体を反転させて渾身の手刀による突きを行う。

 しかし、目標の明確な位置も掴めずに放った手刀は、どうしても軌道が単純にならざる得ない。さらに装甲の質量を増大させられた状態では、十分な速度を保つ事も不可能。そんな突きなど、イレーゼにとっては躱す事は容易であり、同時に身を沈めて魔人の懐に潜り込み、お返しに拳による突きを相手の腹部に打ち込む。ついでにその際、質量を増大させている枷の全てを解除し、代わりに魔人の装甲の質量を減らす。

 結果として装甲を粉砕する事こそ叶わなかったが、質量を大幅に減らされた状態で拳を喰らった魔人は、ゴム鞠のごとく後方へと水平に吹き飛ぶ。


 視覚を失った状態で強制的に距離を離された相手に、無理に追撃を掛ける必要はどこにもない。だがイレーゼはそれをきちんと理解していた上で、尚も攻撃の手を緩めずに追撃を掛ける。

 地を蹴って疾走する音を魔人が捉え、連接剣を横薙ぎに振るう。それを跳躍して躱し、着地と同時に地面ごと踏み締めて封殺。さらに距離を詰める。

 だが、


「言ッタハズダ、音デバレバレダト!」


 連接剣を再度振るわせぬように地面ごと足で踏み締めながら掛ける際に発生するその金属音は、ただ単に地を掛けるよりも余程耳障りで、正確な位置を相手に伝えた。 


 魔人が頬を膨らませる。それを見て、舌が来るかと警戒したイレーゼの視界に映ったのは、放射状に噴出した赤い飛沫。


「血!?」


 粘膜や傷口に触れれば、即座に血中に潜む寄生虫が体内に入り込み、体を奪おうと侵食を開始する。その事をイレーゼたちが理解していると理解していた魔人は、舌を噛み切った事によって流れ出る血を口内にため、迫るイレーゼ目掛けて吹きかけた。

 当然、それを見たイレーゼの取る行動は一つ。急ブレーキを掛けて血の飛沫の射程範囲外で静止する事。それもまた、音によって魔人は的確に把握していた。


 赤い飛沫に一歩遅れて、魔人の口腔から先端の千切れた舌が射出される。

 それにイレーゼは気付く。だが気付いた所で、急ブレーキを掛けて静止した直後では回避する事など不可能。できるのは喉元目掛けて飛来するそれの間に左手を翳して盾とする事のみ。そして舌はその盾を、無慈悲に貫いた。

 尚も勢いを止めずに喉元を貫こうとするも、盾を貫かれた瞬間に強引にイレーゼは腕を振るい、貫かれた手ごと舌の軌道をずらして喉元を貫かれることを防ぐ。


 致命傷こそ避けられた魔人だったが、自らの舌が伝えてきた確かな手応えと血の味にほくそ笑む。本音を言えば喉元を貫いて仕留められた方が都合が良かったが、ただ手を貫いただけでも十分。舌に纏わりついていた唾液と傷口から零れていた鮮血は、間違いなく貫いた傷からイレーゼの体内に入り込んだ。後は時間を置けば、彼女の体を乗っ取る事ができる。


 一方イレーゼも、同様の事を受身の形で考えていた。

 このままいけば相手を殺しきる事ができても、やがて自分の体を乗っ取って相手は復活するだろう。それを防ぐには、眼前の敵を殺した後に自決してその死体を跡形もなく焼き払うしかない。少なくとも、秀哉の説明からはそういう結論が出る。

 それは理解できた。しかし理解はできたが、納得はできなかった。


「折角自由になれたってのに、死んでたまるか!」


 イレーゼはどうすれば自分が助かるのか、どうすれば自分が死なずに済むのか、小難しいことを考えるのを即座に止める。

 そして自分の本能の赴くままに、それが正しいのかどうかの判断すらせずに、自分の左腕目掛けて【重力斬(ガテーラ)】を放つ。


 重力の斬撃は標的が術者自身であろうとも関係無しに、その威力を遺憾なく発揮。イレーゼの左腕を肩から肘に掛けての肉と骨をグチャグチャに引き千切りすり潰しながら、胴体から腕を分離させた。


「ぐぎぃッ―――!」


 途端に激痛と出血による虚脱感、そして腕を失った事による喪失感が襲ってくる。

 それら全てを噛み締め飲み込み、全身を左腕を失った事による怒りで支配する。その矛先は当然、自分が腕を切断する原因を作り出した魔人へと向ける。


 ――HPが5割を切りました。

 ――装備【始原魔の帽子】よりスキル【背水の陣】が発動しました。

 ――装備【始原魔の服】よりスキル【背水の陣】が発動しました。

 ――装備【始原魔のベルト】よりスキル【背水の陣】が発動しました。

 ――装備【始原魔のブーツ】よりスキル【背水の陣】が発動しました。

 ――スキル【背水の陣】を取得しました。

 ――条件を達成しました。スキル【背水の陣】は【決死の覚悟】に変化しました。


 イレーゼの頭の中で声が鳴り響く。無視する。ただ全身に力が満ち満ちる事だけを感じ取る。

 突如として全身に漲る力の出所を気にせずに、雄叫びを上げて魔人へと接近。拳を振りかぶる。

 魔人もまた舌から伝わる感触で大よその事態を察知し、驚きを覚えながらも両手を構える。


 魔人にとってイレーゼの取った行動は意外でしかなかった。彼女自身はただ思うがままに行った事だが、それは魔人の寄生に対する対処法としては非常に正しいものだったからだ。

 魔人は体液を媒介に相手の体に寄生する。そして相手の脳へと自己増殖を繰り返しながら移動し、一定数以上の数に達した瞬間に脳を乗っ取り、全身を支配する。これらの流れは一瞬で行われるのではなく、ある程度の時間を要する。ならば脳に寄生虫が到達する前に、寄生虫が入り込んだ部位を脳へと伝わる道ごと切除してしまえば、体を乗っ取られることを防ぐことができる。イレーゼはそれを理屈で考えずに本能のままに実行したのだ。

 そしてそれは同時に、魔人が彼女の体を乗っ取り損ねた事を意味する。その事に魔人は憤りを感じはするものの、すぐに問題ないと思い直す。


 イレーゼは自分の方へと、わざわざ雄叫びを上げて自分の位置を正確に知らせながら近付いて来ている。それは自分にとって好都合でしかない。

 イレーゼが自分の懐に入り込んだ瞬間に、両の鉤爪で体を貫く。それで勝負は決する。何も体液を相手の体内に入れるのは、生きている間でなければならないという制限はない。最悪、頭部さえ無事ならば問題ないのだ。胴体は鉄分を用いて作り出せるからだ。

 これが普段通りの動きをイレーゼがしていれば、例え位置が分かっていても目の見えぬ魔人に攻撃を当てる術はなかっただろう。だが今の彼女は腕を失った怒りからか、その動きは速いが直線的である。ならばタイミングさえ外さなければ、確実に命中させられる。

 

 イレーゼが魔人の懐に入り込む。同時に魔人が両腕を振るう。会心の笑みを浮かべる魔人の表情は、即座に凍り付く。

 イレーゼに気を取られていた為に、また彼女の上げる雄叫びに音を掻き消されて、いつの間にやら近付いていた影に直前まで気付けずにいた。そして気付いたときにはもう遅い。


 スキル【滅烈斬】が魔人の右腕を切断。同時に【乱蝶刺突】が左腕に無数の穴を開けて引き千切る。それはイレーゼが間合いに入り、攻撃するまでの間に行われた一瞬のこと。その一瞬の間に、魔人は一気に無防備となる。


「らっしゃぁあああああああああああっ!!」


 スキルもなければ技術もない、ただ踏み込みによる全体重と渾身の力を乗せただけの拳。しかし今までで最高の破壊力を秘めた拳が、魔人の胴体に炸裂。装甲を粉砕し、血肉を掻き回し、再度水平に、しかし先ほどと比べて圧倒的な速度で魔人が吹っ飛び、迷宮の壁に激突。壁に蜘蛛の巣状に大きな亀裂を入れて停止する。


「っしゃ! 腕の借りはこれで返したぜい!」


 その腕の断面から留めなく血を流してふらつきながらも、爽快な表情を浮かべる。


「まっ、今回ボクらは援護役だ。今ので最低限の役割は果たせたね」

「不満ではありすが、仕方ありませんね。今はそんな事よりも―――」


 魔人が立ち上がる。粉砕された装甲は早くも修復が始まり、見た目は無傷の状態と大差ない状態となる。


「やはり、全身を一度に消し飛ばすしかありませんわね」

「いや、その必要はない」


 イレーゼと同様に腕を失い、その失血で顔色が悪くしたヴェクターが、悪鬼もかくやという程の残虐な笑みを浮かべる。


「もうそろそろだ。既にあれは終わっている」

「……貴方、喋れたのですね」

「…………」


 一瞬で無表情に戻る。仮面を被ったと言われれば納得してしまうほどの変わりようだった。


「そんな事よりも、キミの言う終わっているというのは、一体どういう―――」


 ガシャンと耳障りな音がエリンズの言葉を遮る。その音にヴェクターを除く全員が出所に注目する。


「????」


 視線の先には、地面に倒れ伏す魔人の姿。その表情は、何故自分が倒れているのかが理解できないと書かれていた。


「ヴェクたん、何したのん?」

「骨を脆くしただけだ」


 かつて秀哉も苦しめられた、最上級疫病属性魔法【骨格塵化浸食(ルレデフェン)】は、全身の骨をスカスカにしてしまう恐ろしい魔法である。

 術者が敵の素肌に触れる事で発動し、感染した者から別の者へと接触感染によって伝染していくこの魔法を、ヴェクターは魔人の腕をへし折った際に発動していた。

 その後全身の骨格を装甲ごと再生したり、形態を変化させたり、あまつさえ骨格を鉄製に変えたりと中々効果が発動しきる事はなかったが、ここに来てようやくその猛威を振るい始めた。


「例え骨格が鉄に変わろうと、効果は問題なく発揮される。そして脆くなってしまえば、全身装甲の自重を支えきれずに折れて砕ける。もうあれは立ち上がる事すらできはしない」

「中々恐ろしい魔法だねぇ」

「あれ? もしかしてイレーゼも感染してる?」

「……基本装甲の上から触れていたから感染はしなかったが、先程の舌で貫かれた際に感染したな。程なくすれば効果が現れるだろう」


 イレーゼに対して憐憫に満ち満ちた視線を送る。


「まあ、おまえならば自重で骨がどうこうなる事はないし、極端に負荷を掛けなければ問題はない。だが、魔法を解除するとあれに発症しているものも一緒に解除されてしまうから、しばらくの間辛抱してもらうしかないな。それと我は術者だから触れたところで無意味だ」

「ふざけんな」


 手をベタベタと触っていたところに無意味だと言われ、全力で張り手をかます。手首の骨が折れる。


「ぎゃああああああああああっ!?」

「だから言っただろう」


 折れた手首を押さえる手がない為、代わりに地面を転がって痛みに耐えるイレーゼに、性質の違う憐憫の視線を送る。


「貴方のした事は理解できましたが、それだけでは終わっているとは言えないのでは? 貴方の魔力が枯渇して魔法の効果が切れる前に、わたくしがトドメを刺した方が良いのではないかと思いますが?」

「お前さー、殆ど何もできてないくせに横から手柄かっ攫おうってか? ふざけてんじゃねえぞ」

「余計な口を叩くな、イレーゼ。それと、さっきの終わっているという発言に嘘はない。もうしばらく待っていれば分かる」


 未だ半信半疑の様子ではあったが、その言葉に一応納得はしたのか、静かに頷き、何とかして立とうとしては失敗している魔人へと視線を戻す。


 そのまま待つこと、およそ10分ほど。

 魔人の不恰好なブレイクダンスに周囲の視線が集まり始めたところで、唐突に魔人の動きが止まる。


「アァ、アァァ、ァァ……」


 目から、鼻から、口から、そして全身の装甲の隙間から、留めなく血が零れて血溜まりを作る。

 血溜まりが広がるにつれて魔人自身の体にも変化が訪れ、時間の経過に比例して徐々に装甲が溶け始める。

 2、3分程一連の変化は続き、やがて首以外の全てが溶けた後に、地面に広がる赤い血溜まりも早送りしたかのように蒸発し始め、消えてなくなる。残ったのは『三剣』と呼ばれた冒険者の頭部だけとなる。


「おおー、ようやく発動したっぽい」

「殺すには一匹残らず血中の寄生虫を殺す必要がある。さすがにそれには時間を要する」


 ヴェクターが用いたのは、最上級疫病属性魔法の【壊血の疾病(ブラインガ)】という魔法である。

 この魔法は感染者の血液中の物質―――赤血球や白血球といったものを破壊するというものであり、今回の場合はその物質の代わりに血中に潜んでいた寄生虫を片っ端から壊して死に到らしめていった。


 ヴェクターはあらかじめこの病原菌をイレーゼの持つ『始原魔のナイフ』に付着させており、そのナイフが魔人の体を傷つけた際に病原菌は魔人の体内に侵入。今までずっと体内の寄生虫を壊し続け、今しがたその作業がようやく終わったところであった。


「はー、疲れたー。腕どうしよ?」

「魔人と戦ってその程度の損害で済んでいる事に感謝することだ。本来ならば、死んでもおかしくない」

「むぅ……」


 残った頭部に、イレーゼが八つ当たり気味に放った重力波が命中。粉々に引き裂き圧搾し、欠片も残さず消え失せる。


 ――称号【魔人殺し】を手に入れました。




 スキル解説

・背水の陣 残りHPに応じてステータスアップ。

・決死の覚悟 背水の陣の上位互換。


 この度は更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 一度は書き上がったのですが、読み返してみたら某金髪コンビが完全に噛ませでしかない事に気付き、1万字くらい書き換えたり付け足したりしていたら、気付いたらこんなに遅くなってしまって……すいません、完全に言い訳ですね。

 次こそは速めに更新したいと思いますので、よろしくお願いします。

 併せて誤字脱字報告感想等お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ