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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
三章「魔の饗宴」
26/44

新手来襲

保存は小まめに。

「なんだよ、これ……」


 ドミニコ・ムンバオの命に従い、自分と親しい間柄の兵士数名と共に第106区画の様子を確認しに来たルトエトは、その酸鼻な光景を前に、喉奥から競り上がってくる物を必死に堪えていた。


 連絡が途絶えたという第106区画に向かった彼を待ち受けていたのは、四肢と頭部を切断されて胴体のみとなった、多数の死体。

 地面に規則的に並べられたそれらは、体の前面を縦に開かれ、腹腔の収まっていたはずの臓器を全て取り除かれ、代わりに一抱えはある繭がピッタリと収まっていた。


 だが、その程度の事は彼にとって、悲惨ではあっても吐くのを堪える程のものではない。


 彼とて、『大侵攻』の防衛戦にはそれなりに長く参加している。敵味方共に多種多様な種族が入り乱れて殺し合うこの戦いでは、様々な死因の死体が生み出される事を理解していた。

 単純な殴殺や圧殺、刺殺や斬殺を始めとして、高所から落とされたり骨の髄まで焼き尽くされたり、内部から破裂させられたり酸で溶かされたり、あるいは生きながら食われたり、実に多様な死体が発生する。

 その彼に言わせれば、モンスターの苗床となった死体など、大した物ではなかった。

 中には不運なことに、生きたまま苗床となって想像を絶する苦痛を味わいながら死ぬ者だっている。それと比べれば、苗床となったのが死んだ後である分まだマシだった。

 

 彼にとって、そして同行して来た兵士たちにとって見るに耐えなかったのは。

 切断された四肢と頭部を使って組み立てられている、見るも醜悪な、建物を模したオブジェクトだった。


 腕を、足を、そして生首を、持て余す事無く惜しみなく使って組み立てられたそれは、一見するとゴミ山にしか見えない。

 それでも彼らがそれを、建物を模していると分かったのは、その建物が誰もが良く知るものだったからだ。

 頭部を規則的に並べて作られた土台の上に、足を直線状に並べて壁を表現し、その上に腕同士を向かい合わせて指を絡ませた状態で山形に設置して屋根とする。

 その屋根の先端部には、腕と足をそれぞれ交差させて血の抜かれた血管で縛って作った十字を取り付け、その後方には四肢を立てて重ねることで塔を組み上げ、頂上には同様に血管を利用して頭部をぶら下げて鐘楼とする。


 それは神を奉じ、弱き者に救いを与え、傷つきし者に癒しを与え、信ずる者に加護を与える物―――教会だった。

 生者には祝福を齎し、死者には鎮魂を齎す象徴たるその建物が、死体によって再現されていた。


「ッ……!?」


 やがて堪えきれなくなったのか、一人が集団から離れ、胃の中身を地面にぶちまける。

 消化物はおろか胃液までも吐き出し続け、目から涙を零すその姿は、いっそ哀れですらあった。しかし誰一人として、その事を馬鹿にすることはできなかった。


 『大侵攻』では人が死ぬ。信じられないほど膨大な数の人が、様々な方法によって殺される。だがそれは、ただ殺されるだけだ。

 よしんば死体となった後に食われたというのならば、まだ分かる。敵は人を食う。そんなのは子供でも知っている当たり前の事で、その事にイチイチ驚く要素など無いからだ。

 だが、死んだ後に尚も死者を冒涜するかのように、死体を欠損させて遊ぶ―――それも明らかな知性の下でそれが行われるなど、余りにも性質が悪かった。

 

「……魔人だ」


 誰かがポツリと呟く。思わず零れ出てしまったといった風に。

 それが誰だかを理解する余裕などルトエトにはなかったが、その言葉には全面的に賛同した。


 明確な悪意を持って、それでいて知性の下にこのような事を行える存在―――そんなのは人間を除けば、魔人くらいしかいない。


「死体の数が足りないな」


 比較的ショックの少なかった者が、死体の数をざっと数え上げて言う。


 第106区画に配置されたのは、ムンバオとバルネイカの両国から選出された、総勢400の兵士たち。

 眼前の酸鼻な光景に目を奪われがちだったが、冷静になって数を数え直してみれば、その場にある死体の数は多く見積もっても100人分といったところだ。残りのあるべき死体は、どこにも見当たらなかった。


「逃げたんじゃねえか?」

「だとしたら、本部に連絡がないとおかしいだろう。死体から推測するに、それなりの時間は経っている筈だ」

「連絡係が全員ここで死んでるとか?」

「それも考え難いだろ。今回はどこぞの商会が、大量に魔晶石を提供してくれたお陰で、通信機も大量に配備する事ができている。特に最前線の部隊には、何かが起こっても迅速に連絡できるよう、三人に一人の割合で配備しているはずだ」

「でも実際連絡はない訳だろ? なら死んでんじゃねえのか?」

「その死体は?」

「食われた、って事はないよな? それにしちゃ現場が綺麗過ぎるし……」


 周囲には、醜悪なオブジェと血溜まりを除いて、これといった汚れはない。食われたのならばあってしかるべき、肉片や骨などの食い残しが全くないのだ。


「おい、戻ろうぜ。もう報告するのに必要な事は分かっただろう。魔人がこのタイミングで出てきている、それだけ分かれば十分だ」

「ああ、そうだな。転移結晶を使う。急いで戻ろう」

 

 最初に嘔吐した兵士が、青い顔で提案する。それはこれ以上この場に留まっていたくないという思いの表れだったが、誰もその事を指摘しない。内心では、皆同じ気持ちだったからだ。


 事前にドミニコから渡された、転移の魔法を封じ込めた結晶を懐から取り出す。

 事前に転移先を設定する事で、いつでもその場所に転移する事ができるという、『大侵攻』の際には必須となるその結晶を握り締めて砕く。

 そして、何の反応もない事に気付く。


「おい、どうしたんだ?」

「……発動、しない」


 封印の器となっている結晶を砕けば、中の魔法が発動する。その筈なのに、一向に転移が始まらなかった。


「おいおい、不良品を掴まされたんじゃねえだろうな?」

「そんな馬鹿な。これは閣下から渡されたものだぞ。不良品を閣下が見逃がす筈がーーー」

「転移はできんぞ。このーーー106区画だったか、周囲一帯には転移阻害の結界が張ってある」


 簡潔に状況を説明して来る、仲間の誰のものでもない声。

 その声を聞いた全員が抜剣し構え、振り返る。それとほぼ同時に、仲間の一人の首が宙を舞う。


「なっ、鎌蟻人かまありびとッ!?」


 仲間の首を撥ねた、人型の蟻の姿を見て驚愕する。

 一体何故ここにと叫びそうになって、鎌蟻人の背後にあった、死体に収まっていた繭が割れているのを見て、状況を理解する。


「正直、こんな馬鹿らしい迷路を馬鹿正直に攻略する必要などない。道順が分からねば、作ればいいだけの話だ。その為にも―――」


 パチンと指を鳴らす音が響く。声もそうだが、全方位から聞こえてきている為に、声の主がどこにいるのか分からなかった。


「貴様らには、彼らの肥やしとなってもらおうか」


 その言葉が聞こえてきた瞬間、布を裂く音が連続して響き、繭が割れて中から鎌蟻人の成体が出てくる。

 その数は実に100近い。それに対して、自分たちは僅か数人。到底勝ち目のない戦力差だった。


「あり得ない! 連絡が途絶えて、まだ数時間だ! こんなに早く孵化する筈がない!」

「それは貴様らにとってだろう? 今までになかった事が、今後も起こらないとは限らないだろう」


 仲間の悲鳴に答える声。それは今までのように全方位からではなく、ハッキリとルトエトの背後から聞こえた。

 即座に振り向き、剣を振るおうとする。しかし、それは驚愕の余りに実行できなかった。


「お前、魔―――」



――――――――――――



 俺がエレナを発見したのは、よりにもよって自らが陣頭に立ってナイトバグの群れを相手に戦っている時だった。

 周囲の騎士たちが止めるのも構わずに、鋭利な氷柱を大量に生成して飛ばし、ナイトバグを撃ち落としていた。

 使っているのは中級氷属性魔法の【氷柱暴雨(アス・シクル)】だが、生成される氷柱の数が、通常のよりも桁が一つ、下手をすれば二つは違う。

 その辺りは白銀幻狼獣人の面目躍如と言うべきなんだろうが、余り相手には効果がない。


 いくらナイトバグが大群であるとはいえ、一匹一匹は小さな羽虫。どれだけ大量に氷柱を生成しても、命中させるのは困難だ。

 エレナはそれを数でカバーしているが、非効率すぎる。ここは大人しく騎士たちの進言通り後方に下がって、他の奴らに任せるべきだ。


 確かに、指揮官が自ら陣頭に立つという事は重要だ。しかもエレナは立場が特殊で、先祖返りとしての実力を周囲に周知されている。下手に弱腰な素振りを見せれば、自分だけでなくソリティアのその後の政治的立場に影響を与えてしまう事は想像に難くない。

 それは俺でも分かるのだが、結果としてエレナの身に何かがあった場合、俺はあの近衛騎士団長に執拗に絡まれる事になるだろう。そんなのは真っ平御免被る。


「おいエレナ―――」


 取り敢えず引きずってでも下がらせようと近づいて行った瞬間に、足下から振動が伝わってくるのを感じ、エレナの元に一気に駆け寄る。

 そして事情を説明している余裕が無い、もとい面倒くさいので、大分加減した蹴りを食らわせてその場から吹っ飛ばす。

 その直後に、足下を突き破って出てきたものに呑み込まれる。


「ワーム……いや、屍食い蚯蚓しぐいみみずか!?」

「厄介な奴が出てきたぞ!」


 肉厚と消化液に揉まれる中、外からの声が聞こえてくる。


 確かにこいつは地面にすぐ潜って奇襲してくる面倒なモンスターだ。しかもいつかの迷宮に出てきた個体よりも強く、レベルで言えば400を超えている。

 だが、言うほど厄介な敵とも思えない。

 もしかして、どれだけ強かろうが、一撃で殺す事のできる方法を知らないのか?


 【大河の砲撃(アクアカノン)】


 大量の水を生み出して、内部から破裂させる。

 発生した水も、大半はこいつが掘ってきた穴の中に流れて行くため、洪水となる事もない。非常に建設的な対処法だ。


「こんな風に、わざと食われて中から攻撃すれば一発だ」

「「「「「「「できるか!!」」」」」」」


 外に出てポカンとしている騎士や冒険者たちに教えてやると、総出で突っ込まれた。何故だ。


「すまない、助かったよ」


 何とも言えない視線を向けつつも、周囲の者たちが再び戦闘に戻っていったのを見計らって、エレナが礼を述べてくる。


「これに懲りたなら、無闇に先頭に立つのを辞めるんだな。何かあった場合、あの騎士団長がうるさい」

「保身の為の言葉は他人の心に響かないぞ」

「俺は自分に正直でいたいんだよ」

「正直過ぎるのも考え物だな」


 苦笑するその表情が、微かに引き攣る。そして脇腹を、痛みを堪えるかのように左手で押さえる。


「結構痛いのだが……」

「大分加減したんだけどな」

「加減してあれほどの威力なのか……」

「悪かったな。ほれ、これでも飲んでろ」


 俺の蹴りが強いというよりも単純にエレナが打たれ弱いだけの気がするが、それでも俺がやったのは事実なので、ポーションを渡す。


「いや、さすがの私も、こんな状況でジュースを飲むほど呑気でもないぞ」

「回復薬だよ!」

「明らかに柑橘系の匂いがするのだが?」


 あー、そう言えばこっちの回復薬はハーブみたいなキツイ刺激臭がするんだったか。んでもって、味のほうもかなり不味い。

 というか、元々俺が最初に作った回復薬もそんな感じだったんだけど、あんまりにも不味すぎて癇癪を起こして、兄貴の用意したレシピを勝手にアレンジしたんだよな。

 ただその製法はこっちじゃ編み出されていないから、こっちでは通常のレシピが主流で、香りも味もキツイと。


「日凪特製のやつだから」

「…………」


 尚も懐疑的な視線を送っていたが、一応は受け取ってくれる。

 そして中身を一気に嚥下しようとしたタイミングで、俺に首根っこを掴まれて引っ張られ「ぐへっ」と蛙が絞め殺されたような声を出す。


「……助けられた手前文句を言える立場ではないのだが、それでももう少し方法を考えて欲しい」

「善処する」


 再び襲撃してきた屍食い蚯蚓に、抜き打ちの一閃。

 地中から露出していた上半身が両断されて宙を舞い、落下してきたタイミングに合わせて、さらに龍刀を縦横無尽に走らせて解体する。


 残った下半身に関しても、穴の中に超級毒属性魔法の【蟲喰いの猛毒花弁(ゼス・ムスロア)】によって生み出された、自立歩行する食虫植物を多数放ったから問題ない。

 術者の力量によって上下するものの、俺の生み出した、花に蜘蛛の足が生えたようなキモイ外見のその食虫植物のレベルはMAXの950。万が一にでも屍食い蚯蚓に後れを取る事はない。


「さすがは日凪出身の冒険者だ」

「嫌味か?」

「まさか、本心だとも」


 周囲では一部の冒険者たちが歓声を上げていたが、馴れ合うつもりはないのでスルーする。

 設定上のレベル差も200近くあったので、別段俺が屍食い蚯蚓を倒した事に関しても不自然なところはない筈だ。


「しかし、痛みが一瞬で取れる上に味も格別に美味いとは、驚いたな」


 中身を飲み干して空となった瓶をしげしげと眺める。 


「そこまで驚く程のものか?」

「当たり前だろう。食事と同じで、美味であればその分士気も向上する。だからこそポーション類の味の改良は前々から研究されていた事だが、今まで大した成果は上がっていない。このポーションの製造法を公にすれば、それこそ国家予算レベルの金額が動くのは間違いない」

「公にするつもりは毛頭ない」

「だろうな」


 端から期待はしていなかったと言わんばかりに答え、視線を二つの戦場に順番に向ける。


「ナイトバグの方は大体片付いたとして、例の魔人の方は大丈夫なのか?」

「今騎士団長と高慢パッキン女と奴隷二人とが交戦中だ」

「四人だけで大丈夫なのか? 応援に行かせた方がいいと思うのだが」


 高慢パッキン女の部分で眉を顰めながらも、そう提案する。が、俺は首を振って否定する。


「いや、下手な奴が行っても死ぬどころか、むしろ無用に敵の戦力を増やすだけだ」

「どういう事だ?」


 疑問を呈するエレナに、魔人の特徴を掻い摘んで説明する。


「……それが事実だとするならば、確かに半端な者を応援を送るのは下策だな」


 眉間に皺を寄せて、俺に視線を送ってくる。


「君が加勢してくれれば、万事解決するだろうが」

「馬鹿言うな。魔人だぞ? 滅茶苦茶強いんだぞ?」

「強いだろうな。そして君はそれ以上に強いだろうな」


 エレナは言外に俺に戦えと言っていた。冗談じゃない。


「まあ見てなって。あの四人だけでも十分だからさ」


 それっぽい事を言っておいて、時間を稼いでおく。

 実際俺の見立てでは、イレーゼとヴェクターの二人が居れば十分に勝率があると踏んでいるから、的外れな発言でもないだろう。

 エレナも俺の言葉に納得したわけではないだろうが、一応は頷いて視線を外す。

 粗方敵の増援は掃討できているとはいえ、戦闘が継続中であるというのも事実だ。いつまでも俺に構っていられないというのもあったのだろう。

 最も、一段落したら追及すると、態度が暗に言っていたが。


 頼むからなるべく早めに向こうも決着を付けてくれよと、げんなりしながら思っていると、西側で爆発音が響き渡る。


「まったく、何を手間取っている……」


 爆発音が響いてきた方角には粉塵が立ち込めていて、何が起こったのか正確には把握できなかったが、俺の聴覚にはそんな聞き覚えのないぼやき声が聞こえてきていた。 

 ついでに粉塵を注視していると【分析Ex】が作動し、粉塵に紛れて何者かがいる事も把握できた。


――――――――――――


 ステータス

 名前 ヴォルギオン

 種族 魔人・人狼(ウェアウルフ)

 称号 中級魔人

 年齢 ??

 身長 231

 体重 116

 Lv 636


――――――――――――


「………………」


 立ち込めていた粉塵が晴れれば、そこには粉砕された瓦礫を足場に立つ人狼の姿。

 手足は丸太と見紛う程に太く、全身は剛毛に覆われ、その下にあるであろう強靭な筋肉が膨張し、実際の数値よりも更にデカく見える。


「まだ大分残っているじゃねえか。こんな雑魚共相手に手こずるとは、所詮は虫か」


 称号は中級魔人。即ち向こうで戦っている魔人ソレーフィンよりも一回多く進化クラスアップしており、つまりはあの魔人よりも強いという事でもある。

 

 神様F●ck You!

 この場合の神とは即ち五人の天才であり、さらに突き詰めれば今回の事を試練と仮定して、迷宮と試練を司る神であるヴィスヒツさんであり、つまりは神は死んだ。




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