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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
二章「グラヴァディカにて」
20/44

噛ませ犬たちの台頭

この話でこの章を終わらせようと詰め込んだら、2万5千文字近くになりましたので、長いのが嫌いな人は読み飛ばして下さい。

 『白樹の宿』の『根の部屋』。その23号室で、夢を見た。

 夢に出てきたのは、至高神の一柱であり、五人の天才の一人だったメロナ・ライコバリーさん。

 記憶に残っている、疲労度合いを表現しているかのような色褪せてくすんだブロンドヘアとにヨレヨレの白衣姿と寸分違わない格好をしたメロナさんは、妙に艶々とした表情で俺に言った。「ちゃんとお仕置きしといたよ」と。


 目を覚ましたら、昨日張り倒したゴスロリ少女の神がガタガタと震えながら土下座をしていた。


「まさかあなた様がアマガミ様の弟君様だとは露知らず、不遜な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。数々の無礼な振る舞いをお許し下さい」

「……兄貴、俺の神話での立ち位置とか地位とかって、実際どんな感じなの?」

『地位は凄く高いよ。俺たちの次で、最高神よりも上だね。

 立ち位置は、ぶっちゃけかなり恐れられてる。元々が闘争に狂った戦神っていう設定で、その後堕ち神になって俺たちに歯向かったとされているからね。例え同じ神であっても気まぐれで殺すし、その力は上級神をも遥かに凌ぐからな』


 俺の地位が知らないところでダダ下がりじゃねえか。なんて事をしてくれる。


 つーか、設定の捏造っぷりも酷いな。別に俺は闘争に狂った覚えはないし、そもそも神を殺した事もなければ、何の理由も無しに殺す事もない。ましてや兄貴たちに歯向かった事も……事も……。


「……あったような気がする」


 なんだろう。大体二十万年位前の事だったと思うんだが、頭の中に靄が掛かっているみたいに、記憶が判然としない。

 ただ思い出そうとすると、全身が震えて止まらなくなる。思わず体を抱きしめて、ようやく震えは止まった。


「無理に思い出そうとするのはやめよう、うん」


 さて、問題は目の前で土下座の体勢のまま微動だにしない―――いや、小刻みに震えている少女神についてだ。


「おい、凍鉄神イーリャ」

「は、はひぃっ……!」

「そんな大袈裟に驚くな。別にとって食いやしねえよ。ただ俺の質問に答えればいい」

「は、はい! なんでも聞ひて―――聞いて下さい!」


 ……なんかなー、怯え過ぎだろ。まるで俺が悪いみたいな感じじゃん。


「改めて聞くが、どうして俺を『大侵攻』参加させたいんだ?」

「……申し訳ありません。存じ上げません」

「おい―――」

「ひいっ!? お、お許しを! 本当に知らぬのです! 妾はただ、至高神の方々に命じられたに過ぎませぬ! ですのでどういった意図があったかは答えられません!」

「なるほどね……」


 大体分かった。そして予想通りでもある。

 よーするに、兄貴たちは俺に『大侵攻』で適当に殺せと、そう言いたいわけだ。直接俺に言えっての。


「それだけ聞ければ用はない。もう行っていいぞ」

「はっ……よろしいのでしょうか?」

「くどい、さっさと失せろ……いやちょっと待て。一つだけ言っとく。もう人間見下すのやめろ。お前ら信仰して貰わなきゃ、存在できねえんだから」

「はい! もう二度と見下しません!」


 頭を擦り付けんばかりに下げて、姿を消す。どこかに移動した訳じゃなくて、眼前にいたのが唐突に消え失せた。どういう原理なのかは、まるで分からなかったが。   

 なんかしばらく経ったら、今の事もコロッと忘れて再び見下し始めそうな気もしたが、その時はその時だ。もし見掛けたら、反省しなかった事を後悔するまで絞めるまでだ。


「しまったな。【空間画像保存(セーブ・シャッター)】を使っておけばよかった」


 現実のゴスロリ少女なんて激レアだったじゃねえか。どうして保存しておかなかった。

 まあ過ぎてしまった事は仕方がない。今度会った機会まで持ち越しにしておくとしよう。


 宿を出てそのまま城へ向かう。

 城壁沿いに歩いて、先日の対談を行った部屋の窓を探し、『大侵攻』に参加するとの旨を書いた手紙を括り付けた矢を弓で射る。放たれた弓は綺麗な弧を描いて目標の部屋に入る。我ながら見事なものだ。部屋に入る際に窓ガラスが割れたが、それくらいはしょうがない。必要経費というやつだ。


 時間を確認すると、まだ幾ばくかの猶予がある。ちょうど良いので、冒険者ギルドに向かう。

 受付の列に並び、先頭から十人程の順番待ちをしてようやくルーレアさんと対面。顔を会わせた途端に、相手の表情が微かに緊張するのが分かった。

 戦闘体勢を整えているところを悪いが、今日は戦いに来たわけではない。


「やっ、相変わらずの人気のようでして」

「ええ、お陰さまで」


 受付嬢は常に五、六人はいるものなのだが、二桁もの列を作るのはルーレアさんくらいのものだ。他の受付嬢も作らない訳ではないが、ルーレアさんと比べるとどうしても劣る。それが何故だかは、敢えて言わないが。


「『大侵攻』の防衛戦に参加したいんだけど、なにか必要な手続きってある?」

「参加そのものに手続きは必要はありません。ただ、参加する冒険者同士で部隊を編成しますから、その部隊に参入したい場合は申請が必要となります。申請された冒険者のプロフィールを元に、我々ギルドが部隊を編成しますので」

「その部隊に参入したいっていう冒険者は、多いの?」

「はい、かなり多いです。『大侵攻』の時はとにかく敵の数が尋常ではないですから、ソロの方はもちろん、パーティーを既に組んでいる方たちでも部隊に参入せざる得なくなるんです。部隊の編成に国が関わっておらず、ギルドだけで決められるというのも大きいです。ギルドなら部隊の構成を最大限に考えて組みますので、生存率がそれだけ高くなりますから」

「部隊の隊長とかはどうなるの?」

「それは単純に、一番ランクの高い方になります。こちらでも違うパーティー同士で同じランクの冒険者が被らないように配慮しますから、それが一番軋轢が生まれないんです。もっとも隊長を務められるのはパーティーを組んでいる冒険者に限るという条件がありますが」


 なるほど、適当なのかと思えば、存外に色々と考えられている。


「それで、申請はなされますか?」

「んー、いいや。その方が気が楽だし」


 ソロの方が色々と都合が良いし、誰かの命令に従うというのも性に合わない。


「分かりました。他になにかありますか?」

「ないな」

「では、またのご利用をお待ちしています」


 ルーレアさんに見送られてギルドを出る。時計を確認し、少し早いが酒場へと向かう。


 まだ日は頂点にも達していないというのに、扉を開けてみれば、居るわ居るわ。ろくに仕事もせずに酒をかっ食らう駄目大人たちが。

 ちょうど酒場の中央では酔っぱらい同士の乱闘騒ぎがあり、進行経路に立ち塞がる酔っぱらいどもを殴り飛ばし、愚かにも殴り掛かってきた酔っぱらいどもを蹴り飛ばし、どこからか飛んできた酒ビンやら皿やらをキャッチして飛んできた方角に投げ返して進む。


「なんだこいつは、強すギャアアアアアアアッ!?」

「囲め、袋叩きにしてギャアアアアアアアッ!?」

「遠距離攻撃だ! 弾を集めギャアアアアアアアッ!?」

「応援だ! 誰か応援を呼んでこギャアアアアアアアッ!?」

「ええい! 鬱陶しい!」


 殴ってきた奴の拳を取る。腕を捻る。投げ飛ばして後方の奴ら数人を纏めて処理する。

 テーブルまでが飛んでくる。キャッチする。円盤投げの要領で投げて酒場の壁ごと吹き飛ばす。

 とうとう魔法までもが飛来する。ローブの防御性能に任せて無効化する。飛んで来たのと同じ魔法を、気持ち魔力五割増しで撃ち返す。

 ついでに酒臭くて敵わないので、天井も吹っ飛ばしておく。大分風通しが良くなる。

 そんな苦労を経て、ようやく目的のテーブルにたどり着く。


「スッゲェ。あんなにいた奴らを、一分掛からずに全滅させた……」

「しかもあいつら、ブラッドドラゴン傭兵団の奴らたぜ? それを一撃も貰う事なく……」

「やっぱシュウヤさんパねぇッス!」


 なんだその痛々しい名前の傭兵団は。ラバルさんでももっとマシなネーミングセンスしてるわ。


「よう」


 テーブルには予定よりも一人多い四人の男たち。その内の発言をした三人は、俺が最初に冒険者ギルドに訪れた時に絡んで来た【ユローテックス】の三人組だった。

 そしてもう一人は―――


「我が【ソリティア土木工団】の次期頭領なんだ。あれぐらいできて当然だとも」

「だから継がないって言ってるだろ、親方」


 成り立ての頃に散々世話になった、オーガと見紛う程の筋骨粒々な巨躯をした土木工の親方だった。


「ってか、なんであんたここにいるんだよ。仕事どうした」

「なに、今日はウチに限らず、どこの土木工団も仕事は休みだ。『大侵攻』の際には陣地作りに駆り出されるのが慣わしだからな」

「だから酒浸りになってると?」

「バーカ、これは酒じゃなくて水みたいなもんだ」


 掲げられた通常の物の倍近い大きさのジョッキには、並々とエールが注がれている。それを親方は、本当に水みたいに飲み干していく。見ていて胸焼けがする光景だった。


「それに、有能な新人たちが揃って飲みに行くってーんだ。親分であるオレがついて行かないでどうする」

「どーもしねーだろ」


 ハッキリ言わなくても迷惑だっての、そういう視線を三人組に向けると、揃って首を左右に振って釈明する。


「いやいや、オレたちはついて来る必要はないって言ったんスよ」

「なのに親方ったら、シュウヤさんも来るって聞いた途端に無理矢理ついて来て」

「迷惑してたのは、オレらも一緒なんですよ」

「そうか、オレは迷惑だったのか」


 しょんぼり肩を落とす。それぐらい気付けっての。


「分かったなら帰れ。お呼びじゃない」

「わーったよ。ったく、冷たい後輩どもだ!」


 席を立ち、側に転がっていた未開封の酒樽を肩に担ぐ。どっからどう見ても人の皮を被ったオーガにしか見えない。さり気なく略奪を働いている点も含めて。

 もしかしてこれ、支払いは俺たちがするのか?


「ご注文は?」

「エール」

「畏まりました」


 このマスターも、自分の店が破壊されているっていうのに良く平然と対応できてるね。ウェイトレスさんたちも、何事もなかったかのように倒れている連中を介抱したり、乱闘騒ぎには参加していなかった客に対応したりしてる。泰然自若過ぎるだろう。


「そんじゃ改めて……今回はわざわざ呼び出してすまなかったな。来てくれて礼を言う」

「何を言ってるんスかシュウヤさん。そんなの当然の事じゃない」

「そうですよ。頭を上げてください」

「今のオレらがあるのは、シュウヤさんのお陰なんですから」


 まるで俺の舎弟であるかのような言い草。一体どうしてこの三人組が、こんな態度を取るのか? それは一月以上も遡る事になる。


 この三人に初めて絡まれてから数日が経ち、先ほどの親方が頭領務める土木工系【ソリティア土木工団】にて俺が頭角を現し始めた頃に、ゴブリン討伐クエストを完了してきたこいつらにもう一度絡まれた事があった。

 どんな風に絡まれたかはイマイチ記憶に残っていないが、確か冒険者のくせに土木工員の真似事をしてんじゃねえとか、そんな感じだった気がする。

 折の悪い事に、今度は副支部長もその場に居合わせておらず、誰も止める者がいなかった。いや、止めに入る前に俺が行動したというのが実際なのかもしれないが、とにかく、俺はプッツンした。

 仏の顔も三度までという言葉があるが、俺は別に仏でもなんでもないので、二度目が限界だった。


 俺はギルドの方々の迷惑にならないよう、ルーレアさんに許可を貰った上で裏手にある修練所のスペース借りて、半日かけて徹底的に教育を施した。

 どれ程強力な攻撃を繰り出しても、絶対に相手のHPを1だけ残すという【嬲り殺しの鈍器(バールのような物)】と回復薬を駆使した教育は、三人組に上下関係を教え込むのに十分すぎた。そしてその後、三人の余りにも弱さにイラついた俺が、一週間特訓させて【教官Ⅰ】のスキルを手に入れたり、特訓が終わった後にいらない装備品をくれてやってから、妙に俺の事を尊敬するようになり、今では情報を得たりするのに中々便利な手駒となっている。


「それで、頼んでおいた事だが……」

「『大侵攻』に参加するめぼしい人材について、でしたよね? ちゃんと調べてあります」


 三人組のリーダー格を務めるビーンが、羊皮紙の束を取り出す。


「オレの手製で申し訳ありませんが、簡単に纏めておきました。ただ、時間が余りなかったので、詳細な事までは纏め切れませんでしたが。しかし、一体どうしてこんな事をわざわざオレに頼んだんですか?」

「ギルドの方に聞いたら個人情報は教えられないとか抜かされて、情報屋は無駄に高い金を取ろうとするわで、まるで情報が集まらなかったからな。かといって、タヌキ爺に借りを作るのはゴメンだ」

「はぁ……」


 羊皮紙の束を捲ると、手製とは思えないくらいに綺麗に纏められていた。意外と礼儀もなっていたりと、三人の内では一番人間ができている気がする。だからこそリーダー格を務めているんだろうが。


「『大侵攻』はグラヴァディガで冒険者が成り上がる定番のイベントですから、東西南北から大量の冒険者が集まります。当然その中には、凄腕っていうオレらなんか比べものにもならない奴らが、うんさかいますけど、その中でも筆頭に上げられるのがSランクの二人ですね」


 渡された書類の先頭の二枚。それぞれに記載されているのは「エミリー・バロバクト」と「ザード・ラケルタエ」という名前。バロバクト?


「二人のうちエミリー・バロバクトは、うちのギルド支部長の孫娘です」

「マジで!?」


 暗殺者疑惑のあるあの爺に、孫娘がいたのか。しかも冒険者としては最高峰のSランクとは、色んな意味で驚きだ。


「大マジです。Sランクといってもまだ成り立てのS1ですけど、グラヴァディガで登録から最短でSランクに到達して【紫迅妃(しじんひ)】の二つ名を持つに到った天才ですよ」


 異名っていうのは、要するに実力のある者が持つ中二的異名みたいなものだ。自分から付けるものではなく、他人がその人物の能力を評価して呼ぶものだから、それを持っている事は強さの証明にもなる。


「Sランク昇格の要因になった、半年前の『大侵攻』での火竜の群れの殲滅は、今でも語り草ッスよ」

「オレらもそのとき参加してたんスけど、遠方から30を越える火竜の群れが飛んできた時は、死を覚悟しましたね。あの時は本隊の連中が出払っていて、残っていたのは100にも満たない数でしたから。それを本隊の応援が来るまで持ち堪えるのでもなく、単騎で殲滅した功績を認められて、A2から一気に2ランクの異例の特進が認められたんス」


 火竜といっても、その種類は千差万別で、強い奴もいれば弱い奴もいる。だが竜種を単騎で無双するには、相応のレベル差が必要となる。

 渡された書類にはレベルが不明とあるが、俺の中にあるニューアースの知識も掛け合わせて考えると、最低でも700はある訳だ。自分の孫の半分しかレベルがないとは、あのタヌキ爺も形無しだな。


「あともう一人のザードの方ですけど……」

「あいつは最低の奴ッスよ」


 エディンが吐き捨てるように言う。こいつらのような小悪党に最低呼ばわりされるとは、ザードという人物もかわいそうにと思わなくもない。


「まあ、実力はあるんですよ。レベルは800越えで、ランクもS2。冒険者暦も二十年を越えるベテランです。シエート連合じゃ、古くから『大侵攻』に参加して多大な功績を挙げてきた冒険者として、国からの受けはかなり良いです」

「あくまで『国から』はッスけどね。オレら冒険者の間じゃ、余り良い評判はないッス」

「ボロクソだな。どれだけ嫌ってんだよ」

「嫌ってるって訳じゃないんスけどね。ザードは個としての能力はもちろん、パーティを率いるリーダーとしても優秀です。ザードに率いられたパーティは生存率が毎回高い数値をキープしていて、しかも戦果も凄いんス。そういう意味じゃ、ザードの奴は人気者なんスけど……」


 先ほどのビーンや今のスクトといい、どうにも煮え切らない。


「何が言いたいんだ?」

「……ザードの率いるパーティの生存率は、実に90%を越えてます。ですけどそれは、裏を返せば毎回10%の者が死んでいるという事でもあります」

「ザードの野郎は、90%のメンバーを生かすために10%の奴らを平然と切り捨てるッス。そりゃ他のパーティと比べれば生存率は格段に高いッスけど、中には100%のパーティだっていますよ。最初から10%の死者が出るって分かっているのは、ザードのパーティだけッス。それで付いた異名が【蜥蜴のザード】。本体の90%を生かすために、尻尾の10%を切り捨てる事から付いたッス」

「客観的に見れば、ザードの奴がやっている事は正しい。それは分かっていても、納得できる事じゃないんスよ」


 なるほど、そりゃ確かに、切り捨てられる側からすれば堪ったものじゃないだろう。ましてや、『大侵攻』での行動パーティを組むのはギルドだ。他の冒険者も、他人事ではない。


「ま、それさえなければ本当に凄いんですけどね。Sランクに昇格できたのも、過去の『大侵攻』で魔人の一体を討伐したからですし」

「もっとも、魔人の中じゃ小物の部類ッスけどね」


 どうやらエディンは、相当にそのザードという冒険者を嫌っているらしい。ビーンのフォローにも、余計な一言を付け加える辺り、どれ程嫌っているかが伺える。


「あとはAランクの中でも突出した、大きな功績を挙げれば即座にSランクに昇格できるという冒険者が結構いますね。というか、Sランクに昇格するのを目標に『大侵攻』の防衛に参加するんですけど」

「それでも、今回は集まっている人数が普段よりも多いッスね。今回のは過去最大の規模って連合から発表されたのは今日ッスけど、目聡い奴らなら事前にその情報くらいは手に入れてますし」

「有名なのだと【三剣のソレーフィン】に【魔弓の射手】クエリッドと【魔弾の射手】コーレルのコンビ、それと【光刃のエークザ】がいますね」

「ちょっと前までA3に【氷面のマーフェナ】っていうのが居たんですけど、前々回の『大侵攻』で死んじまったんスよ。あんなに強かったのに、最期はワームの腹の中から半分溶けた状態で見付かるっていう、惨いもんでしたよ」


 エディンが表情を歪める。


「オレ、彼女のファンだったんですけど」


 それは心底どうでも良い。


「亜人になりますけど、忘れちゃいけないのが有翼族の【四翼のバシド】ですね」

「翼が四枚ってだけでもスゲェのに、自分よりも格上の、有翼族史上最悪の空賊って言われていた【六枚羽のイゼバン】を殺して3ランクの特進を果たした奴ッスよ」

「知っての通り、有翼族は翼の数に比例して能力が高いんスけど、最近じゃめっきり二枚羽以外の奴らが現れなくなっていて、そんな中で現れた格上をも倒す四枚羽って事でかなり注目されています」


 ちょっと待て、知らんぞそんな事。

 有翼族ってアレだよな? ハーピィの亜人版的なポジションにいる奴。それが翼の数に比例して強いだと? 兄貴たちからはそんな事、まったく聞いてないぞ。


「同じ亜人で、狼の獣人族に【個人砲台】って呼ばれているデシャントがいますね。その名が表す通り、個人で強力な魔法を扱う事に長けた奴です。

 それとパーティになりますけど、メンバー全員がA3の竜人族のみで構成された、接近戦において大陸最強と言われている【双牙のラルクス】率いる【牙龍王団(がりゅうおうだん)】に、反対に単純な火力による遠距離戦において大陸最強と言われているA2ランクパーティの【魔撃艦隊(まげきかんたい)】というのがありますね。冒険者で特に突出したのは、これぐらいでしょう」

「お前情報屋に転職できるんじゃねーの?」

「ハハハッ、オレ程度が調べられる事なんて、誰にでも調べられますよ」


 いや、お前気付いてないようだけど前回はスキル欄には無かった【情報収集Ⅰ】とかいうスキルを持ってるから。まあ本人が気付いてないのなら、わざわざ言う必要もないか。


「それと冒険者以外の者だと、まず筆頭に上げられるのが、北東のムンバオの老将ドミニコ・バインですね。『大侵攻』の防衛線には五十年以上携わって来ていて、その経験もさる事ながら、指揮能力は卓越しています。

 まだ名も知られていなかった頃、ちょっとした小競り合いに巻き込まれてディークディエレスの2万の軍団を相手に、僅か400の手勢でタウラスが横槍を入れてくるまでの一ヶ月間を籠城で持ち堪えたその手腕は、ドミニコという人物を語るのに必須の逸話になってます。『大侵攻』の防衛戦の際には、必ず総大将としてドミニコさんが選ばれる程ですよ。特に『大侵攻』の初期の戦場となる『アスバル迷宮砦』での篭城戦の指揮を執るのは、ドミニコさん以上の適任者はいないでしょうね」


 アスバル迷宮砦―――話に聞いた限りによれば、シエート連合の七ヶ国が大金と大量の資材を投じて作った、シエート連合と澱みの森の間に作られた、両端が海と接する砦らしい。

 総面積はシエート連合全体のおよそ三割にも匹敵し、内部構造はそれこそ迷宮のように入り組んでいる。『大侵攻』の初期にはそこにあえてモンスターたちを進ませることで、数の利を生かした戦闘ではなく狭い通路での戦闘を強制させると共に、平地から一斉に迫られる事無く相手の侵攻ルートを絞る事ができるという、これまでも『大侵攻』防衛の際に非常に役に立ってきた砦である。


 話を聞く限りドミニコという老将が真価を発揮するのは籠城戦においてだ。ならばその初期の指揮はドミニコに一任して、その後追い返して追撃を図る時に他の将たちも加わればいい。中々に合理的だ。


「そのドミニコさんと比べると多少見劣りしますが、孫のラスケルも相当な実力者です。指揮能力は劣れど、個人戦闘力は祖父をも超えているって噂です。ついでに五年ほど前にお隣のバルネイカの武道派の第一王女と結婚していて、夫婦で揃って率いている【赤鎧せきがい騎士団】は、連合内で最も精強な騎士団として有名です」

「英雄の孫で、王女と結婚してるなんて羨ましい過ぎるッスよ」

「しかも政略抜きに、本人たちは超ラブラブなんスよ。嫉妬通り越して殺意覚えますね」

「とりあえずお前ら黙れ」


 話がスムーズに進まんだろうが。


「その英雄の孫や第一王女よりは知名度が劣りますけど、ウチのソリティアの王族もかなりのものですよ。今の王は『大侵攻』で前線で自ら戦いながら指揮を執って戦果を挙げてますし、歳の為に隠居した先王なんかは、過去の『大侵攻』で二体の魔人を討伐していて、その内の片方は上位魔人だったという話です」


 先ほどのエディンや今のビーンの言葉にもあるように、魔人の中にも格と言うものが存在する。要するに強さを推し量る物差しの事だ。

 魔法とは違い、その階級は上中下の三段階。そして上級魔人がさらに頑張れば魔王になれるとの事。

 うろ覚えなのは、兄貴たち曰く俺が本気で戦えば魔人程度の階級なんてあってないようなものと言っていた為にまともに聞いていなかったからだ。


「あとこの国の強者と言えば、騎士団長ぐらいですね。連合の騎士団の団長はどれも粒揃いですけど、特にソリティアとバルネイカの騎士団長は頭一つ分抜け出てます」

「それと所属国を持たない―――」

「黙ってろエディン。分かるな?」

「……ッス」


 どうせお前が言う事はビーンが代わりに説明してくれる。


「まあ今エディンが言い掛けたように、特定の所属国を持たない、かといって冒険者でもない、流れ者って呼ばれてる連中もいます」


 ビーン曰く、傭兵や闇医者などの一切の身分を持たない者を流れ者と言うらしい。言ってしまえば、裏社会の人間と言うことだ。

 流れ者の殆どか脛にキズを持つが故にギルドにも所属できない者たちで、自主的に『大侵攻』の防衛戦に参加したところで報酬も貰えないが、中には金銭や公的身分を報酬として与える事を条件に、国に雇われる者たちが少数ながら存在するのだそうだ。


「と言っても、国も下手に雇ったところで無駄な予算の消費になるだけですので、余程名が知れていて実力のある奴でないと雇われることはありません。ですが裏を返せば、雇われている連中はそれだけの凄腕ってことになります」

「シュウヤさんがさっきぶっ潰したブラッドドラゴン傭兵団の連中も流れ者なんスよ」

「……国がわざわざ雇うほど強かったか、あいつら?」

「いえ、ブラッドドラゴン傭兵団は例外です。あれは全体で2000を超える数を抱えてまして、モットーは数の暴力を多く安く提供なんです。来るもの拒まず、大軍を一般的な傭兵団よりも遥かに安価で提供することで、知名度は相当なものです」


 なんだそのファーストフード店のキャッチフレーズみたいな謳い文句は。しかも数の暴力をモットーとか、卑怯すぎるだろ。


「それと七年前にラテリアに―――」

「エディン、お前マジで黙れ」

「……ッス」


 どうせお前ろくでもない事しか喋らないだろうが。


「それで、ラテリアがなんだって?」

「えっと、七年ほど前にラテリアに滅ぼされた民族があるんですよ。そして生き残りは殺されるか奴隷にされるかした訳なんですけど、運良くそういった扱いから逃れて、流れ者になっているのが何人かいるんですよね。その中に【瑠璃色の幻影】って呼ばれてる凄腕の暗殺者がいて、今回の『大侵攻』に備えて雇われたらしいです」

「【瑠璃色の幻影】ねぇ……」


 モンスター相手に暗殺者が活躍できるのか? ちっとも活躍できてるイメージが沸かない。

 つか、身元が割れているのに暗殺者名乗ってて大丈夫なのか?


「他にも流れ者にミレアっていうダークエルフの子がいるんですけど、これがマジで可愛いッス。もう抱きしめたいくらい―――」

「※※※※(自主規制)!」


 懲りずにろくでもない事を言い始めたエディンに、俺は表現しきれない程におぞましい言葉を吐き掛け、物理的制裁を下しておいた。


「で、ミレアとかいうダークエルフがいると」

「え、ええ。なんでもダークエルフの集落で異端児として追放されたとかで傭兵に身を窶しているらしいんですが、まだ少女とは思えないくらいに強いんですよ。魔法の巧みさもさることながら、弓とナイフの腕前も一流で、しかも使用している武器はどれもエンドナイトシリーズって話です」

「エンドナイトシリーズ?」


 また知らない単語が出てくる。シリーズっていう事は、ブランドの類か。


「知らないんスか? 太古の名匠であるエンドナイトが手掛けたとされてる武具で、素材すら不明な物が多く、既存のどの武具よりも優れた性能を持っている事で有名な物なんスけど」

「特徴として、シリーズの武具にはどこかしかに手みたいな葉っぱの焼印が入れられているんです。これがまた、現状の技術では再現不可能な代物で、お陰でエンドシリーズに贋作は存在しなくて、ただ持っているだけでステータスに成るほどです。オークションに出されれば、それがどんな性能の物であれ閃貨100枚は下らないと言われているほどです」


 手みたいな葉っぱの焼印……思い当たる節がある。


「その焼印って、こんな感じのやつか?」


 龍刀《朧弦月》を差し出して見せる。朧弦月の柄頭と鞘には、それぞれ紅葉の葉を模した焼印が入れられている。


「これです! 間違いなくエンドナイトシリーズの証です!」

「まさかエンドナイトシリーズを既に持ってるなんて、やっぱシュウヤさんパネェんスね!」

「一体どこで―――」

「黙っていることもできないのか?」

「……ッス」


 改めて判明した、驚愕の事実。

 俺の持つ龍刀《朧弦月》は、太古の名匠であるエンドナイトなる人物の作品だった―――訳がない。


「エンドナイトシリーズはダンジョンの最奥にある事が多くて、それ故に滅多な事がない限り見つけることができないんですよね。一体誰がわざわざダンジョンの奥に置いたのかは不明ですけど」


 兄貴たちの仕業だなんて、言えるわけない。


 エンドナイトシリーズっていうのは、俺が箱庭時代に製作して出来が良かったものに特別に焼印をして愛用し、後に不要になって廃棄した物の事だった。

 廃棄しようとした時に「いらないならこっちで処理しておくぞ?」とか言っていたから預けたのに、なんて事に使ってんだよチクショウが。


 ちなみに焼印が紅葉であることに意味は無い。ただなんとなくそれに決めただけだ。

 紅葉の名前が出てこない辺り、この世界に紅葉は無いのかもしれない。毎年秋に紅葉を見に行った時の記憶が懐かしく感じる。

 まあ兄貴はそんな感慨なんて、まるで持ち合わせてないけどな! 俺が紅葉の焼印を入れているのを「紅葉マークとか……年寄りかよ」とか言って笑ったのを俺は忘れてない。


 つーかどこまで設定捏造すれば気が済むんだよ! なんだよエンドナイトって!


『いや、さすがに神が造った武具とかになったら面倒だろ? だからお前を表すちょうど良い名前を考えたんだよ。秀哉が終夜になってエンドナイト。分かりやすいだろ?』


 知るかよ、んな事。そんな事より人の作品を勝手に他人に与える為の景品としたことに関して釈明は無いのか?


『ある訳ないだろ、そんなもの』


 だよね。考えるまでもなかった。


「とにかく、ミレアっていうダークエルフはそのエンドナイトシリーズを複数持っている事で有名ですよ。実力も申し分なく、冒険者で言えばA3からS1の中間ぐらいはいくって話ですし」


 そりゃ俺の作品の中でも出来のいい物だけを厳選した代物だもん。どんな物であれ、それ単体で相当な性能を持っている事は保証する。


「めぼしい人材については、これくらいですね。他にもいるかもしれませんけど、現状で参加が確実な中で自分で調べられるのは、これが限界です。

 それと、こっちは今までのと比べても大分資料が少ないですけど……」


 ビーンから別の羊皮紙の束を渡される。こちらは量が少ない為か、冊子として纏められていた。


「『大侵攻』で姿が確認されていて、尚且つ名が知られている死亡が確認されていない魔人について、できる限り調べて纏めました」

「そこまでしてくれなくていいぞ?」

「いえ、自分がやりたくてした事ですから」

「そうか、ならありがたく受け取るが……」


 いくら名が知られているといっても、魔人について調べるのには相当な労力が必要であった事に変わりはない。

 これは内容の出来次第では、量産して出版できるんじゃないのか? そして売り上げはビーンの懐へと。それが俺にできるせめての礼だろう。


「魔人には上位、中位、下位と階級があるわけですけど、名が知られている事がそのまま実力に繋がる訳じゃないです。上位でも名が知られていない魔人もいれば、反対に下位であっても名が知られている魔人だっています。できる限り細かく纏めておいたので、是非読んでください」

「ああ、有効活用させてもらうさ」


 ビーンとがっちり握手を交わす。続いてスクトとも。エディン? 誰だそれ?


 魔人の資料云々を抜きにしても、渡された羊皮紙は十分な有効活用が可能だ。この渡されたリストに乗っている者はつまるところ、デカイ功績を挙げても怪しまれない者という事だ。精々利用させてもらうとしよう。


 羊皮紙を亜空間に仕舞い、続いてマスターに料金を支払って立ち去ろうと思った矢先に、慌しい足音と共に来客が現れる。来客の正体はなんであろう、甲冑に身を包んだ騎士の連中だった。

 まあさすがに暴れすぎたという気もしなくもない。騎士団が来たのも、そこまで不自然ではない。だけど何故だろう、猛烈に嫌な予感がするのは。


「シュウヤ・アマガミだなぶッ!?」

「くたばれオラァ!」


 口上を述べさせる前に拳を叩き込んで黙らせる。拳を不意打ちで喰らった騎士は、鼻を大きく陥没させて血を撒き散らしながら倒れる。

 突然に事態に唖然とする他の騎士たちを、その隙を突いて押し退けて一気に店外に出る。そして迷わず全力で走り出す。

 目的地はただ一つ。おそらくはあの騎士どもを寄越した張本人であろう、エレナのところへだ。


 地上は行き交う人々が邪魔なので、建物の屋根から屋根を移動する。強引なショートカットで、王城まで十分掛からない。

 【隠密Ⅹ】に【透明化(インビジブル)】を掛け合わせて城内に進入。すぐ脇を通っても気付きもしないという衛兵たちのザル警備を突破して、先日の部屋の扉の前に到着。

 警備の騎士を殴って昏倒させて、ドアをやや乱暴にノック。中から返答がある。


「随分と早かったな。今少し―――」


 中からエレナの声が聞こえたので、最後まで聞かずにドアを開ける。半裸の状態のエレナを目撃する。


 抜ける様に白い全身の肌を惜しみなく晒し、しかし要所は肌よりもさらに色の抜けた純白の下着で、辛うじて隠してある。

 いつぞや偽乳疑惑を声に出したものだったが、改めて見てみれば、全くの見当違いであった事が良く分かる。いわゆる着やせするタイプなのだろう、スタイルは出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。かといって下品と言うわけでもなく、身長も相まって全体的にバランスの良い体躯となっていた。

 ちょうど脱いだ服を畳んで置くところだったのか、偶然にも屈んでお尻を突き出すような体勢になっており、中々ポイントが高い。


 とりあえずそんな状況に鉢合わせてしまった身としては、やるべき事は一つだけだ。

 即ち、指で額縁を作って【空間画像保存(セーブ・シャッター)】を使い―――


「さすがにそれをやられると、私は君を王家に対する叛逆者として指名手配しなければならないのだが?」

「ゴメンなさい」


 即刻謝罪をして扉を閉める。もちろん俺は部屋の内側に。


「わざとやっているのか? 君はこれから私を襲おうと算段しているのか?」

「ゴメン、マジで間違えた」


 扉をもう一回開けて、今度こそ俺自身が部屋の外に出てから閉める。

 内側から扉の鍵を閉められる音を聞いてから、背中を扉に預けて息を吐き出す。


 っべぇ、まじやっべぇよ。

 他人の着替えなんて同性異性を問わず何度か見てきたけどさ、なんて言うの? そんな記憶のものと比べる事がおぞましいと言うか、とにかく今まで見てきた中で最高の一瞬であることは確かだった。

 惜しむべきは【空間画像保存(セーブ・シャッター)】の許可が下りなかった事か。まあ十分に記憶に焼き付けておいたから、よしとしよう。


「……入れ」

「改めて失礼しまーす」


 扉を開けて室内に入る。室内には既に着替えを済ませたエレナの姿。

 先日目にしたドレス姿ではなく、動きやすさを重視した、それでいて華美さを失っていない、いわゆる儀礼服のような服装になったエレナは、汚物を見る目つきで俺を下からの目線で見下していた。


「見張りの騎士は?」

「殴り倒した」

「一体どうして?」

「説明している時間が惜しかった」

「何故君は単独でここに来た?」

「たかが呼び出しの為に、いちいち騎士共を寄越してくるのをやめてくれるよう頼みに来た。目だって仕方がない上に、不快度メーターの上昇度が半端じゃない」

「……言い残す事は?」

「この度は無礼を働きまことに申し訳ありませんでした。この通り反省しておりますし、二度と過ちを犯さぬと誓います。どうか寛大なる慈悲を」

「……次はないぞ」

「ありがたき幸せ」


 土下座の体勢を解除して立ち上がる。土下座なんてしたの、随分と久しぶりだった。


「それで、呼び出そうとした用件は?」

「君のその変わり身の速さには、呆れを通り越して感心すら覚えるのだが……まあ今は関係のない事だ。私の用件はただ一つ、端的に言おう」


 手を差し出される。手袋のしていないまっさらな手を。


「私を外に連れ出してくれ」



――――――――――――



 天神秀哉、約二億歳。生まれて初めて誘拐犯になる。

 俺は歩く。大通りを一人、目的地を目指して。ただしもう一人、俺の背後から俺の【透明化(インビジブル)】と【静寂(サイレンス)】を受けた状態で着いて来ているがな。


「ぜってー大騒ぎになってるって、これ。下手すれば打ち首じゃすまないだろ、これ」


 既に騎士や衛兵を殴り倒してはいるが、それとこれとは別問題だ。


 王女の部屋の前に陣取って警備する男を殴り倒すのと。

 一国の王女であるエレナを無断で外に連れ出した事。

 一体どちらが罪が重いのかは一目瞭然だ。


「ここか」


 俺の心配を他所に、エレナは目的地に着いた事でとても満足そうだった。

 目的地、それは俺にとっては非常に忌々しい場所―――拘置所だった。


 さすがにここまでくれば必要ないので、エレナに掛けていた魔法を全て解除。中に入る。


「貴っ様ぁ! どのツラ下げてここに来た!」

「おっさんじゃん。久しぶり、元気にしてた?」


 拘置所に入った俺を迎えたのは、少し懐かしくもある怒声。その声の主は、俺が冤罪を被せられた時に散々世話になった元警備隊副隊長にして、現隊長であるウェンハースさんである。


「元気にしてたか、だと!? 貴様が連れてきた二人組み! 特にあの小さい方! あいつのお陰で私の勤務時間は二時間増え、私の胃痛は倍になり、私の頭には円形脱毛症が発症し、その上帰りが遅いからと妻に浮気を疑われる始末だ! どうしてくれる!?」

「最後のはさすがに同情するけど、基本どれも俺には関係ないじゃん」

「関係ないだと!? よくもそんな事を言えた―――」

「ウェンハース殿、すまないが先に用を済まさせて貰っても良いだろうか?」

「お、王女様!?」


 そこでようやくエレナの存在に気付いたのか、あわてて臣下の礼をとるおっさん。既に室内の他の者たちは、とっくにおっさんと同じ体勢になっている。


「こ、この度はこのような場所に足を運んで頂き、ありがたく存じ上げます。なんのもてなしもできず大変申し訳なく思いますが―――」

「構わない、楽にしてくれ。今回は私のごく私的な訪問にすぎず、君たちに何ら非はない。むしろ私のせいで余計に気を使わせてしまったようで、申し訳なく思う」


 おっさんの言葉を遮り、逆に頭を下げられたことに対して、むしろ慌てたのは警備隊の方々だった。


「なにをおっしゃいますか! あなた様はこの国の王族なのです。何も気負う必要などございません!」

「あなた様方王族に対して、身を粉にして捧げるのが我々臣民の務めでございます」

「どうか、頭をお上げ下さい。そして我らに何なりと命じて下さい! 我々はその命に全力をもってして応えます!」


 最後のおっさんの言葉を聞いた途端、下げられていた顔に笑みが浮かんだのはきっと気のせいだ。

 まるで獲物が罠に掛かったのを喜ぶ狩人のような表情に見えたのも、きっと気のせいだ。

 不覚にもその悪どい表情が似合っているように見えたのも、きっと気の迷いに決まってる。


「そうか。ではその言葉に甘えて、一つだけたのみたい事があるのだが、構わないだろうか?」

「頼む必要などございません。ただ一言、やれと命じられればよいのです」


 おっさん、それ以上はいけない。


「では、先日捕らえた、ラテリアの間諜二人を釈放してもらいたい」

「なんっ……なにをおっしゃいますか、エレナ様! あの二人は恐れ多くも、エレナ様を暗殺しようとした者たちでしょう! エレナ様のご命令でしたから丁重に扱ってきましたが、いくらなんでもそのような輩を開放するなど、不可能です!」

「何なりと命じて下さい、そう言ったのは誰だったか」

「そ、それとこれとは、話が違い―――」

「違わないとも。私はただ命じただけだ。君たちはその命をただ全力で遂行すればいい」

「ですが―――」

「拒否権はない」


 あーあ、だからよしとけば良かったのに。エレナに対して言質を与えるからこうなる。

 まあ言質を与えなかったところで、結果は変わらんと思うがな。【交渉】スキルは伊達じゃない。


「……では、私も同行した上であの二人と面会する。釈放するかどうかはその後に決める、それでどうでしょうか?」

「構わないとも」


 ああ、満足そうな表情だ。この返答もエレナの予想の範疇内なんだろうな。


「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」


 粛々と頭を下げて、他の者たちが跪いて頭を垂れる間を歩いて先導する。

 見覚えのある構造の建物を進み、階段を降りて地下に向かう。その道中で、おっさんには聞こえないようにエレナに話し掛ける。


「大丈夫なのか?」

「なにがだ?」

「さっきの条件を呑んでだよ。俺としてはどうでもいいが、あの二人を開放したいわけなんだろ? 俺の経験則から言わせてもらえば、おっさんは相当頑固だぞ。すんなり頷いてくれるとは思えないんだが」

「問題ないさ」

「そうは思えないんだがな。あのまま王族の権限を振りかざして頷かせた方が良かったんじゃないか?」

「……君は知らないだろうが、私の王族での立ち位置というのは、実はそれほど高くはないのだよ。だからそうやって主体的に王族の権威を用いたとなれば、父上や母上はともかく、臣下の者たちが良い顔をしない。

 だが向こうから納得の上で了承したのならば話は別だ」

「納得させられるのか?」

「私を誰だと思っている。造作もない事だ」


 誰だと思っているって、そっちはどうだか知らんけど、俺は無条件で信頼できるほど長い付き合いじゃないと思ってるんだが。


「この階です」


 おっさんが俺たちを案内したのは、俺が収容されていた地下一階ではなく、地下三階。

 地下一階はまだ清潔な造りをしていたが、三階ともなると、石造りの床や壁が剥き出しになっていて、おまけに独房も壁に穴を掘って鉄格子を取り付けただけという、中世の牢屋のイメージをまんま形にした造りをしていた。

 俺が収容されていた独房にしたって、扉を取り付けられた、一通りの家具の揃った個室だったというのに、扱いの落差が凄まじい。

 だがそれは裏を返せば、それだけこの階に収容される者たちは危険だということだろう。事実、付近の牢屋に入ってる連中の眼に浮かんでいる光は、危険極まりない色ばかりだ。


 そう言えば、おっさんはあの二人組が収容されてからストレスが半端ないことになっているんだったか。そう考えると、事ある度に暴れたりとかそんな感じに敵意満々な可能性が高い。置かれている状況を鑑みれば無理もないが、仮に襲い掛かられた場合、それに対応するのは必然的に俺になる。


「うわっ、面倒くさい」

「期待している」


 期待されたところで、やる気はちっとも上がらない。上がるわけがない。


「この奥の部屋になります。くれぐれも警戒を怠らないよう、お願いします」


 おっさんの言葉に頷き、無数の敵意の視線の間を歩き、突き当たりを左に折れる。

 曲がってすぐ目の前にあった部屋は、他の部屋に比べて明らかに違った。雰囲気がという話ではなく、もっと根本的に違った。具体的には、


「メチャクチャ豪華だなオイ!」


 やたらめったら豪華だった。


 他の独房の三倍はあるスペースに加えて、床や壁はきっちりと整備されており、家具も完備してあった。

 その家具も、ベッドにしろ机にしろ、明らかな一級品だった。俺の入ってた独房はもちろんの事、泊まっていた『白樹の宿』の『根の部屋』の物よりも上だ。

 ちょうど食事中だったのか、テーブルの上には皿に乗った食べかけの料理が載っており、その料理も当然ながら、俺が食っていた臭い飯とは比べ物にもならない。

 そしてその料理を口に運ぶ者が二人。片方は長身の紫頭の、疫病使いの男。そしてもう片方は―――


「あっ、シュウポンだ。やっほー♪」

「メチャクチャフランクだなオイ!」


 おそらくおっさんの言う小さい方であろう、重力使いの少女。


 なんて言うか、収容されている者特有の悲壮な雰囲気が欠片たりとも感じられない。それどころか、隷属状態にあった時よりも、遥かに生き生きとしていた。

 いくらなんでもフランク過ぎるだろ。誰だよシュウポンって。まさか俺の事じゃあるまい。隷属状態から解放されてから会うのは初めての筈だよな?


「それとエレナちゃんも。最後に会ったのは城でだったから、大体一週間ぶりだね。一体どったの?」

「少し話があってな。構わないか?」

「オッケーだよ。いらっしゃ~い」


 鉄格子の扉を内側から開けて招き入れる、って―――!


「カギ掛けてなくていいのかよ」

「いや、確か掛けていた筈なのだが……」


 ひとまず招待に応じて独房内に入る。その際に鉄格子を簡単に確認してみるが、鍵の部分が物理的に壊されていた。


「んでんで、どったの?」

「君たちは『大侵攻』について知っているな? それに参加してもらいたい。もちろんタダとは言わない。ここからの解放に加えて、功績に応じて身分の保証も確約しよう」

「いいよー」

「軽っ!?」


 いいのかそれで!


「だってだって、暇なんだもん。折角自由になれたってのに、野郎と同室で、しかもこんなむさいおっさんと毎日顔を会わせるんだよ? もう勘弁してくれって感じ」

「おい小娘……黙って聞いていれば好き勝手に言いおって……」


 早くもおっさんはキレ始めている。余程普段から神経を逆撫でられているらしい。


「最終的に貴様が出られるかどうかは、私の一存次第だということを忘れるな!」

「忘れるもなにもぉ、初耳だしぃ? 相変わらず頭硬いねぇ。口うるさいし、そんなんだから奥さんに浮気を疑われるんだ」

「貴様のせいだろうが小娘! やれ床がゴツゴツしていて不快だの、ベッドが硬いだの、飯が不味いだの、何々の本が読みたいだの、紙とペンが欲しいだの、何様のつもりだ! 貴様には罪人の自覚がないのか!?」


 最後の方はともかく、最初の方は俺も全面的に同意させてもらう。拘留所に快適さを求める方が間違っているのかもしれないが。


「小娘小娘って、こっちの方が絶対年上だぞ。敬えよ、年功序列的に」

「黙れ黙れぇ! エレナ様、暗殺未遂をしておきながら反省の色も見せない、そんな輩を解放するなど私は反対です! なにをしでかすか分かったものではありません!」

「落ち着けよおっさん。解放云々はエレナの話を聞いてからにしろって」

「貴様も貴様だ、エレナ様に対して馴れ馴れしいぞ! 身を弁えろ!」

「相変わらず面倒臭いなオイ」


 目線でエレナを促す。勝算があっての行動なんだから、その勝算を早く披露しろと。


「ウェンハース殿、落ち着いてくれ。私とて、何の条件もなしにこの二人を解放しようなどとは考えていない」

「条件の問題ではありません! この者は根本的に信用がおけないのです!」


 酷い言われようだな。まあ胡散臭いのは確かだけど。


「その条件が、隷属化を科する事であってもか?」

「……正気ですか?」


 おっさん、あんたの発言も大概だよ。王族の正気を疑うなんて、それこそ正気を疑うね。


「恐れながらエレナ様、精神感応系の魔法を奴隷でもないものに対して不当に掛けるのは、条約で禁じられています。それを理解した上で言っているのですか?」

「そうだ。要は本人の了承があれば問題ない。それに、隷属化すればウェンハース殿も納得するだろう?」

「それは、その通りですが、本人たちが了承するとは―――」

「いいよ♪」

「軽いなオイ!」


 ちゃんとどういう事か理解して発言しているのか? 物事を適当に決めすぎてやしないかね。


「だってぇ、条件呑まなかったらここから出らんないっしょ? それにぃ、ラテリアと比べれば隷属状態もマシだべ?」


 だべとか、お前どこ出身だよ。


「人道的扱いを王家の名前において保障しよう」

「そっちのあんたはそれでいいのか?」

「………………」


 先ほどから一言たりとも喋らない紫頭の男に確認を取ると、無言で頷かれる。寡黙キャラか。


「この通り、両者の了承は得た。問題はないだろう」

「……おっしゃる通りでございます」


 エレナの宣言に、とうとうおっさんも折れる。俺はエレナに対して、内心で拍手喝采を送っておく。


「んじゃんじゃ、さっさと作業を進めましょうぜい!」

「そうだな……」


 エレナが俺の肩をポンと叩く。


「では、頼んだ」

「はぁああああああああああああっ!?」


 思わず叫ぶ。おっさんが耳を塞ぎ、迷惑そうに俺を見るが知った事か。


「なんで俺が!? あんたがやるんじゃないのか!?」

「馬鹿を言うな。私に無属性が使えないのは知っているだろう」

「魔道具は?」

「そんな都合のいい物がある訳がないだろう」

「じゃあ何であんな事を条件にしたの!?」

「端から君を当てにしていたからに決まっているだろう。言っただろう? 期待していると」


 確かに言ってたけど! 俺はてっきり、護衛云々に関して期待しているのだとばかり思ってたよ!


「そういう訳だ、あらためて頼む。まさかできないとは言うまい」


 できるかできないかで言えばできる。できるのだが……、


「マジかー。シュウポンがご主人様になるのかぁ」

「………………」


 ぶっちゃけ金を積まれても隷属化したい相手じゃない。


「……西区画の酒場。謎の倒壊。修繕費」

「やります」


 なんで知ってるんだよ。半日と経ってないぞ。


「さてと……」


 改めて二人を【分析Ex】で見てみる。



 名前 ????

 種族 ■■■

 称号 ■■■■■■


 どちらも共通してこのステータスだ。名前の????はまだ分かる。どうせ名前がないとか、そんな理由なのだろう。だが種族にしろ称号にしろ、何故か一貫して情報が伏せられたままだ。


『それは二人が、所謂イレギュラーだからだよ』


 普段とは違い、兄貴ではなくメロナさんの声が降ってくる。兄貴はどうしたの?


『蛍は今は死んでるよ』


 おい、何があった。


『話を戻すけど、秀哉は【分析Ex】のスキルの説明を覚えてるかな?』


 えーっと、確か任意の対象の情報を神々のデータバンクにアクセスして得ることができる、分析スキルの最上位形だったっけ?


『そう、それであってるよ。要するに【分析Ex】は、情報を得るためにデータバンクにアクセスしてる訳なんだけど、その対象に関する情報がデータバンクになかった場合、当然だけどその対象に関する情報は得られないんだよね。

 元々その二人の混ぜ物っていうのは、私たちが作り出したシステムの中の物じゃなくて、そっちの世界で独自発展して生み出された存在なの。当然自分たちで作り出した物じゃないから、それに関する情報なんてある訳ない。だから情報が得られないの』


 つまり、そっちが混ぜ物について理解すれば、この伏字も取り除かれるって訳か。


『そうなるね』

『ちなみに混ぜ物に限らず、こっちのデータバンクにない情報っていうのは、結構あるぞ。技術も日進月歩だから、俺たちの管理下の外で生み出される魔法とかスキルとかも、探せば結構ある。その時はこっちで解明し終わるまでは情報が得られないから、気をつけろ』

『あっ、生き返った』


 兄貴の声。生き返ったって、そっちで一体何が起きてるの?


『気にしない気にしない』

『やっべぇの創っちまったなぁ。秀哉が何とかしてくれるか?』


 おいこら馬鹿兄貴。困ったら俺に丸投げするのをやめろ。


「……お前ら名前は?」

「ないよ~? あ、でもでも、ラテリアの自称聖職者共が使ってた呼称はあったかも」

「具体的には?」

「検体897号」

「……検体37号」


 紫頭の男の方が初めて口を開く。バリトンの渋い声だった。


「名前がないと困るのか?」

「困るね。相手を完全に制御下に置いて、人形のように扱う使役化の場合は必要ないけど、単に隷属化するだけの場合は、隷属状態に置いた対象を識別する為にも名前が必要になる」

「彼らの言っている、ラテリアで使われていた呼称では駄目なのか?」

「一応できるよ。あくまで術者側が対象を識別する為に必要とするだけだから、極端な話1とか2とかでも問題ない。ただ―――」

「やだ!」

「…………」


 男の方は表情が読み辛くてどう思っているかは分からないが、少なくとも首を左右に振って拒絶の意思を表す。少女の方に至っては、見るからに不満そうだった。


「ってか、なんで俺は自分の事を殺そうとした相手について、真剣に考えてんだ?」

「そのことに関してはマジで悪いって思ってるよぅ。だからほんと勘弁して? こっちも自意識奪われていて、ろくに覚えてないんだしぃ?」

「私からも頼む。双方共に、とりわけ相手のほうに一切の不満のない合意の上での事としておかねば、後々うるさいのだ」

「面倒だな、逆らう奴らクビにしろよ」

「できるわけないだろう。馬鹿か君は」


 いきなり罵倒された。何故だ。


「……よーするに、名前があればオッケーなんだよね? だったらシュウポンが付けてよ」

「俺が、か?」

「そそ♪ 彼もそれで良いってさ」

「……エレナじゃ駄目なのか?」

「やだ。エレナちゃんネーミングセンスないし」


 俺のネーミングセンスも、誇れたものじゃないんだけどな。


『いいじゃん、付けてやれよ。減るもんじゃないだろ?』


 毎度毎度他人事だと思いやがって! 

 

「ほれほれ、早く早く♪」

「…………」


 少女の方は見るからにワクワクしている。この分だと下手な名前は付けられない。

 一方男の方はと言うと、瞑目したまま微動だにしない。寡黙な上に無表情で分かり辛いが、少なくとも少女よりは難易度が低そうだ。先にこっちにしよう。


 この男と言えば、紫色の頭。あと疫病属性魔法。

 疫病といえばマラリアとかペストとかが一般的か。どちらも媒介動物によって感染する病気だ。


(兄貴、媒介動物って英語でなんだっけ?)

『vector』


 やたら流暢な発音が返って来る。なんか凄まじくムカつく。


「お前の名前はヴェクターな」

「…………」


 無言で頷かれる。せめてコメントぐらいはくれても良いと思う。

 とりあえず第一段階はクリア。問題は最大の難関である第二段階だ。


「………………」

「次、次♪」


 ……うん、まるで思いつかない。

 いや待て、なにか由来になりそうな特徴ぐらいはあるはず。


 重力属性―――は使えなさそうだからパス。となると、容姿か?

 目を惹くのは藍色のショートヘアと首に掛けている桜色の首飾りか。藍色の髪は題材に使えないとして、後者の方は―――最初に遭遇したときは掛けてなかったから、おっさんのストレスを代償に手に入れた物なのだろう―――桜色、ようはピンク。ピンクは淫乱。淫乱といえば色欲。色欲といえばラスト―――、


「もしかしなくとも、君は女性に対して大変失礼な事を考えてないか?」

「……別に?」

「そうか? ならいいのだが……」


 こういう所まで勘の鋭さを発揮しなくていいよ、ほんとに。


「……思いつかない」

『っし、んじゃあ俺たちがいちょ一肌脱ぎますか!』


 誰にも聞こえないように呟いたはずなのに、ちゃっかり兄貴たちには聞かれていた。


『やっぱグィネヴィアだな。雰囲気的に!』

『縁起でもないからやめなさい。それよりも、ポチのほうがずっといいわ。彼女、従順そうだし』

『エルナの方こそすっこんでなさい。それは人に付ける名前じゃないわ。それよりも付けるならミロナね』

『あなたの名前をもじっただけじゃないの!』

『エルナの考えた名前よりマシでしょ!』

『君たち二人とも、センスがないね。ここは一つ、この僕が決めて―――』

『『中二病は黙ってなさい!』』


 なんか向こうは向こうで勝手に喧嘩し始めたよ。主にエルナさんとメロナさんが。久々に声を聞いたと思ったら、ろくな事にならないな。


(……ヴィスヒツさん? あんたは何か案はある?)

『……イレーゼはどうだ?』

(おっけ。それが一番いいよ。兄貴とかエルナさんとかメロナさんとかが考えたのよりも、よっぽど)

『そうか……頑張れよ』

(ありがと)


 さすがはヴィスヒツさん。五人の天才の中で一番の常識人と俺が思っていただけの事はある。


「イレーゼっていうのはどうだ?」

「バッチシ! それでいいよ♪」


 どうやらお気に召したようだ。さすがヴィスヒツさんマジでパネェ。


「それでは、名前が決まったところでさっさと次に進もう」

「なんであんたが仕切ってんだよ。別にいいけどさ」


 【絶対服従化(アブソリュート・オベディエンス)】ヴェクター

 【絶対服従化(アブソリュート・オベディエンス)】イレーゼ


 面倒なので無詠唱で両者一括でやってしまう。

 MPがごっそりと減る虚脱感に見舞われつつ、二人の腕を掴んでいた俺の両手が発光し、光が収まると両者の腕には、隷属状態になった事を示す紋様が浮かび上がる。

 これでもし主人の意思―――この場合は俺の意思に背く行為を行った場合、その紋様を介して全身が激しい痛みと麻痺に襲われる事になる。ちなみに罰則は主人の任意で強める事も可能だ。


「ウェンハース殿、釈放手続きをお願いしたい」

「……かしこまりました」


 おっさんも今度こそ素直に引き下がり、上に戻っていく。おそらく一時間かそこらで、釈放手続きは終わるはずだ。


「俺の役目はもう終わりか?」

「いや、まだある」

「……二人の装備を見繕えとか、そんな感じか?」

「その通りだ。よく分かってるじゃないか」

「さすがにそれくらいは分かるだろ」


 あくまで隷属化させたのは俺なのだから、少なくとも現地に向かうまでの面倒は俺が見る必要があるだろう。


「乗り掛かった船だ。少なくとも『大侵攻』が終わるまでは付き合って―――」


 ドタドタという慌ただしい足音が、それも複数上の方から響いて来て、俄に騒がしくなる。

 注意深く聞いてみると、足音の他に金属が擦れる音や人の話し声も聞こえてくる。


「おっさん、何かあったの―――」

「見つけたぞ、この誘拐犯め! 今すぐ姫様を放せ!」

「………………」


 まあね、嫌な予感はしてたんだよ。

 だけどさ、だからって話も聞かずに一方的に誘拐犯扱いは酷くないか?


「いや、俺は―――」

「聞く耳は持たないぞ、犯罪者め! 神妙にお縄につけ!」

「………………」


 ろくに人の話を聞こうとしないのは、後ろに控える騎士たちを率いている、金髪の爽やかイケメンフェイスの騎士。もうこの時点で腹が立つ。

 直感で俺の手には負えないと悟ると、即座にエレナに助けを求める。こうなった原因の一端は、お前にもあるという批難を視線に込めて。


「よりにもよって、彼か……」


 ところが肝心のエレナは、何故か手を額にあてて宙を仰ぐばかり。


「……では、頑張ってくれたまえ」

「……え?」

「捕らえろ!」

「「「「はっ!!」」」」


 背後に控えていた騎士たちが一斉に俺に飛び掛かってくる。そいつらに殴られて蹴られて投げられて地面に押し倒されて、まだ俺は現状を把握できていなかった。


「姫様、どうぞこちらへ!」

「うむ、まあなんと言うか……すまない」

「……え?」


 エレナが金髪の爽やかイケメンフェイスに連れられて去っていく。当の俺は関節を極められて後ろ手に縄で縛られていた。


「……え?」



これにて二章は終了とさせていただきます。


 次章予告

ついに始まった、過去最大規模の『大侵攻』。

本人のやる気を外に事態は進行していくが、至高神の思惑が絡んでいる以上はタダで済むはずもなく……?


 到底反省しているようには思えない謝罪

『ゴメン』

『いやほんとマジでゴメン』

『やり過ぎたとは思ってるんだけどさぁ』


 減退し続けるやる気

「もうやだ帰りたい」


 吼える竜帝

『貴様のような若造が魔王を名乗るだと? 身の程を知れ!』


 少しだけやる気を出す

「安心しろよ、手は打ってある」


 入り乱れる策謀

「シュウヤ・アマガミ、彼には消えてもらいます」


 刷られる手配書

「シュウヤ・アマガミ、彼を冒険者ギルドソリティア支部長タードレイ・バロバクト殺害容疑で指名手配します」


 そしてついにぶちギレた彼が本気を出す!

「舐めた真似しやがって。ただで済むと思うな!」

「この俺がいる以上、好き勝手させるかよ!」

「上等だカス共! テメェら全員、狩り尽くしてやる!」


 乞う御期待!

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