第三話:ちょっと多いよ
妖精の帰り路――。
そこは妖精という高次の存在が行き交う不思議な空間であり、世界中のあらゆるスポットに繋がっていると言われる。
そんな異界の辺境に『幽現亭』という小さなおでん屋があった。
風情の滲む屋台には、大魔教団の最高幹部――天魔十傑の下位四人が集っている。
「既に知っての通り、『第六天』のラグナが倒れた」
「ははっ。俺らの誘いを蹴った挙句、学生風情に後れを取るなんてな!」
「ダッサ、『天魔』の面汚しね」
「やはり序列の見直しは必須、真の実力を反映しておらぬ」
幹部四人は、同僚の敗北を嘲笑う。
「さて、早速じゃが本題へ入ろう。『第一天』から『第五天』、目障りな上位五人の誰を始末するか」
白髪白眉の老爺が、今日の議題を提示した。
天魔の下位四人衆は、秘密裏に徒党を組み、上位の者たちを抹殺せんとしていた。
ちなみに……ラグナへこの話を持ち掛けたところ、「プライドはねぇのか?」と一蹴されている。
「行くなら、第五天だろ? 何事も『目下の一歩より始めるのが常道』ってな!」
筋骨隆々の若い男が堅実な案を出し、
「いやいや、第四天とか狙い目じゃない? あいつの固有は一対一向きだし、集団戦ならボコせるって!」
紅一点の派手な女が別の考えを示し、
「逆に第一天はどうだ? 某ら四人が力を合わせれば、あの化物にも勝てるはずだ」
全身に包帯を巻いた痩身の剣客が、大胆な意見を述べる。
邪悪な企みが盛り上がりを見せる中、
「――いやぁ、キミたちには無理だと思うな」
招かれざる客の明るい声が響く。
「「「「なっ!?」」」」
屋台の隅へ目を向けるとそこには、漆黒のローブを纏う謎の仮面がいた。
「やぁ、初めましてだね」
パイプ椅子に腰掛けた彼は、軽くヒラヒラと手を振る。
天魔四人の『家族入り』は既に内定しており、周囲には異形の妖精しかいないため、リラックスした『素』の状態でいるのだ。
「大将、大根とたまごと牛すじ、後は何か適当に見繕ってもらえる?」
ボイドは呑気に注文を通し、
「あぃよ」
半人半魚の妖精が、小皿におでんを盛る中――天魔たちは跳び下がり、戦闘態勢を取った。
(こやつ、いつからそこに!?)
(まるで気配がしなかったぞ……っ)
(あたしの魔力感知をすり抜けるなんて……ッ)
(恐るべき隠形、只者ではあるまい)
それぞれが警戒を強める中、リーダー格の第七天が問いを投げる。
「貴様その姿……ボイドじゃな?(声の張り具合からして、十代半ばから二十代前半……まだ若い)」
「うん」
なんとも軽い返事をした彼は、仮面の上から熱いお茶を啜り、「ふぅ」と白い息を吐く。
「大魔教団の最高幹部『天魔十傑』……よくよく考えたんだけどさ、やっぱり十人はちょっと多いよ」
「……多い……?」
「そっ。キミたちが一人一人順番に襲って来たら、それだけで十回も戦わなくちゃいけない。だから、『下半分』を間引くことにした」
彼は淡々とした口調で告げる。
「ここで四人纏めて始末すれば、大幅な時短になる。とても効率的でしょ?」
これ以上ない侮蔑と挑発を受けた天魔の下位組は、
「「「「……あぁ゛……?」」」」
凶悪な魔力を滾らせる。
凄まじい殺気が吹き荒れる中、
「一対四でいいよ。ほら、掛かっておいで……熱っ!?」
涼しい顔をしたボイドは、出汁の染みた餅巾着をフーフーしながら、空いた左手でクイクイと煽る。
「あんまり調子に乗るなよ、ゴミカスがッ!」
最も短気な第九天の女が、もはや我慢ならぬと言った風に駆け出した。
「これでも食らいな!」
毒の塗られた短刀が、正確に首を刈り取る。
「――第九天リーネ、英雄級の固有<精神掌握>だよね?」
「なっ!?」
驚きは二つ。
自分の斬撃がすり抜けたこと。
名前と序列はおろか、固有魔法まで割れていること。
「いきなり天魔を四人も送ったら、ボイドタウンが混乱するかもだし……軽く揉んでおこうかな」
余裕綽々のボイドに対し、リーネもまた不敵に嗤う。
「<虚空>だかなんだか知らねぇけど……ここまで詰めりゃ、あたしの勝ちだ! <精神掌握>!」
彼女の固有は、生物の心を支配する。
有効射程こそ30センチと短いものの、決まれば『必殺』の強力な魔法だ。
「残念だけど、ボクに精神支配は効かないよ」
精神系の魔法に『完全耐性』を持つボイドは、大根をハフハフと口にする。
「くそ、ふざけやがって!」
リーネは再び短刀を振り下ろすが……。
その一撃は、ボイドの体に沈み込んだ。
「この……離しやがれッ!」
左手で顔面を殴り付け、右脚で急所を蹴り上げた。
その結果、手足まで取り込まれ、状況はさらに悪化する。
「ふふっ、精神系の固有はレアだからね。キミは大切にコレクションしよう(<精神掌握>を上手く使えば、『幼児化したゴドリーくん』を治せるかもしれない。……よし、また後で実験してみよっと)」
「い、いや……お願い、助けて……っ」
必死に仲間へ懇願するリーネ。
これを受けて、第七天が迅速に動く。
「カァッ!」
老爺の叫びに呼応して、灼熱の爆風が吹き荒れた。
しかし、
「ぁ、う゛、ぁああああああああ……!?」
その魔法は、味方を焼くだけ。
ボイドは何食わぬ顔で、牛すじの旨味を堪能し――第九天を体の奥底へ収納した。
「まずは一人」
「き、貴様……リーネをどうした!?」
「家族にした」
返って来たのは、常軌を逸した異常な回答。
「……か、家族に……?」
「い、イカレてやがる……っ」
「なんなのだ、この精神異常者は……!?」
あまりにも独特な表現を受け、残された三人は体を震わせた。
ただ、彼らはいくつもの修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勇士。
<交信>を使い、すぐさま連携を取る。
(某の固有であれば、ボイドの<虚空>を突破できる。奴の魔法が乱れた隙を突け)
(うむ、任せたぞ)
(了解)
張り詰めた空気が満ちる中、
「……大将、ちくわとこんにゃくもいい?」
ボイドは手抜かりなく、追加のオーダーを飛ばした。
「あぃよ」
「ありがとう」
白い湯気の立つ小皿が手渡された瞬間、
「ゼェエエエエエエエィ!」
全身に包帯を巻いた痩身の剣客が、第八天が凄まじい速度で奔り、
「――<万断>!」
固有魔法を全開にして、渾身の袈裟斬りを放つ。
しかしその一撃は、虚空を纏う竹串に止められた。
「ば、馬鹿、な……っ」
「第八天ケラトゥス、今のは英雄級の固有<万断>だね。あらゆる『物質』を断ち切る斬撃だけど……。その魔法じゃ、『異界』は斬れないよ」
英雄級中堅の<万断>と起源級最強の<虚空>。
両者の魔法は、純粋に『格』が違った。
「ぐっ、ぉおおおおおおおおおおお!」
ケラトゥスは苛烈な連撃を繰り出すが、いずれも竹串に防がれてしまう。
(<万断>は、汎用性の高い斬属性。建築・加工分野に必須の存在だ。もう明日から働いてもらうとしよう)
(この男、なんという技量だ。これぞまさに『神域の剣術』……っ)
激しい剣戟が宙を彩る中、
「あっやべ」
まさに竹串一閃、
「が、ふ……っ」
第八天の上半身と下半身が、綺麗に両断された。
「ごめん、ちょっとやり過ぎちゃったかも」
昔から手加減の苦手なボイドは、ケラトゥスのもとで腰を下ろし、回復魔法を使う。
敵に背を向けたその姿は、どこからどう見ても隙だらけ。
第十天と第七天がこの機を逃すわけもなく、
「「――馬鹿めッ!」」
天高く跳び上がった二人は、業物の刀を振り下ろす。
しかしそれは、標的の胴体をすり抜け、
「が、は……っ」
瀕死のケラトゥスを串刺しにした。
「「なっ!?」」
「うわ、酷いなぁ……」
<虚空流し>によって、刺突を無力化したボイドは、まるで他人事のように呟き、
「これでよしっと」
回復魔法でケラトゥスの胴体を繋げ――そのままポイと黒い渦へ放り込む。
「さぁ二人目だ」
「くっ、この野郎……!」
「やめぃ! 下がるのじゃ、バルザック!」
第七天の忠告も聞かず、第十天は果敢に攻撃を仕掛けた。
「ドラァアアアアアアアア!(<虚空>は空間支配系の固有! 空間さえも捻じ曲げる、俺の『神速連撃』なら……突破できるッ!)」
両の拳による超高速連打に対し、
「第十天バルザック、確か英雄級の固有<闘神の加護>、強化系のシンプルな魔法だね」
ボイドは左手一本で、簡単に捌いていく。
魔力強化さえ用いず、『素』の膂力で圧倒しているのだ。
(くそ、こっちは固有をフルで使ってんのに……あり得ねぇだろ!?)
刹那、
「えっ?」
バルザックの視界が『死』で埋まる。
「ヘバッ!?」
ボイドの軽いジャブが鼻っ柱を打ち抜き、第十天は遥か後方に吹き飛んだ。
「フィジカルエリートは大歓迎だよ。建築・運搬・鍛冶、なんにでも使えるからね」
「こ、の……化物、め……っ」
バルザックの屈強な肉体は、黒い渦に蝕まれていき、やがてヌポンした。
「これで三人目」
まるで大人と子ども――否、巨龍と羽虫。
ボイドと天魔四人の間には、絶望的な力の差があった。
「さぁ、キミで最後だよ、第七天メレジール」
「ぐっ……カァッ!」
腰の曲がった翁が右手を突き出すと同時、ボイドの眼前で凄まじい大爆発が起きた。
伝説級の固有<微笑みの火薬>、あらゆる物体を起爆させる、極めて殺傷能力の高い魔法だ。
並の魔法士なら即死だが……ボイドは当然のように無傷。
爆発という現象そのものを虚空へ消し飛ばしたのだ。
「だから、それは効かないって……んっ?」
そこにメレジールの姿はなかった。
圧倒的な実力差をわからせられた彼は、全速力で逃げ出したのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ(無敵の固有・神懸かった剣術・桁違いの回復魔法・超人的な膂力・異常な情報収集能力、これが『虚の統治者』ボイド……っ。勝てない、天地がひっくり返っても、絶対に……ッ。神はこの男にいくつの才を与えたのだ!?)」
半狂乱のメレジールが、瞬きをした次の瞬間、
「……はっ……?」
いつの間にか幽現亭のパイプ椅子に、ボイドの左隣に座っていた。
<虚空渡り>によって、強制的に飛ばされたのだ。
「おいしいおでんを食べて家族になるか、地獄の苦しみを味わって家族になるか、どっちがいい?」
突き付けられた二択の問い。
当然、逃げ道も拒否権もない。
「……ふぅ……」
第七天は大きくため息をつき、
「――大将、がんもどきを」
「へぃ」
全てを諦めて、おでんを頼んだ。
「ふふっ、会計はボクが持とう」
そうして娑婆で取れる、最後の食事を楽しんだメレジールは、
「それじゃ、また後でね」
ヌポン。
ボイドタウンへ送られた。
「ごちそうさま、おいしかったよ」
「まいど」
サッと会計を済ませたボイドは、店の外でグーッと体を伸ばす。
「英雄が三つに伝説が一つか……。ふふっ、大漁大漁っ!」
いつにも増してご機嫌な彼は、妖精の帰り路をブラリと歩く。
(レアなコレクションが四つも増えたし、メインルートは大幅にショートカットできたうえ、主人公に入るはずの経験値までごっそりと奪い取れた!)
僅か十分そこそこの活動で、これ以上ないほどの戦果をあげている。
(ふふっ、第四章も最高の滑り出しだね!)
こうして大魔教団の最高幹部を、天魔十傑を文字通り『半分』にしたボイドは、
(この調子で、サクッと天喰を仕留めよう!)
メインルートの攻略に向けて、さらなる悪事を企てるのだった。
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この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?
ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。
おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!
ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。
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