第二十八話:最終盤面
ゴドリーを始末したボクが、シュガーと少女を引き連れて、リンとセレスさんのもとへ戻ると――何やら逼迫した状況になっていた。
「お母さん、お母さんっ! 起きてください、お母さん……ッ!」
目尻に涙を浮かべたリンが、必死に回復魔法を使っている。
しかし、あまりにも傷が深過ぎるため、再生は遅々として進まない。
セレスさんはぐったりとしたまま、ピクリとも動かなかった。
あれはもう完全に虫の息だ。
(魔人は異常なぐらいタフだけど、このまま放っておいたら、後一時間ぐらいで死ぬかな)
逆に言えば、こんな状態でも一時間と生きれるんだから、生物的にめちゃくちゃ強いよね。
なんにせよ、セレスさんは苦労してゲットした研究職、こんなところで失うわけにはいかない。
「リン、無駄なことはやめろ」
「無駄じゃないですっ! お母さんは、まだ助かります……きっと、絶対に……ッ」
リンはボロボロと大粒の涙を流しながら、必死に回復魔法を使い続けた。
この勢いで魔力を燃やせば、彼女の方が先に倒れるだろう。
「勘違いするな。俺が治してやる、と言っているんだ」
「……えっ?」
「まぁ見ていろ」
ボクは右手を前に出し、回復魔法を発動する。
次の瞬間、セレスさんの体を淡い光が包み込み、全身の負傷があっという間に完治した。
「……う、そ……(『再生』も『縫合』も早過ぎて見えなかった。こんな『神業』、伝説の六英雄にだってできない……っ)」
リンは信じられないといった風に瞳を震わせた。
(ふふっ、凄いでしょ?)
回復魔法を修めて早三年、ボクはこの技術を極めた。
今や治療に掛かる時間は、夢の『0.01秒切り』。
瞬きの間に、10回は完全回復できるのだ。
(防御面も回復面も、いい感じに仕上がってきたね!)
ボクが自分の成長具合に満足していると、
「う、うぅん……」
セレスさんがモゾモゾと動き出した。
さすがは魔人、お早いお目覚めだ。
「ぁれ……リンはッ!?」
意識を取り戻した彼女は、勢いよく上体を起こし――目の前に最愛の娘を発見する。
「……リン、無事でよかった……っ」
「お、お母さん……ッ」
母娘二人は涙を流しながら、ギュッと抱き締め合った。
(うんうん、よかったよかった)
リンは母親が助かって幸せ。
セレスさんは娘を守れて幸せ。
ボクは貴重な研究職を仲間に引き摺り込めて幸せ。
(みんなが幸せ、これぞまさに『ハッピーエンド』だね!)
ボクが柔らかく微笑んでいると、セレスさんがこちらに向き直った。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。えっと……なんとお呼びすれば、よろしいでしょうか?」
「今はボイドでいい」
「わかりました。ボイド様、改めてお礼を申し、上げ……う゛っ」
彼女は急に顔を歪め、腹部を押さえて苦しみ出した。
「お母さん、大丈夫ですか!?」
「へ、平気よ。ちょっと痛むだけ、だから……っ」
彼女は大きく息を吐き、なんとか呼吸を整える。
(かなり苦しそうだね……)
『魔王の血』を大量に摂取したことで、『不浄の紋章』が活性化しているのだろう。
「セレスよ、体に赤黒い痣があるな?」
「……はい」
「見せてみろ、俺が治してやる」
「えっ。いや、その……っ」
「どうした、遠慮はいらんぞ」
「……わかり、ました……」
頬を赤く染めたセレスさんはコクリと頷き、気恥ずかしそうに白いシャツをたくし上げた。
ちょうど左胸の下あたりに赤黒い痣が浮かんでいる。
これを消してあげれば、彼女の痛みは止まるのだが、
(……で、デカ過ぎるだろ……!?)
ボクの視線は『不浄の紋章』ではなく、『豊穣の果実』へ釘付けになってしまった。
たわわに実ったそれは、黒い下着に収まり切らず、暴力的な存在感を放っている。
(雪のように白く瑞々しい肌……。嗚呼、きっと柔らかいんだろうな……)
強烈な精神攻撃を受けたボクは、『豊満な双丘』へ手を伸ばし――寸でのところで止めた。
(……これだけは駄目、一番駄目なやつだから……っ)
舌を強く噛み、その痛みで正気を取り戻す。
(クラスメイトの母親に手を出すだけでもマズイのに……。わざわざ娘の前でコトに及ぶなんて、ライン越えの中のライン越えだ……ッ)
繰り返しになるが、ボクはエリザと違って『ノーマル』であり、そういう『特殊な癖』を持ち合わせていない。
(ふぅー……っ)
静かに息を整え、
(<聖浄の光>で魔王因子をバラして、回復魔法の要領で体に馴染ませてっと)
無心で治療を施す。
「……よし。不浄の紋章は消えた、もう二度と痛みに悩むこともない。当然、秘薬も不要だ」
「……う、うそ……っ」
セレスさんは目を丸くして、綺麗になった肌を見つめる。
「ついでに劣化した細胞も補強しておいた。よかったな、これで五十を超えて生きられるぞ」
「『不浄の紋章』も『秘薬』のことも『寿命』についてまで……。ボイド様は、何でもご存じなのですね」
「まぁな」
何せボクには、『原作知識』があるからね。
「重ね重ね、本当にありがとうございます」
セレスさんは深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「気にせずともよい。全て俺のためだ」
せっかく手に入れた貴重な研究職、彼女はしっかりと健康な状態で、末永く働いてもらわないと困る。
「次はリン、お前だ」
「は、はい……っ」
彼女はコクリと頷き、上の服をめくって、透明感のある左肩を露出した。
クラスメイトの女子が、自分の命令に従って、恥ずかしながらも肩を見せるこの状況。
当然のように情欲が騒ぎ出したけど……なんとか気合で抑え込み、黙々と作業に没頭する。
「よし、これでもう大丈夫だ」
「ありがとうございますっ!」
二人の治療も終わり、ここからはいよいよ『本題』だ。
「――さて、それでは『契約』の話へ移ろうか」
「……っ」
セレスさんの表情が、わかりやすく固まった。
「おいおい、なんだその顔は……。俺は全ての条文をきちんと明示した。お前はそれを全て読み込み、納得のうえで<契約>を結んだ。そうだろう?」
「……はい、仰る通りです。娘の命を保証していただく代わりに、私は全ての条件を呑みました。どのような内容であれ、決して文句は言いません」
「くくっ、よろしい。では、改めて確認するがいい」
「……わかり、ました……っ」
セレスさんは緊張した面持ちで<契約>を発動、その過酷な内容に目を通し――ハッと息を呑んだ。
「こ、これは……!?(セレス・ケルビーおよびリン・ケルビーは、とある魔法研究所にて永年雇用とする。月曜日から金曜日まで八時間勤務、土日祝休み、年間休日120日以上。年次有給休暇12日~。最低保証月額70万ゴルド~【査定により昇給】。衣食住保証。明るい先輩【馬癖あり】のいる、アットホームな職場です。……もしかして、ただの『就業規則』? 永年雇用は確かに重いけど、魔法省と比べて『超絶ホワイト』過ぎる……っ)」
「まぁ、俺も鬼じゃない。リンの就業については、教育課程が終わるまで待ってやろう。レドリックを卒業してすぐ働くもよし、大学へ進むもよし、大学院もまぁ……認めてやるか」
リンは次代を担う天才魔法研究者だ。
本人に学ぶ意欲があるのなら、しっかりと支援してあげた方が、結果的にプラスとなるだろう。
「ほ、本当に……これでよろしいんですか!?」
「くくくっ、今更になって怖気付いたか? だがもう遅い。既に契約は結ばれた。お前たち二人は、死ぬまで俺のもとで――」
「――あ、ありがとうございます!」
「……え゛ぇ……?」
予期せぬ返答にフリーズしてしまう。
「魔法省が信じられなくなった今、どうやって生計を立てようかというときに、職場はおろか衣食住まで保証していただけるなんて……。本当に、なんとお礼を申し上げればよいか……っ」
「か、勘違いするなよ? うちはたまに残業を強いるときがある。酷い日など、深夜零時を回るだろう」
「全く問題ございません。今の職場は、泊まり込みがザラにありますので」
「あっ……苦労しているんだね」
そう言えば確か、魔法省って『超絶ブラック』だった。
「と、とにかく……詳しい業務内容と勤務地については、後ほど詳しく説明しよう。今日のところは体を休めるがいい」
「はい、わかりました」
その後、<虚空渡り>を使い、リン・セレスさん・囚われていた英雄の子孫を虚の仮拠点へ送った。
案内役としてシュガーを同行させたので、きっと上手くやってくれるだろう。
(……しかし、セレスさんは『危険』だな……)
彼女はなんというか、そう……色気があり過ぎる。
二人で会うときは、絶対に誰かを間に挟むとしよう。
そうじゃないと、本当に間違いを犯しかねない。
「さて、と……みんな、いる?」
「「「――ここに」」」
ボクの呼び掛けに応じ、虚の構成員が現れた。
目の前で跪く彼女たちは、シュガー直属の特殊戦闘員だ。
「ここは大魔教団の極秘研究所、何か重要な情報があるかもしれない。徹底的に洗ってもらえる?」
「「「はっ!」」」
彼女たちは方々に散り、研究所を物色し始めた。
「さて、ボクも探そっと」
みんなと一緒に肩を並べて、ガサコソと情報を漁る。
(ボクの予想が正しければ、これでフラグが成立したと思うんだけど……)
それからほどなくして、各地で「あっ!」という声が響いた。
「ぼ、ボイド様、こここ……こちらをご覧くださぃ!」
「ボイド様! 何やら重要っぽい書類を発見しました!」
「ボイド様ー! 宝箱の中に凄そうな巻物が……!」
みんなから寄せられた資料を一つ一つ確認していく。
『レドリック魔法学校襲撃計画』
『魔王の血:第二世代における技術的問題と精錬の可能性』
『天喰の定点報告書』
「おぉ、凄いね! 全部大当たりだよ!」
「「「ありがとうございますっ!」」」
第三章の冒頭で、どれだけ探しても見つからなかった『お宝情報』が、面白いぐらいにザックザックと出てきた。
(この結果を見る限り、やっぱりあのときは『システム的な規制』が働いていたみたいだね)
この世界は、現実でもあり虚構でもある。
(ボクの仮説――『大ボスに関するなんらかのフラグを立ててからじゃないと、その章の最終盤面へ進めないようになっている』というのは、正しかったようだ)
第三章で言うならば、『中ボス』ゴドリー・ベルンの撃破。
きっとこれが、最終盤面に進むためのフラグだったのだろう。
(どれどれ……)
ボクは手元の書類『レドリック魔法学校襲撃計画』に目を落とし、そこに記された責任者を確認する。
――大魔教団幹部ラグナ・ライン。
(ふふっ、ようやくキミの名前を拝めたよ)
これでフラグは、完全に成立した。
目前に控えた『聖レドリック祭』で、万全の準備を整えたラグナが、奇襲を仕掛けてくるだろう。
(忙しかった第三章も、いよいよ『最終盤面』だね)
重要なサブイベントは全て回収済み。
(いろいろ大変だったけど、ここまでの出来は――100点満点だ!)
でも、ここで絶対にしちゃいけないことがある。
(それは……『油断』と『慢心』)
『怠惰傲慢』という呪いによって、原作ホロウはあらゆるルートで死亡する。
勝って兜の緒を締めよ。
この有利な盤面をしっかりと活かし、第三章の『大ボス』ラグナを迎え撃つのだ。
(目標に掲げた『死者ゼロの完全攻略』、その課題となるのは二つ……)
一つ、レドリックの敷地内に腕利きの聖騎士を複数配置すること。
一つ、レドリックの生徒と教員が、大人しくボクの指示に従うこと。
既にどちらも満たしている!
(残す問題は一つ、『ラグナをどう確保するか』だ)
彼は超便利な起源級の固有魔法を持っており、それが手に入れば、ボイドタウンの労働力問題は一発で解消する。
(ラグナだけは必ず拉致――ゴホン、家族へ迎え入れる!)
たとえどんな手を使おうとも、絶対にッ!
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