第二十三話:大切なお願い
カーラ先生を口説き落としたボクは、魔法準備室から退出し、トーマス伯爵もそれに続いた。
二人で本校舎の廊下を歩きながら、軽い雑談を交わす。
「トーマス卿、ご苦労だったな。此度の働き、実に見事なものだ」
「お褒めに預かり、光栄の至りです」
「何か褒美を用意しよう。望みのモノを言うといい」
「いえいえ、既に十分いただいております」
トーマス伯爵は満足気に微笑みながら、視線を右側へスライドさせる。
その先には――レドリックの学生たちがいた。
「なぁおい、あれってトーマス家の……?」
「あっ、フランツの親父さんじゃん。なんでホロウと一緒にいるんだ?」
「馬鹿、知らねぇのか。あの家は最近、ハイゼンベルク家と関係を深めてんだよ」
「そのおかげで、凄く潤ってるらしいよ? 特産の絹糸が、飛ぶように売れているんだって」
「今はどこの家も、トーマス家を足掛かりにして、ハイゼンベルク家に近付こうと必死らしい」
彼らは興味深そうにこちらを見ては、何やらこそこそと話し合っていた。
(あー……なるほどね)
こうしてボクと一緒に本校舎を歩けば、ハイゼンベルク家とトーマス家の関係を自然な形でアピールできる。
確かにこれは、トーマス伯爵にとって『最高の報酬』だろう。
「くくっ、少し見ぬ間に随分と強かになったではないか」
「何を仰いますか。私なぞ、ホロウ様の足元にも及びません」
トーマス伯爵はそう言って、静かに首を横へ振った。
「だが、『信賞必罰』は世の理だ。此度の貴殿の仕事ぶりに、俺はとても満足している。またなんぞ望みでもあれば、連絡を寄越すがいい。可能な限り、取り計らってやろう」
「もったいなき御言葉、恐悦至極にございます」
そうしてトーマス伯爵と別れたボクは、充実感を噛み締めるようにグッと拳を握る。
(ふふっ、あっという間に終わっちゃったね……!)
三年特進クラスを衆人環視の下に圧倒することで、学生を支配した!
唯一の異分子であるカーラ先生を手懐けることで、教師を支配した!
(これでレドリック魔法学校は、ボクの手に落ちたっ!)
第三章最終盤面に向けた準備は、もうばっちりだ。
そうそう、カーラ先生を『二重スパイ』に仕立て上げ、『王選』に向けた仕込みもできたね。
ちょっと忙しかったけど、中々に実りの多い一日だ。
(後は……っと、もうこんな時間か)
ふと目に入った時計塔は、15時30分を指していた。
今日は16時から、レドリック大聖堂で、セレス・ケルビーの『特別講義』が開かれる。
(セレスさんは『天才魔法研究者』という設定だけど、それがいったいどれほどのモノなのか、この眼でしっかりと確かめておきたい)
何せ彼女は、近々うちで働くことになるからね。
臣下の能力チェックも、次期領主の大切な仕事の一つだ。
本校舎の階段を下り、特別講義の会場へ――レドリック大講堂へ向かう。
重厚な黒い扉を押し開けるとそこには、静謐な空間が広がっていた。
レドリック大講堂は、約1000もの人が収容可能な馬鹿デカい部屋だ。
真っ正面の舞台には厳かな演壇が据えられ、それを囲うように大量の座席が並ぶ。
ここは表彰式・全校集会・生徒会選挙などのほか、今回のような特別講義などでも使われる場所だ。
(人の入りは……『そこそこ』と言ったところかな)
王国を代表する天才研究者が、貴重な時間を割いて登壇するというのに、些か寂しくも思えるけど……。
これはあくまで学生を対象にした特別講義。
研究者を対象にした発表会でもなければ、レドリックの公式行事やお祭りでもないから、まぁこんなものだろう。
(……っと、いたいた)
舞台正面の座席にリン・ケルビーを発見する。
母親の講義を聴講しに来ているのだ。
そしてその左隣には――予想通りというかなんというか、主人公アレン・フォルティスが座っていた。
(まぁ、当然いるよね……)
この特別講義は、主人公とケルビー家の『出会いイベント』。
アレンがいることは想定の範囲内、というか当たり前のことだ。
(主人公とは出来る限り、関わりたくないんだけど……仕方ない、行くか)
ボクは緩やかなスロープを下り、素知らぬ顔でリンの右隣へ移動して、そのままスッと席に着く。
「あれ、ホロウくん?」
「あっ、ホロウくんだ!」
純粋無垢なリンとアレンが、すぐにこちらへ気付いた。
「ん? あぁ、お前たちか」
「お母さんの講義を聞きに来てくれたんですよね? とても嬉しいですっ!」
「そんなに頭がいいのに、まだ学ぼうとするなんて……さすがはホロウくん!」
「あ゛ー、まぁな」
二人の好意的な意見を適当に躱しつつ、『とある話題』を振る。
「そう言えばリン、以前お前に渡した『龍の瞳』。どうだ、セレスさんには喜んでもらえたか?」
ボクの問いに対し、彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、その件は私の早とちりだったみたいで……龍の瞳は必要ないそうです」
「そうか、それは残念だったな」
まぁ予想通りだね。
セレスさんは優秀過ぎたがゆえ、驚くべき速度で研究を進め――気付いてしまった。
自分が大魔教団の悍ましい研究に、『魔王因子の精錬作業』に関わっていることを。
強い正義の心を持つ彼女は今、プロジェクトを遅らせるため、命懸けで妨害工作を行っている。
そんなところへ、魔法研究を捗らせる魔道具を、龍の瞳を持って行っても仕方がない。
「こちらは高価な品物なので、ホロウくんにお返ししますね」
リンはそう言って、深緑の小石を取り出した。
「いや、お前が持っておけ」
「えっ、でも……」
「近い未来、それを必要とする時が必ず来る。だから、肌身離さず持ち歩け――いいな?」
ボクが言葉に力を込めると、
「わ、わかりました。ありがとうございます」
リンは目を丸くしつつ、コクリと頷いた。
(よし、これで大丈夫だね)
龍の瞳は、第三章の大ボスの攻略に使う『キーアイテム』。
リンにはこれを使って、『とある役割』を果たしてもらう予定だ。
(まぁ、どこかへ失くしたりはしないと思うけど……)
念には念をということで、肌身離さず持ち歩くようにと言い付けておいた。
そうこうしているうちに、舞台中央の演壇に緑髪の美女が立つ。
天才研究者セレス・ケルビーだ。
(それにしても、本当に若いな……)
肌の艶と潤いが、現役の学生と遜色のないレベルだ。
普通に考えて20歳。
どれだけ上に見積もっても25歳。
とても『33歳の未亡人』には見えない。
ボクがセレスさんの『美魔女』っぷりに舌を巻いていると、彼女は簡単な自己紹介を行い、すぐに特別講義へ移った。
「――魔法因子はX・Y・Zの特殊染色体で構成され、その『魔原配列』によって、因子の個性が決まります。私の目標は、因子を極限まで分離し、千年前の在るべき形へ回帰させること。現在は『三重螺旋構造』を個別に抽出し、魔原配列の『限定分離』まで進んでいます。こちらの図が、『相補的魔原対』の――」
うーん……これは『セレスさんの特別講義』というより、『セレスさんの研究発表会』だね。
実際に周囲の学生たちは、ポカンと口を開けている。
「……これ、何語だ……?」
「この講義、理解できてる生徒いるの……?」
「ま、まったく付いて行けん……っ」
誰も彼もみな、お手上げ状態。
「えーっと、魔原を分離して、配列の規則性を崩すから……っ」
天才研究者のリンでさえも苦戦しており、
「……???」
アレンに至っては、頭に「?」を浮かべたまま、石像のように固まっている始末。
セレスさんの『超次元講義』は、学生たちを置いてけぼりにしていた。
(だけど、ボクだけは違う!)
この邪悪なホロウ脳は、あらゆる事象を一瞬にして理解する。
因子分離の最新研究でさえも、すぐさま自分の知識にしてしまうのだ。
(……す、素晴らしい……っ)
ボクは今、猛烈に感動しているッ!
(まさか分離の理論が、ここまで完成していたとは……驚いたよ!)
この知識はまさに、ボクの求めていたモノだ。
セレスさんの理論を応用すれば、『魔力の精錬』が可能になり、『魔法炉』が完成する!
(セレス・ケルビー、予想以上の逸材だ!)
彼女がいれば、うちの科学力は大きく向上し、ボクはもっともっと強くなれる!
(ふふっ、ケルビー母娘を回収するルートを選んで大正解だね!)
それから一時間が経過し、特別講義は無事に終了。
頭のショートした学生たちが、無言でゾロゾロと帰っていく中――リンから声が掛けられる。
「ホロウくん、これからお母さんのところに挨拶へ行くんですが、もしよかったら一緒にどうですか?」
「いや、俺は遠慮しておこう」
今ここでセレスさんと接触する意味はない。
残念ながら、ちょっと怖がられてしまっているしね。
彼女の有用性を知れた、今日の収穫はもう十分だ。
(それに何より、もう遅いしね!)
この後すぐに主人公とセレスさんが接触し、希少な『勇者因子』の話題で盛り上がって、二人の間に関係が生まれる。
アレン×リン×セレスさんが一つの輪で繋がり、後々のイベントに発展する……はずなのだが……。
(残念! ボクは一足先にケルビー母娘との関係を構築済みだ!)
キミたちが親交を深め切る前に、『例のイベント』が発生する。
(アレンがどう足掻こうとも、こっちの方が『二手』早いっ!)
天才研究者ケルビー母娘は、このボクがいただくのだッ!
■
聖暦1015年6月12日。
セレスさんの特別講義から五日後の夜、
「ふぅ、さすがにちょっと疲れたな……」
『超大量のサブイベント』をこなしたボクが、明かりの落ちた屋敷へ帰り、自室へ戻ろうとすると、
「……ん……?」
部屋の前に人影が立っていた。
背まで伸びる美しい黒髪・雪のように白い肌・目鼻立ちの整った顔、『借金馬女』ことフィオナさんだ。
こちらに気付いた彼女は、背筋をピンと伸ばし、深々と頭を下げた。
(あれ……なんか、いつもと様子が違うような?)
フィオナさんは、真っ直ぐ真剣な眼差しを向けてくる。
その瞳の奥には、強い『覚悟』のようなモノがあった。
「――おかえりなさいませ、ホロウ様」
「あぁ」
「今日は『大切なお願い』があり、こちらでお待ちしておりました」
「なんだ」
「どうか……どうか、私の頬をぶってくださいっ!」
「……はっ……?」
馬に負け過ぎたあまり、脳が焼き付いたか?
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