第十三話:軽い警告
ボクの放った軽い手刀で、ティアラの首が逝ってしまった。
(いやいや、本体のスペックが低過ぎるだろ……っ)
彼女はスピード特化の暗殺者ビルド。
本人の耐久力が並以下であることは、重々承知していたのだが……。
(まさかただのチョップで、首がへし折れるなんて……さすがに想定外だ)
キミ、ちゃんとカルシウム取ってる?
「まったく、手間の掛かる女だな……」
ティアラの首襟を掴み、手提げ鞄のように持ちながら、薄暗い路地裏へ移動する。
「お、おいホロウ、どこへ行くんだ……?」
エリザの質問に対し、
「こんな表通りで、尋問はできんだろう」
簡潔な答えを返す。
その後、人目に付かない裏通りへ場所を移すと――そこには『先客』がいた。
「「「あ゛ぁん?」」」
若い三人の男たちが、こちらへ眼を飛ばし……すぐさま顔を青褪めさせる。
「ほ、ほほほ、ホロウ様……!?」
「どうしてこんなところに……っておい、あの小娘、死んでね!?」
「やべぇよやべぇよ、ここで解体す気だ……っ」
彼らは礼儀正しく『気を付けの姿勢』を取ると、
「お、俺ら何も見てねぇんで!」
「どうぞ、お楽しみくださいっ!」
「すんません、失礼しやすッ!」
回れ右をして、全速力で走り去った。
(何か凄い勘違いをされた気がするけど……まぁいっか)
あの手の連中には、怖がられるぐらいがちょうどいいからね。
首ポッキーのティアラを無造作にポイと投げ捨て、回復魔法を使ってあげる。
すると次の瞬間、
「――はっ!?」
彼女の開き切った瞳孔が戻り、なんとか息を吹き返した。
さすがは暗殺者、普通の人よりも覚醒が早いね。
「あ、あたしは……いったい……?」
「首が折れていたので、くっつけてやったのだ」
「く、首が……折れた……!?」
女の子座りのティアラは、瞳を震わせながら、自分の細い首をぺたぺたと触る。
「お前、回復魔法まで使えたのか!? いや、もはや何も言うまい……っ」
エリザは驚愕に息を呑んだが、すぐさま納得の意を示し――一歩前に踏み出した。
「ホロウ、尋問なら任せてくれ」
「なんだ、自信でもあるのか?」
「私は聖騎士だ。犯罪者の取り調べには心得がある」
「なるほど。では、お手並み拝見といこうか」
「あぁ」
エリザは力強く頷き、ティアラの前に立つ。
「――ティアラ・ミネーロ、帝国の殺し屋であるお前が、何故ホロウを狙った? 誰の差し金だ?」
「さぁね」
「黙秘するというのなら、痛い目を見ることになるぞ?」
「はっ、『モブA』に話すことなんか何もないわよ――ペッ!」
ティアラの吐いた唾が、エリザの頬に直撃する。
うわぁ、汚い……。
「……ほぅ、いい度胸だ……ッ」
エリザの顔に青筋が浮かび、白銀の太刀が引き抜かれた。
(ま、待て待て、落ち着け……っ)
気持ちはとてもよくわかるけど、せっかくの情報源を殺してくれるな。
ボクが「待った」を掛けようとしたそのとき、ティアラが不敵な笑みを浮かべる。
「煮るなり焼くなり、好きにしなよ。死んでも口は割らない。これでも暗殺者としての誇りがある」
ティアラの目は、完全に据わっていた。
どうやらハッタリじゃないらしい。
「……どうするホロウ、こいつは厄介だぞ」
「まぁ、帝国の殺し屋だからな。大方、痛みに対する特別な訓練でも積んでいるのだろう」
こういうときは――『アレ』の出番だ。
「さて、『新薬の実験』と行こう」
ボクがピンク色のカプセルを取り出すと、
「なんだ、それは……?」
エリザは訝しげに目を細める。
「即効性の催眠薬『とろみちゃん』だ」
「と、とろみ……ちゃん……?」
「俺が作らせた毒薬の一つでな。ちなみにこっちの白いカプセルが『ころっとくん』、先日お前に使ったモノだ」
「……アレか……っ」
かつての苦い記憶を思い出したのだろう。
エリザは渋い顔で、自分の首筋に手を添えた。
「しかし、どうやってそんな毒薬を……?」
「個人的に優秀な研究者を飼っていてな」
フィオナさんって言ってね、馬代欲しさになんでもやるんだ。
「さてティアラよ、危ないから動くんじゃないぞ?」
「お、おい……やめろ……っ。何をする……離せ……ッ」
ティアラは必死に抵抗するが、所詮はスピード特化の暗殺者。
ボクの腕力に抵抗できるわけもなく、こうして組み伏せられたが最後、もはや為されるがままだ。
「くくくっ、安心しろ。すぐに何も考えられなくなる」
「い、嫌だ……やめて、お願い……っ」
涙目になったティアラの首筋へ――容赦なくカプセルの針を打ち込む。
「あ゛っ……う゛、ぐぅ……ッ」
薬剤が速やかに注入され、彼女は苦しそうに悶えた。
(むっ……少し抵抗しているな)
確かこのとろみちゃんは、『強靭な精神力を持つ相手に対して効果が薄い』、という話だった。
(ティアラ・ミネーロの格は『中ボス』……イケるか?)
ボクがハラハラドキドキしながら見守っていると、
「……ぁ、う……」
ティアラの体がビクンと跳ね、それっきり静かになった。
(よしよし、いい子だ! ちゃんと落ちたね!)
ボクが満足気に頷いていると、エリザがドン引きした顔で呟く。
「……今の光景、どう見てもお前の方が悪者だったぞ……」
「何を言う。俺は暗殺者に命を狙われた『可哀想な被害者A』だ」
「長年聖騎士として働いてきたが、被害者Aの人相はそんなに邪悪じゃない」
「くくっ、それもそうだな」
そんな話をしているうちに、ティアラがゆっくりと目を覚ました。
彼女の顔からは険が取れ、柔らかいモノになっている。
こう見ると、普通に可愛いね。
「おい、俺の言うことがわかるか?」
「……うん、わかるよ……」
ティアラは素直にコクリと頷く。
ハイライトの消えたその目は、文字通り『とろん』としていて、完全に出来上がっていた。
なるほど、『とろみちゃん』とはこういうことか。
「ではまず、自己紹介をしてもらおうか」
「あたしの名前はティアラ・ミネーロ、帝国北部の貧民街で育ったの。今は暗殺業で生計を立てているわ」
どこかふわふわとした様子の彼女は、ボクの言う通りに自己紹介を始めた。
さっきまでの反抗的な態度はどこへやら、とても従順な姿勢を示している。
きっと今ならば、どんな命令にでも従うだろう。
(くくっ、こうなってしまえば、帝国の殺し屋も形無しだね)
さて、尋問を続けよう。
「どうして俺を狙った?」
「仕事」
「誰の依頼だ?」
「皇帝陛下の勅命」
「まぁそうだろうな」
予想の的中したボクはコクリと頷き、
「馬鹿な、皇帝だと!?」
エリザは驚愕のあまり固まっていた。
まぁ……今この盤面で原作ホロウに違和感を覚えられるのは、極めて高い知性を持つ彼ぐらいのものだからね。
「それで、皇帝はどのように言っていた?」
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、天賦の武力と知性を兼ね備えた、極めて邪悪な男。あれが次代の王となれば、腐敗した王国は瞬く間に持ち直し、我が覇道の前に立ち塞がる――と仰っていたわ」
「くくっ、まだ十五歳の学生に対し、随分と高評価じゃないか」
ボクが楽しげに肩を揺らすと、エリザが血相を変えて声を荒げる。
「ホロウお前、何を平然と笑っているんだ!? あの皇帝に命を狙われているのだぞ!? この状況がわかっているのか!?」
「それがどうした?」
「そ、『それがどうした』って……っ。普通、もっとこう……あるだろう!?」
「別に然したる問題ではない」
何せ原作ホロウは、『世界』に中指を立てられた存在。
今更どこそこの王に命を狙われたとて、「あっそう」としか思えない。
「……お前は、どんなスケール感で生きているんだ……っ」
唖然とするエリザを放置して、しばし思考の海に浸かる。
(さて、どうしようかな……?)
皇帝は現状、ボクに『ナニカ』を感じ取っている。
どこまで嗅ぎ付けているのかはわからないけど、今回暗殺者を退けたことで、疑念はより深まっただろう。
(アルヴァラ帝国には、いずれ『御挨拶』へ出向くつもりだった……)
でもそれは、決して今じゃない。
現在ボクは『王国の攻略』に集中しており、外の世界へ――帝国へ目を向けるのは、もうちょっと先の話だ。
(これ以上、変なちょっかいを出されても面倒だし……ここは一つ、『軽い警告』でも出しておこうかな)
ボクは<交信>を使い、帝国担当の五獄『アクア』へ念波を飛ばす。
(――アクア、ボクだよボク、ボイド)
(あっ、ボイド様! お久しぶりですっ! お声が聞けて、とても嬉しいですッ!)
(ふふっ、今日も元気いっぱいだね)
(はいっ!)
アクアは五獄の中で、最も明るくて活発な子だ。
彼女と話しているだけで、こっちまで元気が湧いてくる。
(実は今、少し困ったことになっていてね)
(ど、どうかなされましたか!?)
(それがさ――)
かくかくしかじかと現状を伝える。
(――っというわけでね。今は王国の攻略に集中したいから、帝国に『軽い警告』を出して、ちょっと静かにさせてくれないかな?)
(わかりました、皆殺しにしてきます)
(うん、お願……んっ……?)
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