表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~  作者: 月島 秀一
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/165

第一話:深夜の密談

 聖暦1015年6月1日23時50分。

 ホロウが『闇の大貴族』ヴァランを仕留めたその日の夜遅く――ハイゼンベルク家の屋敷に豪奢(ごうしゃ)な馬車が停まる。

 立派な客室から姿を現したのは、ダフネス・フォン・ハイゼンベルクとレイラ・トア・ハイゼンベルクだ。


「ふぅ……やっと帰れたな……」


「ふわぁ……もうすぐにでも眠れそう……」


 地面に降り立ったダフネスとレイラの顔には、疲労の色がありありと浮かんでいる。

 それもそのはず、二人はここしばらく王都の別宅に拠点を移し、ひたすら公務に励んでいたのだ。

 国王の容態が優れないことから、崩御(ほうぎょ)後の国葬(こくそう)王選(おうせん)の下準備・王族との懇親会などなど……。重要事項についての調整や会談が連続し、ほとんど休む間もなかった。


 いくらか体重の痩せたダフネスが、屋敷の扉を押し開けると同時、


「「「――おかえりなさいませ」」」


 使用人一同が深々と腰を折った。

 先んじて<交信(コール)>を飛ばし、帰りの時間を伝えていたため、出迎えの準備は万端だ。


「オルヴィン、留守中に問題は?」


「はい、問題は(・・・)ございません(・・・・・・)


 執事長のどこか『含み』のある言い回しに(わず)かな違和感を覚えたが……。


「ならばよい」


 既に疲労困憊のダフネスは、深掘りせずに流した。


「ダフネス、私はもう寝る準備しちゃうわ」


「おやすみ、レイラ。ちゃんと温かくして寝るんだぞ?」


「おやすみなさい。あなたも、あまり無理はしないでね?」


「ふふっ、ありがとう」


 最愛の妻から声援を受け、ダフネスの気力がグッと回復した。


 その後、彼は執務室に籠って、山積みの書類と対面する。


「……よし、やるか」


 先ほどまで手掛けていたのは、『四大貴族としての仕事』。

 これから着手するのは、『領主としての仕事』だ。

 留守中にあがっていた報告書へ目を通し、領民からの陳述書をきちんと読み込み、決裁の印をドカドカと押していく。


 そうして時計の針が深夜二時を回る頃、ようやく一区切りがついた。


「ん、んー……っ」


 今日はここまでにして、風呂でも入ろうかと思ったそのとき――コンコンコンとノックが鳴る。


「オルヴィンです」


「入れ」


「失礼します」


 音もなく扉が開き、執事長が入ってきた。


「旦那様、今お手すきでしょうか?」


「あぁ、ちょうど一区切りついたところだ」


「実は御報告したいことがございます」


「今日は少し疲れた、手短にしてくれ」


 ダフネスはそう言いながら、両の目頭(めがしら)を親指と人差し指でギュッと押さえた。

 疲労と睡魔が交互に襲ってきており、さすがの彼もそろそろ限界のようだ。


 オルヴィンは「では端的に」と前置きし、極めて簡潔な報告を口にする。


「――本日、坊ちゃまがヴァラン辺境伯を始末しました」


「……はっ……?」


 第一報を受けたダフネスの口から、なんとも間抜けな声が零れる。


「……すまん、私の聞き間違えかもしれん。もう一度、言ってくれないか?」


「本日、坊ちゃまがヴァラン辺境伯を始末しました」


 執事長の口から全く同じ言葉が繰り返され、ダフネスはたまらず立ち上がった。


「ば……馬鹿な!? なんの下準備もなく、『王国の好々爺(こうこうや)』を手に掛けたというのかッ!?」


 ヴァランは熱心に慈善事業を行うことで、国民から絶大な人気を獲得し、それを『人の鎧』としている。

 彼の『裏の顔』を――その悪事を(あば)かないまま殺せば、暴走した民意がハイゼンベルクに向けられ、途轍もなく厄介な事態を招く。


 ダフネスは『ホロウがきちんとした手順を踏まず、ヴァランの暗殺を強行してしまった』、このように理解したのだ。


 無理もない。

 ヴァランの隠蔽工作は王国随一であり、ハイゼンベルク家の諜報部隊が長期にわたって調べ尽くしても、尻尾一つ掴めなかったのだから。


 大きく取り乱すダフネスに対し、老執事は落ち着き払った様子で応じる。


「御心配には及びません。坊ちゃまは、旦那様の御指示通り、『適切に』始末しました」


「どういうことだ!? わかるように説明しろ!」


「まずはこちらをご覧ください」


 オルヴィンはそう言って、とある『リスト』を提出する。


「な、なんだ……これ(・・)は……ッ」


「ヴァラン辺境伯の関与した悪事をリスト化したものです。大魔教団への金銭的支援・帝国への情報流出・極秘のクーデター計画などなど、時系列順に証拠付きで(まと)めております」


 手元のリストには、ダフネスが長年ずっと探し求めていた情報が、これでもかというほどに記されていた。

 これさえあれば、すぐにでもヴァランの暗殺に踏み切ることができる。


「こんなモノ、いったいどうやって……っ。いやその前に――ヴァランを討ち取ったのなら、何故すぐに報告しなかった!?」


「ホロウ様の御指示です」


「ホロウの……?」


「坊ちゃまは、旦那様が公務で疲れていることを憂慮(ゆうりょ)されておられました。『こんな些事(さじ)で、父の休みを(さまた)げるわけにはいかん。明日の朝にでも報告へあがるので、頃合いを見て第一報を伝えておいてくれ』、こう仰られました」


「こ、こんな(・・・)……些事・・、だと……?」


 ダフネスの口がポカンと開いた。


「どうやら此度(こたび)の『無理難題』、坊ちゃまにとっては(いささ)か簡単過ぎたようです。実際にこれらの証拠は全て、三日と経たずに集まりました」


「……みっか……」


 あまりの衝撃にフッと気持ちが抜け、そのままどっかりと椅子に座り込んだ。

 天井を見つめたまましばらく停止し、やがてゆっくりと再起動を果たす。


「本当に……ホロウがこれ(・・)をやったのか……?」


「はい、見事な立ち回りでした。旦那様から仕事を受けてすぐ、トーマス伯爵へ根回しを行い、奴隷商グリモアを()め、裏カジノで最高幹部から情報を引き出し――全ての逃げ道を塞いだうえで、魔人化したヴァラン辺境伯を捕縛。まるでチェスのような詰め具合……天晴(あっぱれ)というほかありません」


 その瞬間、ダフネスは再び目を見開いた。


「おいちょっと待て……『魔人化』だと!? ホロウは無事なのか!?」


 特殊な禁呪や魔王因子を悪用して、人を超えた力を手にする――それが魔人化。

 大魔教団が特に熱を入れている分野であり、これまでに三体の『成功例』が目撃され、いずれも絶大な被害を(もたら)した。

 魔神の『超人的な膂力』と『圧倒的な大魔力』は、十五歳の学生がどうこうできるようなモノじゃない。


「私が見たところ、坊ちゃまには(かす)り傷一つありませんでした。魔力も充実しておられるようですし、おそらくは軽く一蹴(いっしゅう)されたのでしょう」


「……魔人化した剣聖を、か……?」


「あの御方ならば、造作もないことかと」


 オルヴィンは、『ホロウこそが次代の王になる』と確信している。

 魔人を無傷で仕留めたことに驚きこそすれど、『あの(・・)ホロウ様ならば、何をしてもおかしくない』とすぐに納得した。


「……なる、ほど……」


 コトの顛末(てんまつ)を聞いたダフネスは、椅子に深く座り直し――両の手のひらで顔を覆う。


(……なんということだ……)


『適切に』始末しろと命じたところ、『完璧に(・・・)』始末してきた。

 ヴァランの(まと)う『人の鎧』を全て剥ぎ取ったうえ、生きたまま始末(ほばく)するという『離れ業』。

 絶対に達成不可能な無理難題を出し、若いうちに挫折を味わってもらおうとした結果――満点解答どころか、『120点の答え』を返してきた。


 それも、僅か二週間という異次元の速度で。


(……ふふっ、凄いじゃないか。やはり私とレイラの子だな……)


 口角(こうかく)がニンマリと吊り上がり、心の中で『親馬鹿』が炸裂したそのとき、オルヴィンがコホンと咳払いをする。


「それからもう一つ、お耳に入れておきたいことが」


「なんだ。……もう何を聞かされても、これ以上は驚かんぞ?」


「おそらくなのですが……坊ちゃまは本件をこなす過程で、『別の目的』も果たしておられるかと」


 オルヴィンは多くを語らず、とある記事を示した。


「ほぅ……準備がいいな、ヴァラン討伐の号外記事か。――むっ、この女は誰だ?」


 ダフネスの顔が怪訝(けげん)に歪む。

 てっきり息子の顔写真でも載っているのかと思えば、見知らぬ女聖騎士が大きく取り上げられていたからだ。


「彼女はエリザ・ローレンス、『若手聖騎士のホープ』だそうです。実のところ、エリザ様はヴァラン辺境伯の討伐にほとんど関与しておりません」


「……なにぃ? せっかくホロウが功を立てたというのに、うちの記者どもは何をやっておるのだっ! すぐに書き直させろッ!」


 ダフネスは力強く机を叩き、露骨に不満を(てい)した。

 自慢の息子が凄まじい功績を打ち立てたというのに、どこぞの馬の骨が手柄を横取りするとはなんたることか、と激しく(いきどお)ったのだ。

 彼は不器用で(ひね)くれているが、ホロウのことを誰よりも深く愛している。その愛情たるや、レイラに勝るとも劣らない。


 主人の怒りを受けたオルヴィンはしかし、冷静に答えを返す。


「こちらの記事は、ホロウ様の御指示のもとに書かれたものです」


「……はぁ……?」


 もうわけがわからなかった。


「旦那様がこの仕事をお与えになられてすぐ、坊ちゃまは『エリザ・ローレンスの顔写真を用意しろ』と私に命じられました」


「いや、なんのために……?」


「私も最初は同じ気持ちでした。しかし全てが終わった後、改めてこの記事を読んだとき、あの御方の『深き考え』を知ることができたのです」


「ホロウの……考え……」


 ダフネスは手元の記事に視線を落とし、そのまましばらく黙読を続け――やがて「ハッ」と息を呑む。


「あやつ、まさか……聖騎士協会を!?」


 疲労と睡魔で鈍っているとはいえ、ダフネス(ブレイン)は凄まじい性能を誇る。

 すぐさまホロウの『狙い』に気付いた。


「はい。おそらく坊ちゃまは、エリザ様を『偽りの英雄』に仕立てあげ、聖騎士協会を間接的に支配されるおつもりなのでしょう。その第一歩として、王都支部を落とすつもりかと」


「だがあそこには、厄介な三人の重役がいる。あやつらが居座る限り、この娘が上に立つことはない」


 聖騎士協会の腐敗は民衆にも取り沙汰されるほどであり、特に王都支部の上層部は「終わっている」と評判だ。


「私もその点を懸念したのですが……『万事問題ない』と笑っておられました。あの(・・)坊ちゃまのことです。既に何か手を打っているのでしょう」


「つまりなんだ、私の提示した無理難題を――ヴァランを仕留めるついでに、聖騎士協会を支配下に置いた、と?」


「果たしてどちらが(・・・・)ついで(・・・)だった(・・・)のか(・・)、私にはわかりかねますが……そのようなご理解で正しいかと」


 ヴァランを始末する過程で、そのついでに聖騎士協会を懐柔したのか。

 聖騎士協会を懐柔する計画があり、そのついでにヴァランを仕留めたのか。

 それはホロウのみが知るところだ。


 当然ながら、ヴァランの始末と聖騎士協会の懐柔、どちらも『ついで』にこなせるようなモノではない。

 年単位の時間を投じて、綿密な計画を立てて、慎重に慎重を期して――ようやく成せるかどうかという難事(なんじ)


 しかしホロウは、その二つをこともなげに成し遂げた。


 それも、たったの三日というふざけた期間で。


「……ふぅー……」


 ダフネスは椅子に背中を預け、長く深く大きな息を吐く。


(私に……こんな芸当ができるだろうか?)


 改めて問うまでもなく――答えは『No』だ。

 このようなことができるのは、ホロウをおいて他にない。


 ダフネスはぼんやりと天井を見つめながら、本音をポツリと零す。


「……どうやら私の代は、あまり長く続かんらしい」


 早期の当主交代を示唆(しさ)する、自虐(じぎゃく)めいた呟きに対し、


「この老いぼれの口からはなんとも」


 オルヴィンは苦笑しながら、肩を揺らすのだった。

【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

「面白いかも!」

「早く続きが読みたい!」

「執筆、頑張れ!」

ほんの少しでもそう思ってくれた方は、本作をランキング上位に押し上げるため、


・下のポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にする


・ブックマークに追加


この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?

ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。

おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!

ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。


↓この下に【☆☆☆☆☆】欄があります↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カクヨム版の応援もお願いします!


↓下のタイトルを押すとカクヨム版に飛びます↓


カクヨム版:世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する



― 新着の感想 ―
こういう、本人のいないところで本人の評価を聞く場面、大好きです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ