第二十四話:最終段階
ボクが右腕を引き抜くと、
「……ぁ、う……っ」
ラウルの胸に鮮やかな血の華が咲き、重力に引かれて落下した。
ボスンという鈍い音が響き、いくらかの砂煙が巻き上がる。
ボクはゆっくりと地面に降り立ち、瀕死の老爺を見下ろした。
(ふむふむ……やっぱりさっきの超強化は『最後の花火』、ラウルの『残り火』はもう完全に消えているね)
勇者因子は『一子相伝』。
親から子へ、子から孫へ、連綿と引き継がれていくモノだ。
(通常、親が子を成したとき、全ての勇者因子が『新たな勇者』へ継承されるんだけど……)
極々稀に勇者因子の残滓、残り火というモノが発生する。
ラウルはその例外中の例外であり、ひとかけらの火を消さぬよう、大切に大切に残してきた。
全ては一族の悲願である虚空因子を――ボクを殺すために。
「……ア、レ……ン……っ」
ラウルは譫言のように孫の名前を口にした。
(これはもう、完全に虫の息だね)
このまま放っておけば、後一分もせずに死ぬだろう。
(でも……ここでラウルを殺すのは、明らかに『悪手』だ)
彼は既に『役割』を終えている。
勇者の知識・勇者の戦い方・勇者の覚醒条件、全てを主人公に託した、文字通りの抜け殻。
『アレンの祖父』という情報以外、この老爺には何も残っていない。
(勇者の力には……覚醒条件がある)
それは、一定以上の経験値を獲得した状態で、とある情動を激しく揺さぶられること。
その情動が怒りなのか喜びなのか悲しみなのか――どんな種類のモノなのかは、『混沌システム』の弾き出した乱数によって決まる。
つまりは完全なランダム、誰にもわからない。
(もしもアレンの覚醒条件が、悲嘆や絶望や怨恨だった場合……これが引き金になってしまう)
主人公は家族や友達を大切にする善人、端的に言えば『とてもいい奴』だ。
(唯一の肉親である大好きな祖父が死亡したと知れば、それも何者かに殺されたと知れば――『凄まじい情動の嵐』に呑まれるだろう)
悲嘆・憤怒・絶望・憎悪・怨讐、パッと思い浮かぶだけでも、これだけの感情が荒れ狂う。
このうちのどれかが、アレンの覚醒条件にヒットするというのは……十分に考えられる話だ。
(……ラウルは『主人公モブ化計画』に水を差した)
正直、ちょっと腹立たしい気持ちはある。
今ここで彼を消せば、このささくれ立った気持ちが、少しは晴れるかもしれない。
しかしその場合、勇者覚醒という超特大のリスクを背負うことになってしまう……。
ボクの基本的な行動方針は、この世界に転生した六年前から、一ミリだって変わっちゃいない。
(メリットとデメリットを天秤に掛け、自分にとってより有益な択を選び続ける)
この基準に照らし合わせたとき、今ここでボクが取るべき行動は一つ。
「はぁ……仕方ないな……」
回復魔法を使い、ラウルの心臓を再生する。
「……ぅ、う゛ぅ……ゴホ、ゴホッ、がは……ッ」
彼は血の塊を吐き出し、すぐに意識を取り戻した。
さすがは勇者の肉体、お早いお目覚めだね。
「はぁ……はぁ、はぁ……っ」
心臓とその周辺組織は、元通りになったけど……。
体力や魔力は消耗したままだから、地べたに這いつくばって、荒々しい息を吐いている。
もしかしたら、勇者因子の残り火が消えたことも、かなり影響しているかもしれないね。
「何故だ、ボイド……何故、儂を生かしたッ!?(虚空という滅びの力を持ちながら、心臓を即座に再生させる回復魔法、こやつはいったいどれほどの力を……ッ)」
「お前にはもう『殺す価値』すらない、ということだ」
ボクはこう見えて、けっこう環境に優しい。
『資源の無駄遣い』は、意味のない殺しはしない。
ボイドタウンなんか、その最たる例だね。
重罪人を家族として迎え入れ、楽しい街作りに参加させる。
(どんな人間でも、適切に再利用すれば、みんなそれぞれの『光る価値』を……あっ!)
その瞬間、ボクの脳裏に電撃が走った。
(ふふっ、また『いいこと』を思い付いたぞ! どうせラウルを生かすんだったら、主人公の『精神安定剤』として、思いっきり利用してやろうじゃないか!)
アレンが不安定になったとき、ストレスを抱えていそうなとき、何やら思い悩んでいるとき――それとなく里帰りを促し、祖父との心温まる時間を持たせ、『ほっこり』させてやる。
そうすれば主人公の心は安定し、激しい情動に突き動かされることはなくなる、という寸法だ。
(うんうん、我ながら素晴らしいアイデアだね!)
こうなってくると……ラウルには長生きしてもらわないと困る、ちょっと補強しておくとしよう。
彼の細胞は、若い頃から勇者因子に侵され続けたため、既にボロボロの状態。
このまま何もしなければ、もはや『一か月』の命だけど……こうして回復魔法で補強すれば、少なくても『十年』は持つだろう。
(くくくっ……ボクの計画を邪魔した罰だ! ラウルの残りの人生は全て、このボクが使い倒してやる! 主人公の安定剤としてな!)
『最高のリサイクル』もできたことだし、そろそろ帰ろうかなという頃――ラウルがくぐもった声を発する。
「……待て、ボイド……ッ」
「なんだ?」
「……殺せ、貴様の情けなどいらぬわ! ゼノの転生体に生かされるなど、誇り高き勇者にあるまじき醜態……末代までの恥じゃ!」
ラウルはそう言って、伝統的な『くっころ』を演じた。
(……ないないない、それはない……)
キミ、本当にわかっていないね。
(そういうのはエリザみたく『高貴で気の強い女騎士』がするから『そそる』のであって、間違っても死に掛けのお爺さんがするものじゃないんだよ……)
『需要と供給』について、もっと勉強するべきだ。
(今のこの気持ちを一言で表現するのならば――『萎えた』)
殺す気なんかゼロを飛び越え、マイナス圏に突入している。
「俺は誰の指図も受けん。お前は精々、可愛い孫との穏やかな余生を楽しむがいい」
クルリと踵を返し、<虚空渡り>を発動。
「ぐっ、ま、待たんか……ッ」
「さらばだ、元勇者ラウル・フォルティス。もう二度と会うこともないだろう」
ボクはそう言い残し、ボイドタウンへ飛んだ。
■
先々代勇者との戦いを終えたボクは、虚空界でグーッと体を伸ばす。
「ぷはぁー……やっぱり娑婆の空気はおいしいね」
勇者の聖地は、なんか臭かった。
(独特の『刺激臭』がずっと鼻の奥を刺激して、何度くしゃみが出そうになったことか……)
とにかくあの場所は、本当に居心地が悪かった。
臭いし、虚空の出力は半分以下に落ちるし、臭いし、体も重くて碌に動かないし、臭いし……とにかく最悪だ。
あんなところ、もう二度と行きたくないね。
(やっぱり自宅が一番、虚空界……最高ぅ!)
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、心身ともにリフレッシュを果たす。
(――よし。今日はいろいろなことがあったし、このあたりで一度、盤面を整理しておこうかな)
どこかイイ感じに静かなところは……っと、あそこがあったか。
ちょうどお誂え向きの場所を思い出した。
虚の宮だ。
あそこは虚の統治者たるボイドだけのエリア、一般居住民はもちろん虚の構成員でさえも立ち入り禁止――と聞いている。
考え事をするには、もってこいの場所だね。
そうして虚の宮の前へ移動したボクが、重厚な扉を開けるとそこには、
「……ふふふっ、ボイドの臭いがするぅ……」
恍惚とした表情で、漆黒の玉座に頬擦りするダイヤがいた。
「……」
そのまま静かに扉を閉める。
(ふぅー……どうやらボクは、ちょっと疲れているみたいだ)
最近は第二章を爆速で進めるため、イベントに次ぐイベントで大忙しだった。
『幻覚』の一つや二つが見えても、何もおかしな話じゃない。
(そう今のは幻覚、もしかしたら妖精の類かも……?)
もう一度、ゆっくりと扉を開ける。
「あぁ……どうしてあなたのにおいって、こんなに落ち着くんでしょうね」
……幻覚でもなければ、妖精でもない。
そこにいたのは紛れもなく、うちのダイヤさんだった。
「……ねぇ、何してるの?」
「ぼ、ボイド……!?」
ダイヤは大慌てで立ち上がり、驚愕に瞳を揺らした。
彼女の雪のように白い肌が、見る見るうちに赤く染まっていく。
こんな赤面した彼女を見るのは、これが初めてのことだ。
「「……」」
ボクとダイヤの間に張り詰めた空気が漂う。
ラウルとの戦いが、おままごとに思えるほどの緊迫感。
(次の行動一つで、今後の『二人の関係性』が変わってくる……っ)
心臓がドクンドクンと鼓動を打ち、口の中がカラカラに乾く。
悪魔的なホロウ脳と卓越したダイヤ脳が、超高速で『最適解』を求めた結果、
「……」
彼女は何も言わず、静かにこの場を立ち去った。
(……なるほど、『なかったことにする』パターンね)
非常に大胆かつ極めて繊細な一手だ。
さすがはダイヤ、虚のNo2は伊達じゃない。
(でも今、絶対にボクの椅子を嗅いでいたよね……)
漆黒の玉座の座面部分、ちょうど布地のところを。
(……いや、やめておこう)
あまり深入りするのは危険だ。
(『感情激重ハーフエルフ』に『クンカクンカ属性』まで付くのは……ちょっとマズい)
いくらなんでも盛り過ぎだ、完全に渋滞している。
さすがのボクでも、その業は背負い切れない。
「ふぅー……っ」
ゆっくりと息を吐き出し、決心を固める。
「――何もなかった」
そう、ボクは何も見ていない。
この話はもう終わり。
きっとこれが、みんな幸せになれる『唯一の選択』だ。
そうして『歴史改変』という偉業を成し遂げたボクは、漆黒の玉座に腰を下ろす。
なんか人肌に温かいんだけど……気のせいったら気のせいだ。
(さて、気を取り直して……。今日の『超激レアイベント』で得た情報を整理していこう)
・このルートは主人公にとっての天国モード、悪役貴族にとっての地獄モードで確定。
・アレンは勇者修業を経て、多くの経験値を獲得(しかしそれでも尚、原作メインルートよりは弱体化している模様)。
・先々代勇者ラウルは生存。残り火は完全に消失し、戦線復帰は不可能。今後はアレンの精神安定剤として活用予定。
これらの情報から得られる結論は一つ――ボクの打ち立てた『主人公モブ化計画』が、極めて優秀かつ効果的ということだ。
(このルートはアレンにとっての天国モードであり、ラウルの勇者修業で多くの経験値を獲得した。それにもかかわらず、主人公は今尚メインルートよりも弱い……)
どれだけ主人公モブ化計画が有効なのか、今回の件を通じて、その威力を再認識することができた。
(『アレンの強化イベントを先回りして潰す』……。地味な手だけど、その効果は絶大だ)
今後もこの路線は、継続していくべきだろう。
(そしてそのうえで、計画をさらに『進化』させる!)
勇者がその力を覚醒するためには、『強い情動』が鍵となる。
(ボクはこの先、主人公を全力で守り抜き、穏やかな毎日を送らせる!)
もちろん、これまでもその路線でやってきたつもりだ。
レドリックの入学式が開かれる日、主人公に絡む予定だった馬鹿を先に蹴散らしてあげたり……。
特進クラスの生徒が教室に集まるとき、主人公に絡んだツンツンニアを代わりに撃退してあげたり……。
主人公の強化イベントを潰す過程で、彼の平穏を陰ながら守ってきた。
今後はそれをさらにパワーアップさせる。
(アレンが危険な目に遭わないよう、花よ蝶よと愛でるように接し――奴を『骨抜き』にしてやるのだ!)
ふふっ、そうだよ、何も問題はない。
ロンゾルキアのストーリーは長い、今回みたいな『トラブル』は付き物だ。
それをどのように上手く料理するか、『プレイヤーの腕の見せどころ』だね!
(つまり、基本方針に変更はなし。『主人公モブ化計画』を推進し、再びレベリングを遅らせる! それと同時並行して、アレンの前に安全なレールを敷いてやり、激しい情動とは無縁の生活を送らせる!)
これが現状の最適解、言うなればそう――『真・主人公モブ化計画』!
(くくくっ、素晴らしい! 我ながら完璧な『軌道修正』だ!)
後は……そうそう、忘れちゃいけないのが、このイベントで得た『豪華な報酬』。
ボクはラウルという実験体を通じて、貴重な『勇者の情報』を大量に獲得した。
これは通常のゲームプレイでは、絶対に知ることができない『生の情報』であり、凄まじい価値を持つ。
(特に『虚空の魔力と勇者の魔力は中和する』――この情報がデカい)
予めそういう効果処理が為されるのだとわかっていれば、それを弁えたうえで、いくらでも攻略のしようがある。
(正直、あまりこういうことは考えたくないけど……)
万が一、勇者の力に覚醒したアレンと戦うことになった場合――ラウルと戦った経験とそこで得た情報は、『黄金』の如き輝きを放つだろう。
(ボクは世界に中指を立てられた存在、常に『最悪のパターン』を想定して、メインルートを進めないとね)
そうして盤面の整理を終えたボクは、ハイゼンベルク家の屋敷へ飛んだ。
自室に戻り、椅子に腰を落ち着け、壁時計を確認すると――時刻は既に十九を回っていた。
(やけにお腹が空くなと思ったら、もうこんな時間か……)
早くおいしい夕食が食べたいなぁとか思っていると、コンコンコンとノックの音が響いた。
おっ、いいタイミングだね。
「オルヴィンです。坊ちゃまに御報告したいことが」
残念、夕食じゃなかったみたい。
「入れ」
「失礼します」
オルヴィンさんは静かに扉を開き、礼儀正しく頭を下げる。
「それで、なんの報告だ?」
「例の件、ヴァラン辺境伯が働いた『確たる悪事の証拠』を取り揃え、時系列順にリスト化したものが完成しました。また御要望にあった『号外記事の作成』および『報道関係者へのリーク手配』、こちらも全て整っております」
「そうか、エリザの顔写真は用意できたか?」
「はっ、全て御指示の通りに」
「くくっ、素晴らしい。この短い時間でよくやってくれた、見事な働きだ」
「恐縮です」
ボクは椅子から立ち上がり、オルヴィンさんに命令を下す。
「それではこれより、『ヴァラン辺境伯討伐計画』を『最終段階』へ移行する。明日の二十二時、メイド部隊をポイントα・β・γに集めろ。オルヴィンはポイントλで待機だ。これは『スピード勝負』。いつでも迅速に動けるよう、全体への周知を徹底しておけ」
「はっ、承知しました」
彼は深々と頭を下げ、静かに部屋を後にする。
(ふふっ、これで全ての準備は整った!)
もはや思い残すことは何もない。
明日の二十二時、ヴァラン辺境伯を『最高の形』で始末し、『第二章』を終わらせるとしよう!
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
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