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世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~  作者: 月島 秀一
第五章

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第四十一話:虚空の試練

「――さぁ、『虚空の試練』を始めようか」


 ボイドの宣告を受け、


「……虚空の試練?」


 リゼは不快気(ふかいげ)に眉を(ゆが)めた。


「たった一度、私の魔法を防いだだけで、随分と大きく出たものね……。あなたは『試す側』じゃなくて『試される側』、自分の立場を(わきま)えなさい」


 魔女が苛立ちを表する中、


「では、互いの立場を明らかにしよう」


 ボイドが右手を少しあげると、漆黒の渦から鋭い槍が顔を覗かせた。


「またその魔法? まったく、芸がな……いっ!?」


 リゼの顔が驚愕に染まる。

 それもそのはず……宙に浮かぶのは、100の禍々(まがまが)しい剛槍(ごうそう)


 先ほどボイドが使った魔法とは、まるで別物だった。


「――<虚空槍(こくうそう)>」


 次の瞬間、万物を滅ぼす漆黒の槍が、音速を超えて射出された。


「――<未来の色見(いろみ)>ッ!」


 リゼはたまらず、起源級(オリジンクラス)の固有を展開。

 因果干渉の力を使い、世界の(ことわり)を捻じ曲げんとした。


 しかし、


(安全な未来が……ない!?)


 ボイドの攻撃を(しの)げる未来など、並行世界の彼方(かなた)にも存在しなかった。


(これは、本気でマズいかも……っ)


 絶体絶命の窮地(きゅうち)に立たされたリゼは、


「――<黄金の雷憑(らいひょう)>!」


 迅雷(じんらい)(まと)って膂力(りょりょく)を向上、最も安全な未来を選択、死に物狂いで回避を試みる。


(……97・98・99……ッ)


 なんとか99本まで(さば)くが、


「……う゛っ」


 一本の槍が肩口を(かす)め、左腕が丸ごと虚空へ飛ばされた。


「素晴らしい回避(じゅつ)だ、固有に恵まれたな」


 涼しい顔で称賛するボイド。


「はぁ、はぁ……っ(このレベルの大魔法を、ノーモーションで……ッ)」


 苦悶(くもん)の表情で冷や汗を流すリゼ。


 ボイドはたった一度の魔法で、リゼに自分の立場をわか(・・)らせ(・・)()


(しかし、イイ(・・)な……。<黄金の雷>に<未来の色見>、起源級というだけあって、どっちも便利な魔法だ。特に因果干渉の力、<未来の色見>は……絶対(・・)に欲(・・)しい(・・)っ! 今後の――第六章以降の攻略に使えるッ!)


 ボイドが強い興味を示す中、


「――<黄金の雷癒(らいゆ)>」


 リゼは聖なる雷を左肩に集め、虚空に飛ばされた腕を再生する。


「さっきまでとは別人ね、いったい何をしたの……?」


「別に、何も」


 実際、ボイドは何もしていない。

 先ほどまでは、帝国臣民(しんみん)の避難と治療に集中しており、今はそのリソースを戦闘に割り振った――ただそれだけのことだ。


「そう、話すつもりはないと(どんな手品を使ったのかわからないけど、彼は異常なほどに強くなった。でも、虚空使いの『弱点』は同じ!)」


 リゼは手を前に突き出し、


「――<黄金の雷撃>」


 聖属性を付与した雷を放つ。


まっ(・・)たく(・・)芸の(・・)ない(・・)


 ボイドが皮肉を零すと同時、


 ――ヌポン。


 聖なる雷は、虚空に呑まれて消えた。


「ど、どういうこと!? 聖属性の魔法なのに……っ」


「確かに聖属性は、虚空使いに共通の弱点だ。しかし考えても見ろ。矮小(わいしょう)な羽虫が、龍の(すね)を蹴ったとて、いったいなんになる?」


 ボイドとリゼの間には、あまりにも大きな格の違いがあった。


「この私を『羽虫』呼びとは……いい度胸ね。ここまで侮辱されたのは、千年ぶりよ……!」


 魔女の怒りに呼応して、『聖域』たる帝国が莫大な力を(さず)ける。


(これは凄いな……っ)


 環境バフを得ているとはいえ、一時的なパワーアップとはいえ、リゼの魔力は『四災獣(しさいじゅう)天喰(そらぐい)をも凌駕した。


「喰らいなさいっ! <黄金の雷龍>ッ!」


 巨大な雷の龍が三匹、ボイドのもとへ殺到する。


 さらに攻撃が炸裂する瞬間、


「――<未来の色見(いろみ)>!」


 因果干渉の固有魔法を発動。


(ふふっ、覚悟なさい! あなたにとって、『最悪の未来』を選んであげる……!)


 リゼの攻撃は必ず急所を捉える――はずだった。


 しかし、


「……そん、な……っ!?」


<黄金の雷龍>は、虚空に飛ばされる。


『一億の未来』を見通しても、結末は全て同じだった。

 ボイドの築いた鉄壁の守りは――<虚空憑依>は、突破できない。


「どういうこと、何故適応できているの……っ。私の、私だけの『色欲の世界』に!?」


生憎(あいにく)日常(・・)が最(・・)()でな」


 原作ホロウは世界に中指を立てられた存在。

 彼の進む道にはいつだって、死亡フラグ(さいあく)が散りばめられている。

 故に<未来の色見>は――敵に最悪を強いる魔法は、まったく意味を為さない。


「もう終わりか?」


「ま、まだよっ!」


 色欲の魔女は一気にギアを上げ、嵐のような猛攻撃を繰り出す。


 だが、


「――<黄金の雷鎖>!」


 雷の鎖も。


「――<黄金の雷刃>っ!」


 雷の斬撃も。


「――<黄金の雷爆>ッ!」


 雷の大爆発も。


 全て虚空に呑まれて消える。


(……攻撃が(・・・)届か(・・)ない(・・)……っ)


 聖域の後押しを得て(なお)、ボイドの背中は遥か遠い。


 両者の間に(そび)え立つのは、絶望的な『基本性能(スペック)の差』。

 一日も欠かすことなく、ひたすら努力を続けた天才は、『理不尽の権化』となっていた。


「さて、次はこちらの番だな」


 ボイドが呟くと、無数の『虚空玉(こくうだま)』がフワリと浮かび上がる。


(これは……虚空玉!? この数と質、まるで――)


 リゼがとある男(・・・・)を想起する中、


「――<虚空(まわ)し>」


 漆黒の球体は、音速を超えて飛び回る。


 そこから先は、一方的な展開だった。


 ボイドは超然(ちょうぜん)(たたず)み、余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)の表情で、虚空玉をゲームのように右へ左へと操る。


 対するリゼは<黄金の雷>と<未来の色味>をフルに使い、ギリギリのところで命を繋ぐ。


「自分の方が強いと思ったか? 手を抜いていただけだ」


「ぐ……っ」


「俺を追い詰めたと思ったか? 遊んでやっていただけだ」


「うぅ……ッ」


「既に勝ったとでも思ったか? 踊らされているだけとも知らずに」


「だ、黙りなさい!」


 単純な戦闘力だけでなく、『(あお)(りょく)』においても、歴然(れきぜん)の差があった。


 圧倒的な蹂躙劇(じゅうりんげき)に対し、ニアとエリザは目を見開く。


「つ、強過ぎる……っ。もしかしてさっきまでのボイドは、本気じゃなかった……?」


「あぁ、おそらくナニカの下準備をしていたのだろうな。本当に底の知れん男だよ……っ」


 二人が舌を巻いていると、


「――ふふっ、やっと気付きましたか」


 背後から得意気な声が聞こえた。


「「……っ!?」」


 慌てて振り返るとそこには、黒いローブを纏う、青髪の美少女が立っていた。


「慈悲深きボイド様は、帝都に住む30万人を<虚空渡り>で避難させたうえ、回復魔法で治療してあげていたんです。ほら、闘技場もすっからかんでしょう?」


 彼女の言う通り、満員だった観客席は、今やすっかり(さび)れている。

 残っているのは臣下であるニアとエリザのほか、エドゥアル・ミランダ・ゲールといった帝国の有力者、そして皇帝ルインと皇護騎士ロイヤル・ガーディアンの四人――ボイドが『観客』として選抜した者だけだ。


(帝国臣民30万人を避難させたって、どんな演算能力をしているのよ!?)


(遠隔で回復魔法……!? 普通では絶対に不可能だが、あの男ならやりかねん……っ)


 主人の異常っぷりに絶句したニアとエリザは、目の前の美少女に問い掛ける。


「ところであなた……ボイドの部下かしら?」


「その特異な魔力……ただの構成員じゃないな。(うつろ)の最高幹部、『五獄』というやつか?」


「五獄の第三席にして諜報機関統括のアクア。あなたたちは『食べちゃ駄目』と言われているので、どうぞご安心ください」


 ヒロイン三人が珍しい交流を図っていると、


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


『黄金のボロ雑巾』となったリゼが、荒々しい息を吐きながら片膝を突く。


(いい具合に削ったし、そろ(・・)そろ(・・)頃合(・・)かな(・・)……?)


 ボイドが警戒を強める中、魔女の雰囲気が変わった。


「――ボイド、あなたの力に敬意を表して、面白いことを教えてあげるわ」


「ほぅ?(おっ、イベントテキストだ……!)」


「この帝国は、『墓場』なの。あの人を――厄災ゼノを(ほふ)り、埋葬する場」


 次の瞬間、大地が妖しい輝きを放つ。


(来たね、『最終攻撃(フェイタル・アタック)』!)


 光の正体は、帝国全土に描かれた『超巨(・・)大な(・・)魔法(・・)()』。

 リゼが千年もの時間を掛けて、厄災ゼノを滅ぼすために用意した『奥の手』だ。


(『起源級(オリジンクラス)の固有二つ』×『聖地の超強化(バフ)』×『帝国全土の魔法陣』……。やっぱりリゼ戦は、完全に『負けイベント』だな)


 ボイドが感心していると、魔女の頭上に巨大な『雷の球体』が生まれた。


「超広域殲滅魔法<原初の雷轟(オリジン・プラズマ)>。聖域と魔法陣の補助(バフ)を受けたこの魔法は、帝都全域を吹き飛ばす火力を誇る。いくらあなたでも、これは絶対に防げないわ」


 リゼの勝利宣言に対し――ボイドは邪悪に(わら)う。


「くくっ、帝都(・・)全域(・・)とは(・・)小さ(・・)く纏(・・)まっ(・・)たモ(・・)ノだ(・・)


 次の瞬間、世界に『影』が落ちた。


 天空に浮かぶのは、帝国(・・)全土(・・)を滅ぼす『漆黒の月』。


「「「……っ」」」


 帝国の全人民が呆然と空を見上げる中、魔女の胸に溢れたのは――『歓喜』だ。


嗚呼(あぁ)やっと(・・・)会えた(・・・)……っ」


 零れたのは万感の呟き、千年の恋慕(おもい)が浮かばれる。


 厄災の転生体(ボイド)色欲の魔女(リゼ)、遥か悠久の時を超え、二人は静かに見つめ合う。


「……何やら懐かしい感じがするな」


「きっと虚空因子が覚えているのよ」


 二人は(かす)かに微笑み、『原初の戦い』を再現する。


「これが私の集大成――<原初の雷轟(オリジン・プラズマ)>っ!」


 黄金の雷球(らいきゅう)が破裂し、世界が真白(ましろ)に染まる。


 刹那(せつな)


「――<虚空落とし>」


 漆黒の月が、全てを呑み込んだ。


原初の轟雷(オリジン・プラズマ)>が喰い破られ、黄金の時計塔が闇に(おか)され、深淵の闇が世界を包み込む。


(……私の負け、か……)


 リゼは(いさぎよ)く敗北を認め、漆黒の月に身を(ゆだ)ねた。


(千年、(なが)かったなぁ……。ねぇゼノ……私さ、貴方に会うため、貴方に勝つため、ただそれだけのために生きてきたんだよ?)


 体が崩壊していく中、とある一点を――自分に勝った男を見つめる。


(おも)っても(おも)っても(おも)っても、決して埋まることのなかった胸の空白(あな)が、今やっと埋まった。ボイド……あなたこそ、私が愛した唯一の男、『厄災(ゼノ)』の生まれ変わり……っ)


 純情で一途(いちず)生娘(きむすめ)は、最愛の人に右手を伸ばしながら、幸せな幻想(ゆめ)(おぼ)れながら――その命を散らした。

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― 新着の感想 ―
最終攻撃がファイタルなのがボイドらしい
毎回続きを楽しみにしています 執筆頑張ってください
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