第四十話:戦闘開始
突如発生した『異常事態』を受け、実況解説の女性が大声を張り上げる。
「なんっということでしょう! 天空に出現した黄金の時計塔! そこから迅雷と共に舞い降りたのは、国を傾けるような絶世の美女っ! もしや彼女は、伝承に記される帝国の始祖、『色欲の魔女』リゼ様ではないのかぁああああ!?」
それと同時、観客席がにわかに騒ぎ立つ。
「あれが帝国を創ったという魔女様!?」
「す、すっげぇ綺麗な人だなぁ……っ」
「でも、どうしてこんなところに……?」
闘技場が騒然となる中、
(が、は……っ)
ボイドは一人、『大ダメージ』を受けていた。
(これは、マズぃ……ッ)
彼を苦しめるモノ、それは自らの抱える深い業――『情欲』だ。
眼前に立つのは、第五章の大ボス、『色欲の魔女リゼ』。
外見年齢は20歳、身長は170センチ、黒紫のロングヘア。
夜を映したような瞳・きめの細かい柔肌・左の目尻に泣きぼくろ。
大きく豊かな胸・優雅な曲線を描く腰・スラリと伸びた手足、理想的な肉感をしており、胸元の空いた黒いドレスを纏っている。
大人っぽくもあり、あどけなくもある彼女は、『美』という概念を体現した存在だ。
(嗚呼……あの豊満な胸・蠱惑的な腰つき・瑞々しい太腿、このまま部屋に連れ帰って無茶苦茶にしたぃ……ッ)
世界最高の知性が音を立てて崩れ落ち、全ステータスに大幅なマイナス補正が掛かる。
しかし、
(ぐ、ぉおおおおお゛お゛お゛お゛……!)
バッドステータス『魅了』に陥る直前、なんとか平静を取り戻した。
(はぁ、はぁ……危なかった。日々の『情欲対策』がなければ、持っていかれるところだった)
ボイドは努力の化物。
自身の強過ぎる邪念に抗うため、滝行・読経・断食など、過酷な修業をこなしている。
その結果、リゼの色香を跳ね除け、魅了に抵抗できたのだ。
(しかしまさか、肉体的な接触もなく、ここまで情欲を刺激されるとは……。さすが色欲の魔女、恐ろしい美貌だね)
ボイドは小さく息を吐き、色欲の魔女を見据える。
(とりあえず、リゼの体にさえ触れなければ、情欲はある程度コントロールできそうだ。接近戦は控え目にして、遠距離攻撃を――魔法を主体に戦おう)
ここまで約0.2秒。
瞬きほどの時間で思考を纏めた彼は、何事もなかったかのように口を開く。
「リゼとやら、いきなり殺し合いとは、また随分と物騒じゃないか」
「あら、原初の時代では普通のことよ?」
「それは千年も前の話だろう?」
「ふふっ、そうね」
魔女はクスリと微笑み、スッと目を細めた。
「私は『とある男』を探しているの。千年の間、ずっとずっと。黄金の時計塔から、世界の彼方を見つめて。彼に会い、彼と戦い、彼をモノにすることで、この狂おしい『色欲』が満たされるっ!」
その瞳は強烈な『熱』に浮かされ、淫靡な光を灯していた。
「ボイド……もしかしたらあなたが、そうかもしれない」
「だから、殺し合って確かめると」
「『魔女の試練』、受けていくわよね?」
「面倒だ、と言ったら?」
「悪いけど、拒否権はないの」
瞬間、リゼの全身から雷の大魔力が迸る。
(……凄まじい魔力、質も量も桁違いだな)
ボイドが感嘆の息を零すと、
「なんとまさかの『エクストラマッチ』ィ! 虚の統治者ボイドVS色欲の魔女リゼ様っ! 超常の存在たる二人が、今、矛を交えんとしておりますッ!」
実況解説が煽り、歓声が巻き起こった。
「エクストラマッチ、か。賑やかなことだ」
「ふふっ、いいじゃない。お姉さん、派手な催しは好きよ?」
「まぁ、俺も祭りは嫌いじゃない」
二人は他愛もない話をしながら、五メートルほどの間合いを取る。
「それでは両者、準備はよろしいですね? ――はじめっ!」
開始の号令と同時、リゼは右手を前に伸ばした。
「――<黄金の雷撃>」
挨拶代わりに放たれるのは、一閃の雷光。
(起源級の固有魔法<黄金の雷>。どれ、試しに受けてみようか)
ボイドの胸部に直撃した雷は、<虚空憑依>によって消し飛ばされる。
しかしよくよく見れば、虚空の防御膜が僅かに削れていた。
「ほぅ(普通の雷じゃなく、聖属性の付与された雷か。予想通り、『虚空対策』は知っているみたいだね)」
「ふふっ、やっぱり聖属性が弱点なのね」
原作ホロウは、あらゆる属性に耐性を持つ。
ただ彼の善性は、作中で最も低い『極悪』。
聖属性の攻撃は、善性のステータスを参照するため、『設定上の弱点』となっていた。
「さすがは魔女、よくモノを知っている。『年の功』というやつか?」
「むっ、女性に年齢の話をしないの」
「これは失礼した」
ボイドは肩を揺らしつつ、深紅の瞳を尖らせた。
「しかし、凄まじい魔力だ。何かネタがあると見た」
「タネも仕掛けもございません。お姉さんは生まれながら、莫大な魔力を誇――」
「――察するに、『聖域』の強化か」
原作知識を持つボイドは、一発で答えを言い当て、
「……へぇ、頭がキレるのね」
リゼは心の中で警戒を強めつつ、子どものようにおどけて見せる。
「ピンポンピンポン、だいせーかい。私は帝国の始祖。つまりここは、私にとっての聖域。この地にいる間、私は人の域を超えた絶大な魔力を誇るの」
「ふむ……(『勇者の聖域』ほどじゃないけど、ちょっと厄介だね)」
「さっ、お話はこの辺りにして、続きをヤりましょう?」
魔女が舌なめずりをすると、上空に分厚い雲が生まれた。
「――<黄金の雷霆>」
降り注ぐは、聖なる白雷。
(これは……さすがに飛ばし切れないか)
ボイドは<虚空憑依>による自動防御を諦め、魔力を纏った右手で掻き消す。
それと同時、
「「「きゃぁああああああああ!?」」」
耳をつんざく悲鳴が響いた。
(……まったく、無茶苦茶だな)
リゼの雷は凄まじい攻撃範囲を誇り、ボイドだけでなく観客席へ――否、帝都全域へ降り注ぐ。
「お、おいおい、何が起きてんだ!?」
「どうしてこんな晴れの日に雷が……!?」
「闘技場で魔女様が暴れているみたいだぞ!?」
家は燃え、橋は落ち、地面は砕け、大パニックが起こった。
この尋常ならざる事態を受け、銀影騎士団団長ダンケルが立ち上がる。
「これより帝国臣民の救助活動を行う! 俺たち一番隊は北部を、副団長の二番隊は南部を、三番隊と四番隊は西部と東部を回れ!」
「「「はっ!」」」
皇護騎士の四人も迅速に動く。
「陛下、ここは危険です!」
「あの女、無茶苦茶だぜ……っ」
「……安全なところへ退避すべき」
「一旦、帝城へ戻りましょう!」
しかし、皇帝は首を横へ振った。
「これは我が国の未来を占う『天下分け目の決戦』だっ! 俺は皇帝として、最後まで見届けなければならんッ!」
帝都が混沌に包まれる中、ボイドは雷撃を躱しつつ、リゼに苦言を呈した。
「……雑だな。もう少し的を絞れないのか?」
「私ぐらいの魔力量になると、細かい調整が難しいの。『強過ぎる』というのも困ったものねぇ」
「それにしても、周囲に被害が大き過ぎる。ここはお前の国なんだろう? もう少し大切にしたらどうだ?」
「ここに在る人間も土地も建物も、全て私の所有物。自分の玩具をどう扱おうと、私の勝手でしょ?」
「さすがは魔女、イイ性格をしている」
「どうもありがとう」
二人の会話を聞いた観客たちは、
「くそっ、何が『魔女様』だよ!」
「ただの性悪女じゃねぇか……っ」
「ボイド様、魔女を――リゼを倒してくれ!」
魔女の信仰を捨て、ボイドを応援し始める。
しかし、リゼの実力は凄まじく……ボイドは苦戦を強いられた。
「虚の統治者は、この程度なのかしら? ――<黄金の雷刃>」
「ふふっ、攻撃してこなくちゃ勝てないわよ? ――<黄金の雷鎖>」
「虚空因子を持っているのに、みっともない有り様ねぇ。――<黄金の雷閃>」
魔女は基本的に性格が悪く、リゼもその例に漏れない。
勝利を確信した彼女は、邪悪な笑みを浮かべながら、執拗な煽りを繰り返す。
一方のボイドは、虚空と体術を駆使して、雷の猛攻を捌き続けるが……。
(……さすがに強いな。これまでの大ボスとは、ちょっとレベルが違う)
どちらが優勢かは、火を見るよりも明らかだ。
初めて目にする主人の苦戦を受け、
「うそ、こんなことって……っ」
「あのボイドが押されている……ッ」
ニアとエリザは言葉を失った。
「さぁ、どんどん行くわよ? ――<黄金の雷嵐>」
圧倒的な大魔力による、聖属性の弱点攻撃。
非常に苦しい展開の中、
(よし、ここだ)
僅かな隙を見つけ出し、反撃を行う。
「――<虚空槍>」
漆黒の槍が、音速で空を駆けた。
最高のタイミング・完璧なコースで放たれた一撃は――リゼの胸を通過する。
「わっ、凄い魔法。でも、運が悪かったわね」
魔女はそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。
「なるほど、それが起源級<未来の色見>か(自分にとって最善の未来を、相手にとって最悪の未来を、選択・実現させる。ロンゾルキアでも珍しい、『因果干渉系の固有魔法』……ほんと、理不尽な力だね)」
「……あなた、どうして私の固有を知っているの?」
「さて、何故だろうな(リゼは<黄金の雷>と<未来の色見>、二つの起源級を持つ大ボス。いくら『負けイベント』にしても、これはちょっとやり過ぎだ)」
その後、リゼは聖属性の雷で苛烈に攻め立て、ボイドは神懸かった防御術で凌ぎ――ついに王手が掛かる。
「ふむ……ここまでか」
ボイドの周りを囲むのは、100を超える<黄金の雷玉>。
無論、その全てに聖属性が付与されている。
まさに『万事休す』。
もはや逃げ場はどこにもない。
「ボイド、残念だけど、あなたは『失敗作』。あの人には、遠く及ばない」
リゼの脳裏に浮かぶのは、生涯で喫した唯一の敗北。
今より遡ること千年――彼女は地に這いつくばっていた。
【はぁ、はぁ……どこへ……行く、つもり……?】
【エルフの森へ、古い友達とお別れをね】
【その前に、ちゃんと殺していきなさい……っ】
【断る。ボクはあらゆる『無駄』が嫌いなんだ。命という『稀少資源』、もっと大切にしなよ?】
『厄災』ゼノは微笑み、虚空の彼方へ消えた。
【この私に……慈悲を……? 絶対に、許せない……ッ】
復讐に駆られた魔女は、それ以来ひたすら自分の力を磨く。
<黄金の雷>と<未来の色見>を鍛え、虚空対策として聖属性の純度を高めた。
【――よし、これならアイツに勝てるはず!】
そんなときだった、ゼノの訃報が流れたのは。
【……う、そ……っ】
世界に激震が走る中、神々が宣告を下す。
多くの犠牲を払いながらも、ついに厄災を滅ぼした。
しかしゼノは死の直前、禁呪である<転生>を発動。
虚空因子の継承者が、厄災ゼノの転生体が、遠く未来に生まれてしまう。
【あの男は……ゼノは必ず蘇る。彼に勝てるよう、万全を期さなきゃね!】
それからリゼは帝国を創り、入念な下準備を行い、幾千の夜を超えた。
狂おしいほどの色欲を滾らせながら。
全てはただ、ゼノを倒すため。
「――さようならボイド。あなたを殺して、『次の転生体』を待つわ」
リゼの呟きに応じ、<黄金の雷玉>が起動。
宙に浮かぶ100の球体が、聖なる輝きを放つ。
「「ボイド……ッ!」」
ニアとエリザの悲鳴が飛ぶ中、ホロウは『とある魔法』を使った。
それは――<交信>。
攻撃魔法でも防御魔法でもない、ただ念波を飛ばすだけの一般魔法だ。
(アクア、今の子で最後かな?)
(はぃ! 皇帝などを除いた帝都の住民30万人、<虚空渡り>による転移と回復魔法による治療、共に完了しました! 色欲の魔女を片手であやしながら、人々の避難と治療をなされるなんて……まさに神の如き魔法技能っ! さすがはボイド様ですッ!)
(ふふっ、ありがとう。それじゃこっちは、そろそろ戦闘に入るよ)
(ご武運を!)
<交信>切断。
ボイドは一人、『自己採点』を行う。
(①帝国臣民に『魔女は危険な存在だ』と知らしめ②人々を避難&治療して、大きな恩を売りつつ③正義のボイドVS悪の魔女という構図を作る。――計画通り、『勝利条件』は全て揃った!)
完璧な舞台を整えた彼は、
(さて、やるか!)
漆黒の大魔力を解き放つ。
刹那、
「……えっ……?」
リゼの<黄金の雷玉>は、一瞬にして消し飛び――禍々しい『闇』が、世界を包み込む。
「あなた、何を……!?(あり得ない、ただの人間が。この魔力、私よりも遥かに……っ)」
色欲の魔女に千年ぶりの恐怖が走る中、
「……くくっ」
『天賦の才能』と『狂気の努力』を兼ね備えた、正真正銘の『厄災』が、飛び切り邪悪な笑みを浮かべる。
「――さぁ、『虚空の試練』を始めようか」
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
「面白いかも!」
「早く続きが読みたい!」
「執筆、頑張れ!」
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