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世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~  作者: 月島 秀一
第五章

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第二十九話:夢

 ボクと皇帝は友好的な笑みを浮かべ、自己紹介の段階(フェーズ)に移る。

 ここで口火(くちび)を切るのは当然、招待した側(ホスト)であるルインの役目だ。


「私は第七十代皇帝ルイン・ログ=フォード・アルヴァラ、どうかルインと呼んでくれ」


「私は(うつろ)の統治者ボイドだ。ルイン殿、まずはこのような場を設けてくれたこと、心より感謝する」


 (おだ)やかな空気のもと、親睦(しんぼく)の握手を交わし、机一つを挟んでソファに腰を下ろす。


「ボイド殿、遠路はるばるよく来てくれたな。いや、キミの固有があれば、距離は関係ないのだったか?」


 皇帝はこちらを(ねぎら)いつつ、自然な流れで虚空に触れてきた。


「ふふっ、私の固有魔法に興味が……?」


あの(・・)ゼノと同じ力、興味がないと言えば、嘘になってしまうな」


「では、特別にお見せしよう」


 ボクは右手を突き出し、(てのひら)の上に漆黒の渦を作った。


「これが<虚空>。遥か原初の時代、あらゆる『摂理』を滅ぼした力だ」


 次の瞬間、


「「「「……っ」」」」


 奥に控える皇護騎士の面々が、恐怖に顔を引き()らせる。

 キミたち、ほんと敏感だね。


「ほぅ……美しいな(『質』・『量』ともに規格外。いやそんなことよりも、なんて禍々(まがまが)しい魔力だ……っ。これを見るだけで、ボイドの本性がわかる。こいつは『純粋な邪悪』、世界に滅びを振り()く、『厄災』の生まれ変わり。皇護騎士ロイヤル・ガーディアンが発狂するわけだ……ッ)」


 皇帝はゴクリと唾を呑み、視線をスッと上にあげた。


「この黒い渦――虚空に触れると、どうなるんだ?」


私の(・・)家族に(・・・)なる(・・)


「か、家族……?(わけがわからん、こいつは何を言っているんだ!?)」


「そう、家族だ」


「なる、ほど……なんだかよくわからないが、とにかく恐ろしい魔法だね。できればキミたちとは、今後も仲良くやっていきたいよ(頭の狂った奴だが……虚空は本物だ! 間違いなく使える(・・・)! ボイドを取り込み、虚を支配下に置けば――鬱陶(うっとう)しい皇国(こうこく)霊国(れいこく)に気を払うことなく、我が覇道(はどう)を成すことができる! 今、確信した。帝国の最優先目標は、こいつを攻略することだッ!)」


 皇帝の瞳の奥に『獰猛(どうもう)な野心』が(たぎ)る。


(ふふっ、食い付いた食い付いた!)


 掴みは最高。


(でも、焦りは禁物だ)


 上手く行っているときほど、原作ホロウの呪い(デバフ)『怠惰傲慢』が顔を出す。

 こういうときこそ、油断と慢心を封印して、『謙虚堅実』に進めなくちゃね!


「さてルイン殿、今宵(こよい)の極秘会談は、どういう(おもむき)のモノなのかな?」


 これは帝国サイドが希望し、こちらが応じて実現したモノ。

 まずは主催者の考えを聞くのが、ゲスト側の適切な姿勢だろう。


()いて言うなら、『お互いを理解すること』、かな? 実は前々から、ボイド殿と話したいと思っていてね」


「ほぅ、奇遇(きぐう)だな。実は私も、ルイン殿に会いたいと思っていたんだ」


「ははっ、どうやら私達は馬が合うらしい」


 ボクとルインは微笑み、楽しげに肩を揺らす。


 この極秘会談は、親睦を深める場。

 そう位置付けたところで、皇帝が軽い話を振ってくる。


「ボイド殿、王国や皇国や霊国ではなく、何故帝国(うち)に興味を?」


「四大国を精査した結果、最も玩具適性(しょうらいせい)を感じてね」


「さすがはボイド殿、見事な慧眼(けいがん)だ」


 軽い冗談を交えつつ、今度はこちらから問い掛ける。


「ルイン殿こそ、どうして(うち)に興味を持ってくれたのかな?」


「私は昔から、『魔法史(まほうし)』や『英雄譚(えいゆうたん)』に胸を焼かれていてね。伝承に残る『厄災ゼノの転生体』と聞いて、居ても立ってもいられず……っというわけだ」


「なるほど、そういうことか」


 ボクが納得したように頷くと、皇帝はサラリと補足を加えた。


「もちろん、ボイド殿の稀有(けう)な固有だけでなく、統治者としての優れた手腕にも注目しているよ。実際、(うつろ)の成長速度には、目を見張るモノがある」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、虚の発展は私の力じゃない、優秀な臣下たちのおかげだ」


 ボクがそう返すと、アクアが異議を唱えた。


「そんなことはありません! 全て、ボイド様の御力と采配によるものです!」


「ありがとう。ただ私は、キミたちの働きにいつも感謝しているよ」


「も、もったいなき御言葉、恐悦至極(きょうえつしごく)の至りです……っ!」


 アクアは華やかな笑みを浮かべ、頭頂部のアホ毛をブンブンと振り回した。


 一方の皇帝は、


(うつろ)は統率の取れた、一枚岩(いちまいいわ)の組織と聞く。どうやらボイドは、卓越した人心掌握術を持っているようだ。品のある言葉遣いに流暢(りゅうちょう)な語り口、俺ほどの知力はないにせよ、まったくの馬鹿というわけではないらしい)


 こちらを静かに観察しつつ、感心したようにコクコクと頷く。


「良き指導者に忠義に厚い臣下……なるほど、虚が大きくなるわけだ。順風満帆なようで羨ましい限りだよ」


「順調であることは否定しないが、存外に悩みのタネも多くてね」


 ボクは自嘲(じちょう)気味に肩を(すく)めた。


(ダイヤさんの感情が重かったり、五獄(ごごく)が訳のわからないことで喧嘩したり、馬カスの飼育に手が掛かったり……)


 ハイゼンベルク家の当主をこなし、(うつろ)という大きな組織を束ねるのは、けっこう骨の折れる仕事だ。

 もちろん、メリットの方が遥かに大きいから、まったく文句はないんだけどね。


 その後もボクと皇帝は、『(うわ)(つら)だけの会話(ラリー)』を繰り返した。

 今後の短期目標だとか、現在の国際情勢はどうだとか、皇国(こうこく)霊国(れいこく)目障(めざわ)りだとか……踏み込んだようで踏み込んでいない絶妙なラインの話だ。


 ときに笑い、ときに共感し、ときに議論する。

 確たる情報を与えず、表面的な話題で場を温めた。


 当然ながら、こんな会話で仲が深まるわけもない。


(でも、このやり取りには、『大きな意味』がある!)


 ボクと皇帝、二人の視線が交錯(こうさく)した。


(ルイン、キミも理解している通り、これはただの儀式だ)


(ボイド、貴様の考えは手に取るようにわかるぞ。『これはただの儀式』、だろう?)


(この極秘会談は、会話を重ねて、相応の時間を費やし――)


(『お互いの仲が深まった』、そう認識するための形式的なモノ!)


(皇帝が求めているのは『武力』。国際社会での発言力を増すため、虚を利用せんとしている)


(ボイドが求めているのは『影響力』。国際社会での発言力を増すため、帝国を利用せんとしている)


(つまり、彼の目的は一つ――)


(つまるところ、奴の狙いは一つ――)


(((うつろ)と帝国による『軍事同盟の締結(ていけつ)』!))


 ほどなくして会話が()み、沈黙が場を包み込む。


(さて、前哨戦(ぜんしょうせん)は終わった。そろそろ向こうから、踏み込んで来る頃じゃないかな?)


 ボクがそんなことを考えていると、皇帝が予想通りに動き出す。


「ボイド殿、私達は共に手を取り合えるのじゃないかと思っている」


「ルイン殿、本当に気が合うな。私もちょうど同じことを考えていた」


 皇帝とは今後とも仲良くしていくつもりだ。

 たとえ彼が、「もう勘弁してくれ」と願ってもね。


「少し、私の話をしてもいいかな? お互いをより深く知るために」


「あぁ、もちろんだとも」


 皇帝は「ありがとう」と微笑み、静かに語り始める。


「私は幼少より『帝王学』を学び、人の上に立つ者として育てられた。帝位を継いでからは、大規模な改革を断行し、国の発展に尽力してきたつもりだ」


 彼の言葉には、苦労の色が(にじ)んでいる。

 これはおそらく、演技半分・本音半分って感じかな。


「自由貿易の導入による経済成長・魔法研究の奨励による軍備強化・農業保護の実施による食糧安定、時流(じりゅう)にも恵まれ、我が国は格別の繁栄を遂げた」


 うんうん、皇帝はよくやっていると思うよ。


「しかしそれでも、武力だけの()――失礼、頭足らずな『皇国(こうこく)』と『霊国(れいこく)』には届かない。奴等はその絶大な力にモノを言わせ、国際的な秩序を大いに乱している!」


 彼はギッと奥歯を噛み締めて、両国への不満をぶちまけた。

 確かにあそこ二つは、ちょっと厄介だね。


「聡明なボイド殿のこと、当然ご存知だと思うが……。近年、亜人・獣人・魔人による被害が、世界的に急増している。遠からず、『人界(じんかい)』と『外界(がいかい)』による戦争が起こるだろう。我々人類に同族間(どうぞくかん)で争っている余裕はない。互いに手を取り合い、一丸(いちがん)となるべきだと考える!」


 皇帝は言葉に熱を込め、バッと両手を広げた。


「私の夢は――『世界平和』だ! 青臭いと思われるかもしれないが、これが嘘偽りのない本心だ!」


 うん、知っているよ。

 キミは心の底から、平和を願っている。


(自国の腐敗した貴族を大量に粛清したり、堕落した王国を支配せんと攻め込んだり、皇国と霊国の開戦派を暗殺したり……)


 ちょっと行き過ぎるきらいはあるけど、その行動は全て『人類の恒久的な存続』に向いている。


(自慢の知力を武器に四大国を()べ、外界(がいかい)の大国と和平条約を締結。そうして人類の安寧を築き、自身を『唯一王(ゆいいつおう)』とした新たな秩序を創造する)


 これが、皇帝の掲げる世界平和(ゆめ)だ。


(でも、現実は残酷なんだよね……)


 原作ロンゾルキアにおける彼は、周辺諸国の板挟みに苦しむ『中間管理職』。

 あっちのイベントで疲弊(ひへい)し、こっちのイベントで摩耗(まもう)し、『銀色のボロ雑巾』となった果て――『名もなきモブA』に刺し殺される。


 それが皇帝ルイン・ログ=フォード・アルヴァラという悲しき男の一生だ。


(でも、大丈夫。ボクがキミを助けてあげる!) 


 皇帝がボロ雑巾になる未来は変わらないけど、せめて『幸せなボロ雑巾』にする予定だ。


 ボクが慈愛に満ちた笑みを浮かべていると、ルインが真っ直ぐな視線を飛ばして来た。


「もしよかったら、ボイド殿の夢も聞かせてもらえないか?(さぁ、次はそちらの番だ! 腹の底に秘めた邪悪な野望を語るがいい! 世界征服か? 人類の滅亡か? はたまた神々の抹殺か? どんな願いだろうと問題ない! 俺は今日このときに備えて、『1000パターンの必勝戦略』を用意してきた! 必ずや貴様を言い(くる)め、我が傀儡(かいらい)としてくれる!)」


 ボクは飛び切り邪悪な笑みを浮かべ、(あらかじ)め用意しておいた『完璧な回答(こたえ)』を述べる。


「くくっ、私とルイン殿は、本当に馬が合う」


「どういうことかな?」


同じ(・・)だよ」


「同じ?」


「あぁ、私の夢はキミと同じ――『世界平和』だ」


「……はっ……?」

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