第二十話:皇帝ルイン・ログ=フォード・アルヴァラ
魔女の舞踏会に現れたのは、皇帝ルイン・ログ=フォード・アルヴァラ、23歳。
身長175センチ、銀色のミディアムヘア。
細く整った眉・大きな蒼い瞳・綺麗な鼻筋、気品と威厳の備わった美しい顔立ちだ。
体は適度に鍛えられており、ほっそりとしつつも力強さを感じられた。
純白の布地に金と蒼の意匠が施された、皇帝専用の魔法礼服を纏っている。
ちなみに彼は、公式の実施した『意地悪したくなる男キャラランキング』で、ぶっちぎりの第一位を取った『輝かしい経歴』の持ち主だ。
ルインがメインホールに足を踏み入れると同時、大勢の貴族たちが一斉に動き出した。
「皇帝陛下、ご機嫌麗しゅうございます!」
「お姿を拝見でき、みなが喜んでおりますわ!」
「やはり陛下がいらっしゃると場が締まりますな!」
みな一様に皇帝を褒め称え、ご機嫌を取ろうとしていた。
(まぁ、無理もないか)
何せ皇帝は、帝国の頂点に君臨する『絶対王者』。
ルインに気に入られるかどうかで、その家の未来が決まると言っても過言じゃない。
(彼に気に入られれば、立身出世が約束されるけど……)
万が一にも不興を買えば、あっという間に干されてしまう。
そうなったら最後、これまで付き合いのあった貴族たちは、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行き――お家没落。
(王国であろうと帝国であろうと、『貴族の社会』はどこも同じだね)
ボクがそんなことを考えていると、皇帝は凛とした表情で、赤い絨毯の上を悠々と歩み出した。
「エドゥアル、腰はもう大丈夫なのか?」
「陛下のそのお言葉で、すっかり良くなりました!」
「ミランダ、昨夜キミの領地で作られたワインをいただいてね。実に芳醇な味わいだったよ」
「陛下のお褒めを励みに、いっそう精進いたしますわ!」
「ゲール、また子どもが生まれたそうだな。後日、祝いの品でも持たせよう」
「陛下のお心遣いには、感謝の言葉もございません!」
皇帝は大貴族の中へ交ざり、積極的にコミュニケーションを図った。
(民との距離が近いように見えるけど……それはまやかしだ)
両者の間には、大きな隔たりがある。
皇帝は龍涙のピアス・黄金郷の籠手・妖精の首飾りなどなど、強力な『魔法の装備』で全身を固めている。
これは精鋭級以下の攻撃を全て無効化できるほどのモノだ。
さらにその背後には、四人の近衛を――『皇護騎士』を控えさせている。
彼らは人種・信条・性別・血統・爵位に依らず、単純な武力のみで選抜された精鋭中の精鋭。
(貴族たちの輪に入り、無防備な姿を晒しているように思えるけど……)
実際のところは、ガッチガチの厳戒態勢なんだよね。
(――さて、ここからが本番だ! しっかり気合を入れよう!)
皇帝が魔女の舞踏会に滞在するのは五分ほど。
宮殿内をグルリと回り、簡単な挨拶を述べた後、すぐに帝城へ戻ってしまう。
彼と接触できる時間は、正味三十秒もあればいいところだ。
それからほどなくして、ボクと皇帝の目が合ったそのとき、
「「「「……ッ」」」」」
二人の間を分かつように、皇護騎士が割って入った。
顔を真っ青に染めた彼らは、太刀・長槍・魔法書・ぬいぐるみ、それぞれの得物をこちらへ向ける。
(……はて、魔力は完全に消しているはずだけど……?)
この過剰な反応はおそらく、『第六感』的なアレだろう。
皇護騎士たちは、原作ホロウの危険度を『本能』で察知したのだ。
(みんな優秀だね)
今すぐ家族に迎えたいくらいだ。
「陛下、今すぐお下がりください……っ」
「……この男は危険、濃密な血の匂いがする」
「『極悪貴族』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、想定の遥か上を行く邪悪さだ……」
「あの『虚飾のダフネス』が、早々に身を引いた理由がわかりました。これはあまりに危険過ぎる……ッ」
うーん、凄い言われようだね。
(ボクって一応、『客人』なんだけどなぁ……っ)
苦笑を浮かべながら、肩を竦めると、
「まったく、私に恥を掻かせるな」
皇帝は近衛たちを一蹴し、
「「「「へ、陛下!?」」」」
堂々とこちらへ歩み寄った。
「はじめまして、ハイゼンベルク公爵。お隣はエインズワース公爵かな? よくぞ我が国へおいでくださった」
「皇帝陛下、此度は魔女の舞踏会へお招きいただき、感謝の言葉もございません」
ボクが小さく頭を下げると、ニアもそれに倣った。
舞踏会のような場で、過度な礼を取り過ぎるのは、却って無粋というもの。
華やかな空気を乱さぬよう、ほどよい敬意を払うのが作法だ。
「うちの騎士たちが申し訳ないことをした。どうにもこの者たちは、警戒心が強過ぎるようだ」
「とんでもございません。主人を守るのは騎士の務め、立派な近衛をお持ちですね」
「ははっ、そう言ってもらえると助かるよ」
ボクとルインは朗らかに語り合う。
「ハイゼンベルク公爵、いや……ホロウ殿とお呼びしても?」
「光栄です、陛下」
「ではホロウ殿、お噂はかねがね聞いているよ。『天喰を討ち取った英雄』だと」
「まだまだ若輩の身、天運に恵まれただけです」
「なるほど、先代のダフネス殿も大変な相手だったが、当代は殊更に手強そうだ。どうかお手柔らかに頼むよ(人類史に残る偉業を成し遂げながら、ひとかけらの驕りも見られん……。齢15にして、地に足が付いている。やはり俺の直感は正しかった。ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、こいつは危険だ)
皇帝の蒼い瞳が、細く鋭く尖る。
原作ホロウに次ぐ、作中第二位の知性を――『ルイン脳』を起動したのだ。
「そう言えば、一つ気になっていることがあってね(ホロウは極めて高い武力を隠し持つ。実際に俺は、ウロボロスに暗殺の依頼を出し、『時忘れの姫』を放たせたが……失敗に終わっている)」
「なんでしょう」
「王国には『天才軍師』アイリ殿がおられるはずだが……。天喰討伐戦では、何故ホロウ殿が指揮を執ることに?(しかもこの男は、驚異的な知性を誇る。事実、天喰との戦いで軍師としての才覚を発揮し、王国軍に歴史的な勝利を齎した)」
「実は、彼女とチェスを交えましてね。そこで運よく勝利した自分が、軍師に取り立てられたのです」
「ほぅ、ホロウ殿はチェスを嗜まれるのか(そのうえこいつは、邪悪な野心を秘めている。俺の招待状に乗って来たことからも、それは明らかだ。魔女の舞踏会を利用して、帝国貴族と繋がりを持ち、勢力拡大を目論んでいるのだろう)」
「はい。と言ってもまぁ、趣味程度のモノですが」
「もしよかったら今度、お相手願えるかな?(圧倒的な武力・稀代の知性・底知れぬ野心……。ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、俺と同じ『王の器』だ。いずれ我が覇道の――『世界征服』の障害となるだろう)」
「是非、喜んで」
和やかな会話が、終わりの空気を醸す頃、
「さて、私はこの辺りで失礼しようかな。何分、公務が溜まっているものでね(とにかく、ホロウに王位を継がせてはならん。多少の醜聞を被ってでも、今ここで仕留めるッ!)」
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
皇帝はクルリと踵を返し、自身の横髪を右手でサラリと梳いた。
(おっ、『合図』だ!)
次の瞬間、宮殿の天井――巨大なステンドグラスが割れ、黒いローブを纏った男が乱入する。
「「「きゃぁああああああああ……!?」」」
大貴族たちが悲鳴を上げる中、
「――ハッハァ゛!」
招かれざる客は、凶悪な魔力を放ちながら、一直線にこちらへ向かってきた。
「陛下、お下がりくださいッ!」
「おいおい、なんだこのふざけた魔力量は!?」
「誰だか知らないけど……あいつ、無茶苦茶強いね」
「命に代えても、皇帝陛下をお守りするのだ……!」
何も知らされていない皇護騎士たちが臨戦態勢を取る中――皇帝は一人、邪悪に微笑む。
(くくっ、ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、貴様の覇道はここで終わりだッ!)
一方のボクは、冷静に思考を回す。
(さて、これが魔女の舞踏会における『死亡フラグ』――大魔教団の奇襲だ)
黒いローブに身を包んだ彼は、天魔十傑の第五天ザラドゥーム。
有する固有は、起源級の<森羅万消>。
右手で触れたあらゆる現象を消し去るという、極めて強力な戦闘に特化した魔法だ。
(皇帝は法外な金でザラドゥームを雇い、ボクを抹殺しようとしている……)
さて、この死亡フラグをどう捌くか。
(虚空は――駄目だ)
こんな大衆の面前で使えば、ホロウ=ボイドだとバレてしまう。
(強力な魔法は――リスクが高過ぎる)
手加減を苦手とするボクが、強い魔法を使った場合、うっかりこの場にいる人たちを皆殺しにしてしまうかもしれない。
つまり現状は、両手両足を縛られた状態、所謂『飛車角落ち』だね。
(いろいろと窮屈だけど……)
原作知識を持つボクは、『完璧な秘策』を用意してきた。
(原作ホロウの死亡フラグをへし折りつつ、皇帝に強烈なインパクトを与えるには、いったいどうすればいいか?)
答えは簡単。
圧倒的な『基礎ステータスの暴力』で、蹂躙すればいいのだ!
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルクゥ、その首ィ……もらい受けるぜェ!」
ザラドゥームは天高く跳び上がり、まるで獣のように襲い掛かってきた。
勢いよく振り下ろされるのは、森羅万象を消し去る魔手。
対するボクは、右腕を魔力で強化し、
「――が、は……っ!?」
ザラドゥームの胸部を深々と貫いた。
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