第十八話:因果応報
――高級Barバッカスで発生したサブイベント。
ボクは右手でグラスを弄びながら、その騒動をこっそりと横目に観察する。
「リットさん……『借りた金を返す』ってのは、極々当たり前のことだよなぁ゛?」
「は、はい、モレーノ様の仰る通りです。しかし、もう『元金』は返済して――」
「――馬鹿野郎、世の中には『金利』ってもんがあんだよ! うちは『十日で一割』でやってんだ! 300万借りて300万返して、それで終わりなわけねぇだろ!?」
「御言葉ですが、既に支払総額は500万を超えております。それに何より、そちらが一方的に契約内容を変えたんじゃないですか!」
「うるせぇ! 男の癖にぐだぐだ言ってんじゃねぇよ!」
性質の悪い中堅貴族モレーノ、そこから金を借りてしまった弱小貴族リット、だったかな?
ロンゾルキアの世界なら、どこにでもある悲しい話だね。
「とにかく、明日の夜までに100万持って来い。それで全部チャラにしてやらぁ」
「そんな……前回『これが最後だ』と仰ったから、50万お渡ししたんですよ!?」
「だから、これが本当の本当に最後だって……んっ?」
モレーノはその欲深い目を光らせ、
「おいおい、『イイモン』付けてんじゃねぇか!」
リットの首元から、ネックレスを剥ぎ取った。
「チェーンは安物だが、ペンダントは銀製だな! へへっ、こいつはそれなりに値が付くぞ!」
「お、お願いします。それだけは返してください。戦死した息子の形見なんです……っ」
リットは必死に縋り付き、
「んなこと知るか、よッ!」
モレーノはそれを痛烈に蹴飛ばした。
なんともまぁ胸糞悪い、典型的な『悪役キャラ』だね。
「ちょっと、あなたねぇ!」
善性の高いニアが、我慢ならずに立ち上がったので、ボクはそれを制するようにオーダーを出す。
「――マスター、あちらの男性が酷く酔っておられる。水を一杯、頼めるか?」
「かしこまりました」
彼はチェイサーの水を持ち、
「失礼します」
「あ゛……ぶほっ!?」
モレーノの顔面にぶちまけた。
さすが、よくわかっているね。
「……おぃ゛、バーテン風情が調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
「あちらのお客様からのサービスでございます」
マスターの言葉を受け、モレーノがこちらへ詰め寄ってくる。
「おいガキ……どこの馬の骨か知らねぇが、舐めた真似してくれんじゃねぇか。この俺をモレーノ伯爵と知っての狼藉か?」
「有り金を置いて、十秒以内に失せろ。そうすれば、命だけは見逃してやる」
「んだとてめぇごらぁッ!」
激昂したモレーノは、ボクの胸倉を掴んだ。
「ちょっ、何をしているの!? 殺されるわよッ!?」
ニアが真っ青になる中、
「ここは酒の席だ。荒事はやめて、『呑み比べ』と行こう」
ボクはそう言いながら、モレーノの後頭部を掴み――カウンターの酒瓶に叩き付けた。
「ぁ、ば……っ」
「おや、一杯で潰れるとは存外に弱いな」
白目を剥いた彼を後ろにポイと投げ捨て、グラスに残ったロンゾ・グレイを喉に流し込む。
「「「……っ」」」
店内はシンと静まり返り、
「うわぁ、痛そう……っ」
ニアはサッと目を背ける。
「マスター、すまないな。店を汚してしまった」
「いえ、どうかお気になさらず。むしろお礼を申し上げたいぐらいです」
「ふっ、そうか。これは清掃代だ、受け取ってくれ」
ボクはそう言いながら、バーカウンターに白金貨を三枚置く。
ちょうど三百万ゴルドだね。
「これは……少々高額に過ぎるかと」
「余った分は、ここにいる客の酒代に当ててくれ。彼らの憩いの時間を邪魔してしまったのでな」
「かしこまりました」
後処理をサクッと済ませたところで、足元に転がる銀のネックレスを取り、弱小貴族のリットに渡す。
「大切なモノなんだろう? 二度と奪われぬよう、しっかり持っておくんだな」
「は、はい! どなたか存じませんが、本当にありがとうございます……っ」
無事に一件落着かと思われたそのとき、
「はぁ、はぁ……もう許さねぇ、ぶっ殺してやる……っ」
意識を取り戻したモレーノが、幽鬼のようにユラリと立ち上がった。
血走った目でこちらを睨み付け、果物ナイフを右手に握っている。
(おっ、けっこうタフだね。もう一杯呑ませてあげようかな)
ボクがそんなことを考えていると――店の扉がギィと開かれ、帝国の憲兵がぞろぞろと入ってきた。
「おい見ろ、あの制服……。ただの憲兵じゃねぇ、陛下直属の『銀影騎士団』だ!」
「な、なんでこんなところに……!?」
「んなもん、俺が知るかよ……っ」
バッカスが騒然となる中、帝国の憲兵たちは、ボクの前で綺麗に整列――先頭に立つリーダー格の凛々しい男が、慇懃に頭を下げた。
「はじめましてホロウ様、銀影騎士団のディルと申します。遠路はるばる足を運んでいただき、感謝の言葉もございません」
「うむ」
「外に馬車を付けております。さっ、どうぞこちらへ」
「行くぞ、ニア」
「あっ、うん」
ボクはパートナーを連れて、店から出ようとし――入り口でピタリと足を止めた。
「あぁ、そうだ。そこのモレーノという男が、帝国の『出資法』に反しているようでな。ついでにしょっ引いてもらえないか?」
「モレーノ……?」
ディルは店内をザッと見回した後、すぐに謝罪の言葉を述べる。
「御不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。この責は、我が命を持って――」
彼はレイピアを引き抜き、自分の首に添える。
「――よい、酒の席だ。そういうこともあるだろう」
「お心遣い、感謝いたします」
長物を鞘に納めた彼は、再び頭を下げ――鋭く瞳を尖らせる。
「モレーノ伯爵。貴殿の悪い噂は、こちらの耳にも届いております」
「え゛っ!? いや、その……。それよりも、あいつはいったい……?」
「ホロウ様は、皇帝陛下が直々にお招きになられた『国賓』。あなたのような愚物が、関わってよい存在では断じてありません」
「ほ、ホロウって……まさかあの『極悪貴族』ホロウ・フォン・ハイゼンベルク!?」
「よくも大切な客人の前で、恥を掻かせてくれましたね……。帝国の――陛下の顔に泥を塗る行い、許してはおけません」
ディルの瞳が尖ると同時、憲兵たちが迅速に動き出し、モレーノを乱暴に組み伏せた。
「や、やめろ! 俺は何もしてねぇ! これは誤解だ!」
彼は必死に弁明するが、その言葉に耳を貸す者はいない。
「モレーノ伯爵、陛下の沙汰を楽しみにしておいてください」
「そん、な……っ」
皇帝の不興を買ったが最後、この帝国では生きていけない。
残念だけど、モレーノはもう終わりだ。
「あぁ、認める! 俺が悪かった! だから頼む、陛下の沙汰だけは勘弁してくれ……っ」
必死の懇願も虚しく、彼は憲兵たちに連行された。
(まぁ……『因果応報』だね)
帝国の伯爵であれば、何不自由のない生活を送れるだろうに……。
欲を掻いて弱者を食い物にするから、こういう『しっぺ返し』を食らうのだ。
無事に一件落着となったところで、周囲がにわかに騒がしくなる。
「あれが極悪貴族の新当主、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクか……凄まじいな」
「圧倒的な武力に慈悲深き心、あの家は今後さらにデカくなるぞ」
「皇帝陛下が、国賓としてお招きなされるとは……なんとか関係を持てないものか」
この場に居合わせた客たちが、ボクのことを噂しているっぽい。
(ふふっ、イイね!)
舞踏会までの時間潰しに可哀想な貴族を助けるだけで、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名前を売ることができた。
(やっぱりこのサブイベントは、かなりおいしいぞ!)
こういう隙間時間を上手く活用できると、なんだかとっても得した気分になる。
ボクは機嫌よく豪華な客車に乗り込み、ニアもその後に続いた。
「では、出発いたします」
仕切り窓越しに御者が言うと、馬が静かに走り出した。
舞踏会への道中、
「ふふっ」
突然ニアが嬉しそうに微笑んだ。
「何を笑っている?」
「やっぱりホロウは優しいなって」
「さっきのことなら――」
「――『俺の気分を害したから』、でしょ?」
「……その通りだ」
どうやら思考を読まれたらしい。
ニアとは、なんだかんだで長い付き合いだから、こういうこともあるだろう。
「私、ホロウのそういうところ大好きよ」
「はっ、勝手に好いておけ」
「うん、勝手に好きになっておくね」
今日の彼女は、いつもよりちょっと手強かった。
(でも、なんでだろう……不思議と悪い気はしないな)
どうやらボクは、ニアに少しずつ気を許し始めているらしい。
ただまぁ……今はメインルートの攻略に集中するべきだ。
(さて、いよいよ『魔女の舞踏会』が始まるね!)
ボクと皇帝は、そこで初顔合わせとなる。
あまり長々とは話せないだろうから、短い時間で『強烈なインパクト』を与えたい。
(ボクの作った『最強の攻略チャート』を進めるためにも、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクをしっかりと印象付けなくちゃね!)
そのための策は、既に練ってある。
(これが上手く行けば……魔女の舞踏会の死亡フラグをへし折りつつ、皇帝に凄まじいストレスを植え付けられるぞ!)
ふふっ、楽しみだなぁ!
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