第三話:友情イベント
ソラグマとラグナの『格付け』が終わり、そろそろ屋敷へ帰ろうかというそのとき、
「――ボイド様、私をこの子の『飼育係』に指名していただけませんか?」
シュガーがとんでもないことを言い出した。
どうやら『フワモコボディの子熊』に、母性をくすぐられてしまったらしい。
「必ず立派な白熊に育てて見せますので、どうか何卒お願い申し上げます……っ」
「う、うーん……(ソラグマは放っておいても、勝手にスクスク育つんだけどなぁ)」
シュガーにはいろいろお世話になっているし、ボクとしては全然構わないんだけど……。
やっぱり本人の――ソラグマの意思を確認する必要がある。
「うちのシュガーがこう言ってるけど、ソラグマ的にはどんな感じ?」
「オノレは誇り高き白熊! 飼育係なんていらない!」
本人が嫌がっているなら、さすがにナシの方向かなぁ。
ボクが沙汰を下そうとすると、
「もぅ、そんな悲しいこと言わないでくださいよ」
シュガーは優しく声を掛けながら、ソラグマの顎の下を優しく撫ぜた。
「お、おぉ……っ。これは中々のテクニシャン……ッ」
なんか、めちゃくちゃ気持ちよさそうにモフられている。
「ほらほら、ここがいいんでしょ?」
シュガーの指攻めを喰らい、
「ふっ、ふぉおおおお……っ」
ソラグマは気持ちよさそうな声を出す。
本人も満更じゃないっぽいし、任せても大丈夫そうだね。
「それじゃ、ソラグマの飼育係はシュガーに決定」
「ありがとうございますっ!」
その直後、
「――くそったれがぁああああああああああああ!」
失意のラグナが、荒々しい魔力を解き放つ。
その瞳は血走っており、強い野心に満ちていた。
(おっ、イイね!)
ボクに敗れ、ダイヤにボコられ、ソラグマに絞られ――それでもまだ、ラグナ・ラインは折れていない。
この芯の強いところは、間違いなくラグナの美点だ、実に好感が持てる。
「はぁはぁ……ボイド、俺は弱いのか?」
「うん、途轍もなく」
「どうすれば、あんたみてぇに強くなれる?」
「地道な努力かな」
やっぱりコツコツとやるのが一番だ。
「何をすればいい? 修業のメニューを教えてくれ!」
「別に構わないけど……キツイよ?」
「んなもん、覚悟の上だ!」
「なら、1日1000体のスケルトンを召喚しよう」
「へっ、1000で足りんのか?」
「ふふっ、それじゃ2000でいこう」
「おぅよ!」
ラグナは会心の笑みを浮かべ、颯爽と走り去って行った。
(ちょっっっろ)
これでボクはなんの手間も掛けず、労働力を爆増させることができる。
ちなみに、修業法について嘘はついてない。
召喚士のスキルを磨くのなら、単純な召喚を繰り返して、基礎的な練度をあげるのが一番だ。
ボクはただ言葉を工夫して、ラグナのやる気を上げつつ、自分の労働力を増やしただけ。
『最小のコストで最大の結果を』ってね。
「さて、そろそろボクは屋敷に帰るよ」
「お疲れ様です」
「ゼノ、待たねー!」
シュガーとソラグマに別れを告げ、ハイゼンベルクの屋敷に戻る頃、時刻は既に夜の10時を回っていた。
(虚の定時報告は深夜零時だから、まだちょっと時間があるね)
自室に戻って修業でもしようかと考えていると、メインホールに不審な影が見えた。
「……セレス……?」
ボクの呼び掛けに反応し、クルリと振り返ったのは、
「あっ、ホロウ様だぁ」
第三章の特別クリアボーナスこと、天才魔法研究者セレス・ケルビーだ。
彼女の頬は何故かほんのりと紅く、瞳はいつもよりトロンとしており・白衣と黒いシャツが乱れていた。
「……っ」
情欲の黒い炎が、ヌラリと立ち昇る。
(相変わらず……いや、いつにも増して凄い色気だな)
大きく深呼吸をして、昂った気持ちを静めながら、セレスさんのもとへ歩み寄る。
「お前、こんなところで何をし……酒くさいな」
「えへへ、先輩に呑まされちゃいまして……。あっでも私、けっこう強いですから、全然へっちゃらですよぉ?」
セレスさんはそう言って、パタパタと右手を振った。
赤ら顔で呂律も怪しく妙にテンションが高い。
(もう完全に出来上がってるな……)
ニアほどじゃないにしろ、セレスさんもけっこう弱そうだ。
「夜はまだ冷える、さっさと部屋に戻って寝ろ」
「はい、わかりましたぁ」
ボクが踵を返して、自室に向かおうとしたそのとき、
「……あ、れ……?」
セレスさんの上体がグラリと揺れ、そのまま前方に倒れ込む。
「っと」
咄嗟に彼女の手を引き、優しくサッと抱き留めた。
お互いの体が重なり、柔らかな感触と人肌の熱が、じんわりと伝わってくる。
(ま、マズい……っ)
反射的に助けてしまったが、これは明確な悪手だ。
(柔らかい、甘い香り、いい肉感。四大貴族の当主になったんだし、ちょっとぐらい胸に触っても、なんならこのまま襲っても……って、待て待てぇ゛! そんなことをしたら、セレスさんルートに突入してしまうだろうッ!?)
原作ホロウの情欲が起動し、世界最高のホロウ脳が、ダンゴムシレベルに低下していく。
(ふぅー……っ)
鋼の理性を総動員して、セレスさんから距離を取る。
「……怪我はないな?」
「はぃ、ありがとうございます……っ」
「この指が何本に見える?」
ボクが三本の指を立てると、
「……六本、でしょうか……?」
彼女はコテンと小首を傾げてそう答えた。
「なるほど、重症だな」
こんな状態じゃ、一人で部屋に戻れないだろう。
「おい、誰か――」
メイドを呼ぼうとして、すぐにやめた。
(……この状況、変な勘違いをされかねないな……)
当主に成り立ての極悪貴族+泥酔状態の美しい未亡人。
オルヴィンさんやシスティさんみたく、『話の通じる相手』ならいいんだけど……もしも母レイラが来ようものなら『最悪』だ。
(あの人は『重度の恋愛脳』、絶対に面倒なことになる……っ)
っというわけで、
「はぁ……仕方ないな」
ボクが介抱することにした。
セレスさんを自室に連れて行き、椅子に座らせて、冷たい水を用意する。
「ゆっくり飲め」
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、グラスの水に口をつける。
ゴクゴクという喉の鳴る音が、なんとも言えず艶かしい。
なんで水を飲むだけで、こんなに煽情的なんだろう。
「ふぅ……」
「どうだ、少しはマシになったか?」
「はい。おかげさまで、落ち着いてきました」
「それは何よりだ」
セレスさんに意識を向けないよう、情欲が暴発しないよう、必死に努力していると、
「――ホロウ様、本当にありがとうございます」
彼女は突然、深々と頭を下げた。
「なんだ、急に改まって」
「私が幸せな毎日を送れているのは、ホロウ様が助けてくださったから。最近、それをヒシヒシと実感しておりまして、もう一度きちんとお礼を伝えておきたかったんです」
「前にも言ったと思うが、礼なぞ不要だ。俺がセレスに求めるのは『結果』のみ。魔法の研究に励み、確たる成果をあげろ」
「はい、承知しております。でも……まさかまた『憧れの先輩』と一緒に働けるだなんて、本当に夢みたいです」
セレスさんはそう言って、とても幸せそうに微笑んだ。
(憧れ、ねぇ……)
あの馬狂いに魅せられるところなんてあるだろうか?
いやまぁ、見ていて面白い生き物ではあるんだけどさ。
(そう言えば……馬カスとセレスさんの間で起きたっぽい『友情イベント』、まだ詳しく聞けてなかったな)
ちょうどいい機会だし、軽く探りを入れてみよう。
「セレス、前々から一つ気になっていたんだが……」
「はい、なんでしょう」
「アレのどこに惹かれる要素があるんだ?」
「あれ?」
「馬カス――借金馬女のことだ」
「あぁ、フィオナ先輩ですか」
そうそう、確かそんな名前だったね。
「魔法省の同僚だと聞いているが、先輩後輩という以上に親しげに見えるぞ」
「それはもう、先輩とはいろいろとありましたから」
「ふむ、興味深いな」
「もしよろしければ、お話しましょうか?」
「あぁ、聞かせてくれ」
ボクがそう言うと、セレスさんはコクリと頷く。
「今から9年前、私が24歳で魔法省に入ったとき、上手く周囲と馴染めなかったんです」
「そうなのか」
初めて聞いたような返答をしたけど、その情報はもう知っている。
(セレスさんは『天才魔法研究者』として、鳴り物入りで魔法省に入局したんだけど……周りの嫉妬は凄まじく、誰も彼女の相手をしなかった)
まぁどこの職場にもある、『胸糞悪いイジメ』だね。
「そんなとき、救いの手を伸ばしてくれたのが――フィオナ先輩でした」
「へぇ、意外だな」
それは初耳だ。
「あのときのことは、今でもはっきりと覚えています」
セレスさんはそう言って、昔を懐かしむように語り始めた。
「魔法省に入局して、ちょうど一か月が経った日のお昼休み。私がいつものように一人でお弁当を食べていると、先輩が声を掛けてくれたんです」
「なるほど、飯に誘ってもらったのか」
「いえ、あの人はこう言いました――『私と契約して、連帯保証人になってくれない?』」
おいおい、最低だよ……。
「ふふっ、笑っちゃいますよね」
「さすがに断ったよな?」
「はい、もちろんです。でも、先輩は本気じゃありませんよ? あれは会話の切っ掛け、ちょっとしたジョークです」
いいや、違うね。
あいつは絶対に本気だった。
100億賭けてもいい。
「そこから先輩との付き合いが始まって、いろいろなことがありました」
セレスさんは楽しそうに馬カスとの思い出を語っていく。
【セレスちゃん、お昼ごはん恵んでくれない?】
【もぅ、仕方ないですね】
【セレスちゃん、一生のお願い――お金貸してください】
【もぅ、ちゃんと返してくださいよ?】
【セレスちゃん、ちょっと匿ってくれない!? 今、闇金に追われてて……っ】
【もぅ、今日だけですからね……?】
どれ一つとして、まともなエピソードはなかった。
(……馬カスには、『プライド』とかないのかな?)
よくもまぁ後輩に対して、そこまで迷惑を掛けられたモノだ。
ボクが心の底から失望していると、セレスさんはさらなる爆弾を投下する。
「他にはそうそう、先輩と一緒に『暗号』を解いたりもしました。ふふっ、あれは楽しかったなぁ……」
「暗号?」
「今から7年前ぐらいでしょうか、二人で残業をしていたときのことです」
【セレスちゃん、ちょっといい?】
【はい、なんでしょう】
【今『貸金庫の鍵』を破――じゃなかった。『古文書の暗号』を解こうとしていてね。イイとこまで行けてるんだけど、少し手詰まり気味でさ。よかったら少し見てくれない?】
【えーっと……あぁこれ、『原初の因子配列』を応用した魔素暗号ですね】
【な、なるほど! ぐふふっ、ありがとう! とっても助かるよ!】
おいおいおい……担がされちゃってるよ、『犯罪の片棒』。
古文書の暗号なんて真っ赤な嘘。
セレスさんが解かされたのは、魔法省の貸金庫に掛けられた秘密の鍵だ。
時系列的にもぴったり合うし、これはもう間違いないだろう。
「っとまぁこういうわけで、私と先輩はとても仲良しさんなんです」
「なる、ほど……っ」
まるで地獄のような友情イベントだった。
(まぁ本人は嬉しそうだし、外野がとやかく言うことじゃないんだけど……)
セレスの主人として、これだけはどうしても伝えておきたい。
「セレスよ、もう少し友人は選んだ方がいいと思うぞ?」
「ありがとうございます。でも、ご安心ください。こう見えて、人を見る目はあるつもりです」
「……そうか」
一つだけ、確かなことがある。
(セレスさんは、『ダメ人間製造機』だ)
彼女は優し過ぎる……いや、もはや甘過ぎる。
誰かが保護してあげなければ、悪い人間の食い物にされてしまう。
早いうちに臣下へ迎えられて本当によかった。
(しかし、もったいないな……)
絶世の美女・慈愛に満ちた心・溢れ出す母性、『属性』だけを並べれば、セレスさんは『正ヒロインクラス』の逸材だ。
(でも、リンの母親なんだよなぁ……)
せめて一回り若ければ、未亡人じゃなければ、そして何よりクラスメイトの母親じゃなければ……そう思わずにはいられなかった。
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
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