エピローグ
天喰の早期討伐を決めたホロウは、早速『二枚のカード』を切る。
「ニア、エリザ、準備はできているな?」
「えぇ、もちろんよ!」
「いつでも行けるぞ!」
ここまでずっと魔力を貯めていた二人は、力強く頷く。
「まずはニアからだ」
「任せて頂戴!」
彼女は右手を頭上に掲げ、渾身の大魔力を解き放つ。
「これが私の全身全霊! ――<原初の太陽>ッ!」
遥か上空より降り注ぐ巨大な太陽が、純白の背中を焼き焦がした。
「ギ、ギィイイイイイイイイイイイイ……ッ!」
天喰はたまらず、巨大な重力波をその身に纏い、『全方位防御』を展開。
圧倒的な出力で、原初の一撃を跳ね除けた。
「う、嘘……っ」
唖然とするニアを他所に、ホロウは淡々と次の手を打つ。
「エリザ、行けるな?」
「あぁ」
彼女はゆっくりと目を閉じ、
「――<銀閃・断空>ッ!」
斬撃という現象を全方位防御の先、『天喰の体内』に発生させると、
「ギィォオオオオオオオオオオオオ!?」
耳をつんざく凄まじい悲鳴をあげた。
(ふふっ、イイ火力だね)
その直後、天喰の頭上に浮かぶ天輪が神々しい光を放つ。
(来たな、『必殺攻撃』!)
HPが50%を下回ったとき、天喰は性質の異なる三つの特殊な魔法を使う。
必殺攻撃はどれも『規格外の威力』を誇り、まともに食らえば全滅だ。
(まずは第一波――広域殲滅魔法<呪重の死焔>!)
天喰の巨大な口が開き、
「ゴォオオオオオオオオオオオオ……!」
漆黒の火焔が吹き荒れた。
遥か上空より降り落ちる『炎の絨毯』を前に、
「お、終わった……っ」
「ひ、ひぃいいいいいいいい!?」
「ホロウ様、どうか次のご指示を……!」
戦場が大混乱に陥る中――ホロウは周囲に悟られぬよう、宙空に<虚空渡り>を展開した。
米粒にも満たない小さな黒い渦、その奥より響くのは、300年と生きた老爺の声。
「――<原初の天氷>」
次の瞬間、極寒の冷気が吹き荒れ、世界が白銀に染まる。
<呪重の死焔>は、原初の白氷に包まれ――ボロボロと崩れ落ちた。
「す、凄ぇ……なんて威力だ……!?」
「でもこんな大魔法、いったい誰が……?」
「うぉおおおおおおおお! さすがはホロウ様だぜッ!」
驚愕と疑問と喝采が湧く中、
(この魔法は、お爺様の<原初の氷>……!?)
ニアだけが、魔法の主を正しく理解した。
(さてさてお次は第二波――召喚魔法<呪重の死軍>!)
天喰の巨大な前腕から、
「オォオオオオオオオオオオオオ!」
漆黒の液体が垂れ落ちた。
地面にドロリと積もった汚泥、そこから這い出すのは、大量の『死兵』。
触れたモノを呪い殺す『不死の兵隊』――総数にして10万を超える。
「ぜ、前方より大量の召喚獣が接近!」
「おいおい、この数は洒落になんねぇぞ……っ」
「ホロウ様、いったいどうすれば!?」
あちこちで悲鳴があがる中、上空に極小の黒い渦が浮かび、そこから不思議な声が響く。
「――『跪け』」
10万を超える死兵は、静かに頭を垂れ、完全に無力化された。
(これは、ヴァランの<支配の言霊>!?)
今度はエリザだけが、魔法の主を理解した。
(最後の第三波は――単体殲滅魔法<呪重の死槍>!)
天喰の天輪が輝き、
「ヲォオオオオオオオオオオオオ!」
王国軍の本陣へ向けて、超巨大な黒槍が放たれた。
「で、デカい……っ」
「なんて規模だ……ッ」
「お願いします、ホロウ様の奇跡を……!」
刹那、漆黒の渦が浮かび、黄金の巨釜が現れる。
「――<原初の巨釜・神殺しの槍>ッ!」
超高出力の巨大な槍が放たれ、<呪重の死槍>と激突――互いに消滅した。
(((やっぱりホロウのやつ、ラグナ・ラインを飼っていやがったな……っ)))
王国軍に志願したレドリックの生徒たちが、同級生の腹黒さを再認識する。
(くくくっ、完璧だね!)
ホロウは自慢の『大ボスコレクション』を活用することで、指揮官席に座ったまま、天喰の必殺攻撃を完璧に防ぎ切った。
そして訪れる――『不動時間』。
「天喰の動きが止まった! 一気に畳み掛けるぞ!」
ホロウの号令を受け、
「行っけぇええええええええ!」
「勝てる、勝てるぞぉおおおお……!」
「国の未来のため、天喰の首を獲るんだッ!」
王国軍の士気は最高潮に上がる。
「「「「「――<天使の祝福>!」」」」」
後衛の支援職が前衛の膂力と魔力を底上げし、
「ぬぅんッ!」
ダフネスが<虚飾の楔>を打ち込み、天喰の血液を沸騰・凍結させ、
「「「「「――<烈火の嵐>!」」」」」
「「「「「――<氷華の刃>!」」」」」
「「「「「――<轟雷>!」」」」」
魔法士部隊が両側から魔法を撃ち込み、
「「「「「おらぁあああああああああッ!」」」」」
魔剣士部隊が遠距離から斬撃を飛ばす。
王国軍の総攻撃を受け、
「グォオオオオオオオオオオオオ……っ」
天喰の巨大な両腕が落ちた。
このまま一気に討ち取れるかと思ったそのとき、
「ギュァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!」
天喰は耳をつんざく雄叫びをあげる。
それと同時、頭上の天輪が六つに裂け、背中に神々しい翼が生えた。
純白の大魔力がライラック平原を包む中、宙空に大量の波紋が生まれ、そこに強力な魔弾が装填される。
(ついに来たね、『最終攻撃』)
ホロウは静かに目を尖らせた。
天喰は生命の危機に瀕したとき、その巨体に溜め込んだ全魔力を解放して、敵性生命体を滅ぼさんとする。
「な、なんだこのふざけた魔力は……!?」
「これが四災獣の力……っ」
「無理だ、勝てっこねぇ……ッ」
全軍が恐怖に身を固める中、
「こ、これは……っ」
『最速の剣聖』レイラの脳裏を過るのは、未曽有の大破壊。
十二年前、彼女は王国軍を率いて、天喰を討伐寸前まで追い詰めた。
しかし、最終攻撃を受けて……。否、この攻撃から兵たちを守るため、捨て身の防御を敢行し――呪いに臥したのだ。
前線に飛び出した彼女は、自身の固有を解放し、迎撃態勢を取るが……。
(……無理だ。この魔力、前回よりも遥かに強い……っ)
十二年間、世界中の山々を捕食した天喰は、驚異的なほどに育っていた。
それでも、レイラは強い。
前回のように、自軍を守り切ることはできないが……。
自分の身一つならば、なんとかなるだろう。
この盤面における最適解は一つ。
王国軍を即座に見捨て、最前線でダフネスと共闘し、天喰を仕留めること。
しかし、
(私は『剣聖』、民を守る責務がある!)
レイラの高い善性が、決してそれを許さなかった。
一方――この戦闘中、ずっと妻に気を掛けていたダフネスは、当然その動きを把握する。
(やめろ、レイラ! この攻撃は、もはや人間に防げるモノではないッ!)
彼の明晰な頭脳は、冷静に戦況を分析する。
(私がこのまま攻め続ければ、おそらく天喰を落とし切れる。しかしその場合、レイラが……っ)
指揮官として執るべき答えは一つ。
――妻を見捨てて、天喰を仕留める。
王国の未来と一人の命。
こんなもの、天秤に掛けるまでもない。
だが、
「――レイラァアアアアアアアアッ!」
ダフネスは最前線を放棄し、レイラを守るために駆け出した。
彼は家族愛の強過ぎる男。
『理』よりも『情』が勝ってしまったのだ。
それは『唯一の負け筋』。
この後、天喰の『最終攻撃』を受けてダフネスは死亡、壊滅的な被害を受けたレイラたちは撤退を強いられる。
王国軍は歴史的な大敗を喫し、ハイゼンベルク家は没落を辿る――はずだった。
しかしここに、
「ふむ、頃合いだな」
そんな『BadEnd』を許さぬ男がいた。
届いたのは、一本の<交信>。
(――父上、ここは自分にお任せください)
(ホロウ!?)
(十二年と溜め続けたその魔力は、防御ではなく攻撃へ――天喰を仕留める最後のチャンスです)
(し、しかし……っ)
(奴の攻撃は、自分が責任を持って防ぎます。ですから、どうか父上は天喰を)
(……わかった、お前を信じよう)
最後の鍵となったのは――『信頼』。
ホロウの積み重ねた実績が、その言葉に重みを生んだ。
(ありがとうございます)
<交信>が切断されるや否や、
(くくくっ、これで『勝利条件』は全て揃った!)
飛び切り邪悪な笑みを浮かべたホロウは、ゆっくりと指揮官席を立ち、階段を上るように宙空を進んでいく。
「ちょっと、どこへ行くつもりなの!?」
「少々厄介な攻撃が来るのでな。迎撃に出る」
「待て、こんなところで<虚空>を使えば――」
「――案ずるな。固有を使わずとも、それなりに戦える」
ニアとエリザを制したホロウは、遥か上空に立ち、天喰と視線を交える。
(さてさて、ようやく来たボクの見せ場。ここはやっぱり『絵映え』を意識しなきゃだね!)
次の瞬間、漆黒の大魔力が吹き荒れた。
それは原作ホロウの悪性をこれでもかと表現した『汚泥のような黒』。
天喰の放つ純白の魔力を押しのけ、おどろおどろしい闇が世界を呑み込んで行く。
「こ、これって……っ」
「まさか、ホロウ様の魔力……!?」
「嘘だろ……っ。天喰よりも遥かにデケェぞ……ッ!?」
王国軍が恐怖に体を凍らせる中、
「――ゼェノォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
天喰は最終攻撃<呪重殲滅弾>を発動。
大空を埋め尽くす超高出力の魔弾が、凄まじい速度で一斉に解き放たれた。
対するホロウは、右手を前に突き出す。
それと同時――世界が夜に包まれた。
漆黒に浮かぶは、深紅の恒星。
それはかつて『禁書庫の番人』が行使した広域殲滅魔法。
しかしその威力と規模は、魔女のモノと比較にならない。
不敵な笑みを浮かべた『虚空の王』は――静かに紡ぐ。
「――<終末の極星>」
刹那、深紅の極光が世界を彩った。
莫大な魔力を凝縮した星の輝きは、天喰の<呪重殲滅弾>を喰らい尽くし、その巨体を蹂躙していく。
「グォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!?」
天喰は苦悶の声をあげ、その身を捩らせた。
「こ、これは……最高位魔法<終末の極星>!?」
「いやしかし、あの魔法にこんな威力と規模はないはず……っ」
「『神話の大魔法』……ッ」
王国軍が呆然と立ち竦む中、
(っと、危ない危ない)
ホロウは慌てて、魔法を中断した。
このまま<終末の極星>を行使し続ければ、難なく天喰を屠れるだろう。
そうなった暁には、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名声は、クライン王国全土へ轟く。
(でも、ボクはそこまで『無粋』じゃない)
この時を待ち焦がれた男がいる。
復讐の刃を研ぎ続けた男がいる。
その機会を奪い取り、自分の舞台にするほど、ホロウは無粋な男じゃない。
「――12年、本当に永かった……っ」
万感の呟きと共に立ち昇るのは、<虚飾>の大魔力。
重力は荒ぶり、空は煮え立ち、あらゆる法則が乱れ狂う。
「ぐ、グォ……!?」
生命の危機を感じ取った天喰は、大きく体を翻し――何故かダフネスのもとへ逃げ出した。
虚飾の魔力を大量に叩き込まれた結果、前後左右はおろか上下の感覚まで、『あべこべ』になっているのだ。
遥か頭上より落下してくる天喰に対し、ダフネスはゆっくり目を閉じる。
瞼の裏に流れるのは、これまで過ごした苦渋の日々。
【……レイラが……敗れた……?】
耳を疑った第一報。
【何故だ、私は何故あのとき……くだらぬ公務を優先した……っ】
悔いても悔い切れぬ判断。
【すまない、レイラ……っ。本当に、本当にすまない……ッ】
何度も繰り返す贖罪の言葉。
【私は……何をやっているのだ……。私は、どうすればよいのだ……ッ】
両の手からサラサラと零れ落ちていく、家族三人で楽しく笑い合えるはずだった、掛け替えのない時間。
【くそ、くそ、くそぉ゛……! 許さぬ、絶対に許さぬぞ、天喰め……っ。必ずや貴様の脳天を叩き割り、その肉体をグチャグチャにしてくれるわ……ッ】
臓腑を焦がす憤怒の炎。
募りに募った12年の感情、その全てをこの一撃に乗せる。
「――<虚飾・一鉄>ッ!」
全魔力を込めた右の鉄拳が、天喰の脳天を撃ち抜いた。
「ブォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?」
頭蓋が砕け、臓物が四散し、輝く天輪が光を失い――その巨躯がゆっくりと倒れ伏す。
「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
世界の敵を仕留めた男の雄叫びは、妻の仇を討った夫の慟哭は、遥か地平線を超えてどこまでもどこまでも響き渡った。
■
天喰討伐の報は、その日のうちに世界中を駆け巡る。
四大国はもちろんのこと、大小様々な国で号外が飛び交った。
たった一人の死者も出さずして、天喰を討ち取った完全勝利――これは紛れもなく、人類史に残る偉業だ。
指揮官を務めた『虚飾のダフネス』はもちろん、『天才軍師』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名も、大陸全土へ轟くこととなる。
歴史的な快挙を成し遂げた夜、王城のメインホールでは、呑めや歌えやの大宴会が開かれる。
「天喰討伐を祝して――乾杯!」
国王バルタザールが音頭を取り、
「「「「「かんぱーいッ!」」」」」
王国の正規兵たちが、酒の入ったジョッキを掲げた。
「んぐ、んぐ……ぷはぁ……! まさかこうして再び、うまい酒が呑めるとはのぅ!」
「へ、陛下、あまり御無理をなされては……っ」
近衛に窘められたが、
「馬鹿者、こんなときに呑まんでいつ呑むのじゃ! 王たる者、祝いの宴は派手にやらねばならん! それでこそ、兵の士気があがるというモノよ!」
バルタザールはそう言って、肩を揺らして笑う。
賑やかで楽しげな空気が満ちる中、そこかしこであがるのは、ハイゼンベルク家を称える声。
「いやしかし、ダフネス様は恐ろしく強ぇな!」
「あぁ、あの天喰と真っ正面から殴り合っていたぞ!」
「さすがは起源級の固有魔法、<虚飾>の使い手だ!」
ダフネスを褒める声が湧き、
「それにしても、ホロウ様の指揮はとんでもなかったな!」
「あぁ、まるで天喰の思考を先読みしているかのような神采配!」
「王国最高の――いや、『世界最高の天才軍師』だ!」
「最後に使った大魔法、あれはマジに痺れたぜ……」
「これでまだ15歳……末恐ろしい御方だな」
「うちの家も、『ハイゼンベルク派閥』に入れてもらえねぇかなぁ?」
ホロウを絶賛する声は、湯水の如く溢れるばかりだ。
王国軍がハメを外し、酒宴に興じる中、
「……」
「……」
ゾルドラ家の当主ゾルディアと次期当主ルイスは、メインホールの片隅で所在なさげに立っていた。
本当はこんな場に来たくもなかったのだが……。
四大貴族としての面子と体裁があるため、出席せざるを得なかったのだ。
(ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、あのクソガキさえいなければ、今頃はゾルドラが武功をあげていたものを……っ)
(覚えておけよホロウ、次の『王選』でその生意気な顔を叩き潰してくれる……ッ)
二人は静かに『復讐の炎』を燃やし、ホロ苦い酒を呑むのだった。
一方、歴史的勝利の立役者となったホロウが、壁際で静かにグラスを傾けていると――ニアとエリザがやってきた。
「やっほ、天才軍師さん」
「獅子奮迅の大活躍だったな」
「ふん、当然だ」
ホロウはそう言って、グラスで口を潤す。
これは一種の照れ隠し。
素直じゃない彼は、面と向かって褒められたとき、誤魔化す癖があるのだ。
「ねぇねぇ、最後の魔法なんだけど……あれ絶対、途中で止めたよね?」
「惚けても無駄だぞ? 私達は、お前の本当の実力を知っている」
ニアとエリザはそう言って、嬉しそうに微笑む。
「お父さんに花を持たせるために、自分は黙って手を引くなんて、やっぱりホロウは優しいね」
「お前のそういうところは、とても好ましく思えるぞ」
どうやら二人には、見抜かれていたようだ。
しかし、自分の口からそれを明かすのは、なんだか違うような気がした。
「はっ、くだらぬ妄想も大概にしておけ」
捻くれ者のホロウが、適当にはぐらかしていると、
「――あっ、ホロウくん!」
「……アレンか」
今回仕留め損ねた宿敵が、小さく右手を振りながら、小走りでやってきた。
「凄い活躍だったね! やっぱりホロウくんは天才だよ!」
「そういうお前は、そこそこの活躍だったな」
「あはは、ありがとう」
アレンは肩を揺らしながら、右手をスッと差し出す。
ホロウは僅かに眉を上げ、
(まぁ……今日ぐらいはいいか)
同じく右手を伸ばし、
「「――乾杯」」
悪役貴族と主人公、二人はカチンとグラスをぶつけた。
その後ホロウ・ニア・エリザ・アレン、いつもの四人で宴会を楽しんでいると――メインホールの奥が、にわかに騒がしくなった。
(なんだ?)
そちらへ目を向けると、仮設舞台にダフネスが立っていた。
ゴホンと咳払いをした彼は、低く渋い声を響かせる。
「此度、指揮官を務めさせてもらったダフネスだ。まずは皆に感謝を、勇敢な諸君らの奮闘によって、四災獣天喰は討たれたっ! これは我々の勝利であり、王国の勝利であり、人類の勝利だッ!」
「「「「「うぉおおおおおおおお……!」」」」」
地鳴りのような歓声が沸いた。
「このような宴で、上の立場の者が長々と語るのは、あまり好ましくないのだが……。どうしても一つ、この場で伝えておきたいことがある」
ダフネスはそこで一拍置き、スッと右手を伸ばした。
「我が誇り――ホロウについてだ」
(んっ?)
「確かにこやつはまだ若く、未熟なところもある。だがしかし、『類稀な知略』と『圧倒的な武力』を併せ持つ『自慢の倅』だ」
(こ、これは……っ)
「私も既に四十を数え、魔法士としての最盛期を過ぎた。憎き天喰を討ち取り、長年の宿願を果たした今、もはや思い残すことは何もない。今後は裏方に回り、新たな当主を支えたいと思う」
(おいおい、まさか……!?)
「今この時を以って、私は栄えある当主の座を退き、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクを正統な後継者とする!」
次の瞬間、メインホールは大歓声に包まれる。
「ホロウ様が、ハイゼンベルク家の新当主だァ!」
「ホロウ様、当主就任おめでとうございますっ!」
「『虚飾』のダフネス様が裏で支え、『天才軍師』ホロウ様が表に立つ、か……凄ぇ布陣だな」
「おいおい、『最速の剣聖』レイラ様を忘れちゃいかんぞ?」
「こりゃ、ハイゼンベルク家の将来は安泰だな!」
祝いの言葉が飛び交い、軽快な指笛が響く中、
(くくく……素晴らしい! 最高だよ、父上っ!)
ホロウは凛々しい外面を保ちつつ、腹の底で邪悪に微笑む。
それを横目に見たニアとエリザは、
(これ、また悪い事を考えているわね……っ)
(これは、またよからぬことを企てているな……っ)
軽くのけぞりながら、ゴクリと息を呑んだ。
大観衆の前で当主に指名されたホロウは、礼儀正しく頭を下げる。
「――浅学非才なこの身ですが、謹んでお受けいたします。先人の築きし家と領地を守り、さらなる繁栄に導くべく、『謙虚堅実』に精進する所存です」
『怠惰傲慢な極悪貴族』はそう言って、飛び切り邪悪な笑みを浮かべた。
こうしてハイゼンベルク家50代目当主『ホロウ・フォン・ハイゼンベルク』が誕生するのだった。
■
王城の大宴会が終わった後、ボクは禁書庫へ飛んだ。
(本当は自室に戻って、恒例の『振り返り』をしたかったんだけど……)
うちの屋敷は天喰討伐に沸き、お祭り騒ぎになっている。
とてもじゃないけど、静かに考えごとをできる状況じゃない。
そういうわけで、どこか『イイ感じの場所』を探した結果――禁書庫がヒットしたのだ。
(幸いエンティアの魔力は、ボイドタウンにある。今この自然図書館にいるのは、大人しい分身体だけ)
振り返りをするには、もってこいだ。
「――よっこいしょっと」
エンティアがいつも座っている、真っ白な椅子に深く腰掛け、『思考の海』に浸る。
(第四章を簡単に纏めると……序盤は天魔十傑の下半分を始末して、中盤は国王バルタザールを延命させて、終盤は天喰を討伐した)
他にもゾルドラ家の密偵カーラ先生を抱き込んだり、『スケルトン製造機』に無限の労働力を吐き出させたり、ドドンたちドワーフ族を配下に引き摺り込んだり……。
毎度のことながら、今回もイベント尽くしだった。
そろそろ『南国のリゾート』とかで、ゆっくりと羽根を伸ばしたいなぁ。
(とにもかくにも、第四章を総括すると――『完璧な出来栄え』だ)
シナリオの進行速度・イベントの回収量・第五章以降への布石、どれを取っても申し分ない。
特に天喰を『死者ゼロ』で討ち取ったのが大きいね。
(王国最高の天才軍師として、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名は世界中に轟き――クライン王国の王族たちにも、その力を見せ付けることができた)
人類史に残る武功を立てたんだ、『王選』にも弾みがついたことだろう。
(唯一の誤算は……勇者の覚醒)
でもまぁ第二段階と第三段階は、二つで一つみたいなモノだから、そこまで強化されたわけじゃない。
(『メインルートの主人公』と照らし合わせると、今のアレンの実力は『第二章終盤』ってところかな?)
現在は第四章の最終盤、明日からは『第五章』が始まる。
主人公のレベリングは、依然として周回遅れ。
だから、そこまで慌てる必要はない。
(『主人公対策』については、また後日ちゃんと考えるとして……)
今は『第四章のスペシャルクリア報酬』とも呼ぶべき――『新当主就任』を喜ぼう。
正直これは、本当にデカい。
勇者覚醒というマイナスを補って余りあるどころか、差し引きすると『超大幅なプラス』だ。
(次期当主と当主――両者の差はあまりに大きい。はっきり言って、次元が違う)
次期当主というのは、跡目というポジション。
ハイゼンベルク家がかなり強いため、それなりに敬われこそするが……『実態としての力』は何も持っていない。
(でも当主になった今、ボクは四大貴族ハイゼンベルク家の力を、極悪貴族の力を自由に振るうことができる!)
権力・発言力・影響力、どれを取ってもこれまでとは桁違い!
もちろん、社会的なステータスも『爆上がり』だ!
(ハイゼンベルク家当主という地位は、今後のメインルート攻略において、絶大な力を発揮するだろう)
ボクは今日、『一つ上のステージ』にコマを進めたのだ。
さて、第四章の振り返りはこれぐらいにして、そろそろ『次』へ進もうか。
(明日から始まる『第五章』は――)
次のイベントへ思考を傾けたそのとき、五獄の一人、帝国担当のアクアから<交信>が飛んできた。
(――ボイド様、夜分遅くに申し訳ございません。至急お伝えしたいことが)
(どうした?)
(つい先ほど、アルヴァラ帝国より密使が届きました。彼らの話によれば、『皇帝陛下が虚の統治者ボイド殿との極秘会談を望んでいる』、とのことです)
(ほぅ、実にいいタイミングだ。『近日中に帝城へ出向く』と伝えろ。『詳細については追って連絡する』ともな)
(はっ、かしこまりました)
<交信>切断。
(ふふっ、皇帝からの『招待状』が届いたみたいだね!)
思いがけず家督も継げたし、王選はまだ少し先だし、王国の景色も少し見飽きてきたところだし……。
「第五章はアルヴァラ帝国へ、楽しい楽しい『観光』に行こうか!」
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
「面白いかも!」
「早く続きが読みたい!」
「執筆、頑張れ!」
ほんの少しでもそう思ってくれた方は、本作をランキング上位に押し上げるため、
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この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?
ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。
おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!
ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。
↓この下に【☆☆☆☆☆】欄があります↓




