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世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~  作者: 月島 秀一
第四章

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エピローグ

 天喰(そらぐい)の早期討伐を決めたホロウは、早速『二枚のカード』を切る。


「ニア、エリザ、準備はできているな?」


「えぇ、もちろんよ!」


「いつでも行けるぞ!」


 ここまでずっと魔力を貯めていた二人は、力強く頷く。


「まずはニアからだ」


「任せて頂戴!」


 彼女は右手を頭上に掲げ、渾身の大魔力を解き放つ。


「これが私の全身全霊! ――<原初の太陽(オリジン・フレア)>ッ!」


 遥か上空より降り注ぐ巨大な太陽が、純白の背中を焼き焦がした。


「ギ、ギィイイイイイイイイイイイイ……ッ!」


 天喰(そらぐい)はたまらず、巨大な重力波をその身に(まと)い、『全方位防御』を展開。

 圧倒的な出力で、原初の一撃を()()けた。


「う、嘘……っ」


 唖然(あぜん)とするニアを他所(よそ)に、ホロウは淡々と次の手を打つ。


「エリザ、行けるな?」


「あぁ」


 彼女はゆっくりと目を閉じ、 


「――<銀閃(ぎんせん)断空(だんくう)>ッ!」


 斬撃という現象を全方位防御の先、『天喰の体内』に発生させると、


「ギィォオオオオオオオオオオオオ!?」


 耳をつんざく凄まじい悲鳴をあげた。


(ふふっ、イイ火力だね)


 その直後、天喰の頭上に浮かぶ天輪(てんりん)が神々しい光を放つ。


(来たな、『必殺攻撃(スペシャル・アタック)』!)


 HPが50%を下回ったとき、天喰(そらぐい)は性質の異なる三つの特殊な魔法を使う。

 必殺攻撃(スペシャル・アタック)はどれも『規格外の威力』を誇り、まともに食らえば全滅だ。


(まずは第一波――広域殲滅魔法<呪重の死焔(カース・フレイム)>!)


 天喰の巨大な口が開き、


「ゴォオオオオオオオオオオオオ……!」


 漆黒の火焔(かえん)が吹き荒れた。


 遥か上空より降り落ちる『炎の絨毯(じゅうたん)』を前に、


「お、終わった……っ」


「ひ、ひぃいいいいいいいい!?」


「ホロウ様、どうか次のご指示を……!」


 戦場が大混乱に(おちい)る中――ホロウは周囲に悟られぬよう、宙空(ちゅうくう)に<虚空渡り>を展開した。


 米粒にも満たない小さな黒い渦、その奥より響くのは、300年と生きた老爺(ろうや)の声。


「――<原初の天氷(オリジン・グレイシア)>」


 次の瞬間、極寒の冷気が吹き荒れ、世界が白銀に染まる。

呪重の死焔(カース・フレイム)>は、原初の白氷(はくひょう)に包まれ――ボロボロと崩れ落ちた。


「す、凄ぇ……なんて威力だ……!?」


「でもこんな大魔法、いったい誰が……?」


「うぉおおおおおおおお! さすがはホロウ様だぜッ!」


 驚愕と疑問と喝采(かっさい)が湧く中、


(この魔法は、お爺様の<原初の氷>……!?)


 ニアだけが、魔法の主を正しく理解した。


(さてさてお次は第二波――召喚魔法<呪重の死軍(カース・アーミー)>!)


 天喰の巨大な前腕から、


「オォオオオオオオオオオオオオ!」


 漆黒の液体が垂れ落ちた。

 地面にドロリと積もった汚泥、そこから這い出すのは、大量の『死兵(しへい)』。

 触れたモノを呪い殺す『不死の兵隊』――総数にして10万を超える。


「ぜ、前方より大量の召喚獣が接近!」


「おいおい、この数は洒落(しゃれ)になんねぇぞ……っ」


「ホロウ様、いったいどうすれば!?」


 あちこちで悲鳴があがる中、上空に極小の黒い渦が浮かび、そこから不思議な声が響く。


「――『(ひざまず)け』」


 10万を超える死兵は、静かに(こうべ)を垂れ、完全に無力化された。


(これは、ヴァランの<支配の言霊(ことだま)>!?)


 今度はエリザだけが、魔法の主を理解した。


(最後の第三波は――単体殲滅魔法<呪重の死槍(カース・スピア)>!)


 天喰(そらぐい)天輪(てんりん)が輝き、


「ヲォオオオオオオオオオオオオ!」


 王国軍の本陣へ向けて、超巨大な黒槍(こくそう)が放たれた。


「で、デカい……っ」


「なんて規模だ……ッ」


「お願いします、ホロウ様の奇跡を……!」


 刹那(せつな)、漆黒の渦が浮かび、黄金の巨釜(おおがま)が現れる。


「――<原初の巨釜(おおがま)・神殺しの槍>ッ!」


 超高出力の巨大な槍が放たれ、<呪重の死槍(カース・スピア)>と激突――互いに消滅した。


(((やっぱりホロウのやつ、ラグナ・ラインを飼っていやがったな……っ)))


 王国軍に志願したレドリックの生徒たちが、同級生(クラスメイト)の腹黒さを再認識する。


(くくくっ、完璧だね!)


 ホロウは自慢の『大ボスコレクション』を活用することで、指揮官席に座ったまま、天喰(そらぐい)必殺攻撃(スペシャル・アタック)を完璧に防ぎ切った。


 そして訪れる――『不動時間』。


天喰(そらぐい)の動きが止まった! 一気に畳み掛けるぞ!」


 ホロウの号令を受け、


「行っけぇええええええええ!」


「勝てる、勝てるぞぉおおおお……!」


「国の未来のため、天喰(そらぐい)の首を獲るんだッ!」


 王国軍の士気は最高潮に上がる。


「「「「「――<天使の祝福(ブレッシング)>!」」」」」


 後衛の支援職が前衛の膂力(りょりょく)と魔力を底上げし、


「ぬぅんッ!」


 ダフネスが<虚飾の(くさび)>を打ち込み、天喰(そらぐい)の血液を沸騰・凍結させ、


「「「「「――<烈火の嵐>!」」」」」


「「「「「――<氷華の刃>!」」」」」


「「「「「――<轟雷>!」」」」」


 魔法士部隊が両側から魔法を撃ち込み、


「「「「「おらぁあああああああああッ!」」」」」


 魔剣士部隊が遠距離から斬撃を飛ばす。


 王国軍の総攻撃を受け、


「グォオオオオオオオオオオオオ……っ」


 天喰(そらぐい)の巨大な両腕が落ちた。


 このまま一気に討ち取れるかと思ったそのとき、


「ギュァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!」


 天喰(そらぐい)は耳をつんざく雄叫びをあげる。


 それと同時、頭上の天輪が六つに裂け、背中に神々しい翼が生えた。

 純白の大魔力がライラック平原を包む中、宙空(ちゅうくう)に大量の波紋(はもん)が生まれ、そこに強力な魔弾が装填(そうてん)される。


(ついに来たね、『最終攻撃(フェイタル・アタック)』)


 ホロウは静かに目を尖らせた。


 天喰(そらぐい)生命(いのち)の危機に(ひん)したとき、その巨体に溜め込んだ全魔力を解放して、敵性生命体を滅ぼさんとする。


「な、なんだこのふざけた魔力は……!?」


「これが四災獣(しさいじゅう)の力……っ」


「無理だ、勝てっこねぇ……ッ」


 全軍が恐怖に身を固める中、


「こ、これ(・・)は……っ」


『最速の剣聖』レイラの脳裏を(よぎ)るのは、未曽有(みぞう)の大破壊。

 十二年前、彼女は王国軍を率いて、天喰を討伐寸前まで追い詰めた。

 しかし、最終攻撃(フェイタル・アタック)を受けて……。否、この攻撃から兵たちを守るため、捨て身の防御を敢行(かんこう)し――呪いに()したのだ。


 前線に飛び出した彼女は、自身の固有を解放し、迎撃態勢を取るが……。


(……無理だ。この魔力、前回よりも遥かに強い……っ)


 十二年間、世界中の山々を捕食した天喰は、驚異的なほどに育っていた。


 それでも、レイラは強い。

 前回のように、自軍を守り切ることはできないが……。

 自分の身一つならば、なんとかなるだろう。


 この盤面における最適解は一つ。

 王国軍を即座に見捨て、最前線でダフネスと共闘し、天喰を仕留めること。


 しかし、


(私は『剣聖』、民を守る責務がある!)


 レイラの高い善性が、決してそれを許さなかった。


 一方――この戦闘中、ずっと妻に気を掛けていたダフネスは、当然その動きを把握する。


(やめろ、レイラ! この攻撃は、もはや人間に防げるモノではないッ!)


 彼の明晰(めいせき)な頭脳は、冷静に戦況を分析する。


(私がこのまま攻め続ければ、おそらく天喰(そらぐい)を落とし切れる。しかしその場合、レイラが……っ)


 指揮官として()るべき答えは一つ。


 ――妻を見捨てて、天喰を仕留める。


 王国の未来と一人の命。

 こんなもの、天秤(てんびん)に掛けるまでもない。


 だが、


「――レイラァアアアアアアアアッ!」


 ダフネスは最前線を放棄し、レイラを守るために駆け出した。


 彼は家族愛の強過ぎる男。

『理』よりも『情』が勝ってしまったのだ。

 

 それは『唯一の負け筋』。


 この後、天喰(そらぐい)の『最終攻撃(フェイタル・アタック)』を受けてダフネスは死亡、壊滅的な被害を受けたレイラたちは撤退を()いられる。

 王国軍は歴史的な大敗を(きっ)し、ハイゼンベルク家は没落を辿る――はずだった。


 しかしここに、


「ふむ、頃合いだな」


 そんな『BadEnd』を許さぬ男がいた。


 届いたのは、一本の<交信(コール)>。


(――父上、ここは自分にお任せください)


(ホロウ!?)


(十二年と溜め続けたその魔力は、防御ではなく攻撃へ――天喰(そらぐい)を仕留める最後のチャンスです)


(し、しかし……っ)


(奴の攻撃は、自分が責任を持って防ぎます。ですから、どうか父上は天喰を)


(……わかった、お前を信じよう)


 最後の鍵となったのは――『信頼』。

 ホロウの積み重ねた実績が、その言葉に重みを生んだ。


(ありがとうございます)


交信(コール)>が切断されるや否や、


(くくくっ、これで『勝利条件』は全て揃った!)


 飛び切り邪悪な笑みを浮かべたホロウは、ゆっくりと指揮官席を立ち、階段を上るように宙空(ちゅうくう)を進んでいく。


「ちょっと、どこへ行くつもりなの!?」


「少々厄介な攻撃が来るのでな。迎撃に出る」


「待て、こんなところで<虚空(アレ)>を使えば――」


「――案ずるな。固有を使わずとも、それ(・・)なりに(・・・)戦える(・・・)


 ニアとエリザを制したホロウは、遥か上空に立ち、天喰と視線を交える。


(さてさて、ようやく来たボクの見せ場。ここはやっぱり『絵映(えば)え』を意識しなきゃだね!)


 次の瞬間、漆黒の大魔力が吹き荒れた。

 それは原作ホロウの悪性をこれでもかと表現した『汚泥(おでい)のような黒』。

 天喰の放つ純白の魔力を押しのけ、おどろおどろしい闇が世界を呑み込んで行く。


「こ、これって……っ」


「まさか、ホロウ様の魔力……!?」


「嘘だろ……っ。天喰よりも遥かにデケェぞ……ッ!?」


 王国軍が恐怖に体を凍らせる中、


「――ゼェノォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」


 天喰は最終攻撃(フェイタル・アタック)呪重殲滅弾(カース・グラビドン)>を発動。

 大空を埋め尽くす超高出力の魔弾が、凄まじい速度で一斉に解き放たれた。


 対するホロウは、右手を前に突き出す。


 それと同時――世界が夜に包まれた。

 漆黒に浮かぶは、深紅(しんく)の恒星。


 それはかつて『禁書庫の番人』が行使した広域殲滅魔法。

 しかしその威力と規模は、魔女のモノと比較にならない。


 不敵な笑みを浮かべた『虚空の王』は――静かに(つむ)ぐ。


「――<終末の極星(ラス・ミーティア)>」


 刹那(せつな)深紅(しんく)極光(きょっこう)が世界を(いろど)った。


 莫大な魔力を凝縮した星の輝きは、天喰の<呪重殲滅弾(カース・グラビドン)>を喰らい尽くし、その巨体を蹂躙(じゅうりん)していく。


「グォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!?」


 天喰は苦悶(くもん)の声をあげ、その身を(よじ)らせた。


「こ、これは……最高位魔法<終末の極星(ラス・ミーティア)>!?」


「いやしかし、あの魔法にこんな威力と規模はないはず……っ」


「『神話の大魔法』……ッ」


 王国軍が呆然と立ち(すく)む中、


(っと、危ない危ない)


 ホロウ(・・・)()慌てて(・・・)魔法を(・・・)中断した(・・・・)


 このまま<終末の極星(ラス・ミーティア)>を行使し続ければ、難なく天喰(そらぐい)(ほふ)れるだろう。

 そうなった暁には、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名声は、クライン王国全土へ轟く。


(でも、ボクはそこまで『無粋(・・)』じゃない)


 この時を待ち焦がれた男がいる。

 復讐の刃を研ぎ続けた男がいる。

 その機会を奪い取り、自分の舞台にするほど、ホロウは無粋な男じゃない。


「――12年(・・・)本当に(・・・)永か(・・)った(・・)……っ」


 万感(ばんかん)の呟きと共に立ち昇るのは、<虚飾(きょしょく)>の大魔力。

 重力は荒ぶり、空は煮え立ち、あらゆる法則が乱れ狂う。


「ぐ、グォ……!?」


 生命(いのち)の危機を感じ取った天喰は、大きく体を(ひるがえ)し――何故か(・・・)ダフネス(・・・・)()もとへ(・・・)逃げ(・・)出した(・・・)

 虚飾の魔力を大量に叩き込まれた結果、前後左右はおろか上下の感覚まで、『あべこべ』になっているのだ。


 遥か頭上より落下してくる天喰に対し、ダフネスはゆっくり目を閉じる。

 (まぶた)の裏に流れるのは、これまで過ごした苦渋(くじゅう)の日々。


【……レイラが……敗れた……?】


 耳を疑った第一報。


【何故だ、私は何故あのとき……くだらぬ公務を優先した……っ】


 悔いても悔い切れぬ判断。


【すまない、レイラ……っ。本当に、本当にすまない……ッ】


 何度も繰り返す贖罪(しょくざい)の言葉。


【私は……何をやっているのだ……。私は、どうすればよいのだ……ッ】


 両の手からサラサラと零れ落ちていく、家族三人で楽しく笑い合えるはずだった、()()えのない時間。


【くそ、くそ、くそぉ゛……! 許さぬ、絶対に許さぬぞ、天喰(そらぐい)め……っ。必ずや貴様の脳天を叩き割り、その肉体(からだ)をグチャグチャにしてくれるわ……ッ】


 臓腑(ぞうふ)を焦がす憤怒の炎。


 (つの)りに募った12年の感情、その全てをこの一撃に乗せる。


「――<虚飾・一鉄(いってつ)>ッ!」


 全魔力を込めた右の鉄拳(てっけん)が、天喰(そらぐい)の脳天を撃ち抜いた。


「ブォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?」


 頭蓋(ずがい)が砕け、臓物が四散し、輝く天輪(てんりん)が光を失い――その巨躯(きょく)がゆっくりと倒れ伏す。


「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 世界の敵(ワールドエネミー)を仕留めた男の雄叫びは、妻の(かたき)を討った夫の慟哭(どうこく)は、遥か地平線を超えてどこまでもどこまでも響き渡った。



 天喰(そらぐい)討伐の(ほう)は、その日のうちに世界中を駆け巡る。

 四大国はもちろんのこと、大小様々な国で号外(ごうがい)が飛び交った。

 たった一人の死者も出さずして、天喰を討ち取った完全勝利――これは紛れもなく、人類史(じんるいし)に残る偉業だ。

 指揮官を務めた『虚飾のダフネス』はもちろん、『天才軍師』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名も、大陸全土へ轟くこととなる。


 歴史的な快挙を成し遂げた夜、王城のメインホールでは、呑めや歌えやの大宴会が開かれる。


天喰(そらぐい)討伐を祝して――乾杯!」


 国王バルタザールが音頭(おんど)を取り、


「「「「「かんぱーいッ!」」」」」


 王国の正規兵たちが、酒の入ったジョッキを掲げた。


「んぐ、んぐ……ぷはぁ……! まさかこうして再び、うまい酒が呑めるとはのぅ!」


「へ、陛下、あまり御無理をなされては……っ」


 近衛(このえ)(たしな)められたが、


「馬鹿者、こんなときに呑まんでいつ呑むのじゃ! 王たる者、祝いの宴は派手にやらねばならん! それでこそ、兵の士気があがるというモノよ!」


 バルタザールはそう言って、肩を揺らして笑う。


 (にぎ)やかで楽しげな空気が満ちる中、そこかしこであがるのは、ハイゼンベルク家を称える声。


「いやしかし、ダフネス様は恐ろしく(つえ)ぇな!」


「あぁ、あの天喰と真っ正面から殴り合っていたぞ!」


「さすがは起源級(オリジンクラス)の固有魔法、<虚飾(きょしょく)>の使い手だ!」


 ダフネスを褒める声が湧き、


「それにしても、ホロウ様の指揮はとんでもなかったな!」


「あぁ、まるで天喰の思考を先読みしているかのような神采配(かみさいはい)!」


「王国最高の――いや、『世界最高の天才軍師』だ!」


「最後に使った大魔法、あれはマジに(しび)れたぜ……」


「これでまだ15歳……末恐ろしい御方だな」


「うちの家も、『ハイゼンベルク派閥』に入れてもらえねぇかなぁ?」


 ホロウを絶賛する声は、湯水の如く(あふ)れるばかりだ。


 王国軍がハメを外し、酒宴(しゅえん)に興じる中、


「……」


「……」


 ゾルドラ家の当主ゾルディアと次期当主ルイスは、メインホールの片隅で所在なさげに立っていた。

 本当はこんな場に来たくもなかったのだが……。

 四大貴族としての面子(めんつ)体裁(ていさい)があるため、出席せざるを得なかったのだ。


(ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、あのクソガキさえいなければ、今頃はゾルドラが武功をあげていたものを……っ)


(覚えておけよホロウ、次の『王選』でその生意気な顔を叩き潰してくれる……ッ)


 二人は静かに『復讐の炎』を燃やし、ホロ苦い酒を呑むのだった。


 一方、歴史的勝利の立役者となったホロウが、壁際で静かにグラスを傾けていると――ニアとエリザがやってきた。


「やっほ、天才軍師さん」


獅子奮迅(ししふんじん)の大活躍だったな」


「ふん、当然だ」


 ホロウはそう言って、グラスで口を(うるお)す。

 これは一種の照れ隠し。

 素直じゃない彼は、面と向かって褒められたとき、誤魔化(ごまか)す癖があるのだ。


「ねぇねぇ、最後の魔法なんだけど……あれ絶対、途中で止めたよね?」


(とぼ)けても無駄だぞ? 私達は、お前の本当の実力を知っている」


 ニアとエリザはそう言って、嬉しそうに微笑む。


「お父さんに花を持たせるために、自分は黙って手を引くなんて、やっぱりホロウは優しいね」


「お前のそういうところは、とても好ましく思えるぞ」


 どうやら二人には、見抜かれていたようだ。

 しかし、自分の口からそれを明かすのは、なんだか違うような気がした。


「はっ、くだらぬ妄想も大概にしておけ」


 捻くれ者のホロウが、適当にはぐらかしていると、


「――あっ、ホロウくん!」


「……アレンか」


 今回仕留め損ねた宿敵が、小さく右手を振りながら、小走りでやってきた。


「凄い活躍だったね! やっぱりホロウくんは天才だよ!」


「そういうお前は、そこそこの活躍だったな」


「あはは、ありがとう」


 アレンは肩を揺らしながら、右手をスッと差し出す。


 ホロウは(わず)かに眉を上げ、


(まぁ……今日ぐらいはいいか)


 同じく右手を伸ばし、


「「――乾杯」」


 悪役貴族と主人公、二人はカチンとグラスをぶつけた。


 その後ホロウ・ニア・エリザ・アレン、いつもの四人で宴会を楽しんでいると――メインホールの奥が、にわかに騒がしくなった。


(なんだ?)


 そちらへ目を向けると、仮設舞台にダフネスが立っていた。

 ゴホンと咳払いをした彼は、低く渋い声を響かせる。


此度(こたび)、指揮官を務めさせてもらったダフネスだ。まずは(みな)に感謝を、勇敢な諸君らの奮闘によって、四災獣天喰(そらぐい)は討たれたっ! これは我々の勝利であり、王国の勝利であり、人類の勝利だッ!」


「「「「「うぉおおおおおおおお……!」」」」」


 地鳴りのような歓声が沸いた。


「このような宴で、上の立場の者が長々と語るのは、あまり好ましくないのだが……。どうしても一つ、この場で伝えておきたいことがある」


 ダフネスはそこで一拍置き、スッと右手を伸ばした。


「我が誇り――ホロウについてだ」


(んっ?)


「確かにこやつはまだ若く、未熟なところもある。だがしかし、『類稀(たぐいまれ)な知略』と『圧倒的な武力』を併せ持つ『自慢の(せがれ)』だ」


(こ、これは……っ)


「私も既に四十を数え、魔法士としての最盛期を過ぎた。憎き天喰を討ち取り、長年の宿願(しゅくがん)を果たした今、もはや思い残すことは何もない。今後は裏方に回り、新たな(・・・)当主(・・)を支えたいと思う」


(おいおい、まさか……!?)


「今この時を()って、私は()えある当主の座を退(しりぞ)き、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクを正統な後継者とする!」


 次の瞬間、メインホールは大歓声に包まれる。


「ホロウ様が、ハイゼンベルク家の新当主だァ!」


「ホロウ様、当主就任おめでとうございますっ!」


「『虚飾』のダフネス様が裏で支え、『天才軍師』ホロウ様が表に立つ、か……(すげ)ぇ布陣だな」


「おいおい、『最速の剣聖』レイラ様を忘れちゃいかんぞ?」


「こりゃ、ハイゼンベルク家の将来は安泰(あんたい)だな!」


 祝いの言葉が飛び交い、軽快な指笛(ゆびぶえ)が響く中、


(くくく……素晴らしい! 最高だよ、父上っ!)


 ホロウは凛々(りり)しい外面(そとづら)を保ちつつ、腹の底で邪悪に微笑む。


 それを横目に見たニアとエリザは、


(これ、また悪い事を考えているわね……っ)


(これは、またよからぬことを(くわだ)てているな……っ)


 軽くのけぞりながら、ゴクリと息を呑んだ。


 大観衆の前で当主に指名されたホロウは、礼儀正しく頭を下げる。


「――浅学非才(せんがくひさい)なこの身ですが、(つつし)んでお受けいたします。先人(せんじん)の築きし家と領地を守り、さらなる繁栄に導くべく、『謙虚堅実』に精進(しょうじん)する所存です」


『怠惰傲慢な極悪貴族』はそう言って、飛び切り邪悪な笑みを浮かべた。


 こうしてハイゼンベルク家50代目当主『ホロウ・フォン・ハイゼンベルク』が誕生するのだった。



 王城の大宴会が終わった後、ボクは禁書庫へ飛んだ。


(本当は自室に戻って、恒例の『振り返り』をしたかったんだけど……)


 うちの屋敷は天喰討伐に沸き、お祭り騒ぎになっている。

 とてもじゃないけど、静かに考えごとをできる状況じゃない。

 そういうわけで、どこか『イイ感じの場所』を探した結果――禁書庫がヒットしたのだ。


(幸いエンティアの魔力は、ボイドタウンにある。今この自然図書館にいるのは、大人しい分身体だけ)


 振り返りをするには、もってこいだ。


「――よっこいしょっと」


 エンティアがいつも座っている、真っ白な椅子に深く腰掛け、『思考の海』に(ひた)る。


(第四章を簡単に(まと)めると……序盤は天魔十傑(てんまじゅっけつ)の下半分を始末して、中盤は国王バルタザールを延命させて、終盤は天喰を討伐した)


 他にもゾルドラ家の密偵(みってい)カーラ先生を抱き込んだり、『スケルトン製造機(ラグナ)』に無限の労働力を吐き出させたり、ドドンたちドワーフ族を配下に引き()り込んだり……。


 毎度のことながら、今回もイベント()くしだった。

 そろそろ『南国のリゾート』とかで、ゆっくりと羽根を伸ばしたいなぁ。


(とにもかくにも、第四章を総括(そうかつ)すると――『完璧な出来栄え』だ)


 シナリオの進行速度・イベントの回収量・第五章以降への布石、どれを取っても申し分ない。

 特に天喰(そらぐい)を『死者ゼロ』で討ち取ったのが大きいね。


(王国最高の天才軍師として、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名は世界中に轟き――クライン王国の王族たちにも、その力を見せ付けることができた)


 人類史に残る武功(ぶこう)を立てたんだ、『王選』にも(はず)みがついたことだろう。


(唯一の誤算は……勇者の覚醒)


 でもまぁ第二段階(マジック・カウンター)第三段階(アタック・カウンター)は、二つで一つみたいなモノだから、そこまで強化されたわけじゃない。


(『メインルートの主人公』と照らし合わせると、今のアレンの実力は『第二章終盤』ってところかな?)


 現在は第四章の最終盤、明日からは『第五章』が始まる。

 主人公のレベリングは、依然(いぜん)として周回遅れ。


 だから、そこまで慌てる必要はない。


(『主人公対策』については、また後日ちゃんと考えるとして……)


 今は『第四章のスペシャルクリア報酬』とも呼ぶべき――『新当主就任』を喜ぼう。


 正直これは、本当にデカい(・・・)

 勇者覚醒というマイナスを(おぎな)って余りあるどころか、差し引きすると『超大幅なプラス』だ。


(次期当主と当主――両者の差はあまりに大きい。はっきり言って、次元が(・・・)違う(・・)


 次期当主というのは、跡目というポジション。

 ハイゼンベルク家がかなり強いため、それなりに(うやま)われこそするが……『実態としての力』は何も持っていない。


(でも当主になった今、ボクは四大貴族ハイゼンベルク家の力を、極悪貴族の力を自由に振るうことができる!)


 権力・発言力・影響力、どれを取ってもこれまでとは桁違い!

 もちろん、社会的なステータスも『爆上がり』だ!


(ハイゼンベルク家当主という地位は、今後のメインルート攻略において、絶大な力を発揮するだろう)


 ボクは今日、『一つ上のステージ』にコマを進めたのだ。


 さて、第四章の振り返りはこれぐらいにして、そろそろ『次』へ進もうか。


(明日から始まる『第五章』は――)


 次のイベントへ思考を(かたむ)けたそのとき、五獄(ごごく)の一人、帝国担当のアクアから<交信(コール)>が飛んできた。


(――ボイド様、夜分遅くに申し訳ございません。至急お伝えしたいことが)


(どうした?)


(つい先ほど、アルヴァラ帝国より密使(みっし)が届きました。彼らの話によれば、『皇帝陛下が(うつろ)の統治者ボイド殿との極秘会談を望んでいる』、とのことです)


(ほぅ、実にいいタイミングだ。『近日中に帝城(ていじょう)へ出向く』と伝えろ。『詳細については追って連絡する』ともな)


(はっ、かしこまりました)


交信(コール)>切断。


(ふふっ、皇帝からの『招待状』が届いたみたいだね!)


 思いがけず家督(かとく)も継げたし、王選はまだ少し先だし、王国の景色も少し見飽きてきたところだし……。


「第五章はアルヴァラ帝国へ、楽しい楽しい『観光(しんりゃく)』に行こうか!」

【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

「面白いかも!」

「早く続きが読みたい!」

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この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?

ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。

おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!

ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。


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カクヨム版:世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する



― 新着の感想 ―
面白かったですが、足りない!!!!! デバフが強いのに理性で耐えてるのが素晴らしい、笑いも多くて読みやすく楽しいです。 家族を増やすターンが愉快で、暗躍描写もいい。 あと幻のアレンルートの今後が気にな…
折角の楽しい面白いワクワクが詰まった物語が終わるのかと・・・ ま、終わりは必ずあるものでwでも、このまま終わることは作者が良しとしないのは 解り切っている!また、読者がモンモンしちゃうのも解っているハ…
連載再開のお知らせを 首を長くして待っております❗️ ストーリーもテンポも読後感も全て良く 是非とも真の完結まで読みたいと切望しております
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