第十九話:無敵
聖暦1015年6月21日。
ドワーフのイベントをこなした翌日、ボクはいつものようにレドリックへ登校する。
一年特進クラスに入ってすぐ、
「……ごめん、昨日のことは忘れて……」
ニアから『いい子いい子事件』の謝罪を受けた。
(残念だけど、それは無理な相談だよ)
ボクはありとあらゆる『無駄』を嫌う。
あんな面白いネタを忘れちゃうなんて、あまりにもったいなさ過ぎる。
今後も適切なタイミングで、再利用するつもりだ。
「ちゃんと謝れて『偉い』ぞ。どれ、御褒美に『いい子いい子』してやろう」
「もぅ、ひと思いに殺してぇ……っ」
それから特にイベントが起こることもなく、平穏無事に学校は終わり、迎えた放課後。
(確か今晩は、『虚の定時報告』があるんだったっけ……。ダイヤに渡したいモノもあるし、久しぶりにちょっと顔を出そうかな)
そんなことを考えながら、帰り支度を整えていると――ニア・エリザ・リン・アレンがやってきた。
「ねぇホロウ」
「一つ頼みがある」
「どうか私達に」
「修業を付けてくれないかな?」
なんとも面倒なオファーだ。
「俺は忙しい、他を当たれ」
もちろん、即座に断った。
しかし、
「あなた以外に頼める人がいないの」
「お前の代わりなど、見つかるわけがない」
「一日だけでいいので……っ」
「ホロウくん、お願いできない……?」
四人はそう言って、食い下がってきた。
この鬼気迫る感じ、どうやら天喰討伐戦に志願したようだ。
(ニアとエリザとリンは……まぁいい)
彼女たちは、ボクの手駒――ゴホン、大切な臣下だからね。
問題はそう、主人公だ。
(いや、キミはそこにいちゃ駄目でしょ……っ)
何が悲しくて、自分の宿敵を育てなくちゃいけないんだ。
当然、お断りしたいところだけど……。
(ここでアレン一人除け者にするのは……凄く『小物』っぽい)
ニア、よし。
エリザ、よし。
リン、よし。
アレン、ダメ。
……なんだか『安っぽいイジメ』みたいだ。
それはボクの思い描く『極悪貴族』から遠く離れた行い。
せっかく稼いだ臣下の好感度も、大きく下がってしまうだろう。
(ふむ……)
メリットとデメリットを総合的に勘案すると、
「はぁ……今日だけだぞ?」
この日だけの修業に限れば、僅かにプラスが上回るだろう。
「ありがとう!」
「恩に着るぞ」
「ありがとうございます!」
「ホロウくん、本当にありがとう!」
ニア・エリザ・リン・アレンは、口々に感謝の言葉を述べた。
(合理的に考えた結果、みんなに修業を付ける方が、『旨い』と判断しただけなんだけど……)
まぁ、お礼を言われて嫌な気はしない。
(そもそもの話、研究職のリンはともかくとして……ニアとエリザの強化は、メインルートの攻略に必須だ)
ロンゾルキアは他のRPGと同じく、四章・五章・六章とシナリオが進むに連れ、敵の強さもどんどん上がって行く。
(ヒロイン二人には、最低でも自分の身を守れるぐらい、強くなってもらわないと)
ボクがメインルートの攻略に集中しているとき、小さなサブイベントで死なれでもしたら、困ったことになるからね。
(それに何より、ニアとエリザには、天喰討伐戦で活躍してもらう予定だ)
二人とも天才だから、『成長の方向性』さえ示してあげれば、勝手にスクスク育つだろう。
(ニアとエリザには修業法を教えて、リンには回復魔法の心得を説く。問題のアレンには……組み手でも持ち掛けようかな?)
簡単な摸擬戦を通して、勇者の『現在の実力』を知っておけば、『主人公抹殺計画』はより盤石なものになるだろう。
ホロウ脳を回すこと約一秒、基本的な方針が定まったところで、校庭へ移動する。
「――さて、まずはニアから始めるぞ」
ボクがそう言うと同時、彼女は真剣な表情で口を開く。
「私……気付いちゃったの、自分の『致命的な弱点』に」
「ほぅ、なんだ?」
不憫・ポンコツ・幽霊が苦手・お酒に弱い・肝心なときにミスる、はっきり言って弱点だらけだけど……いったいどこに気付いたのだろうか。
「この前ラグナの襲撃を受けたとき、魔法を封じられて何もできなかった……。ホロウの後ろに付いて回って、守ってもらうだけだった……っ」
ニアは悔しそうに拳を握る。
「もしまた同じ状況になったとき、今度はお荷物になりたくない。だから、あなたの優れた体術を――『近接戦闘術』を教えてください!」
「着眼点は悪くない。が、それはそれとして、お前には『魔力量の向上』に努めてもらう」
「……え゛っ……?」
「確かに接近戦は、魔法士の弱点だ。しかし、天喰討伐戦は一週間後に迫っている。今から体を鍛えたところで、付け焼き刃にもならん」
「つまり……?」
「特に教えることはない。前回の修業と同様、限界まで魔力を燃やせ――以上だ」
「う゛ぅ……私、いつもこんなのばっか……」
どうやら自分が持つ『不憫属性』の片鱗に気付いたらしい。
とても大きな一歩だね。
(でも実際、今から体術を鍛えたところで、天喰討伐戦には間に合わない……)
そんなことをするぐらいなら、純粋魔法士としての火力を伸ばした方が遥かに有意義だ。
ボクは決して意地悪を言っているわけじゃなく、ただただ『最適解』を教えているだけなので、どうか我慢してほしい。
「さて、次はエリザだな」
ボクが目を向けると、彼女はコクリと頷いた。
「天喰は、大空を飛ぶ超巨大な魔獣だが……白兵戦力も必要だと聞いている。王都の聖騎士を率いる身として、自らの膂力と剣術を強化したい」
「確かに地上部隊は必要だが……お前には『別の役割』を期待している」
「別の、役割?」
エリザは不思議そうに小首を傾げる。
「天喰本体への斬撃だ」
「そうは言っても、私の射程は短い、この太刀が届く範囲のみだ。宙を舞う天喰には、どうやっても当たらんぞ?」
「エリザ、お前は<銀閃>の使い方を根本的に間違えている」
「ど、どういうことだ?」
「『百聞は一見に如かず』、右手を貸せ」
「……?」
彼女は言われるがまま、右手をこちらへ差し出した。
ボクはその手を優しく握り、スッと指を絡ませる。
「なっ、何を……!?」
「今から緻密な作業を行う、少し黙っていろ」
「ぇ、ぁ……はぃ……っ」
顔を真っ赤にしたエリザは、伏し目がちにコクリと頷いた。
(――さて、始めるか)
ゆっくりと目を閉じたボクは、彼女の体内へ意識を伸ばし――『魔法因子』に干渉する。
「……んっ……」
体の奥をまさぐられるような感じがしたのだろう。
エリザの口から、艶のある吐息が漏れた。
(気持ちはわかるけど、色っぽい声を出すのはやめてくれ……っ)
原作ホロウの情欲が発動して、細かい魔力制御が効かなくなってしまう。
それからほどなくして、『因子の接続』が完了した。
「ふぅ……終わったぞ」
「いったい何をしていたんだ?」
「因子の接続、まぁ見ていればわかる」
ボクが右手を伸ばした次の瞬間、
「――<銀閃・断空>」
白銀の剣閃が迸り、遥か遠方の巨木が両断される。
「なっ!?」
エリザは驚愕のあまり、言葉を失っていた。
「指定した座標に白銀の斬撃を生み出す。これが<銀閃>の正しい使い方だ」
威力・速度・射程、三拍子揃った戦闘特化の固有であり、伝説級における『大当たり枠』。
相手が魔法感知に優れた者でなければ、遠距離からのピンポイント斬撃で一方的に倒せてしまう。
「まさか<銀閃>にこんな使い方があるとは……っ。てっきり『単純な斬撃強化』だと思って……い、た……?」
エリザの体がグラリと揺れたので、素早くサッと支えてあげる。
「大丈夫か?」
「す、すまない。急に眩暈が……」
「無理矢理に固有を使ったから、因子が消耗したんだろう。先の感覚を反芻しつつ、しばらく休んでおけ」
「……いや、問題ない。むしろ、もっとキツくしごいてくれ!(『大切な家族』を守るためにも、私は過酷な状況に身を置き、強く逞しくならねばならん! あのホロウに教えを請える機会など、そう中々あるモノじゃない……休息などという『甘え』は不要だ!)」
エリザはそう言って、さらなる指導を求めた。
ボクの勘違いじゃなければ、その瞳は『情欲』に濡れている。
(こ、こいつ……っ。ボクを利用して、自分の『特殊な癖』を――『被虐趣味』を満たそうとしている……ッ)
さすがはロンゾルキアのヒロインというべきか。
まさか『修業イベント』で、自分の欲求を満たそうとするだなんて……本当に油断ならない。
でも残念、その手には乗らないよ?
「いや、あまり無理をするな。休むこともまた修業だ。天喰討伐戦に向けて、自分のペースで励むといい」
ボクが完璧な回避を披露すると、
「……まったく、お前は本当に優しい男だな」
エリザは嬉しそうに微笑んだ。
何故か好感度が跳ね上がったっぽい。
(これは……なるほど、そういうことか……っ)
被虐体質がゆえ、優しくされたら嬉しくなり、厳しくされても興奮する。
つまり、ボクが親切にしようと冷たくしようと関係ない。
どちらにせよ、エリザは満たされてしまうのだ。
なにそれ、もう『無敵』じゃん……。
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