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紅茶、飲みませんか  作者: 大平麻由理
32/40

32.恋は静かに始まりを告げる その1

「梶谷君、美桃さん、今夜は来てくださってありがとう。いつでも来てくれたらいいんだからね。美桃さんのお店にもまた行くから」


 雪の中、さよさんを初め、サトさんや一緒に囲炉裏を囲んで楽しいひと時を過ごしたマダムたちが見送ってくれる。


「美桃さん、本当にありがとう。あなたのおかげよ。こんなに楽しいロケ地ツアーができたのも」

「日浦さんに会えたのも、美桃さんのおかげだものね」

「そうそう。美桃さんと日浦さんのおかげで、こんなに楽しい夜が過ごせたのよね」

「ホンマや、ホンマや。素敵なイケメンにも会えたしな。言うことなしや」

「また美桃さんのお店に行くわね。紅茶、飲みませんか、に」

「私も絶対に行くわ。美桃さん、ありがと。梶谷さんもありがとう。お姉さまによろしくお伝え下さいね」


 マダムたちのトーンを押さえた声援が美桃と梶谷さんに向けられる。


「寒いので、どうぞ中に入って下さい。それでは、おじゃまいたしました。おばさん、皆さん、おやすみなさい」


 梶谷さんに合せて、美桃も車の窓越しにありがとうございましたと言い、別れのあいさつを交わす。


「じゃあ、行くぞ」


 中森さんがゆっくりと車を発進させた。



「今夜は楽しかったよ。中、ありがとう」

「いや、こっちこそ、いろいろ迷惑をかけてすまなかった。でもな、おまえや桜野さんに久しぶりに会えて、本当に嬉しかったよ。お袋も喜んでいたしな」

「だといいけどな。にしてもおまえんちは、ホントにいつもあったかいな。あの大勢の客人たちも今夜は泊っていくみたいだし」

「ああ。元々大家族の家だ。部屋も余ってるし、賑やかな方がお袋も寂しくないだろうし。それに、時間と共にサトとも仲良くなってくれて、今後のことも話が切り出しやすいよ」

「そうだな。初めて会ったとは思えないくらい意気投合していたよな。そうか……。おまえもいよいよ結婚するんだな」


 梶谷さんがしみじみと言う。


「まあな。俺にはまだ結婚は早い、なんて思っていたが、周りを見れば同級生はほとんど皆妻子持ちだ。仕事が軌道に乗って生活のめどが立ったらサトと所帯を持とうと思っていたけど、そんなことしてたらいつになるかわからない。それに気付かせてくれたサトに感謝しないとな」

「そうだな。サトさんは本当にいい人だよ。こんな破天荒なおまえのことを支えようって言ってくれるんだ。大事にしないとな」

「あははは。破天荒か。まあ、そんな時もあったけど、もう無茶はやらないつもりだから安心してくれ。さて、では桜野さんの家からでいいかな?」


 中森さんが降り続く雪の中、慎重に車を走らせながら後ろの美桃に声をかける。


「あ、はい。お願いします。送っていただくために、中森さんにはご迷惑をおかけしてしまって本当にすみません。お酒も飲んでいらっしゃらなかったし、申し訳ないです」

「何言ってるんですか。送るって約束しましたからね。当然のことです。夜は長い。二人を送った後、いくらでも飲めますからご安心を」

「中森さん……」


 美桃は心の中がほっこりと温かくなるのを感じていた。梶谷さんといい、中森さんといい、二人の優しさがじわっと美桃の心に染み入ってくる。桜野さんが言っていたのはこういうことだったのだ。この二人を生涯の友として誇らしく語っていたのは、うそ偽りのない夫の本心だったのだと改めて気づかされる。

 村のメイン道を西に向かい、どんどんアパートに近付いて行く。


「えっと、この道を曲がるのかな?」


 助手席にいる梶谷さんがたずねる。


「はい。続いて次の角を右に曲がって突き当りに見えてくるアパートです」

「お、見えた。あそこだな。ちょっと待てよ。なあ、梶谷。ここの方が俺の実家付近より、雪、多くないか?」

「そう言われれば……」


 確かに多い。メイン道は除雪されていたが、アパート付近は道路と側溝の境がわからないほどになっていた。


「中森、ここで止めてくれ。これ以上行ったら、おまえの車が立ち往生してしまう。俺も降りるから」

「わかった。じゃあ、俺はここで待ってるから、桜野さんをアパートまでお連れして」

「あ、いや、私は大丈夫ですから。どうぞ、中森さん、早くサトさんのところに戻ってあげて下さい。お二人とも、今日は本当にありがとうございました」


 美桃が一人で帰ろうとすると、梶谷さんがすぐに車を降りて、美桃のドアの所に回り込んで来た。


「これは大変だ。アパートまでの道のりもすごいが、アパートの出入り口付近も雪だらけだ」


 雪の上に降り立った梶谷さんがあたりを見回し驚きの声を上げた。


「中、ここは俺に任せてくれ。桜野さんを送り届けたら、あとは自力で帰るよ。おまえは早くサトさんのところに戻ってやれ。いくらおばさんと仲良くなったからって、アウェーで一人にしておくのはかわいそうだ」

「でも、ここからおまえんちまで、結構あるぞ?」

「そうですよ。私は大丈夫ですから、梶谷さんも中森さんと一緒に……」


 梶谷さんの気持ちは嬉しいが、こんな夜の雪道を歩いて帰るなんて、いくら男性でも無謀だと思った。雪まみれになるエナメルの靴が気の毒だ。


「心配いらないよ。メイン道は除雪してあったし、ここからなら俺の実家までそんなに遠くはない」

「いいのか?」

「だから、大丈夫だってば」

「そうか。わかった。なるほどね、そういうことか……。なら俺、帰るわ。また明日連絡する」


 中森さんが何かを察したのか、深くうなづく。そして意味ありげな笑みを浮かべ、じゃあなと言って去って行った。




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