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紅茶、飲みませんか  作者: 大平麻由理
26/40

26.雪の夜の恋語り その2

「はい。何でしょうか」


 何となくこの先がどうなるのか予想できてしまうのだが、はぐらかすわけにもいかず、梶谷さんの言葉の続きを待った。


「とても不謹慎なことだとは、わかっています。太輔に対して非道なことをしていると自覚しています。けれど、もうこれ以上気持ちを偽ることはできません」

「はい……」

「桜野さん、僕と付き合っていただけませんか。どうでしょうか」


 梶谷さんの肩に力が入っているのがわかる。言葉もいつになく硬かった。


「あ……。はい、でも……」


 この瞬間まで、梶谷さんが美桃に対して好意を抱いているということを全く知らなかったと言えば、嘘になる。男女のことに疎い美桃であっても、いつからか梶谷さんが美桃をそういう目で見ていることに薄々気づいていた。

 と言っても今までに彼と会った機会はわずかだ。それと桜野さんの友人であった彼がその先の行動を選択するとは思えなかったため、安心しきっていたというのもある。

 美桃は返答に迷っていた。梶谷さんのことは嫌いではないからだ。というか、どちらかと言えば非常に好ましい存在なのだ。

 けれど彼と付き合う、つまり恋人同士になるには、まだ彼を知らなすぎると思った。それに、桜野さんと出会ったばかりの頃に経験した息苦しいほどの胸のときめきも、梶谷さんを前に緩やかな感覚でしかない。

 自分を卑下するわけではないが、死別とはいえ夫がいた身で、独身で社会的地位もある男性とのお付き合いは、世間の目も厳しいのではと不安になる。

 もっと若くて、きれいで、彼にふさわしい方がいるだろうに、何もわざわざ私をえらばなくても、と美桃は思ってしまうのだ。


「桜野さん、とんでもないことを言ってすみませんでした」


 梶谷さんが椅子に座ったまま深々と頭を下げた。


「もちろん、今すぐに返事を下さいとは言いません。少しでも僕の気持ちを汲み取っていただけるスペースが桜野さんの心のどこかにあるのなら、受け入れてはいただけませんか。あなたが太輔を深く思っているのも知っています。いや、それだからこそ、そんなあなたが愛おしくて、放っておけないんだと思います。それと、こんなことを声高々に話すのも躊躇するのですが……。太輔とあなたの絆を無理やり断ち切ろうとは思っていません。桜野さんが僕を望んでくれる日まで、あなたに触れることもしません」


 彼はきっとその言葉を守り通すのだと思う。男性がそういったことを押しとどめるのが辛いだろうことも知っている。彼の覚悟は美桃の心にしっかりと伝わってきた。


「梶谷さん……。わかりました。そのように言っていただけて、とても光栄です。こんなに幸せなことはないと思います。けれど、ごめんなさい。今すぐにお返事は申し上げられません。かと言って、どうするのか考えてもちゃんとした答えが出ないのもわかっています。だけど、これだけは言わせてください。このことで、梶谷さんを軽蔑したり、嫌いになったり、そういうのは全くないんです。それどころか、心が温かくなって、このままあなたにすべてを委ねてしまおうかと思うくらい、あなたに惹かれて行く自分がいるのも事実です。梶谷さん、もう少しだけ、時間をいただけませんか」

「わかりました。桜野さん、ありがとう」


 緊張した面持ちの梶谷さんがふっと口元を緩めて、安堵の笑みを浮かべていた。




「それにしても遅いですね、中森は」


 いつもの姿に戻った梶谷さんが、壁にかけている時計を見上げながら言った。


「雪道で手間取っているのかもしれませんね」

「そうですね、渋滞かな?」

「ええ……」

「雪はまだ降っているのかな?」

「はい、降ってますね」

「よく降りますね」

「ええ、そうですね……」

「…………」

「…………」


 どうしたのだろう。なぜか会話が続かない。世間話をしても、お互いすぐに黙り込んでしまう。

 もし、すぐにでも彼の告白を了承していれば、こんなことにならなかったのかもしれない。お互いの近況報告ももっと事細かに話せただろうし、沈黙すらも心が通い合った者同士、心がときめく触れ合いの場になったのかもしれない。

 今ここで二人の気まずい空気を救ってくれるのは中森さんしかいない。社交的で明るく、梶谷さんと絶妙なコンビネーションを発揮していた彼の出現が待ち望まれる。


「あ、車の音が……」


 雪の降る音すら聞こえて来そうなぐらい静かな夜に、かすかに車のエンジン音が響いてくる。それは次第に近くなり、店の横で停車した音がした。


「お待たせーー!」


 ドアを開け、顔を出したのはやっぱり中森さんだった。昔は長めだった髪も短くなり、梶谷さんと同様、とても若々しく見える。


「おお、中。久しぶりだな」


 梶谷さんが立ち上がり、中森さんと右手同士をパチンと合わせる。


「梶谷、元気だったか? さすがに南国帰り、いい具合に焼けてるね」


 そして美桃に向き直り、


「桜野さん、本当にお久しぶりです。お元気でしたか? ずっとご無沙汰ばかりで、本当にすみませんでした。太輔の墓参りも梶谷にまかせっきりで、申し訳ない」 と言って右手を差し出す。


 あわてて美桃も手をだして、中森さんに促されるまま再会の握手をした。




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