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紅茶、飲みませんか  作者: 大平麻由理
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2.お店、はじめました その2

「みももさん、私ね。この村で生まれて、この村の中で結婚して、主人の家族とずっと同居していたの。結婚したばかりの頃は、主人の姉弟や祖母までいて、それはそれはにぎやかだった。姉弟は結婚して家を出ていき、優しかった祖母も亡くなって、それで、お舅さんもお姑さんも最後までお世話させてもらった。それがあたりまえだったのね。でもね、私は息子夫婦に同じことは望んでいない。それぞれの家庭をしっかり守って過ごしていけばそれでいい、一緒に暮らさなくてもいいと、ずっとそう思っていたの」


 美桃はカウンターを拭きながら頷く。


「でもね、主人が亡くなって私も一人になって。体調もすぐれない日が続くと、誰かにすがりたい気持ちがふくらんでくるの。勝手でしょ?」


 美桃は手を止め、さよさんを見て、そんなことないですと首を横に振る。


「ねえねえ、みももさん。もしよかったら、こちらに来て話を聞いて下さらない?」


 さよさんが言い出す前に、美桃はすでに彼女のそばに来ていた。

 そして、向かいの黄緑の椅子に座る。


「ごめんなさいね。仕事の手を止めちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。まだお客様はいらっしゃらないですし。何もすることはないんです」


 これは本当だった。何日も前から開店準備をしてこの日を待っていたため、さよさんに紅茶を出した後は、何もすることがなかった。

 掃除も行き届いているはずだし、紅茶以外のオーダーは入らないので、食材の管理もシンプルだ。

 それに、話をしたいのはさよさんだけではない。美桃も同じだった。


「そう、それならよかった。みももさん、あのね、私には息子が二人いるの。一人はさっきも話した都会に住んでる長男。そしてもう一人は自由奔放な子で、今ではこの村に居つかない子になってしまって。同じように育てたのに、こうも違うのかって言うくらい、性格は似ていないのよ」


 年齢は七十歳前後だろうか。時折見せる笑顔に、はっとするような美しさがにじみ出ているさよさんが、息子のことを語り始めた。


「優等生だった長男は大学を卒業したあと、都会でそのまま就職して、そこで出会った娘さんと結婚したの。かわいらしいお嬢さんだったわ。お母様、なんてくすぐったい呼び方で私をたててくれる、今どき珍しい古風な子なの。母の日、誕生日、何かの節目にはプレゼントまで送ってくれて、それはもう至れり尽くせりのお嫁さんで、私も嬉しくて舞い上がってしまっていたのね」


 さよさんは二杯目の紅茶をそっと口に含んだ。


「どうぞいつでも遊びにいらしてください、なんて言ってくれるものだから、私はその言葉通り、いそいそと息子夫婦のところに泊りがけで行くことが多くなったの。といっても、年に数回よ。あこがれの都会の生活に胸躍る日々だった。ウィンドウショッピングとか、お芝居を見に行ったりだとか。もうほんと、夢のような毎日だったわ。テレビで紹介されていた有名なレストランにも行ったの。なんだったっけ、難しい名前のソースがかかっていて、とろけるようなおいしいお肉料理も食べたのよ」

「わっ……」


 思わず声を出してしまった。さよさんの話を聞くだけで、おいしいソースの匂いが漂ってくるようだ。


「けどね、なんとなくわかるのよね。息子夫婦にあまり歓迎されていないってことが……」


 みるみる元気をなくしていくさよさんが、カップの中の紅茶をじっと見つめて黙り込んでしまった。


「にこにこと笑顔で迎えてくれて、おいしい料理が並んで、ふかふかのお布団を用意してくれて。でも、なんか違うの。滞在中はせめてもの感謝の気持ちと思って、掃除や洗濯なども率先して手伝ったのだけど、それもよくなかったのか、空気がギスギスするのよね」


 美桃は小さく頷き、さよさんの話に聞き入った。


「一週間くらいの予定で向こうに行ってるのだけど、最後に行った時は、二日いるのが精いっぱいだった。ありがとうって言って、少しまとまったお金を置いて自宅に帰って来たの。それから一年。一度も向こうに行ってないわ」

「え……」


 さよさんの表情が曇る。


「あこがれの都会生活はあっけなく終わりを告げた。きっと、私のわがままだったのね。そうよね、何も気を使わないで下さいって言っても、そうはいかない。やっぱり気疲れしてしまう。それに私のせいで息子夫婦の関係まで悪くなったら、それこそ本末転倒だもの。これでよかったんだ。それぞれの生活を大切にして、お互い距離を取った付き合いが一番、って自分に言い聞かせているんだけど、最近、なんだか寂しくてね」

「さよさん……。元気出してください」

「ありがと、みももさん。今は広い昔ながらの民家に私一人だもの。玄関を上がってすぐの和室一間で事足りる生活。この家はどうなってしまうのだろう、息子たちはきっと誰も帰ってこない、って、最悪の未来図を描いては落ち込む、なんてことの繰り返し。体力もだんだん衰えてきてるし、このままではだめだって気づいた去年の秋くらいから、村の中を歩くことにしてるの。朝と夕方の二回。息子のところに行った時に買ったこの運動靴を履いて、ひたすら歩いていたら、このお店に出会ったってわけ」


 さよさんは目を細めながら、自分の足元を指さした。赤いラインが入ったウォーキングシューズは雪道を歩いてきたせいか、少し汚れていた。


「そうそう、次男はね、長男とは違って人懐っこくてね。根は真面目なんだけど、無鉄砲なところもあって、親としてははらはらさせられっぱなしだった。うふふ」


 さよさんが嬉しそうに目を細める。


「奔放な生き方はいまでも続いていて、定職にはつかずに、国内のあちこちで好きなことをして暮らしているわ。もちろん、そんな息子と結婚してくれるような女性もいないみたいで、たまに来る電話連絡で、消息を確認するのが関の山。とにかく人が好きで、以前はこの村の青年会に所属していて、村おこしみたいな企画にも積極的にかかわっていたの。そんな生き方もいいのかもしれない、あの子に似合っているって思っていたけど。ボランティア活動にのめりこむあまり、とうとうこの村を飛び出しちゃってね。自分を必要としてくれる場所が見つかったって、出て行ったきり、水を得た魚のように、あちこちを飛び回っているみたいなの。でもね、一度だけ帰って来たことがあってね。昔からの親友がある事情で落ち込んでいるとかで、その子を励ますために帰って来たの。あの子らしいと思った。その親友は今ではすっかり立ち直って、私のところにも、たまにだけど顔を見せに来てくれるんだけどね」


 さよさんはそこまで話すと、紅茶を飲み終えたカップを、ことりとソーサーの上に置いた。



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