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澤と高坂

「紗希と詠嘉は高校に入る前から面識があったから。まあ私もだけど」

「でも仲が良かったならなんであんな態度なんだよ」

「詠嘉は優等生、紗希はクラスで浮いてる。これが答え」

「はあ?」

「元々仲の良かった二人だけど詠嘉は高校に入ってからはすっかり優等生、紗希はそんな詠嘉に追いつこうと必死だったけど―――」

 木梨は再び筆を持つと黒い絵の具でキャンバスに向かって筆を走らせ始めた。

「―――勉強でもなんでも、人によってできるできないは、あるから。結局、紗希は詠嘉に追いつくことは、できなかった」

 声の冷静さと異なり、筆の動きは大きかった。筆を走らせる木梨の姿を、湧哉はただ見つめ話を聞くことしかできなかった。

「紗希は詠嘉に強く当たるようになったし、詠嘉は、紗希がどうしてそうなったのか、わからなかったみたい。だから詠嘉は紗希から距離を取るしかなかった。それで今は……、あんな感じ」

 口の動きとともに筆の動きも止まった。様々な色が置かれていたキャンバスはほとんど真っ黒になってしまっていた。まるで昔のことを覆い隠すかのように……。

「木梨がそこまでわかってたなら間に入れたんじゃないのか? そうすれば―――」

「紗希は思ってたより抱え込んでたみたい。それで私がどうにかしようとした時にはもう手遅れだった。私にできたのは紗希が一人にならないように一緒にいてあげる事だけ」

 木梨は振り返って高坂のいるベランダに再び目を向けた。しかし、高坂が顔を出す様子はない。まだ膝を抱え込んでいるのだろうか。

「詠嘉が心配してるっていうのは紗希も嬉しいはず。でも、紗希自身はそれを認められないんだと思う。だからこれは紗希の心の問題」

 木梨は表情を変えることはなかったが声にはどこか悲しい雰囲気が漂っていた。自分ではどうにもできないことが歯がゆいのかもしれない。

「でも、君が会いに来てくれたから少し変われるかも」

「俺、何かしたか……?」

「私が同じことを言っても油を注ぐだけだったのに君の言葉には効果があった。近い人間より全然関係ない人の方がいいこともあるみたい」

 澤の心配事を減らしたくての今回の行動だったが高坂のためにもなった、ということだろうか。これで高坂に変化があれば結果的には良かったことになるだろう。

「まあ、よかったなら俺も嬉しいよ」

「後で顔出すように言ってる。私もそろそろ終わるし。そしたら一緒に行く」

「終わるって……この真っ黒で?」

「うん」

「……」

 こんなに真っ黒なキャンバスで完成とはとても思えないのだが木梨は自信満々に答えた。本人にそれほど自信があるとなるとこれ以上口出しはできなかった。

「じゃ、じゃあ澤にはそのうち来るって伝えとくから」

「うん」

 湧哉はもう一度高坂のいる方を見た。ただ嫌な奴という印象だったが彼女にも複雑な事情があったとわかった。

 とにもかくにも、澤の心配事は解決できそうだ。

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