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悠の兄

 長身にスーツを着たその人物は人の間を縫って井ノ瀬のところまでやってきた。

「本当に久しぶりね門紅君。いつ以来かしら」

「私はこの校舎に来るのは初めてですからね。最後に会ったのは3,4年前です」

「ああ~もうそんなに経ったね。ところで今日はどうしたの?」

「会議に参加しに来たんですよ。確か井ノ瀬先生も参加されるんですよね」

「役所から来るっていうのはあなただったのねえ。フフフ、それにしても懐かしいわね。あなたの在学中はいろいろあったから」

「止してください。若かったんですよ、あの頃は」

 あっけにとられている湧哉を余所に、二人は親しげに会話をしていた。話を聞いた限りは井ノ瀬の教え子のようだ。だが気になるのはそこではなかった。

「あの、門紅っていうのは?」

「ああ、ごめんなさいね。あまりにも久しぶりだからつい夢中になっちゃって」

 井ノ瀬は湧哉たちがいることをすっかり忘れていたようだ。クスクスと笑う彼女は紹介を始めた。

「こちらは門紅かどべに しゅう君。昔この学校で生徒会長をやっていたの。それから畑原君と仲のいい門紅 悠君のお兄さんよ」

「門紅の……兄?」

 湧哉は悠の兄だという集を上からじっくりと見つめる。整った顔立ちにシュッと引き締まった上半身、その下には長い脚。それらの比率は完璧で非の打ち所がない。一方の悠はお世辞にも背が高い方とは言えず自分でも認めているぽっちゃりさんだ。雰囲気も対照的で、悠は柔らかい印象だが、集は巣少し御堅い印象を受ける。兄弟がいるとは聞いていたが、ここまで似ていないのではそうだと言われなければわからない。挿絵(By みてみん)

「嘘だ……全然、似てない」

「畑原君、それは失礼だよ」

 思わず漏れてしまった本音に澤が小声で注意したが集には聞こえていたようだ。

「気にしなくていい。兄弟同士、さらには生みの親である両親ですら認めていることだ」

「ほんとにそうよね。私も悠くんが入学してきたときは嘘だと思ったもの」

 集はやれやれと首を左右に振り、井ノ瀬も同じように首を振った。どうやら自他ともに認めているようだ。

「しかし、悠の友達に会えるとは思ってなかったな」

「いや、こちらもまさか悠の兄に会うことになるとは思いませんでしたよ……」

「悠は元気でやってるか? 最近忙しくて会っていないんだ」

「特別元気ってわけじゃないですけど、まあ元気だとは思います」

「そうか。それならよかった」

 悠の話をしている間は集の表情が少しだけ柔らかくなった。そうしてみると少し話しやすい印象を受ける。あくまで少しだが……。

「井ノ瀬先生、教頭先生はどちらにいるかわかりますか? 着いたら来るように言われているんですが」

「教頭先生なら校長室じゃないかしら? 会議前にはいつも校長のところに行っているから」

「そうですか。では、また後でお会いしましょう。畑原君も機会があったらまた会おう」

「は、はい。機会があったらぜひ」

 集は教頭を探すために職員室を出て行った。井ノ瀬は相当嬉しかったのかまだニコニコとしている。

「教え子が来てくれるっていうのはいいわね。この仕事をしててよかったって思えるもの」

 井ノ瀬はご満悦のようだが湧哉の複雑な心境だった。悠は、自分が幼い時に学校へ連れていってくれたのは兄だと言っていた。ところが、旧校舎の取り壊しについての会議には集も参加するという。どうやら旧校舎に通っていた生徒であっても、全員が取り壊しに反対しているというわけではないようだ。

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