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*** 45 ***

〈これで全てが終わる〉


 ――レイアスの指示のもと、ズフィルー皇帝の居城を取り囲んだ国際連合軍は、ブレインを所持した魔法使いによる一斉砲撃を開始した。


 しかし皇帝の居城は、見えない力によって護られており、外装をわずかに破壊することはできたものの、内部に損害を与えることが出来なかった。


 この攻撃へ呼応したように、皇帝の居城から無数の泥人形が現れた。国際連合軍は泥人形を殲滅しながら、皇帝の居城へと近づいていく。


 アインを先頭に、カメラマンを含む少数の選ばれた者が城内に突入していった。アインは国際連合軍の子ども達へ、リングリットと共に外で待つよういった。レイアスは苦い表情でアインを見たが、子ども達を連れて行こうとはしなかった。


 城内は迷路のように入り組んでおり、幾多の怪物が国際連合軍の行く手を阻んだ。ズフィルー皇帝のもとへ辿り着いたのは、わずか50人にも満たない戦士と命知らずのカメラマンだ。


 場内に満ちたエーテルが干渉するのだろう。城の深部ではカメラの映像が乱れた。カメラマンは内部のメモリに映像を撮り貯めていた。


『数多のトラップを乗り越え、ここまで辿り着いたことに敬意を表そう』


 ズフィルー皇帝は立ち上がった。

 目は紅に輝いており、口元からは黒い煙を吐き出していた。皇帝の間は、ズフィルシアで最もエーテルの満ち満ちた場所であり、濃縮されたエーテルはエリクサーと呼ばれる純物質へと昇華されていた。


 半数以上の兵士達がエリクサーに酔い、自分と世界の境界が無くなる感覚に襲われ、意識朦朧としていた。幻覚を見ているものもいた。


『そんな状態ではすぐに死んでしまうぞ。ワシを楽しませるのだ』

 ズフィルー皇帝は、圧倒的な魔力で兵士達を1人、また1人と葬っていった。


「アイン、子ども達を置いてきたのは間違いだ。皇帝に対する手立てがない」

「レイアス、この空間では恐怖が具現化する。恐怖を抱いちゃいけない」


 アインはズフィルー皇帝に向かって、強く一歩を踏み出した。たった1人でも、彼はいつも通り世界の問題に立ち向かう。


「大人が子どもよりも優れている点が1つある。これまでに何度も経験し、記憶してきた恐怖への慣れだ。新しいものへの好奇心や、感受性、才能は失われても、経験から作り出したプロセスが大人を強くする。30歳の大人が子ども達に見せられるのは、どんな困難にでも立ち向かう姿だ」


 アインは皇帝を睨んだ。

 皇帝は笑い、アインもそれを見て笑んだ。レイアスは2人のやり取りがどちらかが倒れるまで続くことを予見し、覚悟を決めた。


「アイン。私はあまり良い大人ではなかった。けれど子ども達が生きられる未来をつくるため、できるだけのことはしたつもりだ」

「レイアス?」

「お前は恐怖への慣れが、大人の強みだと言った。しかし大人でも克服できない恐怖がある」

 レイアスは自らブレインのリミッターを切った。


「死への恐怖だ。だが克服はできないまでも、大人はそれすら経験から予測できる。わかるよ、もう2度とクラリスの顔を見ることはできない――クラリス、愛している。元気で。アイン、君とはぶつかりあうこともあったが、最後まで私を公然と否定したりしなかった。認めてくれて感謝している」

「だめだ!生きなければ!」


 レイアスはブレインに指示を出した。ブレインは彼が体内に宿しているマナ――記憶や意志――を触媒として、極大魔法を放った。消え行く意識の中、彼は想う。


〈ルクシオンの子ども達よ、これが贖罪となるだろうか〉


 レイアスの放った魔法は、皇帝の居城の再深部から地上に突き抜ける大穴を造り、地上の泥人形すらも巻き込んで全てを消し去った。


 皇帝の身体は世界の塵となったはずだ。


 大穴から地上に出たアインは、世界のまぶしさに驚いていた。城外で戦っていたライロック達も、戦いが終わったことを認識し始めた。


 ライロックは居城に空いた大穴の出口にアインを見つけると、泥に汚れた額をふき、眼鏡と髪型を整え、アインの肩に手を置いた。


「ズフィルシアはやっと出発点に立てた」

「そうだろうか。俺達はレイアスを失った」

 実のところアインは、謀反気の強い理屈屋レイアス・プロミネンスを最後まで信頼していた。アインが最も恐れたのは、人々がアインの肩書を畏れ、反対意見を言わなくなることだ。反対意見がなければ、個人の考えが組織の意見になってしまう。人である以上間違うこともあるのに、肩書を信じるなといいたかった。

 その点レイアスは、アインを1人の仲間として扱い、忌憚なき意見を述べた。だからアインはレイアスのことが好きだった。人々がレイアスを辛辣に批判したとき、フォローできなかったことを後悔していた。


「ただの友だちになれるときが来たのにさ」

 アインの目に涙が浮かんだ。

「……そうだな」

 ライロックは目を見開き、それから目を伏せた。

 ライロックもレイアスの死を偲んでいる。しかし立ち止まるわけにはいかない。


「アイン、ズフィルシアの人々は圧政により主体性を失っている。俺達はこれからこの国で、再建プロセスを明示化、制度化、定量化していかなければならない。この国に規律をもたらし、国民が国を継続的に改善できる状態へ成熟させていくことが、人々に希望を与えることになる。ズフィルシアを豊かな国にしよう。4251年から4254年までの4年間。この世界のために、命を投げ出した人々が誇りに思えるような国をつくろう。長い旅になる」


 ライロックがいい終わる頃には、アインはいつもの表情に戻っていた。

「どんな長い旅でも耐えるよ。クラリスやエンドラルに未来を見せるために」


 クラリスとエンドラルがアインへ駆け寄る。

 アインは彼らへ笑いかけた。


 明るい日差しが、世界を照らしていた。

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