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リングリットが『純粋美術派』と行動を共にしてから2ヶ月後――。別の言葉で言い換えれば、アイン、サイトウ、リングリットが別れてから5ヶ月後の4242年9月10日。
アインは1人アルテリアへと入国した。
アイン、リングリット、サイトウの3人は、7月10日にパレスで会う約束をして別れた。
しかしアインは公害裁判の対応に追われ、約束の7月10日にパレス入りできたのはサイトウだけだった。
そのときサイトウとリングリットは、また1ヶ月後に会う約束を結んだが、この約束を果たせたのは、またもサイトウだけであった。
アインは、再会の約束を守れなかったことを気に病んでいた。
サイトウからは、リングリットが毎月自分との再会を楽しみにしていると聞いていた。約束を守れなかったことで、彼女の笑顔を曇らせてしまったとしたら、胸が締め付けられるように苦しい。
何の事はない、彼はリングリットに会いたかった。だからパレス入りする日を誰より楽しみにし、待ち遠しくて眠れなかった。
しかし同時に不安を感じてもいる。
サイトウは、アインの動向をリングリットに伝え、リングリットの動向をアインに伝えていた。
アインはサイトウからの情報を整理して、アルテリアの紛争が拡大している原因を『宰相ルノワール・ラブラカニラ』だと推察していた。
「サイトウはそれをリングリットに伝えられただろうか」
アインは、サイトウをこの数日前にパレスへ向かわせていた。しかし彼を出迎えたサイトウの表情は暗い。
「リングリットに会えなかった。王城へ向かったきり、連絡がつかない」
「やれやれ。これでますます、宰相が黒幕という仮説が濃厚になったな」
アインは険しい表情で言った。サイトウは何故宰相が黒幕と思うのか尋ねた。
「サイトウ、今アルテリアには、ストライト人の女王が紛争を共助しているような世論が溢れている。けれど、女王という職業について、ファイブフォースを用いて考えれば、女王にそんな権力が無いことが見えてくる」
アインはホワイトボードを復元した。
「ファイブフォースは、新規参入者の脅威、代替品の脅威、仕入れ先の交渉力、買い手の交渉力、同業者との競合の5つの観点から、業界の構造や市場の魅力度を分析する手法だ。これをあるテリアの女王にも応用してみよう」
はっきり言って、この場面でファイブフォースを使うなど、世界の誰も思いつかないだろう。アインの問題解決能力を支えているのは、こうした独創性であった。彼は「無限の枠組み」を、それこそ何の前例にも縛られない、自由な発想で活用することができたのだ。
アインは5つの四角を描いて、サイトウへ説明を始めた。
「アルテリアの女王が選出される仕組みを覚えているかな。そう、1年に1度、ミスコンテストが行なわれ、最も美しい女性が女王に選出される仕組みだ。ミスコンテストで選ばれなければ女王になれないので、ファイブフォースで言うところの新規参入の障壁は非常に高い。じゃあ仕入れ先――女王の希望者はどうだろうか。アルテリア国中の女性が、女王というブランドに憧れている今、いくらでも希望者は存在する。つまりは女王という供給に対して、需要が圧倒的に多い現状だ。こういった状況では買い手――宰相や国家公務員――が主導権をとることができる。1年毎に女王が変わるのだから、気に入らない要望は無視していれば良い」
「じゃあ、リングリットが言っていた、宰相はアルテリア人の味方だと言う話も」
「偽りじゃないかな。アルテリアの紛争の原因は、宰相が女王の凶行に見せかけた政策をとった結果だと、俺は考えている」
アインは代替品の脅威、と書かれた部分を滑らかに触った。
「誰でも女王になれる、というチャンスの転がっている国なのに、女王になってしまったら宰相の傀儡でしかなく、1年間で代替品に取って代わられる運命を背負っているなんて。寂しいな」
「アイン、今の話を聞くと辞めたあとも無事でいられるかわからないじゃないか。彼女たちにとって憧れだった女王の座は、もしかしたら地獄の入り口かもしれない」
アインは静かに頷いた。
サイトウはそれから、リングリットが巨大地球儀プロジェクトに関わっていたことを話した。アルテリアのアーティストが創り出した巨大地球儀を、ロマリアへ譲渡するプロジェクトだ。アインは首を傾げる。
「宰相の目的は不明だけど、とにかく戦線を拡大させようとしていることはわかる。ロマリアへ渡す地球儀にも、何らかの罠が仕組んであるはずだ。例えば、地球儀の中に爆弾が入っているとか」
「設計図を手に入れる必要がある、と?」
サイトウの言葉に、アインはコクリと頷いた。
アインとサイトウは地球儀の制作者を探すことにした。彼らは、地球儀のアイデアが、元はアルテリア出身のエンターテイメントアーティストのものであり、その設計図が高額で国に買い取られたことを突き止めた。
アーティストの豪邸を訪ねた彼らは。最高級のシフォンケーキをいただきながら、地球儀の設計図のコピーを見せてもらうことに成功した。設計図によれば、地球儀の中は空洞となっており、そこに人が滞在するスペースが確保されていた。
「トロイアの木馬ならぬ、アルテリアの地球儀か。宰相は、ロマリアを巻き込んだ戦争を始めるつもりだ。アルテリアとロマリアが戦争を始めれば、ストライトも黙って見ていない。マタリカ大陸が争いの海に飲まれてしまう。これは、絶対に防がなければならない、世界の危機だ。実施すべきタスクは、地球儀がロマリアに届く前に止めること。けれどそれには、1個師団の力が必要だ」
アインは苦渋の表情を浮かべた。これはアルテリア内で解決しなければならない問題で、ロマリアやデロメア・テクニカに助けを頼む訳にもいかない。
頭を抱えるアイン。
彼にサイトウは1つ提案をした。
「ロマリアに、とある山がある」




