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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 後編
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勇者、到着

「――」


 フレアは唖然とした。


 オルカは死に、マリーは汚染を受けたことに。自分と同じ末路を、マリーが辿ろうとしていることに。


 あれほど大きな都市であった山中都市レガナントは、今や見る影もない。

 大量の魔獣に蹂躙されて、多くの死傷者や負傷者が出て、もはや都市としての機能を失った。だからこそ死の都市と化したレガナントからフレア達は逃れて、麓町バーベルへとその身を移した。


 なんとか危険地帯から逃れることはできたフレア達。そのはずなのに、フレアの心は安堵することなくドクドクと嫌な心音を奏でている。


「――」


 オルカやマリーだけではない。

 ステラ・アーミアも汚染の被害を被った。

 絶叫し、滝のように体の至る所から汗を拭き出させている。


 マリーは加護持ちであるからこそ助かる望みも、本の僅かだが存在した。

 しかしステラは駄目だ。これでは助からない。

 汚染を受けたことのあるフレアだからこそ、事態の深刻さを理解できた。


「――」


 なにより。


「――ユウリ」


 剥がれ落ちていく虚勢。

 完全に自分の無力さに打ちのめされたかのように、オルカの遺体を眺めている黒髪の少年の姿に、フレアは唇を噛み締める。


 彼に感じていた兄の気配が、どんどんと消えていく。それは彼の中にある目指すべき何かが、掻き消えていくからに他ならない。


 このままでは、また全てを失ってしまう。


 だから。

 それくらいならば。


 命を賭して、ゾフィネスを倒す。

 そして全てを取り戻す。


 彼女は、そう決意した。



 ★


「久しぶりね、ゾフィネス」


 天高く蒼炎の火柱を上げたフレアは、壮絶な笑みを浮かべて"汚染"と相対した。


 風に靡くのは銀のセミロングヘアー。

 彼女に纏わりつくのはどこまでも蒼き獄炎。


 山中都市の南部へと続く岩場で、求めて止まない宿敵を彼女は見つけた。


「――あらあらまあまあ」


 対して。

 自らを追ってここまできた加護持ちの少女の姿を見て、ゾフィネスどこか意外そうに目を丸くする。

 口元には笑みを張り付けたまま、けれどこの場に現れると思わなかった少女の到来に少しの驚きを示した。


「まさか、ここまで私を追って?」

「当たり前でしょ。それ以外に私がここに来る意味があるとでも思っている?」

「うふふっ、可愛い娘。わざわざ自分から私のもとまで来てくれるなんて、すっごく嬉しいわぁ」

「――言ってなさい」


 二度目の火柱が打ち上げられる。

 ゾフィネスが立っていたその足元から、蒼い輝きを誇る炎が凄まじい熱気と同時に出現した。


 まともに受ければいかに彼女とて無事では済まない。しかしフレアは油断なく周囲に警戒の視線を飛ばし続ける。


「先日も思ったけれど、随分と腕を上げているのねぇ」


 果たしてフレアの予想は正しかった。


 先ほどまでフレアの目の前に佇んでいた純白の魔女は、いつの間にか彼女の側面に回り込んでいた。


「当然。あなたを殺す為に、死に物狂いで鍛錬したもの」

「あらあらそうそう。私の為にここまで強くなってくれたのなら、とても光栄なことだわぁ」

「ええ、光栄に思いなさい」


 フレアが羽虫を払うように右手を振る。


 彼女が放った魔術は、まるで津波のように敵を飲み込もうとする炎の波であった。

 魔力すら焼く蒼炎の色合いもあって、本当に波のようにも見える。その一撃が、ゾフィネスを襲った。


「――」


 動くことすらせず。

 呆気なくゾフィネスは蒼炎の波に飲み込まれる。


 広範囲に渡るフレアの魔術に対して回避することを諦めたと説明されれば、ゾフィネスという存在を知らぬ者からすると納得してしまうだろう。

 普通ならば回避すらできない範囲の魔術をフレアは"汚染"に対して放った。


 けれど、フレアはこれだけで仕留めたとは思わない。


「――あらあらうんうん。あれを受けていれば、流石に危なかったわぁ」


 背後からの声。


 瞬時にその場を、自らの体に身体強化を施しながら飛び退いた。


 飛び退きながらも空中で、チラリと視線を後ろへと向ける。そこには三日月のような形の笑みを浮かべるゾフィネスがいた。


 もしもすぐさま飛び退いてなければどうなっていたのだろうか。

 頬に一筋の冷や汗が流れる。

 仕留めていないことは予想していたが、まさか気配すら感じることなく真後ろを陣取られるとはフレアも思わなかった。


「……随分と余裕ね」


 離れた地点で着地し、舌打ちを内心で打つ。


 あの時ゾフィネスが声を上げるのではなくそのままフレアに触れていたなら、フレアは強制的に悪夢の世界へと誘われていた。


(舐められてる……)


 実際は彼女が先に声を上げてくれたからこそ、悪夢の未来を回避できたわけだが。

 彼女にはもちろんフレアに声をかける理由がない。あるとすれば、敵が油断しているということに他ならない。


「ええええそうそう。だって私に触れること、できないでしょう?」

「厄介なものね、呪術っていうのは……ッ!」


 蒼炎の槍を発動させた。

 ゴウッと音を立てて、高密度の炎が真っ直ぐとゾフィネスへ飛来する。

 当たれば一撃で片がつくほどの魔術であるが、ゾフィネスはするりと魔術を躱した。


 そして、ゾフィネスの体が溶ける。

 まるで霧が周囲に拡散するかのように霧散する。


「こっちよぉ」

「――ッ」


 側面から急に延びた白い魔の手に、ギリギリでフレアは反応することが叶った。

 頬に触れようとした"汚染"の右手を、屈むことによって避ける。


「これが"汚染"の呪術ってわけね。まるで実体のない幽霊でも相手にしている気分よ」


 後方へとステップしつつ、気味の悪い笑顔を向ける目の前の敵に対して、フレアは憎々しげに舌打ちした。


 "汚染"ゾフィネスの脅威は二つほど挙げられる。


 一つは触れればすぐさま悪夢へと強制的に誘われる、汚染の手。

 触れられればその時点で勝敗が決する。多くの者が想像する中でも最もタチの悪い呪術である。


 そしてもう一つは、汚染の幻覚。

 空気中に漂わせた彼女の香水の香りに、呪術を練り込むことによって周囲の人間全てに幻覚を見せる術だ。


 例えば今目の前で笑う彼女も、呪術によって見せられている幻覚かもしれない。

 実際の彼女はフレアに認識されないように背後を取っているかもしれない。

 彼女との戦闘ではそのような危険が常に付きまとう。


「……今度は増えるってわけね」


 視線を細めた。

 自分を大人しく観察していたかと思えば、今度はゾフィネスが増殖し始めたからだ。

 ゾフィネスと瓜二つの存在が、どんどんと彼女を起点に分裂し始める。

 これもまた、汚染の幻覚によって成し得る技だ。


「うふふっ、強い娘。まだ私に対しての戦意が失われていないなんて」

「当たり前よ。こんなところで諦めるくらいなら、最初からあんたを追わないわよ」


 ふぅ、と息を吐いたフレアは、己の拳に蒼炎を纏わせた。

 燃える蒼き炎はゆらゆらと揺らめきながら、しかし次第にその形を変化させていく。


 すなわち、一本の刀へと。


「あらあらまあまあ。あなた、武器なんて扱えるのかしらぁ?」

「ええそうよ。どちらかと言えば、こっちの方が私の本来の戦闘スタイルになるわ」


 柄から刀身の先まで、全てが炎でできた蒼の刀。

 炎が刀の形をしているというよりは、刀の形に無理やり抑えられているといった方が適切であるように、刀身から蒼炎が漏れ出ている。


 見るだけでもかなりの魔力が込められているのが、ゾフィネスにはわかった。

 あの刀に触れれば、たちどころに焼き斬られてしまうと。


「あらあらそうそう。それは楽しみ――」


 刀を見ながら舌舐めずりをするゾフィネス。しかし彼女の言葉が言い終わる前に、フレアの方が彼女へと接近していた。


 十数人にも上るゾフィネスの群れ。その真ん中へと己を誘い、目の前の敵に対して得物を振るう。


 ゴシュッ、と。

 炎が小さく爆発するような音が響いた。

 同時にゾフィネスの体が左右に真っ二つに叩き斬られる。


「残念。外れよぉ?」


 けれどそれが幻覚であることはフレアにもすぐに分かった。

 三日月の形の笑みを浮かべながら、群れの中央に駆け込んできたフレアに向かって、多数のゾフィネスが一斉に彼女へと襲いかかる。


「好都合ね」


 ポツリと呟くと同時に、フレアは刀を地面へと突き刺した。


 突如として発生するのは、彼女を起点として爆発する蒼炎。

 蒼い炎が周囲へと拡散して、全てを寄せ付けぬとばかりに襲いかかってくるゾフィネス達を吹き飛ばした。


 周囲の岩の幾つかも吹き飛ばされ、ヒビ割れる。岩石すらも焼き割る魔術に、いつの間にか(・・・・・・)離れた位置の岩の上に立っていたゾフィネスが「わぁーお」と驚きの声を上げた。


「危なかったわぁ。今のは私もビックリしちゃった」

「――ッ。また躱されるのね!」


 無傷の敵の姿を見つけて、素早くフレアは地面に突き刺した蒼炎の刀を引き抜く。そのまま流れるような動作で大きな岩を足場とするゾフィネスに向かい、その場で上段から刀を振り下ろした。


 彼女との距離は全力で駆けても埋めるまでに数秒かかるほど離れている。

 通常ならば範囲(リーチ)の中に獲物がいない以上、刀を振っても意味のないことなのだが、フレアの炎刀はそれをも覆す。


 彼女の振るった刀から、炎の斬撃が放たれた。


「すごいすごぉーい。そんなこともできるのね!」


 加護持ちの魔力を注ぎ込んだ炎の斬撃は、人一人を丸ごと飲み込んでもまだ余りあるほどの大きさを誇っている。

 ゾフィネスはその場から大きく飛び退くことによって回避することに成功したが、彼女の足下にあった岩場は見事、真っ二つに焼き斬られた。


「流石は加護持ちねぇ。威力も申し分ないわぁ」

「――」

「まあまあでもでも、当たらなければ意味がないけれどぉ?」

「――ッ!?」


 斬撃を躱すために大きく跳躍したゾフィネスは、空中にいた。

 否、いたはずだったという方が適切であろう。


「どこを見てるのかしら?」


 背後にいた。


 先の自分の目の前までいたゾフィネスは幻覚で、実は後ろへと隠れて忍び寄っていたのだろうか。

 または、背後にて笑顔を浮かべるこのゾフィネスが幻覚であり、本物はどこかに身を潜めている最中なのだろうか。


 そのような一瞬の疑心暗鬼が、フレアの動きを鈍らせた。


「く……ッ」

「遅い――呪術、《麻痺煙(パライズスモッグ)》」


 ゾフィネスの体が破裂する。

 風船が割れてなくなるように、一瞬でその姿を消していった。


 中から姿を現し拡散していくのは紫色の怪しげな煙。


「しまっ――」


 回避を試みたが、遅かった。

 紫の煙を吸ってしまったフレアは立っていた場所から跳躍して離れることには成功したが、その煙を吸ってしまったのだ。


 ガクリと彼女の膝が力を失う。


「これは、麻痺……?」


 座り込んだフレアは、ピクピクと痙攣しながら思うように動かせない自身の体を見下ろした。


 《麻痺煙》。

 敵の自由を奪うための麻痺効果を含ませた毒煙を撒き散らす、呪術の一つである。

 知識としては頭の片隅に存在していたが、実際にこの呪術を初めて見たフレアは唇を噛み締めた。


「うふふっ、可哀想な娘。これで、あとは私の好き放題にできるわねぇ」


 動けないフレアにゆっくりと近づいて来るのは、口元が裂けていると言われてもおかしくないほど鋭い笑みを浮かべる、白き魔女。


 一歩、また一歩と。

 彼女の接近を、ただ黙って見ていることしかできない。そんな自分自身の体を、フレアは拳で殴りつけたくなる。けれどそれさえもできない。


「今度はどんな夢を見せてあげようかしら」


 白く透き通った手が伸ばされる。

 その光景は、悪夢を見せられた数年前のものと重なった。


「――嫌」


 ポツリと呟く。


「嫌……ッ」


 あの記憶が蘇る。


「誰か――」


 体がガクガクと震えるのは、決して麻痺だけが原因ではない。

 幼い頃に植えつけられた悪夢の記憶が呼び起こされて、フレアの心を締め付ける。


 "汚染"の悪夢がどれほど辛いものかをフレアは知っており、そして気が狂うことすら加護持ちの自分には許されない。


 ゆえに恐怖は高まるばかり。


 怖い、怖い、怖いと。

 未だ齢十六の少女の胸には、その感情で埋め尽くされていく。


「大丈夫。次はもぉーっと素敵な夢を見せてあげる」

「――」

「あなた以外がみんな消えていくの。あなたの炎によって焼かれていく」

「や、め」

「みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな――あなたに殺されていくの」

「誰か……」


 手が、鼻先へと。

 眼前へと。

 頬に触れる間際に。


「誰か、助けてよぉ……ッ」


 涙に、触れる。


 その瞬間に。





「――うし。その願い、聞いたぞ」


 鈍い音が響いた。

 フレアへと伸ばされた魔女の手が、蹴り上げられたことによる音だ。


「――な」


 目を大きく見開くゾフィネス。

 蹴りつけられ、上へと弾かれる自身の腕を眺める。

 次いで、自分とフレアとの間に障害のように立ち塞がる少年の姿に目を移した。


 風に揺れる黒い髪は所々にクセが目立ち。

 漆黒の(まなこ)は真っ直ぐとゾフィネスの姿を視界に捉えており。

 纏う黒色の外套が、風に靡いている。


 ユウリ・グラール。

 かつて自分にそう名乗った少年の姿が、そこにあった。


「ユウ、リ?」

「おまたせフレア。助けに来たぞ」


 グルグルと腕を回す。

 やる気十分。これから喧嘩をおっ始めるぞ、とばかりの振る舞い。


「ちょい待っときな。すぐ終わらせるから」


 ユウリは手のひらに拳を打ち添えることにより、パンッと乾いた音を鳴らす。

 涙で目先が霞む銀の少女には、その背中がひたすら大きく見えた。




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