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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 後編
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復讐はかくして

 ――ここは?


 目が覚めると、そこはフレアの知らない建物の中であった。

 上半身を起こしてみる。その行為を終えて、ようやく先ほどまで自分が寝台の上で眠っていたことを理解した。


 周りを見渡すと木造の内装が目につく。白の塗料で簡素に塗られた室内はどこか淡白な印象が拭えない。


「ここは、どこ?」

「――ッ!?」


 声を発した瞬間、側でガタリと音がした。

 発信源へと目を向けると、そこには白衣を纏った女性が目を見開いて自分を見ている。


「あなた、今、言葉を……」

「……?」

「……えっと。自分の名前、言える?」

「うん。フレアだよ」


 自分の名前はフレア。

 "加護持ち"であり、父と母とそれから兄と自分の四人家族。その母親から名付けられた名前である。

 物心ついた時からの情報の一部を、ただ彼女は口にしただけであった。


 けれど目の前の白衣の女性は明らかに驚愕を隠しきれないとばかりの顔色を浮かべる。


「"汚染"を受けて、感情が残っているなんて……」

「――?」

「すぐに待ってて。今からあなたに会いたいって人がいるの」


 女性はそれだけを言うと、パタパタと駆け足で部屋から出て行った。


 それからしばしの時が経ち。

 女性と入れ替わるように、一人の男が室内へと足を踏み入れる。


「――君が例の村の生き残りか」


 声をかけてきたのは、腰に剣を携えた黄金の髪色を持つ騎士であった。

 幼いフレアでも騎士とわかる理由は、王宮騎士団の証である蒼色の鎧を身につけていたから。

 全身を覆うというよりは体の一部一部を守るように当てがわれた、比較的身軽さを重視されたプレートアーマ。胸の部分には、濃い蒼色の翼の形をした印が刻まれている。


「君はどうしてここにいるのか、わかるか?」


 煌びやかな印象を受ける騎士の碧眼が、フレアへと向けられた。

 穏やかながらも力強い視線である。

 彼のそれを受けて、フレアはしばし考える。

 記憶の引っ掛かりを覚えて、そこでフレアは混乱した。


「……あんまり、思い出せない」

「――すまない。無理に思い出させることは君にとっても苦難なことだった。今はゆっくりと休むといい」


 ふと、騎士から手拭いを渡される。


「今の自分の状態を少し省みるといいだろう。顔色も、体の状態も、決していいとは言い難い」


 言われて初めて、フレアは自身の状態に目を向けた。


 額からは滝のように汗が流れており、身体中が汗に蝕まれてベッタリと服が張り付いている。

 目から、口から、鼻からは自身の体液を垂れ流しにしている状態で、体全体が冷水をかけられたように冷たい。

 なによりガクガクと体が震えている。目の前に掲げた手のひらが、地震にでもあっているかのように揺れ続けて、一向に止まる様子がなかった。


「……無理もない。"汚染"を受けて、まともに受け答えができるだけの理性が残っていること自体が奇跡なんだ。今はゆっくりと休むといい」


「また出直すとしよう」と。

 騎士は踵を返して立ち去ろうとする。

 ゆらゆらとどこに焦点を当てていいのかわからないまま、けれどフレアは視線を無理してでも騎士の背中へと当てた。


「おじさんは、誰?」

「僕の名はレオナール・ワード。蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)の副隊長を務める者だ」


 レオナール・ワードと、騎士は名乗った。

 三十代という若さで"剣皇"の称号を得て、後に蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)の総隊長にまで登る男との邂逅だった。



 ★


 そして、日は暮れて時間は深夜に移る。


 その時、フレアは思い出した。

 村に突如として現れたゾフィネスのこと。

 途中で白き魔女に触れられた瞬間に気を失ったこと。

 今まで見せ続けられてきた、悪夢のこと。


「ァ――――――ッ!!!」


 夜、フレアは叫んだ。

 叫び続けた。



 ★


 夜が明けて次の日となり。

 全てを思い出した彼女のもとへと、レオナールが再度訪れた。

 彼によると、辺境の地にあるフレアの故郷は絶滅したらしい。


「君を残して、全ての者が息絶えていたよ」


 この言葉を聞いてフレアがどれだけの絶望に飲まれたか。それは彼女自身にしか理解できないことだろう。

 ずっと平穏な毎日を送っていた。これからもずっと、それが続くものだと疑うことをしなかった。


 しかし現実は非情である。

 彼女に優しく話しかけてくれた村の者達は、もう誰もいないと目の前の騎士は語る。


「多くはナイフによる出血死。残り少ない生存者も、君以外は"汚染"によって発狂死や衰弱死した」

「――」

「子供の君には、それがどういうことを意味しているかわからないだろう。僕の気配り不足だな。だけど、逆に知らない方がいいことかもしれない」


 虚ろな目のまま、フレアは騎士を見つめた。


「お父さんは?」

「もういない」

「お母さんは?」

「もういない」

「お兄ちゃんは?」

「――もう、いない」


 宝石のように輝く彼女のひとみ。

 奥から漏れる光が、曇っていく。


「どうして?」

「君の父と母は、亡くなった。兄に関しては探し切ることができなかった」

「フレアは、ずっとお兄ちゃんといたよ?」

「君を見つけた場所は、森の奥にある洞窟の中だった。近くには誰もいなかったんだ」


 彼の言葉に、フレアは黙り込んだ。


「話を戻そう。君が助かったのは、おそらく"加護持ち"ゆえの魔力抵抗力の高さからだと思われる――ああ、これも子供の君には難しいか。どうも僕は説明が苦手なんだ。すまないね」

「――」

「ともかく、汚染から逃れられたことは本当に奇跡といって差し支えない。僕も彼女絡みの事件で何人も汚染者を見てきたが、無事に助かった例は君で三人目だ」

「汚染……?」


 蒼白とした顔色のまま首を傾げる。

 未だ幼いフレアの脳では、レオナールから教えられた情報の半分も処理できていない。

 彼の言葉の中には多くの知らない単語がある。


 中でも特に気になるのは、"汚染"という言葉。


「君は今日まで酷い悪夢を見ていただろう? 汚染とはその悪夢を見せられることだ」

「――ッ」


 息を呑んだ。

 思い出せる悪夢の内容は加護持ちゆえに魔力抵抗力の高いフレアをして、心の中に深くトラウマとして刻まれるものであったから。

 幾度となく、幾度となく。彼女の心は折れそうになった。

 今でもどうして自分があれを耐え切れたのか、わからないほどである。


「君は汚染を受けて今日まで一週間も悪夢を見せ続けられてきた。常人なら、絶対に耐えきることのできない悪夢を」

「――」

「ある意味では、君が加護持ちであることは幸いだったのだろう。だからこそ今こうして、考え、話すことができるのだから」


 レオナールの言葉に、視線を上げた。

 ここまでの話を聞いて一つほど、疑問が生じたからである。


「……どうして、どうしてみんないなくなっちゃったの?」

「――」

「どうしてあの女の人は、フレアの村に来たの?」


 襲われる理由がわからなかった。

 どうして自分がこのような絶望を味わなければならなかったのか。


 答えを、レオナールは知っていた。


「奴が、災厄のようなものだからさ」

「さい……やく……?」

「おそらく理由なんてないのだろう。あの女は訪れた街や村を絶望に陥れる。そうすることによって快感を得て、自らの娯楽としている。まさに、災厄とも言える存在だ」


 理由なんてないのだろう。

 至極真面目な表情のまま、彼から告げられた。


「お父さんは、理由なく殺されたの?」

「そうだろうな」

「お母さんは、理由なく殺されたの?」

「そうだろうな」

「お兄ちゃんは、理由なく殺されたの?」

「――そうだろうな」


 静寂が降りる。


「――あ、ははは」


 フレアは笑った。

 笑うしかなかった。

 自分のささやかな幸せの一時。穏やかな生活。家族同然の村人達。

 全てが理由なく奪われたと言うのなら。


「あは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 壊れたように。

 瞳に狂気を宿して。

 幼き少女は笑い、嗤い続ける。


 そして、誓った。


「――復讐してやる」


 この日、この時。

 本当の意味で、フレアという加護持ちは生まれたのかもしれない。



 ★


 まずは魔力の扱い方を学んだ。

 本を読み、他者を頼り。

 時には危険な行為にまで走り。

 手段は選ばなかった。


 幸いにして、レオナールの贔屓もありその街のとある宿の一室を貸し与えてくれるよう取り計らってくれた。

 宿の人達はとても穏やかな人達であったから、フレアの世話まで焼いてくれる。けれど、彼女から他人へと関わることはしなかった。


 幼いという理由で、手っ取り早く金銭を得ることのできる傭兵ギルドを利用することはレオナールが許さなかった。なので傭兵ギルドの仲介なく、独力で魔獣を狩り始めた。


 得た魔獣の素材は、金銭と交換してくれる裏の者と取引をする手段を知り、それを利用し始める。もちろん最初は踏み倒されたり、騙されたりなどが多かった。子供だからと舐められることがほとんどであった。


 しかし加護持ちの力を利用する方法を学んでからは、それも無くなっていった。


 力を蓄え、知識を学び。

 数年の時が経った。


「――手紙?」


 ある日のこと。

 フレアの借りている宿の一室に、一枚の手紙が届く。

 差出人はメイラス・フォードという者からだ。


「――」


 手紙の内容に目を走らせる。

 要約すると、大陸最大規模を誇るルグエニア王立学園への入学推薦であった。


「学園、ね」


 今更学園などに赴いて、学ぶことなどあるのか。そのような考えにも至るが、しかし一つ落ち着いて思考を回す。

 かの学園はそれこそ多くの英傑を輩出している学び舎だ。そんじょそこらの学び舎とはレベルも格式も違う。


 ならば、行く価値もあるのではないかと。


「決めた」


 そもそも、まだ足りない。

 こんなものではあの女を殺すことなどできない。


 力への渇望が、フレアを動かす。


「私は、学園に行く」


 入学式はこの日より一カ月後。

 すぐさま出発の準備を整えて、世話になった宿を飛び出し。


 そこで、フレアはユウリ・グラールと出会うことになる。



 ★


 始まりは唐突な出会いだった。


 魔獣がどこからともなく襲ってくる可能性がゼロでない街道の最中で、黒髪を携えたユウリ・グラールという少年は空腹に悩まされていた。


「――あー……。死ぬ」


 今思えば、バカバカしいの一言に尽きる。

 魔獣との戦闘時、どこかで食糧を落としたのだとか。

 余りにもバカバカしい為か、フレアは気紛れに干し肉を一つ差し出す。




 なぜか懐かれた。




「飯の恩は忘れない。俺のポリシー」


 最初こそ、彼との縁はここまでだと思っていた。しかし、どうやら彼も学園入学者のようだ。

 運命の悪戯にも被害を受けて、フレアはユウリと同じ獅子組に配属されることとなる。


 それからの彼は、事あるごとに自分に絡んできた。なぜそうまでして自分に関わろうとするのか、理解できない。飯の恩と彼は言っていたが、それだけではないようにも思える。


 けれど、一番の疑問は自分自身が彼を拒絶できない点だ。

 他人と関わることを良しとしないフレアは、これまで滅多に会話することすらしなかった。

 また失うことを、心の奥底で恐怖したから。


 しかしユウリ・グラールという少年にだけは、その限りではない。


 最初こそ理解できなかったが、入学してから早々に起きた"暴れ牛"事件と"再生者"による襲撃事件を経て、フレアは悟る。


 彼はどこか、兄に似ているのだと。


 容姿は全く違う。

 性格も違う。

 けれど、彼を見ていると背後に必ず兄が見える。

 お人好しだからだろうか。立ち振る舞いが似ているのだろうか。


 否。それもあるが、もっと根本的な部分で。

 まるでユウリ・グラールが――兄のような存在を目標としているかのように感じる。


 だから、彼から目を離すことができなかった。

 彼を見ていると、まるで兄が帰ってくるかもしれないと思わせられるから。そしてそう思う度に、自己嫌悪に陥る。


 そのユウリ・グラールの存在が、ゆらりと揺れ始めたのが、"再生者"との相対を終えた直後のことであった。



 ★


 今まで、妙な自信を己に纏っていたユウリ・グラール。それが襲撃事件が終わった瞬間から、どんどんと剥がれ落ちていく。


 自身の闇を隠していた虚勢が、どんどんと取れ始めて。

 自身の中に眠っていた負の感情が、どんどんと漏れ始めて。


 けれど、彼は足掻いていた。

 欠陥魔術師である自分をどうにかしようと、足掻いていた。


 そんなある日、学園側が実地研修を行うこととなる。


 そこでユウリとフレアの二人は出会った。

 オルカとマリー。

 新人傭兵と加護持ちの兄妹と。


 二人の境遇は自分の昔とは違っていたけれど、しかし兄と妹というその関係性が非常に似通っていた。


 一緒に日々を過ごし、日々を生きて、未来を見据えて。

 自分にはできなかった光景である。だからこそ、二人の平穏な時間がいつまでも続けばいいとフレアは思った。


 ユウリとてそれは同じであろう。


 彼ら二人と会話をしているユウリは、ボロボロと剥がれ落ちていく感情を包む殻を、その中身ごと癒しているようにも見えた。


 このままいけば、ユウリの中にある兄の影がまた形作っていかれるかもしれない。


 そのような淡い期待をしていた。




 ――次の日、ゾフィネスによってレガナントが崩壊されるなんてことは、この時フレアは想像すらしていなかった。



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