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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 後編
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反撃の狼煙

 出発はすぐだった。

 スイによって用意された荷を背負った五人は、そのままレガナントへと通ずる洞窟を潜り抜ける。もちろんその洞窟は通行不可の扱いを受けていたのだが、そこはA級傭兵であるエミリーが事情を話せばすんなりと通ることができた。


「そういえば、よくフレアはこの洞窟を通ることができたよなぁ」


 薄暗い洞窟の中、呑気な口調でそのようなことを宣うユウリ。

 しかしその足には魔力による身体強化がかけられており、また魔波動を発動する際の反動を利用したその速度は並大抵のそれではなかった。


「どういう意味ですか?」

「だって俺逹でさえさっき衛兵の人に止められたじゃん。フレアだって止められたんじゃないかなーっと」

「ああ。フレアさんは実力行使で突破しましたよ。加護持ちならあの程度、造作もないことでしょう」

「あー……」


 スイの言葉に何かを言う前に納得してしまった。確かに彼女ならば、いざとなれば実力行使も止むなしと言いそうだ。何より厄介なのは、その実力が彼女にしっかりと備わっていることとも言える。


「全く。加護持ちというものは厄介なものだね」


 マリウスもユウリ達の言葉に耳を傾けていたのか、苦笑を溢した。


「尋常じゃない魔力と魔力抵抗力。何より恐ろしいのは、魔術式が刻印として体に刻まれているゆえに自分の持つ系統に関しては魔術式の構築を一々必要としない。よくよく考えれば、存在自体が兵器のようなものさ」

「だけどよぉ。もっと驚くのは、それをあの歳で使いこなすフレアの技量でもあんだろ?」


 走りながら。

 エミリーもまた、この先に進んでいるであろう加護持ちについての己の評価を口にした。


「俺はそんなにあいつの戦闘を見てないけどな。マリウス、そこんところはどうなんだ?」

「――確かに、あの魔力量に振り回されない彼女の技量は末恐ろしいものだ。おそらく幼少の頃から、かなりの修練を積んでいるんだろうね」


 エミリーよりも近くで彼女の戦闘を見てきたマリウスは、自身の記憶を辿る。そして彼女の実力を目の当たりにした光景を脳裏に描いては、視線を細めた。


 加護持ちというのは、強大な力を持つ。

 圧倒的な魔力総量と強靭な魔力抵抗力。そして生まれた時から体に刻印されている魔術式。


 しかしそれらを完全に手中とし、使いこなすことは酷く難しい。そのことに関しては、この場にいる五人全員が予想できることであった。


 だとするなら。


(フレアは、どれだけ)


 どれだけの努力を積み重ねて来たのか。

 それを思うと、ユウリの視線がすぅっと鋭くなる。

 蒼炎を携えた白銀の少女。その奥で嗤う白い魔女の姿が、容易に伺えた。


「どうした、ユウリ?」


 レオンがこちらに視線を送ってきた。

 どこかユウリを気遣うような、そんな目。

 これにユウリは鋭くさせた視線を緩める。


「いーや、何もないよ」


 ここはまだ戦場ではない。

 自身の思いをぶつける時。それは敵と相対した時だ。その時こそ、自身の奥底から湧き上がるマグマのような感情を、静かに噴出させる。


 だから。


「ただ――やる気は出てきた」

「――」


 拳を強く握った。

 地面を強く蹴った。

 息遣いは小刻みに行い、ユウリは洞窟を駆け抜ける。


 暗い、薄暗いその先に見える光。

 そこを目指して、目指して、目指して。


 そして――。


「――着いたぞ」


 山中都市レガナントへと、辿り着いた。



 ★


「――」


 山中都市レガナント。

 そこは先日までユウリ達が滞在していた都市であり、非常に風情のある趣深い場所であった。

 けれど五人が都市を一望した時、そこから見える景色は先日までのそれとは比べものにならないほど変貌している。


 崩壊した建物。

 瓦礫の山。

 荒らされ、ヒビ割れた地面。


 レガナントの名物ともされる監視塔も、今は倒壊している。

 そして代わりというわけではないが、都市の奥に聳え立つように存在する四足歩行の巨大な岩の塊が、のっしりと構えていた。


「こいつは、酷ぇーな」


 灰色の空の下で、エミリーはポツリと漏らす。峠の上から見た景色だけでも地獄と形容するに相応しい状態だ。そんな街の中に今から突入する。


 武者震いか、恐怖か。

 ユウリの隣に立つレオンは、少しばかり身体を震わせた。


「とりあえず降りるとしよう。絶対に固まって、それぞれ離れないように」


 マリウスの言葉にそれぞれが頷いた。

 そしてそのまま五人は列となって、峠を下り始める。


 五人は前衛に二人、中衛に一人、真ん中に二人が並走する形で陣形を組んだ。これはマリウスがここに辿り着く前に指示していた動きでもある。


 前衛二人は、ユウリとエミリー。俊敏な動きをこなす事のできるユウリと強大な力を振るう事のできるエミリー。この二人が出会い頭の魔獣を相手にし、なおかつ前衛として後ろに注意がいかないように立ち回る。

 後衛二人は、スイとレオン。魔術を扱える二人は後衛としてユウリ達前衛が立ち回りやすいように魔術によるサポートを主な動きとする。

 そして中衛として真ん中を走るのはマリウスだ。彼はどちらにも指示を飛ばせるように中央を陣取り、かつ前衛の補佐や遊撃手としての役割を担う。


「手分けして探した方がいいのでは?」


 陣形を組んだまま峠を下る際、レオンがそう口にした。

 ユウリも確かに彼の意見には賛同したいところであった。なぜなら、このまま一塊となってフレアを探したところで効率が非常に悪いからだ。

 しかしマリウスはそれに対して首を横に振る。


「確かに手分けした方が彼女を見つけられる可能性は高くなる。けどね、その分危険は倍以上に増すんだ」


「あれを見なよ」と、マリウスは今まさにユウリ達が向かう場所の、その先を顎で指す。


「レガナントの中は、もう魔獣の巣窟とさえ言えるほど魔獣が犇いている。その中をただでさえ少ない僕らが分担して探すことになればどうなるか、想像できるよね?」

「――」


 言葉に、レオンは思わず息を呑んだ。

 いつもは快活に笑うエミリーも気を引き締めたような表現を晒し、ユウリとスイもまた表情を固くする。


 今から向かう場所は危険であるということを、再三に渡って思い知らされた。そのような雰囲気を五人が覆わせる。


「――どうやら、来たみたいだぜ」


 そんな時を見計らってのことだろうか。

 左右を森に覆われた、山中都市へと通じる道を真っ直ぐと行くユウリ達。

 レガナントの入り口へと近付いていく彼らの前に現れたのは――三匹の魔獣であった。


 魔獣の名はベーグルス。

 四足歩行の巨躯は人の二、三倍はあろうかというほどの大きさで、頭の上に伸びる一本の大きな螺旋状の角が特徴とされる。

 皮膚は硬い鱗で覆われており、半端な刃物では傷一つ付けることが叶わない。


 傭兵ギルドの間では危険度C級に相当される、レガナントの東側の山奥に生息している魔獣であった。


「ベーグルスが三体……」


 スイが舌打ちでもしたそうに、視線を細める。本来なら山奥に潜むこの魔獣が、このような場所で立ち塞がっているという意味を理解したからだ。


 しかし。

 あくまでそれだけ。


「突破するぞ」


 エミリーが言った。

 次の瞬間には、三体の内の一番右側に位置していたベーグルスが衝撃と共にその場で頭蓋を叩き割られ、潰された。


「左は僕が」


 カチャリ、と音がする。

 同時に今度は左側のベーグルスの体が中心を起点に左右へと別れた。

 マリウスが言葉を発した一秒後には、彼が魔獣の側を駆け抜けると同時にベーグルスの体が真っ二つとなる。


 最後に残ったのは、真ん中に佇んでいたベーグルスただ一匹。


 しかし。


 それも。


 ――ドォンッ!!


 そのようなけたたましい轟音と共に、宙高くへと飛ばされた。


 豪快な音と共に、肌を覆っていた筈の鱗が砕け散る。

 半端な刃物では傷一つつかない。そのように形容されて恐れられていた魔獣の頑強な鎧が粉々に粉砕され、見るも無残に魔獣は空高くへと打ち上げられた。


「……ッ。なるほど、こうなるのか」


 それを行ったのは、顔を歪ませながら振り上げた右腕を逆の手で抑えるユウリ。

 痛みが走る右側を摩りながら、しかしその顔にはどこか悪戯に成功したかのような笑みが溢れていた。


 遠くから鈍い音がする。

 先ほど打ち上げられたベーグルスがどこか遠くの地面へと落下した際の衝撃音だろう。

 その音が響くと同時に、ここにいる全員が戦闘の終了を理解した。


「――ユウリ。今のは何だ?」


 腕をぷらぷらと振るユウリのもとへと、小走りで駆けてくるのはレオンである。その顔には先ほどの攻防の際に何があったのかを問い詰めたいとばかりの顔がありありと見えた。


「……私も気になります。正直、エミリーさんとマリウス先生の方に意識が向いてしまい、あなたの方まで見れていなかったのですが」

「俺もだ。一匹仕留めたと思えば、なにやらものすんげぇ音がするんだぜ? 流石に驚いた」

「僕もだよ。少しばかり目の前の敵に集中し過ぎていた」


 スイもまた、何が起きたのかを尋ねるように歩み寄ってきた。そして、それについてはエミリーとマリウスも同様らしい。

 一様に先の戦闘、その一部始終をその視界に収めることができなかったようだ。


 それらの疑問の目に、しかしユウリは。


「ちょっと秘密兵器を」


 片目を瞑って、悪戯げな笑みを浮かべるばかりであった。


「秘密兵器?」

「そそ。レガナントに着くまでの間に少し考えててさ。それを実戦で試してみたってところ」


 笑みを絶やさず、しかし「でも」と続ける。


「完全な成功、とばかりはいかなかったみたい」

「――まだ、概要はわからないが。しかしその件は帰ってまた君に聞こう」

「そうですね。次の魔獣が来ましたよ」


 腕を振りつつ苦笑を溢すユウリ。しかしスイの言葉にすぐさま表情を引き締めて、前へと視線を向けた。


 第二陣とも言うべきか。

 今度はワイルドックの群れに囲まれた。


「――次から次へと魔獣が現れやがる」


 好戦的な笑みを見せつけるエミリーは、先ほどベーグルスへと叩きつけた自分の大剣を上段に構える。

 横にいたマリウスも同様に剣先を魔獣達へと向けて、レオンは自らの剣を抜き去り、とスイは己の両の手に水流両刀(ウォータ・クルセイド)を発現させた。


 それぞれが戦闘体勢へと移行する。

 そんな中で、しかしユウリの視線の先はワイルドックの遥か先にどっしりと構えている、巨大な岩竜へと向けられていた。


「先生。エミリーさん」

「――」

「ありゃー、来るな」


 マリウスは明らかに表情を歪ませて、エミリーは呆れたように溜息を溢す。その時になって、レオンとスイの両者もまた状況の変化に気付いた。


 遠くにいる岩竜の視線が、真っ直ぐとこちらに向いている。

 殺気が迸るその視線の意味するものは何かを、ここにいる誰もが正確に把握した。


 ガルベグルスの――岩砲弾。


 巨大な口を開いて、体内で生産された岩石を勢いよく魔獣は吐き出す。

 岩石の大きさは五人を辺り一帯ごと丸々飲み込めるほどの大きさであり、速度は大砲と同等のものであった。


「全員、退避しろ!」


 エミリーの叱咤が響く。

 けれど、皆それぞれが彼女の言葉を待つ前にすでに行動を開始していた。


「でっかいな……」


 その中には当然ユウリも含まれる。

 一番最初にガルベグルスからの不穏な空気を読み取ったユウリは、やや余裕を保ちながらも迫り来る巨大な物体に思わず冷や汗を流した。


 呟きに、やや遅れるタイミングで。


 先ほどまでユウリ達が立っていたその場所に、岩砲弾が着弾した。


「――ッ」

「なんて威力だ」


 地面が揺れる。

 まるで大地震でも起きたかのような振動が大地を伝って、あたり周辺に響いていった。

 着弾地点を見ると、ユウリ達の前を阻んでいたワイルドックの群れは岩砲弾に潰されている。運良く潰されずに済んだ魔獣も、着弾と同時に起きた風圧により吹き飛ばされていた。


「呑気に話してる暇、ねーかもだぜ?」

「完全に殺気の矛先が僕らに向かって来ているね」


 岩砲弾を発射され、それを躱す。

 その事実がどうやら目の前の魔獣のお気に召さなかったらしい。

 ユウリ達を完全に排除するべき敵として認識したようで、小山のような体をのっしりと動かしながら、真っ直ぐとこちらに向かって進み始めた。


「近付いて来てわかりますが、やはり巨大ですね」

「というか、大き過ぎないか?」


 悪夢のような光景にスイは呆れたような表情で肩を竦めて、レオンは引き攣った笑みを浮かべる。

 エミリーとマリウスはそれぞれの得物を構えて敵に鋭い視線を飛ばしていた。


 そしてユウリは、己の手のひらにパンッと拳を打ち揃える。


「――行くぞ」


 岩竜の殺気に当てられて、他の魔獣の気配が離れていく。それが五人には察知できた。

 ゆえに何も立ち塞がるものがなくなった前方へと進む。


 目指すはフレアのもと。

 その前には、まずは岩竜をどうにかしなくてはならないだろう。


「来るぞ――二発目だ」


 エミリーの言葉に皆が視線を岩竜の口元へと送る。

 巨大な口は先と全く同じように開けられ、そして魔力が流れていった。もちろんそこからの行程を、この場の誰もが知っている。


 まるで小隕石のような巨大な岩が、勢い良く吐き出された。



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