メンバー選出
「――よーし。どうやら話は纏まったようだな」
ユウリがレオンと共に、もう一度レガナントへと赴くことを決意した瞬間のことだった。
いつからそこにいたのか。
物陰からエミリーとマリウスの二人がその姿を見せる。
「エミリーさんに先生。いたんですか」
「まあな。どういう展開になるかと期待したんだが、中々面白そうなことになってるじゃねえか」
「面白そうなことって言えるのか、これは。僕からしてみれば、頭が痛くなってくるもんだよ」
そう言って、強気な笑みを彼女は晒す。
対照的に、マリウスの方は酷く疲れたような顔をしていた。
「やっぱ、先生的には反対?」
「当たり前だろう。どこの教師が生徒を死地どころか、地獄に追いやろうとするんだ。これから行く場所は、戦場という言葉も生易しいほど危険なところだということは自覚しているのかい?」
「もちろん」
マリウスの言葉にあっけらかんと返す。
先ほどまでの感情の全てを表に出していたユウリは、すでにそこにはいなかった。
しかし、覚悟と不安と決意。それらが入り混じった、酷く等身大の少年の顔が表へと曝け出されているように感じられる。
今までのユウリを見てきたマリウスの感想だ。
「レオン君も、覚悟は?」
「出来ています。先生がなんと言おうと、僕はもう己の中の剣に誓いました――ステラを救うと」
一方、レオンの方もユウリと同じく覚悟を固めていた。
あの飄々としており、自分というものをあまり表に出さなかったユウリを説得した彼だ。むしろユウリ・グラールよりもこの問いを尋ねることは愚問であろう。
「――それで、エミリーは付いて行くんだろう?」
「当たり前だぜ。こんな楽しそうなこと、生きてきた中でも滅多にねぇーことだしよぉ」
「となると、だ。僕も付いて行く方がいいだろうね」
「……先生、止めないんすね」
自分も付いて行く、と。
眼鏡をスッと上げる教師の言葉に、ユウリは意外そうに目を丸くした。
ユウリからすると、最悪の場合は力づくでも確実に止められると思っていたからだ。
「本当なら止めたいところなんだけどね。"加護持ち"であるフレア君を連れ戻すことは結局やらなければならないことだ。なら、少しでも戦力は増やしておいた方がいい」
「戦力、ね」
「ああ。レガナントの中はかなりの数の魔獣が未だ暴れていることが予想される。となると、現実的に考えるなら君達の力は必要だ」
「教師というよりは、傭兵として君達に助力を願いたい」と、マリウスはそのように続けた。
「もちろん、あくまで目的はフレア君を連れ戻すこと。魔獣の殲滅や"汚染"の討伐などではないことはしっかりと頭の中に置いておくように」
「しかし、それでは……ッ」
ステラを救うためにはゾフィネスを倒さなければならない。けれど、あくまで目的はフレアの救出であり、ゾフィネスの相手は極力避けることをマリウスは言葉にした。
ゆえにレオンは自らの学園の教師に言い縋ろうと声を出す。
しかし。
「確かに"汚染者"であるステラ君を助けることが君の目的なのだろう、レオン君。だけど、僕の中でも優先順位は付けさせてもらう」
マリウスの返しにレオンは口を噤んだ。
教師が自分達に同行する理由は生徒であるフレアのためである。それを頭の中ではわかっているからこそ、レオンはそれ以上言葉にすることはしなかった。
「……ッ」
「レオン。落ち着け」
「だが」
「俺はわかってる。目的はフレアの救出だけじゃない。ステラも、マリーも。みんなで明日を迎えるぞ」
「――」
だからこそ。
確認の意味を込めて、ユウリはレオンに視線を送る。
静かに、マリウスとエミリーには聞こえないほどの声で放たれたその言葉にレオンは目を丸くした。
「……巻き込む形になって済まないな」
「気にすんなって。むしろ――礼を言わないといけないのはこっちだよ」
自分のやりたいこと。
目指したいこと。
その気持ちの、感情の先が全て鮮明にユウリの前に映し出される。
簡単なことだったのだ。
諦めたくないその気持ちに従って、できないと決めつける前に足だけでも踏み出すことは。
それまでユウリが抱えていた魔導社会に適合できないという闇の中で、迷いながらも進めてきたのだから。
「俺逹の目的はフレア救出と"汚染"討伐。これは譲れない。そうだろ?」
「そうだな。僕らなら、きっとできる」
フッと微笑みながら、レオンは肩を竦める。
きっと、と言えるほどの自信がないことは彼の様子を見てもわかる。
相手は災厄にさえ例えられる危険人物であり、たかだか一学生が間違っても相手にできるものではない。
けれど。
(やるんだ)
できない、ではない。
できる、でもない。
やるのだ。そのための足を動かすのだ。
今は可能性の有無というものを逐一考えている余裕すらないことは、ステラやマリーの状態を見ても明白。
ならば今動かなければ、必ず後悔する。
「それで、出発はいつにするんですか」
憂いを断つ、というわけでもないが。
ユウリは早々に出発をした方がいいだろうという意味を込めた視線と共に、決行はいつにするのかをマリウスに尋ねた。
「そうだね。できれば明日の数刻後にはすでに出発している状態が好ましい」
「ほうほう。随分と早いじゃねーかよ、マリウス」
答えは眼鏡を人差し指で上げなから返された。その内容が少々意外だったのか、少しばかりエミリーが驚いた顔を浮かべる。
「できればゾフィネスとフレア君が接触する前に事を終わらせたい。"加護持ち"の彼女のことだから、大抵の魔獣には引けを取らないだろうけれど、流石に"汚染"と相対してどこまで長く戦闘を続けられるかはわからないからね」
「なるほど、すね。俺としても早い方がありがたいから、今からでもいいくらいですけど」
肩を回していつでも行けることを主張する。
もちろん、本当にそうなるとは思ってないがゆえの、一種の冗談の類であった。
「お。ならこのまま向かってしまおうか」
「へ?」
だからこそこの返しにはユウリも思わず気の抜けた声を出してしまった。
「――お待たせしました。荷物を取って来ましたよ」
ユウリが間抜けな声を上げた、その次の瞬間のことだった。
その場にいる四人の声とはまた違った、別の声が耳に届く。そしてユウリ達はその声の持ち主を知っていた。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ、この程度のことなら大したものではないですが」
スイ・キアルカ。
ルグエニア学園の生徒にして学園総会本部員の肩書きを持つ少女。その証拠として、彼女の胸の部分に施されている赤い獅子の刺繍が、雄叫びでも上げているかのように凛々しい顔を晒している。
その彼女は何やら多くの荷を抱えてこちらにやってきた。
その荷の数からして、ちょうどこの場の人数分が用意されているように思われる。
「――それで、この荷は何に使われるのか説明を頂いてもよろしいでしょうか?」
「そういえばスイ君には説明してなかったね。今からここにいる五人でレガナントに赴こうと思う」
「――は?」
先ほどのユウリと同様、目を丸くして信じられない言葉でも聞いたかのような表情をスイは浮かべた。
まるで何を言っているのかわからないとばかりのその顔に、マリウスは少しだけ首を傾ける。
「だから、今からレガナントに向かうのさ。"汚染"を追ったであろう、フレア君を連れ戻すためにね」
「すいません先生。別に聞こえなかったわけではなく、単純に意味がわからなかったのですが……。どうしてそのようなことに?」
どうやら何も説明を受けてはおらず、今ここで状況の全てを知らされたようだ。
そういえば、フレアがレガナントに向かった可能性まではスイも知ってこそいるが、先ほどまでのユウリ達の会話と、レガナントへと向かうことになった旨については彼女は知らないはずだ。
いきなり聞かされるとまあこうなるよなぁ、と。ユウリは少しばかりの同情を含んだ視線で、苦笑を彼女へと送った。
「――事情はわかりました」
マリウスからの説明を受けたスイは、一応のことながら頷きだけは示す。けれど彼女の様子からして、理解こそしたが納得はしていないという心情がありありと見えた。
「しかし先生。ならばもう少しほど、人手を増やした方がよろしいのではないでしょうか。流石にこの人数では……」
「この人数だからこそ、だよ。これ以上人手を増やすなら、準備に時間がかかってしまう。まだ出発したばかりのはずの今だからこそ、まだ連れ戻せる可能性が残ってるんだから」
「確かにそうですが……。私としては、特に生徒を連れて行く分には納得いきません」
スイの譲れない部分。
それはユウリ・グラール、及びレオン・ワードをこの作戦に同行させることに関してのものだった。
「私は学園総会から彼らの安全を預かってます。それを、わざわざ自分から危険な場所に赴かせるなど、できるはずもありません」
断固として、それだけはできない。そんな頑なな視線を教師に、傭兵に、そして自分の預かる生徒二人に向ける。
「――」
ユウリとて彼女の気持ちや心遣いは理解していた。
これから向かう場所の危険度、それを彼女はわかっているからこそ、自分達の同行を拒んでいる。
これはただの蛮勇なのだと。
彼女は心の中でそのように思っているのだろう。
「スイ先輩」
そしてユウリにもわかっている。
ただの蛮勇であることなど、ユウリにもわかっているのだ。
「それでも」
けれど。
ただの蛮勇であったとしても。
そこにフレアがいるから。
ステラが待っているから。
マリーの道の先を照らさなければならないから。
「それでも俺は行きます」
「右に同じく」
行かなければならない。
ユウリとレオン、それぞれがスイに真っ向から視線をぶつけた。
交錯するそれらが、彼らを結ぶ。
「本気ですか?」
「本気です。先輩が何と言おうと、俺は行く」
「死ぬことがわかっていても?」
「死ぬ可能性は確かに高いけど、確実じゃないっすよ」
「ではわかってませんね。本当に、あの場所は地獄となってる。死なないと言葉にできるあなたの自信が私にはわかりません」
「自信なんてないっすよ。だけど――やるんだ」
「――」
ユウリの思いが。
スイの思いが。
そしてそれらの覚悟が。
その瞳の奥底に燃え上がり、互いの目に光を灯す。
「――少し見ない間に、ほんの少しですが変わりましたね」
ポツリと、スイは呟いた。
「……はぁ。わかりました。先生の言葉に今は従います」
そして折れる。
ユウリとレオンの同行を先ほど拒んでいたにも関わらず、ユウリの視線の奥底に何かを感じ取ったのか、マリウスの言葉に肯定の意を示した。
「先輩」
「勘違いしないでください。危なくなればすぐにでも引き返しますから」
ツン、とそっぽを向く彼女。
けれどユウリとレオンは「よし!」と互いに目配せをする。
これで同行の許可は得られた。あとはやることは限られる。
「これで、本当の意味で話は纏まったようだね。ならば準備を済ませよう。といってもスイ君が準備を終わらせてくれているようだけどね」
「先生からの指示がありましたからね」
スイの苦し紛れの皮肉にと、マリウスはただ悪戯に笑うばかり。そんな彼の様子にスイは溜息を吐く。
その間にも彼らは荷を手に取った。
中に入っているのは最低限の食料と、その他の道具。
「道具の説明については道中で行う。でも、君らならある程度はわかると思うけどね」
「おうよ。何個かは見覚えあるから説明しなくてもわかるぜ」
「いやエミリー。君は現役の傭兵なんだからわかってないと逆におかしいんだけど」
呆れた顔のマリウスに、しかしエミリーは「細けぇことは気にすんなよ」と笑う。
今から向かう場所はかなりの危険を伴う所であるはずなのに、そのような危機感を感じられない二人の様子に、ユウリとレオンはそれぞれ顔を見合わせた。
そして互いはそれぞれ肩の力を抜く。
一人じゃない。
それだけで、なんとも頼もしい。
「――んじゃ、改めて」
頬をパンッと叩く。
気合を入れて。目指す場所は魔獣が犇めく山中都市レガナント。
フレア救出。そして密かに臨む"汚染"討伐。
それらを掲げて、ここに五人の精鋭が反撃の狼煙を上げた。




