示された方向性
「――ユウリ」
「どうした?」
「これは、なんだ?」
細長い木材をロープで束ね、それを運ぶ。
通常なら持ち運べないような重さのものでも、魔力を費やした身体強化よりそれを軽々と可能にすることが、現代の魔導社会では可能だ。その恩恵を存分に活かしつつ、ユウリとレオンの二人は木材を肩に、進む。
「なんだ、と言われても」
片方の肩に荷を背負いながら、もう片方の手で頬を掻いた。
「傭兵の仕事だけど」
「どこがだ!?」
レオンの悲痛な叫びはどこまでも響いた。
周囲で黙々と仕事をこなす他の人間が、ついついそちらに視線を向けてしまうほど。それを受けたユウリは僅かに肩を竦めて、けれど自分の仕事へと意識を向けた。
ユウリ達はラディーネから実地研修についての軽い説明を受けた後、さっそく依頼を受けることとなった。
依頼難易度E級。
内容はとある民家の建築の手伝い。
これも立派な傭兵の仕事なのである。
「――傭兵というものは、ですね」
時間が昼時を少し過ぎたというところで、休憩の時間へと移った。その際にユウリ達は一箇所に集まり食事を取っていたのだが、そこでスイがふと口を開いた。
「傭兵という通称でこの社会にまかり通っていますが、本来の仕事は何でも屋なのです。もちろん魔獣や盗賊を討伐することも仕事ですが、中にはこのような民家の建築、一日だけの話し相手、挙げ句の果てには猫探しなども行っています」
「僕の中の傭兵のイメージが崩れ去っていくのだが……」
スイの説明にげんなりした様子のレオン。救いを求めるようにユウリにも疑う様子の目を向けるも――。
「やぁー。先輩の言ってることは本当だぞ?」
「あはは」と呑気に笑うユウリに、あえなく撃沈するかの如くガックリと肩を落とした。
「じゃあユウリ君もこういった仕事を多くやるの?」
「流石にライセンスBを持ってる今はやらないけど、初めて傭兵登録してから半年くらいはこんな仕事ばかりだったな」
「へぇ。そうなんだ」
「もちろんE級の仕事はこういった便利屋扱いだけど、難易度D級以上の依頼からは普通に外に出る。危ない仕事もあるから、しっかり依頼内容を把握しとかないといけないんだ」
ユウリの言葉に、「へぇー」とステラは声を上げる。
「……でも。流石に明日もこんな仕事をさせられるなら、私は帰るわよ?」
ふと隣のフレアを見やれば、どうやらこの仕事の内容に関して満足のいっていない様子を隠すことなく見せている。
否。満足していないどころか、不満たらたらの表情だ。
そんな彼女に対して、ちっちと舌を打つ。
「甘い、甘いなフレア。傭兵というものは下積み時代が大切なんだ。例え依頼内容が猫探しでも、おじいちゃんの介護でも。挙げ句の果てには子供の遊び相手でも! 俺達はしっかりと依頼をこなさないといけない。信用が大切だかんね」
「ふぅん。あっそ」
熱く語りこそしたが、フレアの心には届かなかったようだ。まるで興味がないとばかりにそっぽを向かれた。
「安心してください。今日はあくまで様子見ですので、明日からはレガナントの外で活動しますよ」
苦笑いを浮かべながら、スイが助け舟を出してくれた。
その言葉に、肩を落としていたレオンと見当違いの方向に視線をやっていたフレアの両者の視線が集まる。
今回の依頼内容はE級ということで、一番楽な都市内で可能な仕事が主であった。けれど、D級に一度上がれば、そのな内容はレオンが当初想像していたものとそう大差は無くなる。
「なので今はこの目の前の仕事に全力を注いでください。この程度もこなせないようなら、傭兵業なんてこなせませんよ」
「スイ先輩、結構傭兵について詳しいんすね」
「当たり前です。一年前の実地研修では、私も傭兵志望で赴いたのですから」
「……意外ですね」
ユウリは思わず目を丸くした。
他の者も同様の仕草を取る。
対して、スイはどこか気恥ずかしそうに頬を少しばかり赤く染めた。
「別に、何を選ぶかは私の勝手でしょう?」
「やぁー。先輩のことだからてっきり騎士志望かと」
「……動機はそこのレオン・ワードと一緒です。将来騎士になるに当たって、傭兵との兼ね合いを考えなければと思ったのです」
つん、と不貞腐れたように顔を背ける。
「ともかく! 早く仕事を終わらせますよ。もうすぐ休憩の時間も終わるようですし」
言われて振り返ると、他の人間が数人ほど作業を再開し始めている姿が目に入った。それを目にしたユウリは、「よっこいせっ」と立ち上がる。
「んじゃ、ま。作業再開ってことで」
伸びをしながら仕事へと向かう。その後ろ姿を目にした他の三人も、また同じように作業へと移っていった。
★
無事に依頼を終えたユウリ達は、その場で現地解散の形を取った。ステラとレオンは何やら街の風景を見てみたいということで、散歩に。
フレアはふらっとどこかへ赴いた。その行き先はわからない。
「私はこれから、実働部の生徒、それと教師の方々と本日の報告を行わなければなりませんので」
スイもまた、そのような言葉を残して去っていった。
後に残るのはユウリただ一人。
今から山神の亭に帰ったところで、夕食までは少しばかり時間が空く。
さて、何をしようかと。うんうんと悩んでいたところで、ユウリはとある人物とバッタリ出くわした。
「お、ユウリじゃねえか!」
快活な声が響く。
背負う大剣と身に付ける軽装がどこか違和感を残しながらも様になっている傭兵。
"岩断ち"のエミリーであった。
「エミリーさん」
「よう。こんなところで会うたぁ、奇遇じゃねえか」
「奇遇も何も、レガナントまで来る時に一緒だったような」
「細かいこたぁいいんだよ」
がっはは、と。
まるで品のない、しかし不快さを感じない笑い声がユウリの耳に届いた。
「それよりも、だ。ユウリ、お前、今から暇か?」
「今から、ですか?」
確かに、暇と問われれば首を縦に頷く他はない。夕食の時間までは自由行動をしてもらっても構わないと、そう言われている。
「まあ」
「よし、なら俺の訓練に付き合え!」
「へ?」
しかしその内容に思わず気の抜けた返事を返してしまった。
ユウリは咄嗟に、目の前の女性を観察するように眺め見る。
色素の薄い灰色の髪と、ありふれたような茶の瞳。しかしその中には獰猛な彼女の本質が潜んでいるように感じられた。
背に存在する大剣は圧倒的な雰囲気をユウリへと向けている。あれで叩きつけられれば、ユウリとて確実に潰れるだろう。
まさしくA級傭兵の風格。それが彼女には備わっている。
「あ、はは。遠慮したいなぁ、なんて」
「おいおい。連れねぇこと言うなよ、な?」
後すざりする前に、ガシリと頭を掴まれた。
そのまま驚異の握力でギリギリと握り締められ、痛みから若干の涙を流す。
「エミリーさん。本当、痛いっす……ッ」
「なら俺のお願い、聞いてくれるよな?」
「わかった! わかりましたから! それ以上は頭蓋骨に損傷が……!」
「わかってくれたか」
にこやかな笑みを浮かべて、その手は離された。
解放されたユウリは、頭を抑えつつ涙目でエミリーを睨む。
「暴力で脅すとは。まるでマナフィアのようだ……」
「ああ、そういえばこの前マナフィアにあったぞ。お前のことについても色々と聞いた」
「エミリーさん、あいつと知り合いなの?」
「ああ。知り合い、というには縁が少しばかり深いけどな」
知った名前を目の前の女性が認知していたことに、少しばかりの驚きを含んだ目を向ける。
だが、考えれば確かに頷けた。
マナフィア・リベールは"金色の剣士"の異名で知られるA級傭兵である。同じくA級傭兵である彼女が、マナフィアのことを知っていても不思議ではない。
「そのマナフィアからお前のことをいくつか聞いた。体質についてもな」
「――」
「俺は言葉で語るのはちっと苦手だ。だから、これで語ろうぜ」
バシッと。
己の腕を叩くエミリーの仕草に、ユウリは彼女の意図を理解した。
そしてその意図を理解したからこそ、視線を鋭くしながら、浅く首を縦に振った。
★
「レガナントにもこういった場所はあるんすね」
「おうよ。こんだけ都市が広けりゃ、一つや二つはギルド側の管理で設置されてる」
エミリーの案内のもと、ユウリはレガナントの西部に建設された訓練場に訪れていた。
学園都市にあるものとは違い、ドーム状の建物の内部に広い空間が用意されている。
屋内の訓練場。その辺りを一通り眺め終わった後、ユウリはエミリーと対面する形を取って、距離を開いた。
「それで、細かいルールなんかは?」
「設けねぇ。どちらかが降参するか、倒れるまで。簡単だろ?」
「間違ってペシャンコ、なんてことにはならないっすよね?」
「当たり前だ。仮にもA級傭兵だぞ、俺は」
「それを聞いて――安心しましたッ!」
先制。
素早く踏み込み、エミリーの懐へと一直線に駆けた。
合図など待たない、完全なる奇襲の型。
相手がただの傭兵ならば、このユウリの瞬発力からなる速攻を前にして翻弄されるのみである。もしも上手く嵌れば、それだけで勝敗を決することもあるだろう。
けれど相手は、"岩断ち"。
「速いじゃねえかよ!」
「――ッ」
速いと口にはしつつ、完全にユウリの動きを目で捉えている。懐へと侵入したはずであったが、エミリーと視線が交錯した。
獰猛な視線がユウリの瞳の奥底を見据える。それはすなわち、逆に相手もユウリを射程圏内と見定めている証拠である。
嫌な感覚。
それを感じたユウリは更に加速してエミリーの側面へと回り込んだ。
直後に聞こえる、爆音。
「――あれは」
その瞬間が少しばかり視線に映ったユウリは、眉を寄せる。
爆音の正体は、エミリー大剣であった。
先ほどまでユウリが立っていた場所に、斬りつけるというよりは得物を叩きつけた。その結果が先ほどの衝撃音であろう。
地面は割れるというよりも粉砕しており、もしもあの場に何も知らずに立ち止まっていた時のことを考えるとゾッとさせる光景だ。
冷や汗が額を伝う。
「ペシャンコはないって話じゃないのか……ッ」
舌打ちをしつつも、エミリーの背後を取った。
瞬発力からなる素早い動きでの翻弄。敵に捉えられないようにひたすら動くユウリの常套手段。それをエミリーにも実践する。
背後を取ったユウリのやることはただ一つ。己の四肢をぶつける。それだけだ。
「取っ――」
「そう簡単に行くと思ったか?」
微笑。
獲物を見定め、舌舐めずりするような笑みを浮かべた彼女に。
背筋を凍らせたユウリは即座に後方へと跳んだ。
「……」
「なーるほどな。勘は鋭いじゃねえか」
「エミリーさん」
額に溢れる冷や汗を落とす。
しかし拭うことなく、ユウリは彼女の一挙一動を見逃さないように観察するばかりだ。
「今の、もしも下がらなかったらどうなってました?」
「そりゃ、お前が一番わかってるんじゃないのか?」
「――」
言葉に対して。
返答は、彼女へと一直線に駆け寄ることだった。
風と一体化したように速く。ユウリはエミリーへと肉薄する。
それを招き入れるように迎える"岩断ち"は、その口元を吊り上げていた。
「さあ来いよ!」
「言われなくても――」
ユウリの頭上から降ってくる大剣。
当たれば頭蓋をへし折られるどころでは済まない。おそらく、真っ二つだ。
それを紙一重で躱す。
身を反らすことで、鼻先に大剣の軌道が降り立つ。しかし当たらない。
「――そのつもりだっつの!」
そして即座に拳撃を打ち出した。
彼女へと襲いかかる、拳と言う名の大砲。
速度で言えばエミリーの大剣の振り下ろすそれより、遥かに速い。威力もそうだが、速度を重視した一撃が"岩断ち"へと迫る。
「――ちっ」
避ける、ということを諦めたためだろう。
腕に巻かれた籠手。それでユウリの一撃を素早く受け止めることにより、その攻勢を防いだ。
その際に、ピクリと眉を動かす。
「なるほど。大体わかったぜ」
「何がだ、よッ!!」
軽々の受け止められたことにユウリは驚愕しつつ、しかしそれで止まることなく胴を一文字に凪ぐ回し蹴りを撃つ。
流れるような連続した動きに、さしものエミリーも対応する動作を見せない。
取ったと。
ユウリはその時、確信した。
「――づッ!?」
けれど、確信は偽り。
彼女の横腹に強力無慈悲の一撃を叩き込むつもりであったが、逆に跳ね返されるようにユウリの放った右足は先ほどの回し蹴りと正反対の軌道を取った。
まるで、敵に直撃するその寸前でユウリの右足が何らかの衝撃により弾き飛ばされたようである。
その事実を認識した瞬間には、時すでに遅し。
ユウリの眼前に、巨大な大剣が迫っていた。
「――終わりだな」
ピタリ、と。
目前でその軌道は動きを止めた。
「――あ」
「あくまで模擬戦。この続きをやれば、それはもう殺し合いだぞ」
「そう、すか」
ぺたんと尻餅をつく。
眼前まで迫った大剣。それには確かに脅威が、殺意が芽生えていた。ゆえにユウリは死ぬ気で相手をしたのだが、まるで歯が立たない。
「やっぱ、強いですね」
「A級の中でも優秀な方だからな、俺は。お前も悪くない動きだったぜ」
手を差し出される。
その手をぼうっと見つめて、けれど我に返ったように掴んだ。
無理やり起こされる形で、ユウリは両足を地面につける。
「だが、幾つか課題点は残るな。それはお前自身、自覚してるのか?」
「――」
立たされて、しかしエミリーの問いに答えられない。
おぼろげながら自覚をしているつもりであったが、彼女との圧倒的な隔たりを前にすると何が課題点であるのかすらわからなくなる。
「まず、動きが単純だ。肉薄して回り込む。お前の場合は仕方ないんだろうが、パターンを増やすべきだな」
「それは、まあ」
「それと手札の少なさ。今回は魔波動を使ってなかったが、魔波動以外にも持ち技が欲しいってところか」
「確かにそうですね。防御手段と不意打ち用の技だけですし」
「だが一番の欠点は――決め手だ」
「――」
言われて、目を見開いた。
「決め、手?」
「ああ。さっきの拳撃、悪くはなかった。蹴りの威力も俺の衝撃魔術と半ば相殺できるレベルなんだから、大したもんだ。だが、これじゃせっかく敵に直撃させても仕留められねぇ」
特に、俺ほどの相手にもなるとな。
そうエミリーは続ける。
「お前の強みは瞬発力と素早さだ。魔波動の威力の反作用によって速度を高める。その効果は俺とも十分渡り合えるレベルだ。反射神経も悪くないところを見るに、純粋な接近戦じゃあお前は強い」
「――」
「だけどな。相手は得物を持っている。魔術を使ってくる。当たりどころが悪ければ、一瞬で致命傷を受けることになるだろうよ。だからお前は回避に特化したんだろうけどな。対するお前は何発も拳を、脚を、敵にぶつけなきゃならねえ。その時点で確実にお前が不利なんだよ」
唖然と。
エミリーの言葉を自らの中に浸透させていった。
つまり彼女が言いたいのは、敵とユウリの手札の質の差が違うということである。
敵は魔術を使う。使えなければ武器を身に付けている。今時ユウリのように、単純な手足だけでの打撃を行う猛者は少ないからだ。
魔力抵抗力の無いユウリは魔術を受ければそれだけで重傷を負う。得物の当たりどころが悪ければ、それだけで致命傷となりうる。
対してユウリの攻撃手段は、拳撃と脚撃。
当たれば確かに威力はあるが、敵の命を一撃で刈り取るほどではない。格下相手ならば一撃で意識を飛ばすことも可能だろうが、同格以上となるとその条件は崩れる。
持っている手札の質に、決定的な差があるのだ。
「さっきの攻防もそう。もしもお前の一撃が俺の一撃と同等だったら、俺は大剣を振るう前にお前に吹き飛ばされてただろうよ」
ユウリの一撃を受け止めた、籠手の巻かれた自身の腕をぷらぷらさせる。
魔波動により威力が向上させられた拳であったが、エミリーほどの身体強化の使い手が相手であれば、防がれると被害は全くないように見えた。
「要は、威力が低いと?」
「端的に言えばそうなる。ただの拳ってことを考えれば、十分なもんだろうが、相対的に見ると、ちともの足りねえ」
エミリーの言葉に、しかし反論を返すことはできなかった。
指摘された時に、ユウリ自身も納得してしまったからだ。
「でも。だったらどうしろって――」
「あー。そのことなんだけどよ、ユウリ」
言わんとしていることを、遮られた。
握った大剣を背に仕舞いながら、しかし視線は真っ直ぐとユウリに向ける。
その彼女が言った。
「俺の扱う衝撃魔術。習得する気はねえか?」




