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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 中編
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立場の妥協

 レガナントの中心部に建てられた巨大な宿泊施設、山神の亭でユウリ達は一晩を明かした。


 そして次の日。

 朝早くから支度を済ませて、傭兵ギルドへと足を運ぶ。


「――私、傭兵ギルドに来るのは初めてなんだよね」


 傭兵ギルド、レガナント支部。

 その入り口にて、目を見張りながらステラはそのように言った。


 ギルドの外装は煉瓦造りの建物という印象を、見た人全てに抱かせるだろうものである。

 赤茶色の色を基調とした建物は、どこか活発な雰囲気を醸し出していた。

 その上部分に掲げられた看板には、レガナント支部と銘打っている。


 その中へと手慣れたようにユウリは足を踏み込んでいった。


「よし。早く行こうか」

「あ。待ってよユウリ君」


 カランと。

 音が響いた。

 それに合わせるように、ステラも慌てた様子でユウリの後を追う。その後ろから済ました表情で歩いてくる、フレアとレオン。そしてスイ。


 内部もまた、立派に舗装されていた。

 外観と合わせたように内装も煉瓦造りで統一されており、色も暖色を中心とした明るいもの。

 所々にテーブルが設置されており、おそらく傭兵のパーティーであろう数人の集団がそれぞれ各テーブルに集って話し合っている姿が見て取れる。


 その姿にヒューっと口笛をユウリは吹いた。


「へぇ。ここの傭兵ギルドは結構賑やかなんだな」

「あれ。他の場所は違うの?」

「賑やかなところは賑やかだし、静かなところは静かだね。ま、活発なところはそれだけ傭兵活動が盛んだってことだから、ここは良いギルド支部だと思うよ」


 伸びをしながらそのように言う。それを聞いたステラは「へぇー」と周囲に好奇な色を含んだ視線を向けた。


 その姿にユウリは目を細める。

 確か、自分も初めて傭兵ギルドの中へと足を運んだ時も彼女と似たように内部を細かく観察していたものだ。

 フレアとレオンの方を向くとそうでもないが、ステラの純粋な反応はユウリも面白く見守っていた。


 そんな時、前方から足音が聞こえてくる。

 白と黒を合わせたギルド員の正装。その胸に銀色のバッジを光らせた女性が、ゆったりと歩いてきた。


「失礼してもよろしい? ルグエニア学園の実地研修生とお見受けするゆえ」

「ええ。どうぞ」


 声がかかる。

 同時にスイがユウリ達の前へと出て、応対の言葉を送った。


「私はこの傭兵ギルド、レガナント支部の支部長を務めるラディーネです。どうぞよしなに」


 口元を袖で隠して笑みを見せる、ラディーネと名乗る女性。


 艶のある黒髪を長く膝下まで伸ばした、妖艶な美女である。

 ギルド員の正装の上に何やら金細工の施された布を羽織っており、肝心の正装の方はサイズが合ってないのか、上半身がゆったりしている。ゆえにと言うべきか、袖が腕よりも長く両手を袖の中に隠していた。


 彼女の紫掛かった瞳が、威圧的に、対峙したスイを射抜く。


「そうですか。私はルグエニア学園、第十三班担当及び全体統括を任されているスイ・キアルカです。こちらこそよろしくお願いします」


 けれどスイはそれを静かな表情で受け止めて、平静のまま頭を下げるだけだった。


「あら。流石はルグエニア学園の生徒といったところでしょうか。少しばかり意地悪をさせて頂きましたが、軽く流されてしまうとは思いもしませんでしたゆえ」


 クスクスと口元を隠して笑うラディーネ。

 その仕草に、涼しげな顔を崩さないスイはこほんと一つ咳をした。


「元A級傭兵ともあろう方がそのような悪戯をしないで欲しいのですが。私であったからこそ良かったものの、今の威嚇は他の生徒なら思わず足を竦ませるほどのそれですよ」

「あら。本当に? 一人はともかく、後ろの三人は平気な顔をしているようですけれど」

「あれはまた別の話です」


 言って後ろを振り向く。

 ステラを庇うように、背に置いたレオン。

 全く意に介した様子もないフレア。

 そして彼女を見た時から目を丸くして、僅かに驚いた表情を続けるユウリ。その三人が、ラディーネの指す三人だろう。


「どうしてここに"雨降らし"が?」

「ユウリ。君は知っているのか」

「ああ。というか、傭兵で知らない人の方が少ない」


 彼女の威圧というよりも、ここに彼女がいること自体に驚きを示すユウリ。彼が口にする"雨降らし"というのは、傭兵としてのラディーネの異名を指している。


 A級傭兵"雨降らし"のラディーネ。

 艶やかな見た目と共に雨を滴らせるその妖艶な姿は、けれど見る者に絶望を与えると言われている。

 魔獣というよりも手配人の捕縛、及び殺害に特化した彼女の実力は対人戦において力を発揮するとのこと。その名と、見た目の特徴を聞いていたユウリは真っ先に彼女がそれであると気付いた。


「傭兵で知らない人の方が少ない。ということを口にするあなたは、もしかして傭兵ゆえ?」

「あ、うっす。自分、傭兵やってます」

「あら。ルグエニア学園に通いつつ更に傭兵もやっているなんて。将来有望そうな生徒がいるものね」


 クスクスと笑みを絶やさない。しかしその姿が逆に彼女の不気味さを増していることに、果たして本人は気づいてやっているのだろうか。


「さてさて。それでは傭兵ギルドについての説明をさせてもらいましょう。付いて来てもらっても?」

「場所を移動するのですか?」

「ええそう。何せここだと、他の傭兵の注目の的になりますゆえ」


 言われて、ユウリ達は互いの顔をチラと見合わせた。

 確かに傭兵ギルドの中で、自分達のようなまだ子供とも言える歳の学園生徒が集団で固まっていれば、他の傭兵からの視線を集めることに繋がる。

 傭兵の中には血気盛んな者もおり、とんだイチャモンを付けられることもないことはない。それを考えると、この場で周囲の人々の目に留まり続けるのは避けた方がいい事態と言えた。


「ということで、移動しましょう。どうぞこちらに」


 ラディーネは笑みを収めることなく、クスクスと音を立てながらギルドの奥へと足を運んでいく。

 その様子に訝しげに眉を寄せながらも、ユウリ達は付いて行くことを決めた。



 ★


「――では、今回の実地研修についての説明を始めましょうか」


 ギルドの奥にある客間へと案内され、ユウリ達五人はそれぞれ用意された席に着く。

 それを見計らってか、ラディーネは静かにそう声を上げる。


「まず傭兵ギルドについての基本的なことは把握しております?」

「一応は。学園の授業でも行っておりますので」


 皆を代表して、スイが答える。それに対して満足そうにラディーネは頷いた。


「なら話が早いですゆえ。傭兵ギルドは知っての通り、依頼者と傭兵との仲介役を主な仕事としています。この場所に集まる様々な依頼を、傭兵が自身で取捨選択して選び、それをこなす。もちろん仲介料が発生しますか、それゆえ裏のない依頼を安心して傭兵職の方にお届けしております。これももちろんご存知で?」

「はい。授業の過程で学びました」

「安心しましたゆえ。では次に、これを」


 袖をゴソゴソとし始めたラディーネに、ステラが首を傾げて、フレアが訝しげな表情を隠そうともせずに向ける。その最中で取り出されたのは、四枚のカード。


「――これは?」

「傭兵ギルドのライセンスです。もちろん正規の傭兵でないあなた方にお渡しする物なので、仮のものですけれど」


 それは傭兵ギルドの正式な会員であることを示す、ギルドライセンスであった。


「ここで少し説明をさせてもらいますゆえ。ギルドライセンスにはランクDからランクAまでの(ランク)というものが存在します。これは身の丈にあった依頼を選ばせるためのギルド側の処置です」

「身の丈にあった依頼……」

「ええそう。依頼にも(ランク)というものがあり、E級から始まり、次にD−級、D級、D+級、そしてC−級といったように上がることで、依頼の難易度を示しております。例えば、この仮ギルドライセンスはライセンスDと同じ価値を持ってます。つまりあなた方はD+級までの依頼を受けることが可能となりますゆえ」

「なるほど」


 興味深いとばかりの顔付きで、レオンは小さく返答した。

 しかしそれは内容にではない。向けられる視線の矛先は、目の前に置かれたライセンス。

 説明されずともライセンスとランクの制度についても学園で学ぶため、どちらかといえばレオンは自分達がD級の依頼まで受けられることに関心を示したのだろう。


「一つ質問をしてもいいか?」

「ええ。どうぞ、そちらの金色のお方」

「では失礼する。傭兵の一般的な、いや。平均的なランクというのはどのくらいなのか教えてもらいたい」


 探るようにレオンはそう尋ねた。

 対して、ラディーネはクスクスと笑うばかり。


「もちろん私が答えてもよろしいのだけれど。せっかくならそちらの黒の御仁に説明してもらうのも一興かと」

「俺ですか?」


 指し示された指の先には、少しばかり目を丸くするユウリがいた。それを受けて、頬を掻く。


「……ユウリ?」

「――まあ、そだなぁ。基本的にはライセンスCが一般的で、しかも平均的と言えるか」


 ユウリの答えに、彼を指した女性は艶やかな仕草で首を縦へと振った。


「そちらの言葉通り、基本的にはライセンスCの傭兵の方が多いとされております。これはライセンスCからBに上がることが非常に難しいとされるからですゆえ」

「ライセンスCとライセンスBにはそれほど差がある、ということか?」


 レオンは気になるように、チラリとユウリを見てそのように質問する。

 返ってきたのは、肯定の意。


「ええはい。ライセンスBが担当する依頼は主に危険度を伴う依頼が多く、その危険度もB−級を超えます。通常の生活を送っていれば、危険度B級にも相当する魔獣や手配人と対峙することなど滅多にありませんこと」

「だから、ライセンスCが一般的だと?」

「ええそう。普通に生活するだけなら、ライセンスDでも十分なほど。ライセンスCが担当する依頼も、一般の方なら手も足も出ない危険な魔獣や賊の討伐ばかりです。むしろ一番数が多いのはライセンスDとも言えますゆえ」


 傭兵ギルド。その内情を知ったレオンは少しばかり意外そうに目を丸くする。そしてすぐさまユウリに視線をやった。


「やはり君は只者ではないんだな」

「なんのことかわかりません」


 戯けたように肩を竦める。

 今の説明を受けたレオンからすれば、自分と同じ歳でライセンスBを取得しているユウリのその異常さを窺い知れたのだろう。

 同じように、ステラもユウリの姿を凝視していた。


「他に質問がなければ、話を進めますがよろしい?」

「ええ。大丈夫ですよ」


 首を傾げて尋ねられた問いに、スイが答える。それと同時に次の説明をするべく、ラディーネの口が動きを再開させた。


「では今回、あなた方ルグエニア学園の生徒にやってもらいたいことを説明させてもらいます。まずやることとしては、他の傭兵方と同じようにギルドの依頼を受けてもらいます」

「ギルドの依頼を……」

「はい。これはもちろん過去の実地研修でもやっていましたゆえ、ご存知だったかと」


 ピンッと。

 机の上に差し出された仮のギルドライセンスを、ラディーネは指で一回ほど叩く。


「受ける依頼はこちらである程度絞り込ませてもらいます。過去、学園生徒がとある依頼により命を失ったことがありました。それゆえの処置ですのであしからず」

「――」

「安心してください。そうならないように全力で配慮するつもりですゆえ」


 クスクスとした声が、沈黙の降り立つ室内に静かに響いた。

 死者が出た。そのこと自体はユウリ達も知っていることだ。

 けれど、改めて言われた時にそれが現実となる可能性があると理解させられる。ゆえに沈黙が降り注いだ。


「その際に、他の傭兵の方と共同の依頼も行う可能性があります。そちらもまたご容赦を」

「他の傭兵と共同で依頼、ですか? そのようなことがあるんですね」

「滅多にないですけれどね。だからこそ学園生徒の方に経験を積ませるという意味でも、そのような依頼が回ってきた場合は優先的に回させてもらっております」

「そうなんですね」


 ラディーネの言葉を熱心に聞き届けるステラ。この実地研修で学んだことをモノにしようと最も奮起しているのは、案外彼女なのかもしれない。

 対して、隣のフレアは窓の外へと視線を向けていた。説明されていることを聞いているのかどうかは定かではない。しかし集中力を欠いていることは確かなようだ。


「他にも幾つか説明したいことはありますけれど。まずは依頼を体験なさってください」

「ではこれから?」

「はい。さっそく依頼を用意しておりますゆえ。受付の方までお願いします」


 説明は以上とばかりに、ニッコリと笑う。

 それを見届けたからか、スイはおもむろに立ち上がった。


「では行きましょうか。付いて来てください」


 彼女の呼びかけに、ユウリ達もまた席を立つ。それからの流れはとても流れるようで、皆が皆その場を立ち去るために唯一の出入り口である扉へと向かっていった。


「どうぞ、ご満足いただける研修を」


 見送りの言葉が背中から送られる。

 その言葉に全員が彼女をチラリと一瞥して、ステラとスイの二人は会釈と共に部屋を去っていった。

 習って、レオンもまた頭を軽く下げる。ユウリとフレアは構わず室内から退室した。


「――ところでユウリ」

「どうした?」


 扉が完全に閉まった時、ふとレオンが自身を呼んだことにより、そちらへと顔を向ける。


「ライセンスCとBの壁というものはわかった。だが、ライセンスBとAの差というものも少し気になったんだが、君は知っているか?」

「――」


 足がふと、止まる。

 問われた言葉の意味がわからなかったからではない。

 どう形容すればいいか、迷ったためだ。


「ライセンスBとAの違い、か」


 一つ、瞠目する。

 そしてゆっくりと目を開いた。


「具体的な話をするなら、そうだな。ライセンスBを持つ傭兵は一つの街に数人は必ずいる」

「……」

「だけど、ライセンスA――つまりA級傭兵は、国に数人しかいない。それだけ、人外だって証拠さ」

「――」


 A級傭兵、その存在価値は言葉にするより遥かに希少なものである。

 それこそ一つの街に一人いるかどうか。小国であれば国の中でもたった一人しかいないことだって十分にあり得る。


 それだけA級傭兵というものは数少ないものであった。


 では。

 A級傭兵でそれであるならば。


「あいつは、どれほどの差があるんだろうな」


 一人、呟く。

 脳裏に思い浮かぶのは、圧倒的な力を見せつけた"銀竜帝"の姿。

 白銀の光を纏い、その紅い眼光で敵を見定める。その人外の領域にいる彼の力を。


 彼と自分。

 加護持ちと欠陥魔術師。

 その差は決して埋められることはないだろう。だからこそ、諦めを知るべきだと己を抑える。


「――役割が違う。答えが違う。俺は、俺だ」


 誰にも聞こえないような声で、その気持ちを外へと押し出した。


 それが今のユウリの、精一杯の答えであったから。



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