決意の地
馬車を街に預けて、洞窟を進むユウリ一行。
人数は六人ほどで、班員であるユウリ、レオン、ステラ、フレアに加えて引率者のスイ・キアルカ。さらに同行者として増えたエミリー。
「今回の実地研修には各都市にA級傭兵も揃えているのです」
道中、スイの言葉に耳を傾ける一行。
「ここ最近のルグエニア王国の治安は決して良いとは言えません。ゆえに教師側の推薦で、各都市にA級傭兵を配置するという案を採用した結果、レガナントには"岩断ち"の異名で知られるエミリーさんが派遣されることが決まりました」
「おかげでかなり急いでここに来たぜ。ここまでの道中はそれなりに疲れたってもんよ」
「がははっ」とまるで疲れた様子を見せないエミリー。
確かにここ最近は魔獣の活性化や賊、さらには"再生者"による国家反逆行為が目立つ。
道中に出会ったブラッドベアも危険度C+級を誇る凶暴な魔獣で、普通なら街道に近い川沿いに現れるような生き物ではない。もしも相対したのがフレアでなくステラなどであれば、命の危機もあっただろう。
ゆえに彼女が派遣される理由というのも、一応の納得はできる。何が起こるかわからない現状、準備不足という言葉は存在しない。
薄暗い中。
乾いた石の上を進みながら、ユウリは目の前のエミリーの背中を視線で追った。
「それはわかったけど。エミリーさんが傭兵指導の担当責任者ってのは?」
「彼女ほど優れた傭兵がレガナントにいないからです。せっかくA級傭兵という一流の中でも一流とされる戦士を呼んだのです。使い倒さなければ勿体ないでしょう?」
「おいおい嬢ちゃん。その言い草は一流の中でも一流とされる戦士に対するもんじゃねぇと思うんだが?」
少しばかり、というには些か大きな毒を含みつつスイは答える。けれど、それを面白半分に笑い飛ばすエミリーも大概と言うべきか。
「ま、俺がいるからには大船に乗った気分でいていいぞ。と言っても、ここの面子を見る限り俺が必要な場面ってのに出くわすことはなさそうだがなぁ」
「と、いうと?」
「言葉が必要か? 加護持ちにB級傭兵。"剣王"の息子に治癒魔術師の嬢ちゃん。更には王家の護衛を任せられるキアルカ家の令嬢。選り取りみどりじゃねえかよ」
「そう言われるとなぁ」
確かに、ユウリもこの些か豪華すぎる面子には思うところはある。
傭兵としてそれなりの修羅場を潜ってきたユウリはもちろん、並大抵のことに動揺することはない。そのユウリに追随できるレオンも然り。
何より加護持ちという絶対的な存在までいる始末だ。
それこそ、先の襲撃事件のような大規模なことでもなければ、比較的安心してこの実地研修を過ごすことが可能なはずである。
「――ところでユウリ。先ほどからやっているその作業は、なんだ?」
「ん?」
そんなことを考えていた時のこと。
ふとレオンから今の自分の行動の理由を確認する言葉を向けられた。
彼に一つ視線を送った後、チラリと自分の手のひらを覗く。そこには青白い魔力の塊が、ぼうっと辺りを薄暗く灯していた。
「俺もさっきから気になってたんだが、それ。見たところ、魔力密度の濃い純魔力か?」
「まあそんなところですねぇ」
皆の注目を集めながら、ユウリはそう返す。
「ちょっと、魔術の修行を」
「魔術の修行……? だけどよぉ、ユウリ。確かお前――」
何かを言おうとして、しかしエミリーは戸惑うように口籠った。その先の言葉が何であるか、訝しげな表情を向けるもすぐに元の真顔に戻る。彼女はユウリの体質を知っているだろうからという考えにユウリ自身が至ったためだ。
「魔術の修行、ですか? それにしては形質魔術式も形態魔術式も施されていない、ただの収束している魔力にしか見えませんが」
「そだね。何も加えてないからこれだけ見れば、ただの魔力の塊だ」
スイからも何やら疑うような視線を送られた。隣にいるフレアも同様の色を含んだ瞳をユウリに晒している。
確かに普通ならば考えられないだろう。
一度体外に放出した魔術に、魔術式や魔力を加えることは本来不可能なことなのだから。
ゆえにユウリの行っている行動の意味を、正確に理解できる者はここにはいない。
(あとは形質魔術式と補助魔術式の【射出】を加えれば……。だけど得意形質も【射出】の精度の向上も今のところ目処は立ってない)
ルーノから魔術の可能性を提示されて、およそ一週間。けれどその進展は遅遅としたもので、決して順調なものであるとは言い難い。
(魔術の道も険しいなぁ)
うんうんと唸るユウリ。その姿を見た他の五人は、揃えて首を傾げた。
★
「あらあらまあまあ」
山脈の奥地にて。
カラカラと笑う白き女性が一人。
"汚染"の異名で知られた、災厄にも喩えられるゾフィネスの姿があった。
女性が見下ろすのは都市である。
山脈をまるで城壁のように拵えて、横に真っ二つに割った卵の形を取る山中都市を。
山の上だからか、肌寒い風がゾフィネスの体を撫でる。けれど彼女は気にした様子がなく、ただただカラカラと笑うのみ。
「幸せそうな人達」
口元が、吊り上がる。
彼女の目に映るのは、今を懸命に生きようとする人々。活発な声が幾つも湧き上がる街全体。そしてその先にある――。
「ゾクゾクするわぁ」
自身の身を抱き締める。それは決して寒さからではない。
これから来るはずの、彼女の求めるもの。
起こるはずの、彼女の求めること。
それらを思い、そして想い。
ゾフィネスは絶頂の極みに達したように、頬を紅潮させてまるで愛しい人にでも再会したかのような顔を浮かべた。
★
「――着きました」
「ここが」
洞窟を抜けて、ユウリ達の目の前から光が溢れた。
洞窟を抜けた先は、山の向こう側にどっしりと構えられた巨大な都市が一望できる。
未だ洞窟を抜けただけなので、これから山道を下降しなければならないが、しかしそのようなことが気にならないほどの絶景を前にして一行はそれぞれ目を見張った。
山の内部にある山中都市レガナントは真上から見ると、まるで割られた卵のような形をしていると言われている。
その殻の部分に当たるのが、今ユウリ達が立っている四方を囲む山の部分。
そして中身に該当するのがレガナントだ。
それぞれの都市は自然と一体化し、しかし決して自然に負けないような人工物が目立つ。
木造の建物もあれば、石造りの建物も聳えていた。
中央には非常に高い塔が建てられており、それを中心とした円形の形を街が取っている。また、ここから良く見ると塔の周りには広大な池があった。
これから崖のような角度の中に用意された山道を通って行くわけだが、真下から聞こえる賑やかな声が、レガナントの活発な雰囲気をよく表していた。
「ええ。山中都市レガナント。私達がこれから滞在する都市です」
スイの声が、大自然の中で澄み渡るように溶けていく。それを耳にしたユウリ達は、それぞれの思いを胸に山道を下って行った。
三章 実地研修編 上編 ―完―
次の更新は一、二ヶ月後を予定しております。




