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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 上編
75/106

蒼炎は気高く強く

「――加護持ちの」

「フレア」


 唖然とその名を口にする。

 そんな二人を呆れた様子で見やる、蒼炎の魔術師。


「だから、あんた達は誰って聞いてるんだけど。口が付いてるなら早く答えてくれない?」


 どこまでも不遜な態度。

 身なりや容姿から、彼らが貴族であると彼女も理解しているだろう。けれど敵と認識した相手には誰であろうと態度を変えない。


 その態度に、ルナは半開きの口をキッと結ぶ。


「――あらあら。私達のことを知らないの? これだから無知な平民は……」

「会ったこともないんだから当たり前でしょ? それともあんた達はこの国では誰でも知ってるくらい偉い人間なの?」

「ふふ。ええ、そうよ。フラスコル家といえば、あなたも先ほどの態度を詫びなければならないことは理解できるはず」

「やっぱり知らない。私からするとそこらの有象無象の貴族と変わらないわね」

「――」


 彼女の言葉に、二人して閉口せざるを得ない。

 フラスコル家といえば、伯爵の位を授与されたルグエニア王国の中でも由緒ある家柄だ。

 それを知らないと一蹴。

 体験したことのない屈辱に、ラルとルナの双方の身体がワナワナと震え始める。


「有象無象の貴族と変わらない、とはどういうことかな?」

「自分の家柄を持ち出しては他人を見下す。親の威光を自分のものだと勘違いした馬鹿ってことよ」

「――」


 引き攣った笑みを浮かべて、ラルはそう尋ねるも。それに鼻を鳴らしながら、フレアはそう答えを返した。


「……加護持ちだからといって、どこまでも調子に乗っていいわけじゃあないよ」

「別に加護持ちだからってわけじゃないわ。そんな言葉を使っている時点で、身分や能力に囚われた考えしかできないあんた達にそんなことを言われたくないんだけど」

「――調子に乗るなと、僕は言ったぞッ!」


 激昂したのはラルの方である。そしてルナもまた、怒りを瞳に灯して彼へ続いた。


 左右から挟み込むような雷鞭。

 ラルとルナの双方が、寸分違わない瞬間でそれを撃ち込む。


「ふぅん。で?」

「――は?」


 けれど、それも焼き尽くされてしまえば意味を成さない。

 二つの魔術は、彼女を守るように現れたドーム状の蒼炎に触れた瞬間から焼失する。


「何を――」

「ただあんた達の魔術を焼いた。それだけのことよ」

「焼く、なんて! 魔術に対してそのようなことが……ッ」

「それが私の魔術だもの。別に理解したくなければしなければいいわ」


 片目を瞑って、呆れたものを見る目で彼らを眺めるフレア。

 まるで二人を脅威に感じていないことがありありと伝わってくる。


 これが加護持ち。

 これが学園序列第三位。


「は、はは」


 否。

 これでもまだ第三位なのかと、ユウリは渇いた笑いを漏らさざるを得なかった。


「……ッ」

「それで、まだ続ける? 私としては、さっさと部屋に戻りたいんだけど」

「――まだまだァッ!」


 次に繰り出されたのは雷撃だ。

 ラルが右手を突き出して、その魔術を撃ち込んでくる。


「これなら、どうかしら!」


 続けて、ルナの方は雷の矢を三つほど発現させた。


 雷撃が前方を走り、それを追うようにして矢が宙を駆ける。まるで雷撃を盾にして矢がフレアへと向かうような陣形だ。

 彼らの思考では、この陣形ならば例え最初の雷撃が焼却されても次の矢がフレアを射抜くと、そう結論に至ったようだ。


 けれども彼らは読み違えている。

 加護持ちたるフレアの圧倒的なまでの力。それは彼ら程度では及びもしないということを、知るべきであった。


「無駄ね」


 言葉と同時に腕を振り上げる。

 たったそれだけの動作によって、蒼い炎が放射線状に、地面を舐めるように進んでいく。


 雷撃も、雷の矢も。その全てを飲み込んで。


「――」


 ラルとルナ。その二人が立つ地面を避けるように蒼炎は訓練場の地面を燃やす。

 焼き焦げた匂いが、煙が立つその中で。二人の地面だけはその被害を逃れた。彼らを中心とした円形だけが元の白色を保った砂利を存在させる。


 その上で、二人はペタンと腰が抜けたように尻餅をついた。


「……これが加護持ち」


 どちらかが、ポツリと呟く。


「まだやるの?」


 慈悲の欠片もない声で、問いかける銀の少女。


「――いいえ。ここは、お言葉に甘えて帰らせてもらうわ」


 屈辱の表情を浮かべつつも、しかしこのまま相手をするつもりにはなれなかったようだ。

 ルナの苦渋を含ませたその言葉により、夕陽が落ちる中での邂逅は幕を閉じた。



 ★


「それで、あんたは大丈夫なの?」


 立ち去っていった二人の魔術師の背中を見送った後のこと。

 こちらに視線を向けて、フレアはそのように言った。


「……うーん。まあ、大丈夫なんじゃないかな」

「あっそ。ならいいわ」


 制服に付いた砂埃を落としながら立ち上がるユウリに、淡白な言葉ながらも視線はしっかりと彼に向けたままの状態をフレアは維持した。まるで彼の言葉に嘘がないか、どこにも怪我がないかを念入りに確認している様子である。


「それより、フレアはどうしてここに? 帰り際に部屋に戻ったのを見送ったはずだけど」

「少し用事を思い出して、偶々近くを通り過ぎただけよ。あんたこそさっきの状況は何?」

「正直、俺もまだわかんないかな」


 あっけらかんとそう言うユウリを迎えたのは、呆れた視線であった。


「相っ変わらず厄介事に巻き込まれるわね。安全なはずの学園内で突然襲撃を受けることなんて何回目よ」

「……何回目だろ」

「覚えてないくらいには襲われてるのね」

「いや、まあ外にいるよりは遥かにマシだって」


 言いながら思い出す。

 一度ユウリの体質を知った瞬間、手のひらを返すように態度が変わる、これまで出会った者達のことを。

 魔導社会というのは酷く残酷で、魔力こそ至高のものだと考える彼らの目には、ユウリをそこいらの石ころと同列に扱う。

 ゆえにまだ数えるほどでしか襲撃されていない学園内は、比較的安全な場所とも言えた。


 襲撃されるということ自体、普通に生きていれば全くないと言えなくもないことだが。

 普通に生きていけないのが、特殊体質を持つユウリの示された道であった。


「それで、フレアの用事って?」

「ああ。これよ」


 ふと気になったので尋ねてみると、差し出されたのは一冊の本であった。


「この国の都市についての詳細と近隣の道についての情報が書かれてあるの。実地研修が近いから、どんな地形なのか、どんな魔獣が出てくるのかくらいは調べておこうと思って」

「――」


 言葉に、唖然としてしまった。


「フレアってそういう事前準備はしっかりするんだな」

「当たり前でしょ? ここ最近物騒なこと続きだから、何が起こるかわからないじゃない」


 済ました顔でそう言われると、非常に説得力を感じてしまう。

 ともあれユウリはこの時、彼女に対する疑問が脳内に湧き上がってきた。


 フレアは加護持ちである。

 圧倒的な力を所持しており、例えどのような相手と対峙しようと彼女の炎は消えることなく燃え続けるだろう。

 あまりにも強い、その彼女がどうしてここまで用意周到に準備を行っているのか、それが知りたくなった。


(……いや)


 本来、そこまでやって然るべきだ。

 ユウリとて、最初はそうしていた。敵を分析し、勝てるかどうかを判断する。それが魔導社会の中でユウリが生きるために、必要なことであった。


 けれど、時が経つにつれてそれを忘れてしまったようにも思う。


 何が正解なのか。

 自分はこれからどうすればいいのか。

 見えない壁にぶつかったような、焦りを覚える。


「――俺は、弱いな」


 ポツリと。

 呟かずにはいられなかった。


「何よ。何か言った?」

「……いいや。なぁーんにも」


 幸いとも言うべきか、ユウリの呟きは誰の耳にも届かず虚空に消えた。

 聞き返されたけれど、誤魔化すような笑みを浮かべてそれ以上を語ることはしない。この気持ちは、己の中だけに押し込める。でなければもっと自分が弱くなるような気がしたから。


「そ。なら、さっさと帰りましょ」

「そだね。そうしよう」


 一つ伸びをする。

 その場を立ち去ろうとするフレアと、一歩遅れて足を踏み出すユウリ。

 彼女は毅然と。彼はどこか諦念を抱くように。


 対照的な彼らの後ろ姿が、訓練場から消えていった。



 ★


「なるほど。それで行き詰まりを感じているんだね、君は」


 訓練場から部屋へと帰宅している途中のこと。ユウリは何を思ったのか、ルーノのもとへと足を運んでいた。


 まずは先ほどの状況の説明。

 突然襲われたことと、その結果。そしてユウリが修練している魔術精度の進歩。


「そうっすね。なかなか上手くいかなくて。何かいいアドバイスってあります?」

「ふむ。そうだねぇ……」


 悩むように机の上をガサゴソと漁る。そして紙と筆をそれぞれ一つずつ取り出した。


「ユウリ君。君は魔術の計算学用法というものを知っているかな?」

「魔術の計算学用法? 確か、魔術を算術に例えるならってやつ?」

「その通り」


 突然の問いに首を傾けるユウリ。それを見て、ルーノは筆を操り紙の上で何やら文字を書き始めた。


「この計算学用法では、魔力は数字。魔術式は公式。魔術の発動は答えとして例えられている。数字を使って公式を作り、公式を組み立てることで答えを作る。同じように、魔力を使って魔術式を作り、魔術式を組み立てることで魔術を発動する。この二つは非常に似通っている」


 筆を滑らせ、説明の図を写し出す。

 彼はそれをユウリに見せつつ、さらに言葉を続けた。


「さらに例えてみようか。魔術式は公式のようなもの。つまり、A+B=Xという魔術式があったとしよう。この場合、この魔術式の意味は魔力Aと魔力Bを合わせることにより魔術式Xを構築する。人は、これを脳内の魔術式演算領域で行っている」

「……むむ。何やら難しい問題ですね」

「そうでもない。魔導学の基礎を知っているなら、理解して当然の初歩の知識さ」


 何でもないように言われて、ユウリは思わず眉を寄せてしまった。


「話を続けよう。通常なら魔術式演算領域でしか魔力と魔力を組み合わせて魔術式を構築することはできない。しかし君の場合は話が別だ」

「別っていうのは?」

「魔力抵抗力がないのだから、体外に留めた魔術にも干渉することができる。つまりただの魔力Aを放出したとしても、後から魔力Bを付け足し魔術式を構築することが可能なわけだ」


 言われて、少しだけ彼が言いたいことが理解できた。


「つまり俺の魔力でも形成できない魔術式を、外に出すことによって可能になるってこと?」

「理論上はね。けれど魔術には相性がある。君の場合は極端に悪いようだけどねぇ」

「なぬ」


 不満げな顔を晒す。


「そのような顔をしないで欲しいな。私が言いたいのはね、これまで君が使ったことのないような魔術式演算領域(もの)で魔術式を構築するのではなく、君が今まで使ってきた魔波動(もの)で魔術式を構築できないのかということだよ」

「――」


 今まで使ってこなかった魔術式演算領域(もの)ではなく、今まで使ってきた魔波動(もの)で魔術式を構築する。

 ルーノが言っていることは、頭の中で魔術式を構築するのではなく、いっそ魔術の構築だけならず魔術式の構築すらも体外にて行ってみてはどうかという、提案であった。


 その考えが浮かばなかったユウリは「あ」と思わず声を上げてしまう。

 イメージがまるでできない脳内の魔術式演算領域よりも、魔力を視認できる外の方が確かに魔術式を作りやすいのかもしれない。


「――といっても、【射出】などの補助魔術式は効果が形として現れないから、アドバイスにはならないんだけどね」

「なぬ」


 思わず突っ伏してしまった。


「しかし形質魔術式なんかは、その効果が顕著に現れる。色々と試してみてもいいんじゃないかねぇ」

「まあ、そうですね。一応心の中に留めておきます」


 頭を上げて、後ろの方をポリポリと掻く。

 何も教わらないよりは遥かにマシだと考えるべきだろう。

 一つ一つ、進んでいくしか方法はないのだから。


「まずは目下のところ、得意な形質を見つけることと【射出】の魔術式を習得することから始めるといい」

「了解っす」


 ルーノの言葉に、素直に頷いた。



 ★


 その次の日の朝。

 ルグエニア学園、一年生の寮室には手紙が一通届いた。それはユウリ・グラールとて例外ではない。


 内容は実地研修について。


「――山中都市、レガナント」


 呟くのは実地研修で自身が赴く都市の名前。

 一年生各々の、実地研修の詳細と行き先が手紙により言い渡された。



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