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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 上編
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双子の刺客

 邂逅は突然だった。


「あれあれ。これはこれは」

「私の記憶が正しければ、あなたは――」


 覚えたての魔術式の構築精度を上げようと訓練を重ねる最中、不意に後ろから声がした。

 もちろんユウリはその声に、誰がどのような要件であろうかと視線を向ける。なにせ聞いたことのない声だ。訝しげな表情のままその行動に出るのは、必然のことである。


「――ッ!」


 そしてすぐさま屈み込んだ。

 頭上を通り過ぎるのは、雷の槍。もしも躱していなければ、確実に致命傷を負っていたところである。


「クスクス。君が欠陥品と呼ばれる落ちこぼれかな」

「クスクス。そんな君がどうしてこんなところにいるの?」

「――どちらさん」


 突然の魔術による襲撃。

 学園内における魔術の使用に関して、明確な校則というものはない。しかし原則として立会人のいない私闘は禁じられているはずである。


 この学園にはどうして突然魔術を発動させてくる魔術師が多いのか、とまさに溜息すら吐きたくなった。


「僕の名はラル・フラスコル」

「私の名はルナ・フラスコル」

「君とは違った」

「血統を重んじる高貴な血筋の魔術師よ」


 悪意が満ちる。

 張り付けられている嘲笑は、決してこちらを同列の立場と見ていないことがありありと理解できた。


 突如として、二人から戦意が満ち溢れるのを感じる。ゆえにユウリも警戒を重ねて、腰を落とした。


 それと同時に――。


「――ッ」


 満ちた悪意がさらに膨れ上がるように、二人の牙がユウリへと襲いかかった。


「「――これは命令だ」」


 迫り来るのは、二本の槍。

 雷により構成されたその魔術は真っ直ぐとユウリ目掛けて飛来する。

 直撃すれば風穴すら空くだろうその一撃を、しかしユウリは身を逸らし、跳んで躱した。


「へぇ」

「やるわね」


 二人の表情が僅かに驚愕の意を映す。けれどそれで猛攻が止むわけではない。

 次に繰り出されたのは雷鞭(サンダーウィップ)。右のラルは右の手から。左のルナは左手から。

 それぞれバチバチと音を鳴らす雷の鞭をその手のひらから伸張させる。


「では次は」

「どうかしら」


 ユウリの側面。左右同時から。

 寸分の違いないタイミングで、鞭が振るわれた。


「――っと!」


 まるで野獣の牙が獲物を噛み砕くような動き。それを真上に跳躍することにより回避を試みる。


 相応の身体強化と魔波動を足裏から放出することによる反動で鞭を避けられる位置に飛ぶことには成功した。


「――なッ!?」


 けれども、左右の鞭がそれぞれ互いのそれと激突した際に、バチバチと音を鳴らしながら周囲に放電。それにユウリは巻き込まれた。


 唇を噛み締めて痛みに耐える。

 身体に魔波動を纏ったまではいいが、しかし放電の全てを遮断することはできずに痺れが身体中を駆け回った。

 しばらくすると放電は止んだが、麻痺を余儀なくされたユウリは地面へと着陸すると共にフラつき、四肢を地面に突く。


「――ッ」

「あらあら。私が聞いたところだと、あなたは魔力抵抗力が無いと聞いたのだけれど」

放電鞭(バーンボルトウィップ)を受けて、それでも意識を飛ばさないところを見ると魔術の対策は無いわけでもないようだね」


 ケタケタと笑う。

 雷魔術を扱う二人の生徒。

 術の精度を見ると、一対一ならば問題ないような相手である。


 だが、二人同時に相手取るとかなり厄介な部類の相手だとユウリは観察する。二人で獲物を仕留めることに、あまりに手慣れた動きだからだ。


(動きのタイミングが全く同時、か)


「……ははっ。勘弁してくれないかね」

「さあ。それを決めるのは」

「私達よ」


 次に現れたのは、ユウリの頭上に漂う幾つもの剣。

 これまた雷で構成されたそれは、切っ先を真下のユウリに向けたまま静止している。が、それがいつでも自分に落下してくるだろうことはユウリも予想できる。


 痺れが完全に取れない現状でも、すぐに回避行動が取れるように足に力を入れた。


 瞬間のこと。


「やっばりか」


 雨のように、頭上に漂う雷の剣が降ってくる。膨大な数のそれは、一つ一つは剣というよりもナイフの大きさに近いそれだが、二人が同じ魔術を掛け合わせることにより通常の二倍の数へと増えている。


 何より。


(避けづらい)


 チリッと頬を掠める。

 その鈍い痛みを認識しながら内心で思わず舌を打ってしまった原因は、降る魔術の絶妙な位置とタイミングだ。


 まるでユウリの避ける位置を見抜いているかのように、一つ避ければそこにはもう一つの剣が間近に迫ってくる。


 おそらくそれは彼ら一人ではなし得ない芸当。恐るべきチームワークとも言うべきか。


「――仕方なし!」


 発動したのは魔波動の一つ、《バースト》。

 身体の内側から純魔力を一気に爆発するように放出して、降り注ぐ魔術の全てを吹き飛ばす。


「なんだと――」


 これには流石に目を剥くように、二人は驚愕の表情を浮かべた。

 次いで、初めて見せる警戒の態勢を取る。


 先ほどまではこちらを蔑むように見ていた、その証拠だ。


「一つ、質問いい?」


 動きが止まった。

 その際にユウリは思わず、口をつく。


「どうして俺を狙うのか、教えてもらっても?」


 それは単純な疑問であった。

 彼らとは初対面であり、恨みを買った覚えなどない。突然の襲撃を受ける意味を、ユウリは知りたかった。


「そんなこと、決まっているでしょ?」

「君が欠陥品だから。それ以上に理由などない」

「――」


 返ってきたのは、そのような言葉。


「欠陥品、っていうのは?」

「魔力総量、および魔力抵抗力が学園屈指の最低値。そんな君を欠陥品と言わずに何とする」

「どうしてこの由緒正しかったはずのルグエニア学園は平民を、延いてはこの欠陥品まで居座らせるのかしら。まるで内側からこの国が腐っているよう」


 どこまでも見下した言葉と視線だった。

 そこでユウリも理解する。彼らは幼少より魔導社会という魔力を全てとした、その教えを受けてきたことを。


 ユウリとて見下されることは初めてではない。どころか、幾ら場所を移そうがこのような輩は幾らでもいた。出会ってきた。

 この学園内の生徒が比較的温厚であっても、馬鹿にされてきたのだ。

 魔導社会を重んじる貴族というのは、一般的にはこのような者が多い。それが事実である。


「腐ってる、ね」

「そうだよ。平民と貴族を同じ学び舎に押し込める。これは可能性の排除だと、そう思わないかい?」

「特にあなたのような欠陥品と、私達がどうして吸う空気を共有しなければならないの? これから国を背負うべき、私達が!」

「どうして君のような劣等種に劣っていると思われるのさ!?」


 雷撃が飛ぶ。

 同時に放たれたことで、その威力と規模が倍増された魔術だ。

 通常なら互いの魔術が邪魔になり、威力も相殺されかねない技だが、彼らはそれを息をするかのように軽くこなしてくる。


「やり辛い……ッ」


 それを――避ける。

 余裕を持って避けられるわけではなく、本当にギリギリだ。反応が少しでも遅れれば容赦なく電撃がユウリを襲っていたことだろう。


 地面に身を投げ出し、ごろごろと転がりつつ距離を取る。

 手を突き、砂利に靴を滑らしながらも転がる勢いを殺して静止した。


「さっきの話の続き。俺に劣っていると思われる……ってのは?」

「欠陥品だけに留まらず、無知と来たか」

「呆れたものね」


 放電が迸る余波とその音を周囲に奏でながら、二人は視線を細める。

 まるで不愉快だと。目で語るように。


「まず一つ教えなければならないのは、君は僕らが君と同じく一年だということは知っているかな?」

「全然」

「そこから無知なのね。本当に馬鹿にしてるわ」

「ルナ。今は抑えようか」

「分かっているわよ」


 声により、ルナと呼ばれる少女は振り上げた腕を下ろした。同時に、すぐにでも走り出せるように重心を落としたユウリもまた、居住まいを正す。


「その一年の中でも、模擬戦の実力が上位に位置するものの噂が流れ始めている」

「一人は加護持ち、フレア」

「一人は"剣王"の子息、レオン・ワード」

「そしてもう一人が」

「君だよ」


 二人の言葉に、ステラが言っていた言葉を思い出す。確かに彼女はそのような言葉を口にしていたような――。


「絶対的な加護持ちは、忌々しいが理解できる」

「剣王直系のレオン・ワードもまたそうね」

「けれど君だけは理解できない」

「どうしてそこまでの欠陥品が、私達を差し置いてそのように呼ばれるの?」

「――」


 憎悪の感情が直接ぶつけられているかのような、敵意の視線だ。それを受けてなお、しかしユウリは後ろには退かない。


「それってつまり、嫉妬してんの?」

「――」

「ラル。こいつ、殺したいわ」


 膨れ上がったのは殺気だけではない。

 迸るように溢れ出た雷撃が、ユウリの立っている場所を襲った。

 けれど魔術の発現を予想したユウリはいち早くその場を跳躍し、それを避ける。


「ふ、ふふ。なるほどなるほど。ただ単純にズーグ教師から特別扱いをされて上位に名を残している、というわけではないようだね」

「私達の魔術をここまで避けられる、ということは一年生の中でも誇るべき戦果よ」

「けれど」

「そこまで止まりね」


 ユウリが飛び、そして着地した足元。

 そこに魔術式が浮かんだ。


「な――」


 迸る電撃。

 地面から漏電するようなその魔術が、ユウリの動きを止める。


「その魔術は威力こそ皆無だが、【麻痺】の魔術式を仕込んでいる」

「しばらくは動けないはずよ」

「やはり僕らの方が上手だったね」

「私達二人が揃えば、レオン・ワードもフレアもお手の物よ」

「君も例外なく、だ」


 身体が痺れて動かない。

 そのような状態を、ユウリは体感する。


(拙い……ッ)


 体への負荷は問題ない。

 由々しき事態なのは、身動きが満足に取れないこと。

 その状態で敵の魔術を浴びることになればどうなるかは、想像に難くない。


(やるしか……ない!)


 ゆえに。

 ユウリは覚悟を決めた。

 魔術を受ける覚悟ではなく、それを防ぐ覚悟を。


「――?」

「なんだい、それは?」


 右手からゆっくりと、魔力を放出する。

 半透明なそれはどんどんと濃さを増していき、やがて青白い純魔力へと変わった。その色は魔力の密度が高いことを表している。


 その異様な光景には、さしもの彼らも何が起こっているのかわからないといった顔付きだ。


 当然とも言える。ユウリが行っているのは、一度体外へと放出した魔力に追加の魔力と魔術式を付け足している、干渉作業。通常ならば魔力抵抗力の特性ゆえに決してできない諸行だ。


「ラル。あんな子供騙し」

「わかっている。怖じ気付いたわけじゃないよ」


 眉を寄せる二人であったが、脅威を感じるまでもないと判断したようである。

 二人して左右対象の利き手を持ち上げ、その手のひらをユウリへと向けた。


 そして放出する、雷撃。

 人一人を飲み込むに足る、その魔術がユウリへと迫る。迫る。迫って、そして喰らい尽くそうとする寸前。


「――らァッ!」


 覚束ない動きでありながら、手に蓄えた密度の濃い魔力を投擲した。それは魔力の塊に【射出】の魔術式を加えたからこそできる芸当。


「なんだと!?」


 その行いに、ラルとルナが目を見開いた。


 瞬間、雷撃と魔力弾が激突。


 相殺、とまではいかなかった。

 いくら密度の濃い魔力といえども、形質魔術式も含まないただの純魔力では威力も知れている。中級魔術ほどの威力を真っ向から相殺できるほど、威力は高くはならない。


 けれども、魔術を逸らすことには成功する。


「くぅ……ッ!」


 全てを逸らすことができたわけではない。体の左半分の一部に電撃が走り、痛みを訴える。

 だが致命傷は避けられたようで、倒れながらも口元だけはニッと笑みを浮かべる。


 例え脂汗を流しても。強気を見せ続ける。


「馬鹿な」

「噂では、精々身体強化しか使えないはずなのに……」


 その事態に、ラルとルナは唖然とした表情を送った。

 やはり彼らも目の前の事象には驚くしかなかったのだろう。


(やっぱ、軌道が逸れたな)


 ユウリからすると、今の魔術は完全ではなかったが。

 もしも狙い通りの位置に魔力弾を撃てていれば、余波すら受けずに済んだはず。

 しかし実際には掠る程度だが、魔術をその身に受けてしまった。理由は魔術精度が未だ完全ではないためである。


 しかしいつもに比べると、遥かに精度がまともであったことは非常に喜ばしいことであった。


 未だ、窮地は変わらないままではあるが。


「……うし」


 ようやっと、動ける程度には麻痺が治った。

 疲労感の残る体を持ち上げ、スゥっと視線を細める。


 これまでも決して油断したわけではない。

 単純に、この二人の実力がユウリと拮抗するレベルにある。

 けれども、警戒を最大限に上げることで二度と魔術を受けないようにする。そう、心に決める――。


「――あ、れ?」


 決めたはずなのに、片膝を地面へと付いてしまった。


「は、はは」

「ラル。やっぱり魔力抵抗力はないみたいね。さっきの魔術を受けた体が、癒えてないみたい」


 フラつき、顔を蒼白とさせて。

 立てないユウリを二人して嘲笑う。


 ユウリが立てない理由は簡単だ。

 魔術を、完全に魔波動で防ぎ切れてない状態で浴びすぎた。それだけのこと。


 もともとユウリが魔術をその身に受けても、魔波動により単純な衝撃に変換することでその難を逃れてきた。

 しかし此度の戦闘は少々不意を突かれる形で、魔波動が完全でない状態で魔術を浴びてしまう形になっていた。


 ゆえに疲労も傷も、負荷も蓄積していったというわけである。


「さて、じゃあトドメを」


 ラルとルナ、それぞれがスッと腕を振り上げる。それが切っ掛けで、ユウリの頭上に雷の剣が何本も出現した。


 その光景をただ見ることしかできないユウリ。


「安心しなさい、欠陥品」

「慈悲深い僕らは、命までは取らない」

「精々、二度と学園に立ち寄らせない体にするくらいよ」

「それでは」


 空中で静止していた剣。

 上から糸で吊られていたかのようなそれらが、糸が切れたように落下を始める。


 足は上がらず、その場から動けないユウリは、内側の魔力を爆発させて降り注ぐ魔術を防ごうと身構えた。


 しかし、それも杞憂に終わる。


「――」

「なんだ……と」


 これまで見た中でも、一番驚いた表情をしたのではないか。

 あんぐりと口を開けて、先ほどの光景を信じられないとばかりの顔で脳内に刻み込む。


 その彼らの目の前、ユウリを庇うように現れたのは白銀の髪を揺らす少女。


「――あんた達、誰?」


 蒼炎にて全ての剣を焼き尽くした、フレアがその場に現れた。




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