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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 上編
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それは歩みか逃げか

 ドォンッと。

 衝撃音が鳴る。


「――まだ、だ」


 朝早くから自らの寮室を抜け出し、訓練場へと足を運んだユウリ。昨夜の感覚を忘れぬようにと己の手のひらに魔力を込める。込め続ける。


「――ハッ!」


 手のひらに集った青白い純魔力。

 密度の濃さを表すその色は、ただの純魔力と言えどもそれなりの威力を誇るものへと変化させていた。

 それを、投擲する。


 しかし魔力の塊は見当違いの方向へと進み、爆散。

 魔力弾が激突した壁からは砂煙が舞い起こる。


「【射出】の魔術式一つ構築するのに、こんなに大変だなんて思わなかった」


 少しばかり息を吐く。

 他の魔術師志望の生徒は、それこそ息をするかのように【射出】の魔術式を構築する。

 しかし今まで魔術式をまともに形成したことのないユウリにとっては、それを構築するだけでもかなりの集中力を費やさなければならない。

 更に言うなら、集中して構築しても精度があまりにも低すぎる。


 目標に到達できない飛び道具など、実践で使うことはできはしない。


「練習あるのみってことかね」


 呟く。そこに落ち込んだような声色は存在しない。

 今まで使えないとばかり思っていた魔術。その足がかりを見つけたのだ。この程度のことで落ち込んでなどいられない。


 ふと空を見ると、朝日が昇り始めている。

 これほど早起きしたのは何年ぶりか。もちろん早朝訓練は欠かしたことはなかったが、胸が踊る思いで訓練場へと足を運んだのは、ここ最近では記憶にない。


「――まずはやるべきことから」


 朝日を睨みつける。

 魔術の可能性を感じた今、彼のやるべきことは着実に増えていた。



 ★


 午前中の授業が終わり、昼休みへと突入する。


「――ごめん。ちょっと今日は行くところがあるから、三人で食堂に行ってて」

「ちょっと、ユウリ君?」


 いつもならレオンとステラ、それからフレアの三人と食堂に足を運ぶ。

 しかし今日ばかりはユウリ一人、図書館へと赴いた。

 理由は一つ。単純明解。図書館にある魔術式の本を読み込むためである。


 ユウリは入学してから一度として、ルグエニア王国の中央図書館を使用したことはなかった。

 必要ないから、と。

 けれども学園に入ってから三ヶ月ほどで、その考えも変わった。


 見上げるのは巨大な建物。

 昔から存在するこの中央図書館は、華美な装飾がされてあるというよりも荘厳な印象を周囲に抱かせる姿をしている。

 古びた柱などは逐一補強しているとも聞くが、外観だけなら数十年ほどの年期を感じさせるものだ。


 その中へと、足を踏み入れていく。


 お目当ての本はすぐにも見つかった。


「これこれっと」


 手に取った書物は、『初級魔術大全』。

 初級魔術を形成するための魔術式のほぼ全てが網羅されてある、魔術師を目指す者のための基本的な資料である。


「――そういえば。魔術式に関して、自分から調べるってことはあまりしなかったな」


 扱えない代物に対しての未練をキッパリと断つ。その意味合いを込めて、これまでユウリは魔術に関する書物を手に取ったことはない。

 ゆえに魔術式に関しても詳しい知識は頭の中には保存されておらず、どことなくワクワクとした感情が芽生え始める。


 しかし本の一ページ目を開いた瞬間、「うげっ」と表情が引き攣った。


 文字。文字。文字。

 文字ばかりの光景が、ユウリの脳内を掻き乱すようにに襲う。


「うわちゃー。こういったの、苦手なんだよなぁ」


 文字の読み書きは、教わったために可能だ。

 けれど、慣れているかと問われればそうではない。こういった文字の羅列の書物は、読み終えるのに非常に時間がかかってしまう。

 もはや一ページ目から挫折しそうな、圧倒的分量にユウリは天井を仰いだ。


 直後。

 バッチリと、碧眼の瞳と視線が交錯する。


「あれ、スイ先輩」

「ユウリ・グラール。どうしてこのような場所にいるのですか?」


 思わず瞠目してしまった。

 視線が見事に交わってしまった相手は、スイ・キアルカ。薄い黒髪と碧色の瞳が特徴的な、総会本部員の一人である。


 一応ながら顔見知りということもあり、声をかけると向こうも反応を返してくれた。

 否。それだけに留まらず、ユウリの座っていた席の対面側に着席する。


 チラと見れば、彼女の片腕に抱かれているのは一冊の本。

 彼女もまた、この図書館に書物を探しに来たのだろう。


「どうしてと言われても。ほら、これこれ」

「『初級魔術大全』? 魔術師でないあなたがそれを読んでどうするのですか。魔術師への対策でも?」

「いやいや。魔術を使えるように勉強を始めようと思ってさ」


 ユウリの堂々と言い切るその姿に、スイは訝しげな表情を浮かべた。

 彼女のそんな反応も必然と言うべきか。ユウリの魔力総量はとても初級魔術を扱えるほどのものではない。その彼が魔術の知識を得たところで、意味のないものとなるのは簡単に予想できる。


「――」


 しかしここ最近でユウリ・グラールという少年を、少しずつであるが理解し始めてきたスイである。

 無駄なことはしない彼であるならば、何らかの魔術の発現方法を見つけたのではないだろうかと、考えた。


「なら、その本よりも初心者にお勧めの魔術教本が他にありますよ」

「うっそ! ちゃんと調べたはずなんだけど」

「もしも聞いた相手が教師やそれに連なる者であったなら、初級魔術の全てが乗ってあるその本が便利だと考えるでしょう。けれど、魔術に対するイメージの構築すら出来ていない初級魔術師にはあまりにも難解ではないですか?」

「確かに、全然わかんないっすわ」


 ユウリは頷いた。

 そんな彼に対して、スイは向こう側の本棚の方を指差す。


「でしょうね。であるならば、あちらの本棚にある『魔術式構築理論――初級編』をお勧めします」

「さっすがスイ先輩。頼りになるっす」

「ふふん。当たり前でしょう。私を誰かと心得ているのですか」

「貧乳先輩」

「ぶっ殺しますよ?」


 剣呑な視線を向けられるも、スルリと躱して指定された本棚へと赴く。

 まるで猫のような気まぐれな様子に、さしもの総会本部員も溜息を吐いた。思えば、彼との会話は終始ペースを持っていかれているように感じる。


「――これっすかね?」

「……ええ。そうですよ」


 どうやら早足で本を手に取り戻って来たらしい。

 コトンと目の前に置かれたのは先ほどスイ自身が勧めた書物、『魔術式構築理論――初級編』。

 彼に教えた書物と目の前のそれが一致していることを教えると、ユウリは「よっしゃ」と意気込むようにその本を開いた。


「ちなみに。あなたはどの魔術式を知りたいのですか?」

「うーん。今の所考えてるのは、形質魔術式かね」


 本を開きながら、なんとなしにそう答える。


「魔術式自体、俺が扱えるのは【収束】と【射出】だけっすから」

「改めて聞くと、それでよく魔術師を今から目指そうと思いましたね」

「別に魔術師を目指すわけではないんですけどね。ただ、基本的な初級魔術くらい使えれば何か役に立つのかな、と」


 思い返せば、今までのユウリの戦闘スタイルはワンパターンであった。


 得意の瞬発力で相手に近づき、魔波動を込めた強力な一撃を放つ。それを何回か繰り返して、相手の体力と意識を削っていく戦い方。


 飛び道具は魔波動の弾、ただ一つ。不可視の一撃は確かに相手の意表を突く分では非常に重宝するが、同じ相手に使えるのは一度や二度限り。でなければ、見切られてしまうからだ。


 防御術も魔波動に頼りっきり。

 魔術を純粋な衝撃に変えてくれるため、ユウリは敵の魔術に対する耐性を身につけたが、防ぐ術というのもまた魔波動の盾と壁の二つのみ。

 更に言うなら一定以上の威力を誇る魔術は受け切れることはできず、どちらも発動後には大きな隙ができる。


 このままでは強くなれないのだと。

 ユウリは確かに感じた。


「――そうですか」

「何か、含みのある顔ですね。先輩」

「いえ。ただ付け焼き刃の魔術を覚えたところで、それが実戦で果たして使えるのかと疑問に思っただけです」

「――」

「覚えるのはあなたの勝手なので、今の言葉は気にしなくていいですよ」


 澄ました表情で、スイも先ほど自身が持ち込んだ書物に視線を落とす。

 ユウリもまた、そんな彼女の言葉を聞きつつも眼下に広がる文字の海へと視線を飛び込ませた。

 けれども、付け焼き刃の魔術という言葉は、どこか脳内に残るままだった。


「スイ先輩」


 だからこそ、というわけでもないが。

 ユウリは堪らず、目の前の彼女に声をかけた。


「――何ですか」


 書物に目を通している途中で声をかけられたからか、「早く要件を言え」とばかりの視線を向けてくる。

 だがユウリ・グラールはそれに気圧されることなく、堂々と発言した。


「この本の内容、わかりません」


 スイは思わず突っ伏した。



 ★


「いいですか? 魔術式には形質魔術式と形態魔術式、それから補助魔術式の三つの種類があります。これは授業でも習ったでしょう?」

「あー。確かそんなことを先生が言ってた気がする……」


 うる覚えであるために、中々思い出せない様子のユウリ。その姿に何度目かわからない、重い重い息を吐く。


「いやぁ。今まで魔術なんて自分とは関係のないものだと思ってたから、聞き流してましたわ」

「例え自身が使えなくとも、魔術の対策のためにも知識は必要です。それを怠るなどと……。しかもそれで今まで魔術師と何度も交戦していると聞きますから驚きです。よくこれまで生き残れましたね」

「そこはほら。実力?」

「はぁ」


 またしても、溜息。


「ともかく! あなたが今知るべきはこの三つの魔術式の中でも特に魔術に必須であるとされる形質魔術式です。形質魔術式が何かは流石に知ってますよね?」

「【炎】とか。先輩も扱う【水】とか」

「ふぅ、安心しました。これさえ知らなければ、今から学園長に直接あなたを学力不足で退学にするべきだと直訴しなければならないところでしたので」

「なぬ」


 割と本気の視線で語られたために、少しだけ表情を引き攣らせた。


「まあ、その話は置いておくとして。形質魔術式にもまた基礎形質、派生形質、特異形質と三つの種類に分かれます。先ほどあなたが言った【炎】や【水】、さらに【土】と【風】の四つは基礎形質に分類されます」

「ほうほう。他二つは?」

「派生形質というのは基礎形質から派生させた属性の魔術式のことです。【雷】、【木】、【氷】、【光】、【闇】などがこれに当たります。特異形質というのは、分かりやすく言うなら基礎形質と派生形質以外の形質魔術式のことを指します」

「へぇ。例えば?」

「治癒魔術を扱う上で必要な【治癒】、一撃の破壊力が極めて高い【衝撃】、更に言うなら、前に戦ったアルバン・ドアの【振動】などはこの特異形質の枠組みの中に入りますね」

「――なるほど」


 脳裏に蘇るのは、アルバン・ドアとの交戦風景。

 目の前のスイと共闘しても叶わなかった、怠惰な獅子と呼ばれる魔術師。彼の扱う振動魔術もまた、特異形質の魔術式によって構築されたものだったのかと、視線を少しほど細めた。


「あなたが覚えるべきものはまず、基礎形質の魔術式です。特に、自分の得意な形質は知っておいて損はないでしょう」

「得意な形質……」

「そうです。私であれば四属性の基礎形質の内、水魔術が得意です」


 そう言って、手のひらの上に小さな水の塊を作った。


「もちろん他の基礎形質も使えないことはありませんが、余計な魔力や構築する際に魔術式演算に余計な手間がかかるため滅多に使用しません。逆に水魔術であれば、タイムラグなくすぐに魔術を発動できます」

「そういえば、先輩って魔術発動速度がすんげー速かったような気がする」

「ええ。この学園においては、"加護持ち"を除けば最上位に位置する自信はあります。もちろん他の形質になるとそうはいきませんが」


 誇るでもなく、当然のような顔をする。

 総会本部員、及び"五本指"候補者ともなると、それほどの自負がなければ務められないのだろう。

 魔術に関してそこまでの自信を持てることに、ユウリは少しだけ彼女を羨ましいと思った。


「話が逸れました。とりあえず、まずやるべきこととしては得意な形質を見つけて、その魔術式を習得。そこから形態魔術式や補助魔術式を習得していくのが一番効率的だと思いますが」

「そうっすね。先輩の言った通りにしてみます」


 彼女の提示に肯定の意を込めて首を縦に振る。

 例え付け焼き刃であっても。何もやらないよりは、こうして魔術を習得する方が確実に前進するはず。


 ユウリはそう信じて、拳を強く握った。



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