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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 上編
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新たな手札

 フレアと別れて部屋へと戻ったユウリを出迎えたのは、一枚の手紙。送り主はルーノである。

 その手紙に従って彼の研究室へと赴いたユウリを待っていたのは、魔術発現の可能性の提示であった。


「俺が、魔術を扱えると?」

「あくまで可能性だがね。しかし君の体質を逆手に取り、最大限に利用すればそれも可能となるかもしれない」


「言わば、君だけの魔術発現方法を構築するのだよ」と。

 まるでユウリにとっては夢のような話を切り出される。逆にそのようなことが本当にあるのかと、不審に思うくらいだ。


「その方法っていうのは、一体――」

「ユウリ君。逸る気持ちはわかるが、一つ一つ説明していこう」


 身を乗り出す勢いのユウリを、しかしルーノは諌める。


「まず、体外に発現した魔術に人は干渉できない。この魔術の法則は君も知っているだろう」

「そりゃ、まあ」


 今更何をと。そのようなことを考えていることが、ありありとわかる表情を晒す。

 魔術に関する知識に疎いユウリですら、その法則は知っている。それほど一般的な知識なのだ。


「では、一つ見せよう」


 ルーノはそう言い、手のひらを差し出す。

 疑問に満ちた瞳でそれを眺めるユウリ。すると、その手のひらからじわっと、半透明な何かが溢れ出た。


「これは純魔力だ。ユウリ君ならわかるだろう?」

「まあ。でも視認できるってことはそれなりに魔力を込めてる」

「そう。更に魔力を込めれば、魔力密度の濃い証拠である青白い色になるが、私程度の腕ではこれが限界だ」


 言い終わると同時に、半透明な魔力が霧散する。

 魔術に含まれる【収束】の魔術式の効果が切れたようだ。


「知っての通り、一度体外に発現した魔術に干渉することはできない。今、私が発現した【収束】だけを含めた純魔力。これに魔術式を新たに加えることはできない」

「それ。確かズーグ先生も前に言ってた」


 思い出すのは、入学してから日が浅い内に行われた模擬戦の授業。

 初めてレオンと模擬戦を行ったのはその日であるが、その前にズーグから魔術と魔術式についての基本的な知識を復習させられた。

 その際にルーノが今やってのけたことと、言っていたことを、そっくりそのまま言われたことをユウリは覚えている。


「それだけ基本的な知識ということだよ。しかし、しかしだ。ならばなぜ体外の魔術には干渉できないか、それを知っているかい?」

「――」


 言われて、口を閉ざす。

 その答えをユウリは知らないからだ。


「答えは簡単。生物全てが持つであろう魔力抵抗力が、魔術に干渉する際にそれを阻害するからだ」


 今度は右手のひらの上に、ゆらゆらと揺れる炎を発現した。


「だから私達魔術師は、体外に発現した魔術に干渉することはできない。この炎を構築したければ、先の純魔力に【炎】の魔術式を追加するのではなく、一度発動を解いて【炎】と【収束】の魔術式を含めた魔術を一から構築するしかないのだ。たった一人の魔術師を除いて、ね」

「――それって」

「君のことだよ。ユウリ君」


 温和な笑み。

 同時に、肩に手を置かれる。


「魔力抵抗力のない君なら、もしかすると体外に発現した自分の魔術に干渉できるかもしれない。試してみなければわからないが、僕の実験に付き合うつもりはないか?」

「――」


 先の現象。

 そして今向けられている期待の視線。

 無論、研究者としてのルーノを知っているユウリはその期待が自身に向けられているというより、ユウリの持つ独特の体質に向けられていることは理解している。


 それでも。もしも。

 自らが魔術を使えるようになればと考えると、言い知れぬ感情が内からふつふつと湧き出てくる。


 だからこそユウリは。


「やります」


 そう、強く答えた。



 ★


 場所を変えて、ユウリとルーノは学園内にある訓練場へと足を運んだ。

 目的はもちろん、魔術の発現が可能かどうかの実験。


 上を見上げれば星が光を帯び初めている。確実に門限を超えた時間帯だ。それでもユウリがここにいられるのは、権威を持つ研究者のルーノが側にいるからに他ならない。


「それでは、やってみようか」

「――」


 言われて、ユウリは手のひらからジワリと半透明の魔力を発現する。

 内から溢れるようにして現れた純魔力。いつもなら速度を持って放出するが、今はゆったりと垂れ流しの状態だ。


 ここまでは魔波動でもよく扱う段階。


 実験は、この先の段階にある。


「次に【収束】の魔術式を込めるんだ」

「――」


 意を決して、ユウリは慣れない魔術式を脳内で構築する。

 頭の中にあると言い伝えられている、魔術式演算領域。いつもなら使わないそれを、今回ばかりは酷使する。


 すると。


「――おお」


 魔力が安定した。

 まるでゆらゆらと揺れる半透明な炎。

 大気の中に溶けるように消えていく先ほどまでとは確実に違う、魔力の流れだ。

【収束】の魔術式が働いているため、しっかりと原型を残してその場に留まっている。


「第一段階、成功だ」


 笑みを浮かべるルーノ。

 一瞥すると、想定通りだと言うかのように、少々得意げな顔になっていた。

 しかしユウリは気にしない。


「第二段階」


 ポツリと呟き、魔力を流し続ける。

【収束】の魔術式によりその場に留まり続けるユウリの純魔力。それにどんどんと魔力を重ねていく。


 すると半透明の魔力が、青白い色へと変化していく。


「第二段階、成功」

「――すっげ」


 思わず感嘆の声を上げた。

 本来ならば、一度体外に放出した魔術には干渉できない。ゆえに魔術に魔力を追加して、その威力を向上させることなど叶うはずもない現実であった。


 しかしユウリの前に広がる光景は、その法則を完全に無視した現象。


 蓄積されていった魔力は、強く、青白く、光輝いている。

 純魔力が破裂しない、限界までに密度を込めた魔力だ。


「最後の、第三段階だ」


 ルーノの言葉に、ユウリは頷く。

 次に込めるのは魔力ではない。魔術式だ。

【収束】以外の魔術式を含ませて、果たしてそれが成功するのかを見る。最後の段階。


 構築するのは【射出】の魔術式だ。

 先ほどルーノに教えてもらった、魔術師ならば覚えて当然、というより使えなければ魔術師とは名乗れないような基本的な魔術式である。


 覚えたてゆえに不安定ながら、しかししっかりと構築だけは行う。


 そして――。


「第三段階、成功」


 目標としている場所から全く違う位置に着弾した、純魔力による魔力弾。

 ドンッと、威力はどの魔術にも劣るとされる魔力弾とは思えない衝撃音がユウリの耳に届く。


「威力は初級魔術と中級魔術の間ほど。精度はボロボロで実践にはとても使えるものではない、か。しかし撃ち出せることがわかっただけでも上出来だろう」

「――」


 未だ信じられないものを見たとばかりに、己の手のひらを覗く。

 この手が、この手のひらが、先ほどの魔術を発動した。

 決して使えぬとばかり思っていた、魔術を。


「やはり僕の予想は的中した。魔力抵抗力の有無により、魔術に干渉できるかどうかが変わる。これはこれからの研究にも活かせそうだ」


 ニヤリと笑うルーノであるが、ユウリはそれが目に入らない。否、見ようともしないといった方が正しいか。

 ただ唖然と自身の行った所業を思い返す。


「――ルーノさん」

「どうしたんだい。ユウリ君?」

「俺、魔術を使えるの?」

「ああ。もちろん君の魔力総量を超える魔術式を構築することはできないため、扱えるのは精々初級魔術までだろうけれども。使い用によっては魔術を取り入れた戦闘もできるようになるはずさ」

「そか」


 ポツリと呟く。


「さてさて。もう時間も遅い。僕としては良いデータが取れたのでこれでお開きにしようと思うのだが、君は?」

「……俺もそろそろ、部屋に戻ろうかな」

「ならばここで解散だ。要件があれば、また君を呼ぼう」


「それでは」と。

 それだけを口にして、その場を去っていくルーノ・カイエル。

 後に残されたユウリは、満天の星空を見上げた。

 夜風が冷たくユウリの肌を触る。けれども、己の中にある感情は熱くユウリへと訴えかけていた。


 まだやれる。まだやれるんだ。と。



 ★


「ふぅ」


 学園総会本部室は、ここ数日の間は忙しさに拍車をかけている。

 原因は近々行われる実地研修の準備やその対応に追われているからであるが、しかしそれだけではない。


 学園闘争、およびハザール・グランブル。

 それらの情報も逐一集めることも、仕事の一つである。


「少しお疲れのようだね。セリーナ総会長」

「そういうあなたも目の下にクマが出来ているわよ。レスト副総会長」


 クスリと笑うセリーナと、同じように頬を緩めるレスト。


「さてさて。何か新しい情報でも手に入ったのかしら?」

「ええ。ハザール率いる革命派の話です」

「そう。席には?」

「いいえ。立ったまま報告させてください」


 資料を差し出す。

 覗き込むと、セリーナの眉が少しだけ寄せられた。


「彼らのメンバーの大まかな情報です」

「前に見た時よりも増えているわね。それも貴族の人達が多いように思うけれども」

「この学園は貴族と平民、それらを平等に扱うよう方針が決められています。それを快く思わない貴族が革命派として馳せ参じているようです」


 眼鏡を上げて、疲れたように溜息を吐く。


 資料に目を通すと、その人数は数十人にも及ぶことが見て取れる。

 セリーナ王女による圧倒的カリスマ力の前には、全校生徒の内の百分の一の人数にも及ばない敵対勢力であるが、それでもこの人数を無視することは流石にできはしない。


 中でも気になる箇所が一つ。


「一年、天馬組。その主席二人が彼らのもとへと出向いたようね」

「フラスコル伯爵の双子、ですね。噂は幾つか耳にしていますが」

「個々の実力だけでも一年の中では上位に位置するけれども。二人合わせた時、彼らの連携は"五本指"候補者をも打ち破ると言われている」


「実際に戦うところを見たわけではないけれど」と。セリーナは付け足す。


「実地研修の件もあるし、あまり私自身が動けないのも心苦しいものね」

「そうですね。ただ、革命派の件に関しては後回しでもよろしいかと」

「と、いうのは?」

「戦力的に、どう考えても僕ら総会側の方が圧倒しているからです。こちらは僕とあなた、二人の"五本指"がいることに対して、あちらは一人もいない。それだけでも学園総会の権威に差が出る」

「つまり彼らが総会に成り代わる可能性が低い、と」

「未だ、ですがね」


 眼鏡をスッと持ち上げる。

 窓から差し込む光を反射させたことにより、彼の瞳は伺えない。


「何より実地研修が近付いています。例年通り我ら総会の実働部を派遣するのみならず、本部室員も派遣。更には治癒魔術の扱える教師を含めて、各都市に三人ほど配置。そして極め付けには――」

「A級傭兵を向かわせる。今年の実地研修は随分と豪華なものになるわね」

「時期が時期。これもまた仕方のないことかと」


 レストの言った通りである。

 近頃は"再生者"の動きが活発だ。それに続くように、治安の悪化や魔獣の増加と、ここ最近のルグエニア王国は建国から今までの間でも極めて珍しい、危険な年とも言える。


「――その中で、円滑に、かつ安全に運営できるように努力するのが我々の仕事。今は実地研修に力を注ぎましょう」

「ええ、そうね」


 机の上に置かれた資料をチラリと覗く。

 見過ごせるほど、危機感がないわけではない。しかし優先すべきことは他にもあるのだと、セリーナはその書類から目を逸らした。




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