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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 上編
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魔術の可能性

「それで、フレリック、でいいのか」

「フレノールですわよ! 同じ獅子組のクラスメイトの名前くらい覚えておきなさいまし!」

「んじゃフレノール。俺達に何か用でも?」


 思えば突然この少女は自分へと声をかけてきた。そうされる理由も思いつかないユウリは、単刀直入に尋ねる。


「こほんっ。あなた方の模擬戦の戦績が大変よろしいことはワタクシも知っておりますことよ。だけれど、だからといってそれが総合成績上位に君臨することとはまた別の話」

「えっとですね、ユウリさん。つまりフレノール様は自分がユウリさん達の眼中にもないことに憤りを感じてます。自分もいるのだと――」

「メル! 余計なことは言わなくていいですのよ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るフレノールの姿に、貴族の御令嬢が発する華やかさやお淑やかな印象からかけ離れているように感じてしまうのも致し方ない。


 否。むしろその向上心とも言い難い、自身を高く見せたい欲求のそれは高圧的な貴族にありがちな態度とも言えるかもしれない。

 ユウリやフレアとしては、少々彼女が幼いように思えてならないが。


「ふぅん。で、あなたは私達に何を求めるの?」


 埒があかないと、フレアは淡白な口調でそう告げる。

 彼女としてはさっさと部屋に帰るなり、どこかで夕食を取るなりしたいところであった。

 ゆえにさっさと要件を言えという意味合いを込めた視線を送る。


「何を求める、というわけでもございませんの。ただあなた方はこの獅子組の生徒であり、何の縁かワタクシのクラスメイトとなった身。少しはそれを弁えて欲しいだけですわよ」

「弁えて欲しい、ね。具体的にどうしろっていうのよ」

「レオン・ワード、及びステラ・アーミア」


 指を差される。

 その先にいる二人はそれぞれ、眉を寄せた。


「別に平民と関わるな、とは言いませんことよ。ワタクシとて平民なくして貴族なしと、その格言は心得ているつもりですわ。けれども、けれども! その二人と実地研修で班を共にすることは頂けませんわ」

「……なぜ、と一応聞いておこうか」

「考えればわかりますことよ。加護持ちたるフレアと関わるならば、まだマシなこと。欠陥魔術師と呼ばれるユウリ・グラールと同じチームになることがどういう意味を持つか、聡いあなたならわかるはずですわ」

「――」

「欠陥魔術師と行動を共にする。そうすることで周りのあなたへの評価がどう変わるかは、今一度よく考えるとよろしいですこと」


 言いたいことを言い終えたのか、こほんと咳払いをする。

 なるほど、とユウリは彼女の内心を少しばかり理解した。おそらくこのフレノールという少女は、レオンと同じチームになりたいのだ。

 だからこそ欠陥魔術師であるユウリとのチーム申請を思い留めるように、先ほどの言葉を口にしている。


「その点、ワタクシとならば心配もないのではなくて? フレアさんに関してもそう。加護持ちとの関わりも重要ではあるのは理解しているつもりですけれど、レオン・ワードさんとステラ・アーミアさんはあまりに交流が多すぎる。他の貴族が警戒しておりますわよ」


 続けて、フレアとの関わり方にも口を出した。

 加護持ちとの接点というのは、貴族社会では非常に有効な切り札にもなり得る。が、それを持ちすぎると他の貴族から警戒されることにもなりかねない。

 特にフレアとよく行動を共にしているレオンとステラには、他の貴族も警戒心を抱くことを余儀なくされるのだろう。


「――撤回してもらおう」


 貴族、という体裁を気にするのならば、彼女の言は正しい。

 フレノールは口にこそしなかったが、レオンの祖先は成り上がりで貴族になった騎士の家系だ。それを良しとしない昔ながらの中級、そして上級貴族はやはり、存在する。

 そして昔からワード家と有効な関係を築いているアーミア家もまた同じ。

 貴族の関係を重視するならば、ここは彼らと距離を置くことこそ意味ある行動に捉えられる。


 しかし、レオンはそれを理解してもなお、彼らから距離を置くことを是としなかった。


「フレノール伯爵令嬢。あなたの言葉は確かに当てはまる部分は多いのかもしれないが、しかし一つだけ納得できないものもある」

「……納得、できないもの?」

「ユウリ・グラールは、我が友は欠陥魔術師ではない。それだけは撤回してもらう」


 キッと。

 強く鋭い視線をフレノールへと飛ばす。

 ただの言葉なら、軽く受け流す程度の処世術は心得ているつもりであった。

 貴族としての場に赴くことの多いレオンの身である。それは出来て当たり前のこと。


 けれども。

 友を侮辱されたことに対する憤りを、内心で押し殺すことがこれほどに難しいとレオンは思わなかった。それができるほど、大人になり切れていないとも言えるか。


「何が違うと言うの。魔力測定では最低値を叩き出した彼のことを皆が欠陥魔術師と呼んでいることを、あなたが知らないはずがないと思うけれども」

「それでも僕の友に対する侮辱を放っておけるほど、腐ってはいない。何より魔力測定だけでは彼を測れないことも、またこの獅子組の連中は知っているだろう」


 レオンは周りを見渡す。

 レオンやステラ、そしてフレノールと。獅子組の中でも有力な貴族の彼らが一同に返せば、自然と注目を集めることとなるのは道理。

 そんな自身らに視線を向けるクラスの住人に、レオンもまた視線を投げかけた。


 全員の目が、背けられる。


「確かに否定したくなる気持ちはわかる。僕だってそうだ。正しいはずだと、訓練と共に上昇する数値を信じたかった。けれどそれに驕っていれば(ユウリ)のような異例に太刀打ちできなくなる」

「――」

「魔導社会の中だ。最初こそ魔力量や魔力抵抗力の優位さを信じていた。だが、僕はユウリを見て考えを変えた。例え手足を捥がれようと、生きる術はあるのだと」


 レオンの言葉が、静かに教室の中を浸透していく。

 最初は彼も魔導社会の中を純粋に生き抜く少年だった。数値を信じて、ユウリを努力しない怠け者だと罵った。


 その彼の言葉が、ユウリの中へと浸透する。


「――なら、なら! あなた方は勝手にすればいいことよ!」


「行きますわよ!」と。

 語尾を荒げたフレノールの言葉に、メルがビクリと体を震わせて彼女の跡を追う。

 その際に彼女は、チラリとユウリに申し訳なさそうな視線を向けた。


 ともあれ嵐のように過ぎ去っていった三人組。彼らとの邂逅も終わり、他の生徒も蜘蛛の子を散らすように教室から出て行った。


「あー。なんか、ごめん?」

「何を謝ることがある。僕は当然のことを言ったまでだ」


 ふんっと鼻を鳴らす。

 少しばかり彼の頬が赤くなっているのは、窓から差し込む夕日の影響だろうか。


「さて。僕は疲れた。悪いが今日はここで帰らせてもらうぞ」


 それだけを言って、彼もまた教室から去っていった。

 後に残るは、ユウリを含めた三人だけ。


「……なんか、レオン。変わったな」

「ふふっ」


 ポツリと呟いた声が聞こえたのだろう。

 ステラが少しばかり可笑しげに笑った。


「だとするなら、変えたのはユウリ君。君だよ」

「え?」

「さーて。私もそろそろ帰ろうかな」


 いつの間に準備を整えていたのか。

 ステラはレオンを追うようにして教室から外へと出て行く。その姿にぽかんと口を開けて眺め見るユウリ。


「俺、何かしたっけなぁ」

「その自覚がないのは考えものね」


 横から声がかかる。

 全ての準備を終えたはずで、しかし未だ教室から出て行こうとはしないフレアの姿があった。


「あれ。フレアは行かねーの?」

「……気が向いたから、あんたを待ってあげるわよ。早く準備して」


 言葉に、キョトンとする。

 待つとは、自分をだろうか。そう彼女の言葉を自身の脳内で木霊させる。

 なんという珍しさ。否、彼女からユウリを待つようなことは、今までに一度たりともなかったように思える。


「何よ。嫌なら別にさっさと私一人で帰ってもいいんだけど」

「おっと。ならちょいと待ってて。すぐに終わらせるから」


 最近、ふとしたことで気持ちが下降していくような錯覚を覚え続けていた。

 しかし今日だけは、その下降した感情が浮上していったように思えるのは、気のせいではないはずであった。



 ★


「失礼しまーす」


 ユウリは呑気な口調と共に、扉を開ける。

 場所はルーノ・カイエルの研究室。やはりと言うべきか、魔導機械に対して熱烈なアプローチを仕掛ける狂人の姿が目に飛び込んできた。


「――ああ。君はなんて美しいんだ。このフォルム、安定度、なにより私自身が驚くほど精巧に場面を映し出すこの性能。全てにおいて私が夢見た以上のものを拝ませてくれるなどとは、ここ最近でこれほどに心踊る出会いがあっただろうか。いや、ない! 君という魔導機械を生み出すために僕がこの世界に生まれたのではとさえ思ってしまう。後は調整だ。ただでさえ美しい君を、僕の手により更なる完全な境地へと誘って上げるからね。必要なものは――」

「ルーノさん。そろそろ止めてくんないと、話が進まないんすけど」


 呆れた視線と共に、溜息を吐いた。

 すると目の前の研究者もユウリの存在に気付いたようで、「ああ」と声をかける。


「ユウリ君か。どうしてここへ?」

「どうしてって。俺の部屋にここに来るように手紙を寄越したじゃないですか」


 そう言ってヒラヒラと手紙を揺らす。その姿にまたしても「ああ」と、思い出したように声を出した。


「そういえばそうだったね。さあ、入っていいよ」

「入っていいよと言われましても。この部屋、ゴミが散乱してるから足の踏み場がないんだけど」

「床に落ちているのは魔導機械の設計図と実験レポートだから気にせず踏んでくれて構わない」

「いやすいません。気にせず踏めるほど心が強くないっす」

「言いながら遠慮なく踏みつけて進むところは流石と言うべきかね?」


 クシャッと紙が潰れる音が響くが、気にしない。

 踏んでいいと言われたなら、気にせず進む。それがユウリ・グラールの精神。


「ちなみに今回の魔導機械はどんなもの?」

「よくぞ聞いてくれた! この魔導機械は――」

「簡単にお願い。具体的には一行ほどで」

「この魔導機械が映した光景を、映像として見ることができるものだ」


 ルーノの言葉に、イマイチ理解していないユウリは首を捻った。


 ちなみにルーノは放っておけば、朝まで魔導機械についての説明が止まらないため、一行で終わらせるようにさせている。

 当初こそ説明が終わるまでを睡魔との戦闘に費やしていたが、この方法を得てからユウリはルーノとの会話を以前よりも効率良く済ませることに成功した。


「口で言っても分かりづらいなら、見せてあげよう」


 ユウリが未だ理解していないことを悟った彼は、手に持つ魔導機械を机の上に置いて、起動させる。

 さらにどこから取り出したのか、先の魔導機械とは別の小型の箱のようなものを手のひらの上にも置く。


「これは?」

「見ればわかるよ」


 ルーノがそう言った瞬間、小型の箱の上に魔術式が浮かび上がる。

 宙に描かれる魔術式。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には別のものが映し出された。


「机の上の、光景……?」

「そう。光景を撮影する方を魔導カメラ。映像を映し出す方を魔導映写機。そう呼ぶようにしている」

「すっげ」


 思わずユウリは感嘆の声を上げてしまった。


 今までに見たことのない魔導機械だ。まさしく新開発された魔導機械の最新機器とも言えるだろう。それを拝むことのできたユウリは、ただただ目の前のそれに目を丸くする。


「まだ実験こそ行っていないがね。調整まで済めば、学園の至る所に監視の意味も込めてこの魔導カメラを設置するつもりだ」

「へぇ」

「あまり理解できていない様子だね。この魔導カメラが学園内に設置されれば、下手に校則違反行為は生徒ができなくなるというのに」

「え。それって夜食を仕入れに行くこともできなくなるの?」

「おそらくは」


 ユウリは崩れ落ちた。

 それでは深夜、急に空腹に襲われた時の対処はどのようにすればいいのか。

 軽い絶望感を覚えてならない。


「かくなる上は、監視に設置された魔導カメラを片っぱしから破壊するしかないか」

「ユウリ君。そういった野蛮な発想は止めてくれないかね。そのようなことを覚悟させるためにここに呼んだわけではないのだよ?」

「あ、そうそう。ここに呼んだ理由って何なんっすか?」


 ふとここに呼ばれたことを思い出したユウリは、あっさりと立ち上がる。


「ここに呼んだ理由、というのは他でもない。君の体質に関することで一つ、実験がある」

「実験?」


 言葉に、首を傾げる。


「そうだ。ちなみに一つ聞きたい。最近、腕に伸び悩みを感じていたりなどはしないかい?」

「――」


 次に言われた言葉に、思わず閉口してしまった。

 それは、あまりにも思い当たる言葉だったからだ。


 シド・ディノルとの邂逅。続けて行われた決闘による、圧倒的敗北。

 思えばそれ以前から、自身の実力の伸び悩みを感じていたようにも思う。

 そして更には、今日の昼に行われたレオンとの模擬戦。

 集中力を欠いていたとはいえ、手を抜いたわけではない。しかし数ヶ月前までは圧倒していたレオンとの実力差が、今ではほとんどないほどに埋められている。


 それらを思い、ユウリは視線を落とした。


「――それは」

「先は言わなくていい。君の反応が、表情が、痛いほどそれを僕に理解させてくれたよ。しかし、ならば朗報なのかもしれない。あまり期待を持たせるのも失敗した時のことを考えるといけないことなのかもしれないが」

「朗報……?」

「ああ、そうだよ」


 内容に、自然と耳を傾ける自分がいることをユウリは自覚する。

 この時、もしも未来のユウリがこの場面を見たのならば、迷わず転機であったと答えただろう。


「――今から教えるのは、君の体質を利用した魔術の発動方法。もしも成功すれば、君は魔術を扱えるようになるかもしれない」


 もはや諦めていた魔術の発現。

 その可能性を、ルーノの口から告げられた。




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