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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 下編
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さらなる刺客

「次で仕留める、だと?」


 ピクリと、レイドスの口角が上がっていく。

 一見すると笑みを浮かべているようだが、その瞳は表情と全く逆の感情を秘めていることがユウリにはわかった。

 怒り。それを彼から感じる。


「やれるものなら、やってみろ!」


 そして襲い来る風蛇弾。

 まっすぐ、ウネウネと動いて向かってくる魔術に、ユウリは視線を細めた。


「なら、オイも今からお前達を仕留めるだぁーよ!」


 同時にツヴァイも駆け出す。

 彼らからしたら、自分よりも歳下、そして格下の相手から舐められるような発言をされたことに、怒りを覚えたようだ。それがユウリの挑発だとわかっていても、彼らは乗ったのだろう。


 レイドスの魔力量の残高。

 状況の拮抗。

 これらの要因が、彼らに戦闘終了を急がせた。


「レオンはレイドスを抑えておいてくれ。十秒でいい」

「……わかった。やってみよう」

「スイ先輩は俺と一緒にツヴァイを。俺が必ず隙を作るんで、そこに大技を叩き込んでください」

「あなたの指示に従うのは何となく癪ですが、今は従います。だから、任せましたよ」

「了解」


 最低限の言葉で打ち合わせを済ませる。

 そのまま、ユウリは突進してくるツヴァイへと駆け出し、肉薄した。


「おおおッ!」


 互いに接近していたため、衝突までの時間は一瞬である。しかし速度に差があったためか、刹那の距離の収縮に驚いたツヴァイは目を見開く。この時点で速度で勝るユウリの方が状況的にはやや上手。


(……取った!)


 驚愕しているツヴァイの様子に、少しばかり口元を吊り上げる。最初の開幕は上出来であったためだ。

 ふとツヴァイの後ろから迫って来る風蛇弾と、レオンが放った閃光(ライトニング)が衝突する光景が飛び込んで来る。魔術の力量はツヴァイの方が圧倒的に上だが、軌道を逸らす事くらいはできるようで、風蛇弾の進路が大きく外れた。


 しかしあの魔術には【追尾】の魔術式が施されている。だからこそ、あまり時間はかけられない。

 ユウリは腕を引き絞り、ツヴァイの全てを破壊する一撃を己の中に見立てて、驚異的な威力で射出される右のストレートを放った。


「相ッ変わらず! 早いだぁーね!」


 躱される。

 ユウリにとっても予想外のことであったが、ツヴァイの目はユウリの瞬発力からなる速度に慣れてしまったのだ。

 魔波動により威力こそ底上げされている拳撃だが、その特性上、瞬発力以外は並みの領域を逸脱することのないユウリの動きにツヴァイがしっかりと目で追えるようになってしまったのは必然のこと。

 首の動き一つで拳を避けられたユウリは、目を見開く。


 銀閃が、舞った。


 光に反射して煌めく鋼鉄の棍棒が斜め上から降る。それを回避する術もなく、ユウリの胸部に激突。

 衝撃が体を襲い、胃液が漏れる。

 そして背後へと吹き飛んだ。


「――」


 ツヴァイはその時、目にした。

 吹き飛ばされながら、しかし足で踏ん張りつつ耐えるユウリ・グラール。その表情に張り詰めた、してやったりという笑みを。


「――これで、終わりです」


 背後にて。

 ツヴァイへと振り下ろすために発現された水の大剣。

 水流両刀(ウォータクルセイド)の右の刀と左の刀を合わせて構成された、人一人を丸ごと飲込めそうな大業物が構えられていた。


 魔術の名を、水流大剣(アクアグラム)という。

 曰く、階級こそ中級魔術に分類されるが、その一撃は大型の魔獣すら一撃で葬り去る高級魔術の威力にも勝るとのこと。


 その一撃が、ツヴァイへと振り下ろされる。


「惜しかっただぁーね」


 ポツリと呟いた。

 確かに当たれば即戦闘終了を余儀なくされる魔術だが、しかしそれはあくまで当たればの話。

 攻勢に転じた隙を突いて強力な一撃を叩き込むつもりだったのだろうが、ツヴァイは"軽業師"と称されるほどの体感バランスを所持している者だ。これがユウリの瞬発力からなる一撃なら避けることはできなかったが、重い一撃となると体勢を整え、躱すことなど十分に可能――。


「――ッグ!?」


 しかし突然の衝撃に、崩れかけの体勢が一気に崩壊した。

 一体どこから、何が飛んできたのか。それを探している時に目にしたのは、距離が離れつつもこちらに拳の先を向けているユウリの姿。


「悪いね。不可視の一撃を撃たせてもらった」


 魔波動の弾、『ショット』。

 色のない純魔力を勢い良く高速で放つことにより、熟練の者にとっても不可視の一撃へと変貌するユウリの切り札の一つ。

 威力こそ低く、精々が相手を怯ませるだけしかできない。それでも、この場面でこれ以上に優良な技などなかった。


「その技、まさか今まで温存を……ッ」

「当たり前ってね。先輩」

「――ええ、わかってます」


 唸り声を上げる水流大剣(アクアグラム)

 徐々に近付いていくその一撃が、唖然とするツヴァイに着弾する。


 けたたましい爆音と共に、水の大爆発が起こる。

 まるで大瀑布のような一撃が周囲もろともツヴァイを完全に飲み込み、その姿を覆い消した。


「――なんつう威力」


 頬を引き攣らせながらも、しかしユウリは動きを起動したままの状態。

 彼女の魔術が周囲を巻き込むほどの威力であることは聞かされていたがゆえに、巻き込まれないように移動した――わけではない。

 真っ直ぐと向かうその先にあるのは、今しがたレオンを魔術により吹き飛ばしたレイドスの背中だ。


 次の攻防で仕留める、というのは。

 二人同時にということである。


「――チィッ!」


 背後へと迫るユウリの存在を認知したレイドスは、苛立ちを込めた視線を向けつつ右の手のひらから魔術を放った。

 風によって構成された槍。それが竜巻のようにユウリへと投擲される。

 当たれば貫通するであろうその魔術を、しかしサイドへとステップすることにより回避し、さらに走る。


「まだ、まだァ!!」


 叫び、魔術師は両腕を突き出す。

 さらなる追撃は、数え切れないほど連射される風弾。

 残りの魔力量は少ないはずなのだが、あそこまで魔術を発動するということはそれだけ追い込まれている証拠であろう。


 だが、ユウリは走る。

 自らに着弾する軌道に沿って流れてきた弾を見極めて、最低限の動きだけで躱す。躱す。躱す。

 かの"蛇弾"との距離までは、およそ三歩で埋まる距離まで肉薄した。


 そこで、レイドスは笑う。


「……かかった」

「――ッ」


 真横から襲ってくるのは、最初に放たれた風の蛇だ。

 レオンの魔術により大きく軌道を逸らした風蛇弾が、ユウリへと狙いを定めて戻ってきたようである。その攻撃に、息を呑む。


 けれど。

 ユウリはこの時、一人ではない。


「行ってください!」


 風蛇弾の真下から天へと登る水柱が打ち上がる。

 自慢の魔術によりツヴァイを仕留めたスイは、援護のための魔術をただちに構成してくれていた。

 彼女を見ると、舞台は整えたとばかりの視線が送られてくる。そんな彼女のためにも、ここで立ち止まるわけにはいかない。


 ダッ。ダッ。ダッ。と。

 小気味良く地面を蹴りつけ、並みの戦士ならば反応もできない速度で懐へと潜り込む。

 爛々と輝きを増すその瞳に映るのは、警戒すべき敵ではなく仕留めるべき獲物だ。それを呆けて眺めるレイドス。


 腕を引き。

 重心を落として。

 まるで大砲のように。


 渾身の拳撃が、炸裂した。



 ★


「――副隊長!」

「ご無事でしたか!」


 ジークの(もと)へと、近寄って来るのは同じ蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)の部下達である。

 目算でおよそ十人程度。おそらく他の騎士は各地で民間人の防衛、および敵の排除に勤しんでいるのだろうとジークは推測した。


「ああ。しかしすぐにでも行かねばなるまい」


 現在地は魔導学論展の行われた会場からそれなりに離れた市街地である。彼の傍らには走ったことにより少しばかり息を切らしたルーノの姿もあった。


 二人の加護持ちとグラーノスが戦闘を始めると、そこはまさしく地獄絵図が広がった。

 地面は激しく割れ、荒れ狂う吹雪と燃え盛る蒼炎が周囲を襲う。その中心で暴虐のごとく荒ぶる黒鬼。これを地獄と言わずになんとするか。


 そのような現場で身を守る術を持たないルーノを放っておけばどうなるかは想像に難くない。ゆえに彼を保護するためにこの場まで避難した。


「行かねば、とは?」

「少し離れたところでグラーノスが暴れている。今はセリーナ王女とフレア嬢が応戦しているが、私もすぐに直行する」

「王女様が戦っておられるのですか!? なぜそれをお許しになったのか!」

「王女様が加護持ちだからだ」


 言葉と共に放つ、有無を言わさぬ眼力。それを受けた騎士の一人は口を噤んだ。


「もちろん何かあった場合の責任は私が取ろう。しかしこの現状、戦力を出し惜しみしている暇はない」

「――」

「そしてそれをセリーナ王女も察しているからこそ、留まったのだろう。あの方は聡明だからな」


 そこまで言うと、ジークは言葉を続けなかった。

 騎士も状況が良くないことに気付いたのだろう。反論することもない。

 戦力だけで言えば、決してこちらは負けてはいないはずだとこの場の誰もが理解している。しかし被害をどれだけ抑えられるかと問われれば、ここにいる者全ての表情が曇る。


 魔導学論展がある以上、ルグエニア王国の民だけを守るわけにもいかず、他国から来た要人までも守りきらねばならない以上、状況は極めて悪いと言わざるを得なかった。


「――ふぅ。久しぶりにここまで運動した気がするよ」


 そこで復活したルーノが呼吸を整え、声を出す。

 皆の視線が彼に集まった。


「ルーノ殿」

「事は起こってしまった。ならばそれに悲観するのではなく、動くべきなんじゃあないかねぇ」

「……仰る通りだ。ここにいる者に通達する。私はグラーノスのもとまで戻る。他の者は魔獣、"再生者"の刺客から人々を守護しろ」

「はっ!」


 十人ほどの騎士。それらが一斉に敬礼した。

 不安や葛藤こそあるものの、彼らは一流の騎士達である。王宮騎士団と銘打ってあるほどの練度があるはずなのだ。


 その、彼らでさえ。

 襲撃者の接近には気付かなかった。


「あらあらまあまあ」

「――え」

「――あ」


 敬礼する騎士。その内の二人が、グリンと眼球を回して倒れる。


「戦場で油断するのは駄目だと思うの。命知らずな人」

「――う」

「――お」


 また二人、倒れた。


「――総員、ただちにその場から離れろ!!」


 ジークの声により、一斉にその場から離れる。その過程で、先ほどまで自分達が立っていた場所に目をやった。


 一体いつからそこにいたのだろうか。

 純白のワンピースを纏う、真っ白な者。まるで人の手で作られたような精巧な美しさを放つ女性が佇んでいた。


「……白?」

「この方は……?」


 この戦場に似つかわしくない人間の姿に、皆がそれぞれ眉を寄せる。


「ふぅむ。この人は一体どちら様だろうかねぇ」


 ルーノでさえ、警戒しながらも首を傾げて彼女を眺めるばかりであった。

 しかしジークだけは冷や汗をぶわっと浮かび上がらせて、その者を見る。


「……お前達。決して油断をするな」


 彼の声が震えているように聞こえるのは、気のせいではないはず。

 硬い石造りの通りを踏みしめるその姿は、まるでその場から逃げようとする足に踏ん張りをきかせているようだ。必死な表情を浮かべるそのジークの姿に、騎士達全員が息を呑む。


「この女は――」

「あらあらまあまあ。もっと私と遊びましょーよぉ」

「――"汚染"、ゾフィネスだッ!!」


 先陣を切り込む、ジーク。その叫びを聞いた騎士達もまた、彼女に向かって飛び込んでいく。

 そんな彼らを楽しそうに眺める白き麗人、ゾフィネス。


 彼女はニッコリと笑顔を浮かべながら、懐から取り出した紫の飴玉を口に放り込んだ。





 その上空に浮かぶ巨大な船。

 飛行船と呼ばれるその中から、アルバン・ドアは下に広がる都市を眺める。


「三人の幹部のうち二人を投入。さらには自分と同じ災厄の使者(エンドリスト)をも向かわせるたぁ、ボスも怖いねぇ」


 呆れた様子でそう呟く。

 それは敵への哀れみが多分に含まれていた。


「最悪全滅もあり得るだろうな。さて、どうする?」


 怠惰な獅子。

 その楽しげな視線が、都市へと飛んだ。



 ★


「――なんじゃ。楽しそうなことをやっておるのう」

「……」


 その場で立ち竦むのは、ユウリ、スイ、レオンの三者。

 あちらこちらに傷が見え隠れする中、しかし深傷を負うことなくその場に立つ彼らの表情は蒼白としている。


 それは目の前に圧倒的な存在が佇んでいたから。


 濃い藍色の髪に、その下から覗く悪戯な猫を彷彿とさせる瞳。

 両の手に握られるのは反り返った刃が目立つ、曲刀。


「ケハハッ。主らよ、儂も混ぜてはくれんかのぅ?」


 "狂剣"、エブリス・スレイン。

 極めて危険な殺し屋が、爛々と輝く眼光にて三人を見つめていた。



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