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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 下編
58/106

A級

「レオン。スイ先輩。なんでここに」


 自らの下に歩み寄った二者の姿に、ユウリは思わず目を見開いた。


「どうしてもこうしても。私達はあなたと同じく、この襲撃の現場に居合わせたんですよ?」

「ならば迎撃に当たるのが筋。そうだろう? ユウリ」

「つってもねぇ。先輩はセリーナ会長の側に居なくて大丈夫なんですか? それにレオンもステラはどうした」


 疑問が次から次へと出てくる。

 どうしてこの二人だけがこの場にいるのか。

 どうしてこの二人がセットでここに来たのか。


 その疑問に対して、スイが答えた。


「あまり一辺に質問しないでください。とりあえず、私達は民間人の誘導と護衛に当たっていました。その時にレオン・ワードと出会って、ここにいます」

「会場内で黒髪の学園生徒が"再生者"の刺客を一人で相手にしていると聞いて、君だと思ったんだ。だからこそ誘導を終えた後、スイ殿を連れてここに参ったわけだが」


 言葉を引き継いだレオンはそこで、間を空ける。

 視線は前方。見たことのある顔ぶれ二人を指していた。


「まさかあの二人と遭遇しているとはな」

「ああ。俺もびっくりだよ」


 レオンもまた覚えているのだろう。

 魔導汽車の上で戦った相手。その実力もまた忘れるはずはなく。

 恐怖か、武者震いか。判別することができない震えがレオンを襲った。


「しかしよく無事でいましたね。この二人を相手に」


 それを悟ったのか、スイは警戒を強めながらもユウリに対する軽口を叩く。

 彼女だって目の前の敵から発せられる威圧感と殺意に何も思わぬわけではないのだろう。


 しかし平常心のまま言葉を口にすることができるのは日頃の弛まぬ努力の賜物か。

 同じく状況を察したユウリも応じる。


「ま、何とかなりましたよ」

「……よく言いますね。先ほど私の魔術がなければ直撃していたじゃないですか」

「いやさ。まだ最後の切り札が残っていたから、何とでもなったよ」


 嘘である。

 最後の切り札たる魔波動は三つの内の二つまで晒してしまい、残り一つは防衛用のものではない。


「それは頼もしいですね」


 ユウリの心境や冗談を理解しているスイはそれに対して、困ったように笑った。

 そして隣のレオンをチラリと見る。


「レオン・ワード。準備は大丈夫ですか?」

「……ああ、僕はいつでも動ける。スイ・キアルカ殿こそ覚悟は?」

「出来てないと思ってます?」

「いや。"五本指"候補者ともなれば、そのような覚悟などすぐにでも固められるだろうな」


 レオンは自身の剣をスラリと抜き放った。チカチカと点滅する魔導ランプの光が銀の色を含んで反射する。

 同様にスイも両の手に発現させている水流両刀(ウォータクルセイド)を構えた。


「前衛は私とユウリ・グラールが。後衛はレオン・ワードが担当。基本的に狙うのは――」

「俺がツヴァイ。先輩がレイドス。理由は魔戦士には魔戦士を、魔術師には魔術師を、ってところっすかね」

「……惜しいです。私は魔術剣士なので」

「負け惜しみかよ」


 言葉を取られて口を尖らせるスイ。この危険な場で酷く場違いな気の持ちようだが、逆にそれが頼もしい。

 レオンは神妙な顔付きで今の言葉に頷いている。こちらは対照的に集中力を極限まで高めている様子だ。


 戦局は二対一から二対三へ。

 劣勢からやや優先へと変わった。


「作戦会議は終了か?」


 ユウリ達三人の様子に、衝突の間際を感じ取ったレイドスが極めて冷たい口調で問う。

 先ほどまでこちらの様子を眺めるばかりだったのは、スイとレオンの二人の戦力を未だ把握できていなかったため、実力を推し量っていたようだ。


「まあね。こっちはいつでも行ける」


 トントンと慣らすためにも足踏みをする。

 弾力ある感触が下の絨毯から伝わってくるが、足場が悪くないことは先ほどの戦闘で確認済み。


 キィンと甲高い音が小さく漏れる。ユウリお得意の魔波動、その準備が整った証拠だ。


「じゃ、続きと行こうかぁーね」


 ひゅんひゅんと風を切る音と共に素振りされる棍棒。それを扱うツヴァイは衝突の瞬間を待ちきれないとばかりにニヤけている。


 ユウリとしては、望むところ。


「――ッ!」


 ユウリは真っ直ぐにツヴァイへと肉薄し、スイは足場から水柱を打ち上げて空へと舞い。

 ツヴァイはユウリの動き出しと同時にその場を走り始めて、レイドスは飛び上がったスイの接近を待ち構える。

 その少し離れた場所で、冷静に戦場を観察するのはレオン。


 ――双方が激突する。



 ★


「どぉっこいせぇ!!」


 ギャンッと断末魔の声が上がる。

 頭から一刀両断されたハウンドックが左右に裂けて肉塊に変わった、その瞬間のことだった。


「――あとはテメェだけだぜ。"爆殺鬼"」

「……こんな、はずでは」


 血だまりを作る屍体となった魔獣の群れ。その中心に佇むのは怪我をして地面へと膝をつく騎士数人を除けば、二人。


 一方は"爆殺鬼"の呼称で名の知れるゲレンダ・ディアス。

 爆発魔術を得意としており、数々の民間人や街を襲った凶悪な危険度B+級の手配者だ。

 そしてもう一方は"岩断ち"のエミリー。農民上がりにしてA級傭兵まで名を挙げた強者である。


 両者の力の差は、この場の誰が見ても明らかだった。


「あれだけのハウンドックの群れを、俺の爆発魔術の雨の中で殲滅したのか……?」

「爆発魔術ってぇのは厄介なもんだな。魔術の発動場所が視認できねえってのはそれだけで厄介だ。が、空気と魔力の流れである程度察知するこたぁできる」


 相手が悪かったな。

 そう言ってエミリーはカラカラと笑った。


 最初のこと。

 状況は極めてエミリーが不利であった。

 数多くの魔獣。手傷を負った騎士数名。

 何より厄介なのは魔獣の群れの中に腕利きの魔術師がいることだろう。

 その劣勢の中を、しかしエミリーは一人で打開した。


 その事実に、ゲレンダは顔を真っ赤にする。


「そんなことが可能などと、貴様は人間かッ!?」

「当たり前だろうよ。人間じゃなけりゃ何に見える?」


 笑いを収めることもなく、エミリーは「ほれ」と体を広げる。まるでどこもおかしいところなどないだろうと、同じ人間だろうと証明するかのようだ。


 確かに外見はここにいる誰とも変わらない。

 彼女のことを知らなければ間違いなく自分達と同じ存在だと、そう答えるはずだ。

 だがそれは、何も知らなければの話。


 A級傭兵。それは人外の領域に片足を突っ込んだごく一部の者に与えられる称号。

 勝てるわけもないと、ゲレンダは戦慄する。


「さぁて。覚悟はいいか?」

「――ひっ」


 後すざりを止めることができない。

 体の震えが止まらない。

 それは圧倒的な力を目にしてしまったから。


「行くぜ!」


 バンッ。そんな爆音にも近い音が響き、まるで大砲のような速度でエミリーが迫った。

 彼女の得意とする――衝撃魔術。

【衝撃】の魔術式を最大限に有効活用した、超破壊的近接戦闘。


 バン、バンッと。

 衝撃が二回伝い、エミリーは魔術師の背後へと肉薄する。


「ひっ」

「覚悟、決めとけ」


 己の背負う大剣。それを大上段に持ち上げて、叩き下ろす。

 極めてシンプルな戦闘方法だが、その破壊力たるや凄まじいものを秘めている。

 魔術師の腕がひしゃげ、吹き飛んだ。


「ヒギァァ――――ァッ!?」


 片腕を切り飛ばされたことによる痛み、だけではない。

 生け捕りにするために腕だけを斬り飛ばしたエミリーだが、彼女の振り下ろす大剣は全てを吹き飛ばすような激しい衝撃を見舞いつつ、地面へと到達。

 粉砕音が鳴り響き、地割れにも似た被害が周囲へと襲った。


 その(もと)にいたゲレンダが紙切れのように吹っ飛んだのも、必然の出来事である。


「……やべ。やり過ぎっちまった」


「あちゃー」と困ったような表情を浮かべるエミリー。その場にいる騎士達からしてみれば堪ったものではない。

 ある者はごろごろと地面を転がり、ある者は激しく転倒し、ある者は破壊音と目の前の光景に尿を漏らす。


 辺りはビキビキと悲鳴を上げる地面が裂けて、まるで地震でも起きたかのような惨状と成り果てていた。


「これ、始末書とか書かされるのか」


 流石に非常事態。

 尽力して市民を守り抜いた自分にそのような仕打ちが来ることはないと願いたいが、傭兵ギルドを束ねるあの狸じじいならそのくらいさせようとしてもおかしくはない。


 軽い絶望感に打ちのめされながら、重い溜息を吐くこと以外できなかった。


「A級傭兵のエミリー殿とお見受けする! 報告したいことがある!」


 しかしそのような時間すら状況は許してくれないらしい。

 声の方に視線を向けると薄蒼の鎧を纏った青年がこちらに向かって走り寄ってくるのがわかった。


「その胸の蒼鳥。蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)の騎士か」

「はっ。ご明察通りで」

「俺、堅苦しいの嫌いなんだよなぁ。まあいい。要件をさっさと話してくれ」


 片膝をついてこちらに(こうべ)を垂れる男に、エミリーは肩を竦めた。

 A級傭兵ともなれば、一介の騎士にすら敬意を持たれる。それは、たった一人でも幾重の騎士もを相手取れるほどの実力を有しているがゆえ、国家間の戦力バランスに影響を与える――彼女らがそんな存在だからだ。


「ここより東側に魔獣と"再生者"の手配人が暴れております。アルディーラの騎士は全滅しており、現在は二人ほどの傭兵が被害の阻止に動いてます!」

「なぁるほど。んで、俺はそこに向かえばいいと?」

「できるならば、是非に」

「わかったよ。そんなことならお安い御用だ」


 言うが早いか。

 エミリーは衝撃を利用した跳躍をその場で行い、一気に上空へと躍り出た。

 風が頬を撫で、髪を揺らす。

 そしてその双眼にて東側を見渡し、やがて先ほどの騎士が言っていたであろう被害の場を発見した。


「――お」


 被害の場を発見した。それはいい。

 しかし気になる姿を目撃したエミリーは、思わず声を漏らしてしまう。

 そのまま重力に吊られて、建物の屋根へと着地。


「ありゃ、俺は必要ねぇな」


 そしてポツリと呟く。

 頭を掻きながら、どこか暴れ足りぬと残念そうな顔を浮かべて。


「なぁーんで"金色の騎士"がいるかはわからねえが、まあ任せて大丈夫だろ」





「――どうしてここに、"金色の騎士"がいる……?」

「こんな事態だ。妾が動いたとして不思議ではないだろう」


 息を絶え絶えとした襲撃者。

 その双眼は目の前の、太陽のように輝く金色の髪を靡かせる一人の女性へと向けられている。


 "金色の騎士"、というのはマナフィア・リベールの異名だ。


 その身の内から溢れるように揺らめく薄明るい光。

 付与魔術を身体に纏うことにより、身体強化により高めた能力をさらに向上させる、魔術の中でも極めて難解なものの一つとされる技術である。


【光】の魔術式を身体に付与する全身付与魔術(オールエンチャント)

 本来なら魔力抵抗力を持つ人の身で、魔力を体に施すことなど並みの魔力制御では成せない技だ。


 しかし彼女はそれを可能とする。

 ゆえに全身は光で覆われ、煌めきを放つ。それが彼女が"金色の騎士"と呼ばれる所以であり、A級傭兵足らしめる彼女の力の根源だ。


「マナフィア様マナフィア様。こっちも終わりました!」

「ご苦労だ。取り巻きの魔獣を仕留めてくれたおかげで、妾もこいつに専念することができたよ」

「マナフィア様のお付き侍女ですからね。このくらいできて当然ですっ!」

「流石だなリリ。それでこそ妾の同志と呼べる」


 どこかズレた会話劇を繰り広げる少女と女性。

 "金色の騎士"、マナフィア・リベールとB級傭兵、リリアンナ・ルーシュ。その二者によるもの。


 周囲にはチラホラと倒れ伏した魔獣が伺える。それを成したのは擦り切れた外套に身を包むリリアンナだ。


 つい最近、ようやくB級傭兵と成った彼女の、その実力が決してB級傭兵という看板に踊らされるものでないことをここに証明するものだった。


「で、あとはお前だけだが」

「――ッ」


 腕にウロボロスの刺青を施したその襲撃者は、一歩退く。

 威圧されたからか、圧倒的な実力差を見せつけられたからか。


「"岩断ち"の奴がここにいるのは知っていた。危険視するのは奴とジーク・ノート、それから"加護持ち"の王女くらいだと思っていたのに……」

「残念だったな。運が悪かったと諦めてくれ」

「畜ッ生!」


 男は苛立った様子で剣を抜き放つ。

 世界の理不尽に抗うような決死の覚悟をその瞳に灯しながら。


「例え化け物じみたA級傭兵だろうと、俺はやらねぇといけないんだよぉ!」

「なるほど。その言葉と声、顔付きからそれなりの理由があって貴様がここにいるのはわかった」

「煩い! 刺し違えてでも……ッ!」


 襲撃者の憤怒の表情がマナフィアへと迫った。

 足踏みは強く、一歩一歩がともすれば地面を砕いていくのではないかと思わされる豪快な突進。ただの素人ならばその気迫だけで昇天することすらあり得る。


 しかし相手が悪かったと言わざるを得ない。


「それだけに惜しいよ。妾と交えたことを」

「……ッァ!?」


 その速さはまさしく光速。

 目にも止まらぬ速度で男の側面へと、一瞬にして移動した金の騎士。

 男の目からすると、まるで瞬間移動でも使ったように見えたはずだ。


 身体付与魔術(オールエンチャント)によるマナフィアの身体能力は、人間の限界を軽く超える動きを可能とする。


「――妾とお前は似ているかもな。もしも立場が違ったなら、そうなっていたのはこちらだったかもしれない」


 袈裟斬り。

 振られる剣はブレて見え、男が気付いた時には事が終わっていた。

 宙を舞う鮮血は襲撃者の左肩から右腰にかけて一直線に走る剣線から起こるもの。遅れてやってくる痛みに、思わず呻き声を漏らしてしまうのは仕方のないことである。


 ズダン、と。

 骨まで届く斬撃に身を晒され、蹲るように倒れた。


「お疲れ様です、マナフィア様」


 ピッと剣に染みた血を振り払う。

 身体の内から溢れ出るようにして顕現されていた光も、徐々に収まりを見せ、やがて消失した。

 髪をサッと払いながら腰の鞘に剣を納刀するマナフィアに、ゆったりとし歩みでリリアンナが近付いてくる。


「ああ。リリ、お前も」

「リリは全然疲れてないですよぅ。ここらの魔獣もそんなに凶暴ってわけじゃなかったんですし」

「それでもよく倒したものだ。この数年でのお前の成長は著しいな」

「えへへ。褒められてしまいました!」


 嬉しそうに照れるリリアンナを見て、マナフィアもまたフッと顔を綻ばせる。


「さてさて。ここで立ち往生もなんですし、別の場所の様子を見てみましょう!」

「そうだな。どうやら王宮騎士団の方も来たようだし」


 そう言ってチラリと視界を周囲には向かわせると、薄蒼色の鎧を身につけた騎士が数名、こちらに向かって来ているのが確認できた。

 ゆえにこの場に長く留まる必要もないだろうと、二人は足を動かしそこを去ろうとする。


(――一歩違えば妾も同じ、か)


 去る間際、マナフィアは一瞬だけ蹲り倒れる男に目をやった。しかしそれもほんの僅かな一時。

 すぐに視線を外して、外套の端を風に揺らしながら人気の少ない通路へと消えていった。




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