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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 下編
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戦場

 まず降って湧いたのは、黒い体毛に身を覆われた魔犬であった。

 ヘルハウンド。危険度B−級に分類される、極めて危険な魔獣である。


 さらに続くようにして数体の魔獣が姿を見せる。

 魔犬ヘルハウンドの舎弟とも言われるハウンドック。危険度で表すなら、C級。


 同時に何人かの人間もまた会場内へと降り立った。

 黒いローブに身を包む集団。

 その体のどこかにウロボロスの刺青が刻まれているのだろう。"再生者"の構成員である。


 逃げ惑う人々の中心に佇む彼らの姿は、どこか異様な光景だ。

 日常的ではない、非日常的。それが目の前に起きたとして、やはりこの混乱は避けられない事態なのだろう。


「――」

「――作戦開始だ」


 降って湧いた襲撃者の群れ。その内の一人が声を出す。

 瞬間、一斉に襲撃者達は動きを見せた。


 四つ足を忙しなく動かして近くの人間を襲う魔獣。

 狂気を瞳に宿して騎士に刃を向けるローブの人物。

 そして舞台へと立つルーノ目掛けて、一目散に飛んでくる男もまた一人。


「ルーノ・カイエル。覚悟を決めるだぁーよ」


 真下に垂れ下がった白い長髪。

 刃物を思わせる鋭利な瞳。

 手に持つ、まるで長槍の穂先だけを取り外したような棍棒。

 "軽業師"、ツヴァイ。とある国では騎士団を丸ごと相手にしたと噂される、狂気の手配人である。


 その男が姿を見せた瞬間、ユウリは即座に動き出した。


 ギンッと。

 衝撃が鳴る。


「――っと」

「お久しぶりっす」


 瞬発力ならこの場において上位に君臨するであろう、ユウリの不意打ち。

 登場と同時の正拳突き。それをツヴァイは寸前のところで棍棒により防ぐ。


 しかしユウリの冷めた瞳は、色を変えない。


「俺のこと覚えてる?」

「おおーぅ。覚ぉえてる、覚ぉえてる。魔導汽車の上で殺り合った少年だぁーね」

「そっか。覚えてくれて何より――ッ!」


 言葉と同時。

 続け様に繰り出す、魔波動を纏った回し蹴り。胴を薙ぐその一撃は悶絶不可避を誇る威力を秘めたそれである。しかし"軽業師"はそれを軽快なステップと共に躱してみせた。


「おっほ。強烈ぅッ」

「逃すかっての」


 躱されたことに対する苛立ちは見せない。

 冷静に分析し、そして即座にどう動くのかを判断することこそ勝利への必要なツール。その一つであることをユウリは知っている。


 相手の腹部にスタンプでも押しつけるかのような前蹴りを撃つ。

 速度は風のように。威力は大砲の如く。

 しかしユウリとてこれで仕留められるとは思わない。思えない。


「――グッ」


 予想通りと言うべきか。それを嘆くべきか。

 ツヴァイは見事にその一撃を、棍棒により受け止めた。

 足裏に伝わる、硬い感触。

 だが衝撃は重く、完全に耐え切れることはできなかったのか襲撃者を押し返す結果に終わる。


 その隙とも言えない、僅かな間。

 ユウリは後ろへと声を上げた。


「フレア! ルーノさんを外に連れ出して、安全なところへ!」

「あんたはどうするの!」

「俺はこいつを仕留める!」


 叫びとほぼ同時に踏み込んだ。

 ツヴァイの懐へと、ユウリは身を踊らせる。

 距離はほぼゼロ距離。長物を使うツヴァイに対する攻撃範囲(リーチ)を狭めることが重要であると考えたがゆえである。


 対する男はニヤリと笑った。


「誰を仕留める、だぁーって?」

「あんたを」


 右の拳から二撃。左の拳から一撃。合間に足技を入れて。


 ユウリの培った武術の連舞。刹那的な間に連続した武を打ち込むその動きは、少年の生きた時間が決して生易しいものでないことを物語る、洗練されたものだ。


 しかしユウリは連舞を放った直後、舌打ちを隠しきれなかった。

 それすらもスルリと躱され、距離を取られたことに。


「あぁーあ」


 ユウリの動きに対して、ではなく。

 その男、ツヴァイはユウリ――その背後を見ながら、呆れにも似た声を漏らした。


 どうやらフレアは言葉を受けて、ルーノを安全な場所へと避難させることを優先したのだろう。彼女の判断にユウリは満足げな顔へと表情を変える。


「逃げられたぁーか。まあ、オイはこいつで遊ぼぉーかねぇ」


 ツヴァイもまた、玩具を前にした子供のような顔へと変化させた。その際にユウリはチラリと会場内を一瞥する。


 崩落した天井の一部。その瓦礫が至る所に落ちていた。

 魔獣や襲撃者達は騎士が相手をしているが、一見するとかなり劣勢に見える。


 入り口では先ほどまでは聴衆としてここに立っていた者達が、ごった返しながら我先にと詰め寄っていた。

 聴衆から獲物へと、その立場を変えた彼ら。恐怖するのも不思議なことではない。


(ただ)


 しかし外では護衛として雇われている傭兵や、蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)の精鋭騎士達もいるはず。

 またこういった時には非常に頼もしい旧友もまたひかえている。それを考えると、この場も抑えられるのは時間の問題と考えていいはずだった。


「――まあ。そう簡単に行けばいいんだけどね」


 前を向き、すぐさま動く。

 踊りかかってくる"軽業師"、その姿が見えたからだ。

 振り下ろされる棍棒の一撃をひらりと躱すも、続けて襲い来る突きに眉を寄せて首を傾けた。


 チリッと頬に痛みが走る。

 少しばかり掠ったのだと、すぐに察した。


 同時に、ユウリもまた反撃の一撃を見舞ったが。


「――ッァ!」


 直撃。決めたカウンターの右拳は、メリッと腹部に突き刺さる。急所こそ外されたが、それなりの衝撃が体を伝ったはずだ。


「どうした。足場に有利がなければこんなもんか?」


 決して警戒を怠らず、しかし挑発する。

 前回は移動中の魔導汽車の屋根上にて戦闘が行われた。絶妙な体バランスを誇るツヴァイの前に、苦戦を余儀なくされるのは必至のことである。


 しかし今は足場に関して言えば完全なフェア。

 ならば相手が危険度B級の手配人だろうと、十二分に相手ができる。

 ユウリは腰を低く落として重心を下げた。


「……ふぅむ。こぉーいつは簡単に行かせてもらえないようだぁーね」

「そりゃ、曲がりなりにも傭兵だから」

「なるほどなるほど。なぁーらば」

「――ッ!」


 嫌な予感を覚えたユウリは、すぐさまその場を跳躍して離れる。

 足下に見えた影から、何かが上からこちらに向かっていることを捉えたためだ。


 直後、着弾。


 爆散したとも取れる威力の魔術が、先ほどまでユウリが立っていた場所に浴びせられた。

 直進的な進み方ではなく、ウネウネとした蛇のような動きをして。その魔術の正体、そしてそれを放つ主に心当たりがあったユウリは思わず視線を細めてしまう。


「何を手こずっている?」

「仕方ないだぁーよ。こいつ、強いし」


 頭上から。

 スタッと軽やかに着地するのは、茶髪茶目のどこにでもいそうな平凡な容姿をした男であった。


 もしも街中で彼を見かけたならば、次の瞬間には彼の存在を忘れていることだろう。あまりにも特徴的なものがない、それこそが特徴的。


「"蛇弾"のレイドス」


 やはり忘れることはない。

 魔導汽車でツヴァイと争っていた時に横槍を指してきたこの男のことを。


「今さっきのが、噂の蛇弾か」

「ご名答。よく勉強しているな」

「勉強ってほどでもないよ。傭兵やってりゃ嫌でも耳に入る」


 特に危険度B級の手配人ともなると、傭兵として生きていくのならば必要な知識となる。

 最上位にある危険度A級というのは決して数が多くない。むしろ極端に少なくなる。

 となると、傭兵にとって一番危険視されるのは彼らのレベルだ。


「ほう。動きからして、それなりに熟達した傭兵だとは思うが。その歳で大したものだ」

「いやー、それほどでも」

「それだけに惜しいな。ここで消すのは」

「なぬ」


 ステップで横へと。

 側を通り過ぎる、荒れ狂う突風。

 レイドスにより放たれたその魔術は、魔力抵抗力のないユウリが受ければ吹き飛んでいたはずだ。


(発動が早い)


「……いきなり攻撃は大人気ないっての」

「しかし避けられた。この程度では殺れんということか」

「暴力だけじゃなくて、言葉で語り合えるのが人間の良いところだと思うんだけどねぇ」


 思わず軽口を叩いてしまう。ただ、冷や汗は止まらない。


 簡単な話、彼らレベルの相手を二人同時に行うことはユウリには不可能なことであった。

 何より前衛のツヴァイに後衛のレイドスという、役割的には最適なコンビである。状況の打開を試みるに、時間が必要であると判断したのは間違っていなかった。


 ただし。

 それは相手が話し合いに応じる姿勢がある時である。


「本気でそう思っているのなら、とんだ理想家だ」


 レイドスの頭上より、五つ。

 凝縮された風の塊が球体と成って出現する。


「――ッ」

「理想家は嫌いではないが、身の丈に合わせなければ破滅を生むぞ。我らがボスとは違ってな」

「手厳しいな!」


 一斉に襲いかかる、形成された五つの風球(ウィンドボール)。それこそ風のように飛んでくるそれらを避けるため、右へ左へと激しく動く。


 一、二と。魔術は髪を揺らし。

 三、四と。体を掠め。

 五つ目は――直撃の進路を辿る。


「魔波動の盾――《シールド》」


 右手の平から放出される、波のように連続した魔力の波動。キィッン、と甲高い音を立てて風球(ウィンドボール)は受け止められた。


「なに?」


 この異種な光景には、さしものレイドスも眉を寄せたようである。自らの魔術を素手で受け止められることなど、魔術師にとっても考えられないことであるからだ。

 やがて魔術の中に刻まれた【収束】の魔術式が効果を切れさせ、魔素と結合した魔力が霧散する。


「なんだ、その魔術は?」

「いやいや。これは魔術じゃ……ッ!?」


 警戒を強めて周囲を見回していたことが功を奏した。

 自慢の瞬発力により屈んだ体の上を、鋼鉄の棍棒が素通りする。


「オイを忘れてないかぁーね」


 ニヤリと笑う、白髪の狂人。

 忘れていたわけではない。"蛇弾"のレイドスの他にも、"軽業師"と呼ばれる彼の存在があることを。

 しかし一人に意識を割き過ぎる。

 もう一人まで対処できるようにと余力を残すことは、はっきり言えばできない。


「ぐっ」


 素早く振られる棍棒の乱撃。

 その一つを受けたユウリは後退してしまう。

 硬い衝撃が腕を伝い、思わず呻いた。

 後退しつつも、ツヴァイの猛攻、それをどうにかせねばと思考を切り替えた時、次は頭上より嫌な感覚が降り注ぐ。

 まるで地面へと縫い付けるかのように襲う強烈な風。それにより著しく機動力を損なわれたユウリ。


「くっそ……」


 下級魔術、風滝(ウィンドフォール)

 人一人を押さえつけるに十分な強風を敵の頭上より滝のように落とす魔術だ。


 このままでは拙い。

 そう思っては何とかしようと抵抗を試みる――間も無く。

 眼前に迫る長物の突きに、ユウリは思わず目を見開いた。


「――《バースト》ッ!」


 魔波動の一つ。

 自らの体を中心として、まるで魔力を爆発させるかのように放出するユウリの奥の手。

 体全体から魔力を無理やり放出することから消耗が激しいその技は、本来ならばギリギリでしか使わない。


 その使用を余儀なくされた。


「なぁーんだとぅ……!?」

抵抗(レジスト)されたのか……ッ」


 ツヴァイとレイドスの両者が、今の攻防を防がれたことに目を剥いた。まるで信じられないものを見たような表情をする。それが見れただけでも大したものだと、ユウリは自身を褒めたくなった。


 咄嗟の魔波動が機能してくれたことにより、何とか境地を逃れることが叶ったわけだが。

 実際にユウリの劣勢が打開されたわけではない。


 むしろ今しがたの戦闘で理解した。

 二人同時の相手は、絶対に避けるべきだと。


「こっちは防戦に回った瞬間、負けが確定するっていうのに」


 ユウリの体質上、魔術師が相手にいる場合において守りに入ることは敗北を意味する。

 だからこそ魔波動の衝撃を利用した瞬発力で動きの質を高め、接近戦をこなし相手の攻撃を躱しつつ攻めに転じられるように訓練してきた。


 しかし二対一の現状、圧倒的に手数が足りない。


「――ツヴァイ」

「わかってるだぁーよ。こいつは、強い」


 おまけに先ほどの攻防で、こちらへの侮りや油断といったものが完全に消え失せたようだ。

 どちらもユウリを難敵だと明確に決定付けた様子を見せている。

 立ち振る舞いに一切の隙がなくなった。


(拙い拙い拙い……。流石に逃げも視野に入れないと)


 辺りに視線をやると、周囲には誰もいなかった。

 魔獣も、襲撃者も、迎撃に当たっていたはずの騎士も。

 おそらく会場の外へと戦場を広げたためだろう。外から激しい戦闘音と悲鳴や怒号が聞こえてくる。


(ここに人はいない。なら、戦闘を避けるのも一つの手――)


「考え事か? 余裕だな」

「……ッ」


 足下にて、風が爆発した。

 爆風(ブラスト)。クラスメイトであるレオンが得意とする魔術の一つを、目の前の敵が使用してきた。

 その事実に驚く暇もなく、吹き飛ばされる。


 否。


「危な……ッ」


 咄嗟に自ら跳躍して勢いを殺していたので、大した被害はなかった。まともに受けていればどうなっていたかはわからないが、寸前で衝撃を避けることに成功したため、怪我はない。


 しかしそれは気休めでしかなかった。

 魔術を一つ防いだところで、安心する暇も与えてはくれない。


「死んどくだぁーよ」


 迫るツヴァイ。

 いつの間にここまでの接近を許したのか、魔術の対処に意識を割いていたユウリにはわからなかった。

 眼前へと迫る打撃武具を防ぐために、魔波動を纏った素手にて応戦する。


「……ッァァ!」

「やはり、やるだぁね」


 弾き、いなす。

 棍棒の辿る軌跡はユウリを大きく逸れて宙を彷徨った。

 本来ならば絶好の隙でもある。大振りからの空振りなど、一対一では致命的なまでの攻め時。

 しかしそれを許してくれない。だからこそ、ツヴァイもまた大振りをかましてきたのだろうか。


 真横に跳ぶと同時に、風の弾丸がユウリの腕を掠めた。

 一秒ほど反応が遅いだけで、ユウリの体は貫かれている。そんな窮地。それほど不利な時間の中でこれほど拮抗できているのは、ユウリの瞬発力及び回避能力が非常に高いためだ。


 しかし拮抗する時間には必ず終わりが来る。


「しまっ――」


 腕にかすり傷を負った。

 深い傷というわけではないが、決して浅くもなく、腕にはダラダラと血が流れる。

 また多大な集中力を持続させなければいけないことも要因の一つとなったことだろう。

 ユウリはこの時、完全な隙を許してしまった。


 頭上から迫る、蛇を模した風の塊。

 レイドスが"蛇弾"と呼ばれる所以である、中級魔術――風蛇弾(ウィンドスネーク)。それがまさしく上から、ウネウネと不規則な動きでいて凄まじい速度で迫ってきた。


(これはやば――)


 心の中で悟ってしまった。

 避けられない、万事休すと。

 ゆえに何も動けず、ただ黙って着弾までの時間を過ごしてしまい。


 そして。


 蛇を模した風の弾丸が、水の盾によって阻まれた。


「――」

「……何者だ?」


 仕留めたと思った一撃を第三者の手によって阻まれたレイドスは眉を寄せつつ、その魔術の主に視線をやった。

 それとは対照的にどこか楽しげな表情を浮かべるツヴァイもまた、同じ方向に目を向ける。


「何とか間に合いましたか」

「ユウリ、大丈夫か?」


 邪魔者は二人。


 一人は星が光る夜空のような淡い黒髪を揺らして歩いてくる少女。その両の手に握られる水の刀を見るに、決して彼女が一般市民でないことは理解できる。


 一人は貴族特有とされる金色の髪と碧色の瞳を持ち合わせた華やかな少年。腰に掛けられる剣の装飾の少なさから、彼が剣を玩具代わりにしていないことは明白だ。


 スイ・キアルカとレオン・ワード。

 どちらもユウリと同じルグエニア学園の制服を着た、学園上位の猛者である。


「――では」

「僕達も混ぜてもらおうか」


 両者はユウリの下まで歩み寄り、そして自らの武器を構えた。


 ここに"再生者"の構成員二人と、ルグエニア学園が誇る名のある生徒三人が集った。




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