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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 下編
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始まりの音

 あの後、すぐにマナフィア達とは別れた。

 もうじき魔導学論展の開始の時間であり、戻らなければならないからだ。


 ――とりあえず、妾達も警戒に当たろう。


 ――何かあれば兄様に知らせますね。


 二人はそう言ってユウリの前から姿を消した。

 どうやら彼女らもここらの警戒を務めてくれるらしい。ユウリからすると頼もしい限りだ。


「特にマナフィアは。容赦ない性格してるから、見つけたら地の果てまで追いかけるだろうな……」

「いきなりどうしたのよ。そんな遠い目をして」


 フレアから怪訝な目を向けられた。


 ともあれユウリ達は現在、舞台裏にて待機している。

 二人と別れた後はそのままフレアの待機していた場所まで赴き、そしてここに案内された。


 今頃、表では立食パーティーが始まっているだろう。貴族や他国の重役、要人などが会話に花を咲かせている光景が目に浮かぶ。その間、自分達は料理の味に舌を打つこともできず、誰かも楽しくお喋りをすることも叶わず、静かな時間を過ごす羽目になっているのに。


「というか、いつ始まるのよ。これ」

「さぁ? ルーノさんが言うにはもうすぐって話だけど」


 じっと待つ時間というのは、中々面白くないものである。

 ユウリは早くもそのような時間に飽き飽きしてきて、少しばかり不機嫌な感情を声に乗せてフレアへと声をかけた。

 しかしフレアもそのことに関しての連絡は何も受けていないらしく、首を振るばかり。


「もうすぐ、ね。一体いつになるやら――」

「やあやあお待たせ」


 肩を竦めたその時であった。

 背後の扉が静かに開き、中から一人の人物が足を踏み入れてきたのは。


 大舞台を前にしているはずが、いつもと全く変わらぬ態度と姿。

 所々に埃を被っている白衣を身に付け、ボサボサの髪を整えもしない。それと同色の灰色の瞳は濁っており、死んだ魚の目のようだ。


 ルーノ・カイエル。

 この魔導学論展において、間違いなく中心人物の一人に足る魔導研究者である。


 その彼は普段通りの佇まいだ。しかし、どこか気分が弾んでいるような印象を受けるのは気のせいだろうか。

 まるで子供が遊び場に向かっているかのような――。


「先ほどお達しがあった。どうやら始まるようだよ」


 魔導学論展が。


 言葉の続きを耳に受け入れ、ユウリとフレアは静かに頷く。

 不穏な騒ぎが起こる中で、魔導学論展が始まりを告げようとしていた。



 ★


 ユウリとフレアは舞台の(わき)での待機を命じられた。


 護衛と助手という名目で来たはいいが、実際にここまで来てしまえばユウリ達にやることはない。あとは異常がないか、周囲の警戒を怠らないくらいだ。


 舞台裏からチラリと会場を眺めてみる。

 薄暗い明かりの中、弾力が豊かそうな印象を受ける絨毯はどこか黒に近い色で目に飛び込んできた。

 壁一面には芸術を感じさせる絵画や壁絵が描かれており、装飾の華美さもバカにならない。


 それらの光景を目にして、思わず「うはぁー……」と声を漏らす。


「ユウリ。静かにしなさいよ」

「あれ見て声を漏らすのは仕方のないことだと思われるが、いかがか?」

「気持ちはわかるけど、それでもよ。あんたに言っても無駄な気はしてくるけど」


 どこか諦めにも似た溜息をされた。

 これが日頃の行いゆえの反応である。


「それにほら。始まるわよ」

「――」


 薄暗い明かりが、さらに光を落とした。

 照明の暗さにより、聴衆の顔は見えない。誰が誰だか把握できなくなった。ただ全員が大舞台へと体を向けたのは理解する。


「――皆様。大変お待たせしました」


 大舞台。その中心にて。

 礼装に身を包んだ男が一人佇んでいた。

 始まる前からあの場で待機していたのだろうが、それを全く感じさせない気配の立ち方であるがゆえに、周囲の人間には突然彼が湧いて出たように感じられた。


「みんな、今まであの人に気付かなかったような反応だけど」

「あれは隠蔽魔術よ。相応に魔術の知識や耐性があれば術にかかることはないけど。ま、呪術の一種ね」

「呪術? それって禁術指定にされてるはずだけど」

「あのくらいの軽い隠蔽魔術は対象外。禁術に分類されるのはもっと他者への干渉が強い魔術のことを言うのよ」

「――」


 言葉に、ユウリはフレアをチラリと見やる。


「ふぅん」

「……何よ、その目は」

「随分と呪術に詳しいなぁってさ」

「――」


 言葉に、フレアは押し黙った。

 それ以上聞かれたくないという、一種の拒絶である。

 彼女のそんな気持ちを感じ取ったユウリはさらなる質問を控えた。不毛だと、そう思ったから。


 その間も、司会の言葉は続く。


「――は発展を遂げました。それでは、長々とお話をさせてもらいましたが、これより魔導学論展を開催したいと思います」


 一礼。

 それと同時に会場内から大きな拍手の群れが見舞われた。

 会場内に響く音。やがてその音も静かになり始め、最終的には一時の静寂が室内を包む。


「まずは討論者番号、一番。ベリアヌス・バーリエル氏。前へどうぞ」


 司会の声。

 それから入れ替わるように現れたのは老年の男。

 そろそろ足腰が危ういのではないかと危惧されるほどの老いた男性が、しかしギラギラと瞳を輝かせて舞台へと立つ。


 これから始まる。

 陽の目を見ることのない影者である魔導学研究者達の、生き様と魂を込めた生涯の成果。それをぶつけ合う時間が。



 ★


 思いもしないほど、障害もなく通常通りに運営されていく魔導学論展。

 これまでこれといった出来事もない。平和に進んでいく光景がただただ続いている。


「――これにより更なる魔導武具の発展が見込めることでしょう。以上で私の討論を終了させてもらいます」


 拍手が送られる。


 これまでの発表者は十人ほど。

 その中でもやはりと言うべきか、魔導武具に関する発表が数多く占めていた。


 国家間のバランスを崩すような戦略兵器となり得る大発見などは、流石の魔導学論展といえども発言することはできない。国が関与する催しであるからだ。

 しかし、生活面において役立つものや魔獣という害敵から身を守る術というのはどれだけあっても困るものではない。


 何より身を守る力を即座に得られやすい魔導武具に関する発表というものは、それだけで評価が高く付く。

 ゆえにこの結果というのも頷けるものだが。


「ちなみに、今の所で気に入った人の発表とかあった?」

「いきなりなによ。ただ、まあそうね……。七番の人の魔導武具に関するものはもう少し詳しい話を聞きたいわ」

「ああ。確か一つの魔導武具で複数の魔術を発動できるやつか」


 思い出す。

 七番の発表した内容は、一つの魔導武具の中に複数の魔術式を収めることで、幾つもの魔術を発動できるようにするというもの。

 詳しい話はユウリも理解できなかったが、何やら中に魔術式を刻んだ紙を複数入れて、備えられたトリガーを押すことにより中の魔術発動用の紙を入れ替え、起動するというらしい。


「……ユウリはあんまり興味がなさそうね」

「だって俺には関係ないものだからさ。俺には魔導武具なんて使えないし」

「使えない?」

「魔力量が少ないから」


 澄まし顔で言った。


 悲しきかな。ユウリの魔力保持量は魔術一発も発動できるかできないかという極地にいる。

 詳しく言うならば、魔術式を一つ構成するので精一杯というもの。そんな魔力量で魔導武具への魔力供給ができるはずがないのは必然というものだ。


「……その、悪かったわね」


 フレアから、あのフレアから本当に悲しい顔を向けられる。

 ユウリとて気にしているわけではないが、逆に申し訳なく感じてしまうほどだ。


「そんなことは今はどうでもいいって。それより次」

「そうね」


 言われてフレアも舞台へと顔を上げる。

 次の討論者はこの魔導学論展において、一番注目されている人物だ。

 ユウリ達がここに来る要因となった研究者。


「――それでは次の討論者、十二番。ルーノ・カイエル氏」


 舞台の裏から、男は出てきた。

 大衆の面前であっても悠々とした佇まいはまるで変わらない。

 ニッと笑いながら壇上へと登っていく灰色のマッドサイエンティストが、自らの位置へと着いた。


「皆さんこんにちは。これから討論させていただくルーノ・カイエルです」


 まずは一礼。

 それにより拍手が音を鳴らした。

 彼を知らぬ者はこの場には、いない。


「さてさて。私がこの場で発表させてもらうのは、一つの魔導機器についてです」


 早速とばかりに。

 懐から一つの魔導機器を取り出すルーノ。その代物に注目が集まるのは必然のことである。


「……なに、あれ?」

「一見すると、普通の魔導機器にしか見えないけど」


 舞台の脇でユウリとフレアは眉を寄せた。

 ルーノが取り出したものは無機質な四角い物体であったからだ。

 ゴツゴツとした無骨なフォルムをしたその魔導機器は、ルーノが控え室で高らかに掲げていたものである。

 そして二人とも、この時点であれがこの場に出されるほどの魅力あるものだとは思えなかった。


 それは聴衆の方も同じなのか、少しだけ騒ついた音が聞こえる。しかし音は決して大きくない。

 彼が並みの代物をこの場において見せつけることはしないと、ある種の信頼がある証拠だ。


「まずは皆さん、魔導汽車についてご存知でしょうか。もちろんこの場にいる皆さんなら知らぬ者などいないでしょう。ルグエニア王国にて、各地を走る有能な移動手段。そしてあれを可能にしたのは他ならぬ私自身」


 そこで男は口角を上げる。


「原理は簡単。魔力を保存できる巨大な魔導機器から、魔力をエネルギー源として使用する。それによってあの汽車は動いています。そして今回、私はあの魔導機器を小型化した、この魔導機器をこの場に持ち寄らせてもらいました」


 ザワッと。

 聴衆に反応があった。

 それはユウリの隣にいるフレアもまた同じ様子を見せている。


 魔導汽車に使われている、魔力を保存する魔導機器はその構造上、巨大にせざるを得なかった。

 人一人ではとても運びきれない、どころの大きさではない。

 十人単位で運び出さねばならぬほどの巨大な魔導機器を使用している。

 魔導汽車を動かすほどの魔力を保存し供給できる魔導機器となると、それほどの大きさになることは当然のことであった。


 しかし。


「この魔導機器は、原型となる魔力動力炉を一式とし、それを改めた魔力動力炉、二式と名付けさせてもらいます。簡単に説明しますと、魔力保存量は一式の六割。どれほど軽量化されたのかは、ひ弱な私が身体強化も無しに片手で持ち上げていることからも想像できるはずです」

「――馬鹿な」


 誰かが思わずといった様子で呟いた。

 それは信じられないものを見たという、全ての聴衆の意見を代弁したかのように。


 それらを見たユウリは眉を寄せて首を捻った。


「……うーん。俺にはいまいちピンと来ないんだけど」

「あんた、本当にわかってないのね。話が本当なら、あれは相当な発明になるわよ」

「へぇ。どうして?」


 ユウリの純粋な疑問。それに対してフレアは一つ、息を吐いた。


「人が持ち運べるほど軽量化したってことは、誰でも膨大な魔力を手に入れたことになるのよ? 端的に言うなら、何も魔力を持っていない人があれを持つだけでそこらの魔術師よりも遥かに大きな魔力を持つことになる」

「――」

「例えば、普通の農民なんかは魔力量が少ないから強力な魔導武具が使えない。だけどあの魔導機器を組み込んだ魔導武具なら、自分の魔力を使わずとも溜め込んだ魔力を消費して発動できる。下手したら戦術兵器にもなりかねない代物ってこと」

「話聞いたらすんごいことがわかってきた」


 つまり誰でも強力な魔導武具を起動できる。魔術を発現できると。

 もしもその話が本当ならば、その恩恵は計り知れないのではないだろうか。


「――今は他の魔導機器と接続することにより、自らの魔力を必要としない魔導機器を構想しております。理論的には完成することは難しくなく、一年と待たずにその魔導機器もまたお披露目できることでしょう。その際は次回の魔導学論展に期待を置いてもらいたいものです」


 フレアから話を聞いている間もルーノの話はもちろん続いていた。

 一人一人持ち時間が決められているために、原理は簡単な説明に止め、その発明がどれだけ有用か、どのように使われるだろうかを話している。

 そしてその時間も着々と過ぎて、終了の時間が近づいてきた。


「長々とお話をさせてもらいました。この魔導機器の真価については、皆さんもまたこれからの魔導社会にて繁栄される中でお目にかかる機会もあるでしょう。私からの話は以上をもちまして――」


 ルーノの演説が終わりを迎えようとしていた。

 聴衆のざわめきは未だ収まらない。あの魔導機器を何としてでも手に入れたいと、そう囁く声が舞台脇にいるユウリとフレアの二人に聞こえるほどだ。


 一方のユウリはホッと胸を撫で下ろしていた。

 ルーノ・カイエルの会話の最中、いつなんどきに襲撃者達が現れるかもしれないという危機感に晒されていたためだ。

 無論、杞憂に終わるに越したことはない。そのための安堵の息である。


 だが。

 その安堵は意味のないものへと変わった。


「――大変ですッ!」


 二人が控える舞台脇。

 その背後にて鋭い声が響いた。

 血相を変えた騎士の一人が、傷ついた体を動かして壇上へと姿を現わす。


 嫌な予感を覚えたのは、何もユウリだけではない。


「襲撃者が現れました。奴ら――"再生者"です!」


 声と同時のことだった。

 叫び声が装飾の施された会場内を響かせるその前に。


 会場の屋根上が一部、崩落した。


 悲鳴が上がる。

 警備についていた騎士や魔術師達の手によって、被害は軽減されるも、しかし混乱は収まらない。


 崩落した一部から覗ける、影。


 それはまるで鳥のようであった。

 しかし鳥でないことはわかる。生き物にしては体があまりに無機質。鋼鉄でできている。


「なんだ、あれは」


 誰かが呟いた。

 直後のこと。


『僕達は国の変革を求める者。"再生者"』


 声が響く。


『いや、堅い言葉は止めにしよう。僕の誰よりもこの国を愛する気持ちが届かないからね』


 声が、響く。


『さあ! 正義の! 正義による! 正義のために! 正義である僕がッ!』

「――」

『――正義の裁きを下そうッ!!』


 音響のように響く、熱の入った言葉。

 同時に、複数の影が鋼鉄の鳥から降ってくる。


 これは序曲。

 変革の始まりを告げる出来事であった。



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