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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 下編
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胸騒ぎ

 ルーノから渡された書類は、無事に受付へと送り届けることができた。


「――んまあ、言われた通りにここに来たはいいけど」

「色々あるわね」


 欠伸を咬み殺すように伸びをするユウリと、目の前の光景に目を丸くするフレアの二人。

 彼らは先ほどのルーノの言を参考に、余った時間で二階にある展示部屋へと足を運んでいた。


 この会場は一階の正面には大広間へと繋がる扉があり、右側には二階へと上がる階段が存在する。それを登ると目の前に広がったのは、最初の受付の部屋よりも数倍大きなこれまた大広間。


 数々の展示品が列を成して設置されており、それがショーケースの中に収まっている。


「へぇ。興味深いわね」

「意外なことだけどさ、フレアってこういった魔導機器に関心を示すよな」

「魔導機器っていうよりは、魔導全般ね。だって使えるものがあるかもしれないじゃない」

「使えるもの、とは?」

「対象を手早く始末する魔導武具とか」

「おっかないこと真面目な顔で言わないでもらえます?」


 さらりと恐怖するようなことを言われて、一歩だけ退く。

 しかしフレアは気にした様子もなくショーケースの中の展示品、及びその説明文を次々と目に収めていった。


「すごい。これって初期の魔導機器よ。私も初めて見た」

「ふぅん。初期の魔導機器、ね」


 特別フレアが関心を示したのは、今より何十年も前に製作されて無骨な魔導機器である。

 ゴツゴツとした形。所々の傷が目立つ、年代を感じさせるそれ。こんなもののどこが良いのかと疑問を覚えたが、フレアとルーノからお説教を喰らいそうだと、口にするのはやめた。


 二人はそのまま、赤い絨毯を踏みしめながら先へと進む。


「――ん?」


 ユウリはふと立ち止まった。


「なんだ、これ」


 呟きつつ、歩みの軌道を変える。

 別におかしなものを発見したわけでもなく、違和感を感じたわけでもなく。

 しかしなぜか、右手にあったショーケースの中身に、まるで自然な引力にでも引き寄せられたかのように目線を向かわせたからだ。


 ユウリの目線の先には、小さな赤い石のようなものが置かれていた。


「ユウリ、どうしたの?」

「いや、ちょっと気になるものがあって」

「気になるものって――ああ、これね」


 ユウリの目の前に置かれてある赤い何か。

 それを視界に収めたフレアは、それが何かを知っているように頷いた。


 説明文にその物体が何であるかは記されてある。

 名前は、神核。


「これは……」

「――私達、"加護持ち"の始祖とも言えるものよ」


 ポツリと呟く。そして彼女はおもむろに神核の入ったショーケースを撫でた。その時の彼女の感情は、わからない。


「"加護持ち"の始祖。神人のことか」

「ま、流石にそのくらいは知っているわよね。何百年、何千年も前に存在していた、"加護持ち"の原型。腕を振るえば嵐が起こり、足を上げれば海が割れる。そんな超存在」


 フレアが言った言葉は、説明文にも記載されていることである。そしてその話はユウリも耳にしたことはあった。


 神人というのは遥か昔に存在した、人の領域を完全に踏み越えた高位の人類である。

 その身に膨大な魔力を纏い、あらゆる天変地異すら起こすことを可能とする。魔導の研究が進んでいない時代において、神の代行者とされた圧倒的な存在だ。


 その神人はしかし、時代を追うごとにいなくなる。

 あまりに強すぎる力はその身を滅ぼし、神人同士の争いにより多くの命が掻き消えていった。


 時と共に、彼らは滅んでいった。


「でも、そんな存在でも。遺伝っていうのは起こるのよね」

「――」


 目の前に立つ銀の少女。

 もっと端的に言えば、"加護持ち"というのは神人の遺伝子を引き継いだ子孫なのだ。

 膨大な魔力を引き継ぎ、魔術式が無くとも魔術を扱える絶対的な人。その規模こそ神人に劣るものの、それらの能力は現代にも引き継がれている。


「私達の話はこの際どうでもいいわ。神人の身に余る膨大な魔力の源、神核がこんなところで見れるなんてね」


 目の前の神核は膨大な魔力を扱うための、神人の身体の一部なのだ。

 子孫である"加護持ち"の体内には存在しないが、昔はこの神核を持っているがゆえに神人であったともされている。

 いわば魔力の塊。視覚できるほど濃密な魔力が形を成した、その結果である。


「大陸でも大規模な催しって言うだけのことはある。まさかこんなところでこれを見られるとは思わなかったわ」

「やっぱり珍しいものなんだ」

「珍しいなんてものじゃないわよ。だって何百、何千年も前の人達の痕跡よ? そこらへんじゃ絶対に発見できないはず」


 少しだけ言葉に熱が入っているのは、少しながら彼女も興奮しているがゆえだろう。

「へぇ」と関心するように赤いその物体を目に収める。そんなに珍しいものなら、今の内に目に焼き付けておこうというユウリの貧乏性が表に出た。


 行動の真意を悟られたためか、フレアには呆れたような視線を向けられるが。


「――あら」


 そんな時である。

 背後から感じる自分達への視線。

 絶大な魔力と実力を誇るフレアも、長年傭兵として活動してきたユウリもその感覚を見落とすことはない。

 小さな声が漏れ出た方向へと、つまり自分達の後ろへと視線を移動させる。


「お。会長」

「昨日ぶりね。昨夜は良く寝れたかしら?」


 立っていたのはルグエニア王国第二王女――セリーナ・ルグエニアだった。


 煌びやかな金色のロングストレートに、人々を引き寄せるような深緑の瞳が目に飛び込んでくる。

 そういえば、彼女もここに来ていたことを頭の中からすっかり抜け落ちていた。


「会長がいるってことはもちろん……」

「はい。私もいますよ」

「うへぇ」


 セリーナの後ろからスッと現れたのはスイ・キアルカ。


 淡い黒色をした、真っ直ぐと垂れる長髪。貴族特有とも言える明るい碧眼。学園の制服が様になっているその姿は、凛とした印象を周囲に与える。

 しかしユウリは見慣れているため、どうと思うわけでもなかった。


「うへぇ、とはなんですか。うへぇとは」

「いや……。先輩と会った時ってロクなことがなかったから」

「そうですか? 非常に有意義な時間だったと思いますが」

「無理やり模擬戦でボコられて、危険な事件に巻き込まれて。そんなことが良く言えるっすね」

「なんのことだかわかりません」


 澄まし顔で言われた。

 ここまで来るといっそ清々しさすら感じる。


 若干眉を寄せた後、溜息が漏れ出てしまった。


「でも、会長と先輩はどうしてここに?」

「開始までは時間があるから、ここらで時間潰しをね」

「ふぅん、私達と一緒ね。でもレオンとステラは場所を取っておかないと後々大変だって言ってたけど?」

「あらフレアさん。私は王族なのよ? 専用の席を用意してもらってるわ」

「……これが権力の差か」


 うふふ、と笑う第二王女の笑みに、ユウリは戦慄しながら一歩を退く。

 自分達平民はルーノの護衛という仕事を経て、初めて舞台裏に立つことを許されたというのに。王族ともなると無条件で席まで用意されているのか。


「スイ先輩も?」

「当たり前です。キアルカ家の私が会長の側を離れるわけがありません」

「なんつう羨ましさ」


 さぞかし存分に立食パーティーの料理に舌を打つことができるであろうことを考えると、ごくりと喉を鳴らしてしまう。身分の差、それが絶対的な壁としてユウリに重くのしかかってきた。


「ユウリ。あんた今、馬鹿なこと考えてたでしょ」

「そんなわけないじゃん。フレアったら全く、あはは」


 どうやら彼女には悟られてしまったらしい。

 愛想笑いで誤魔化した。


「さて。私達はそろそろ会場へと向かうわね」

「もう行くんですか?」

「当たり前です。王族である会長が論展に遅れれば、示しがつかないでしょう?」


 スイに言われて、確かにそうだと納得する。

 王族というものも、権力こそ握れるが相応に立場と責任が付きまとう。それを考えるとやはり平民という気楽な立場がどれだけ自分に合っているかがわかった。


「それでは。また会いましょう」


 スイとセリーナ。両者がそれぞれ階下へと降りていった。


「じゃ、私達も行きましょ」

「あー。そのことなんだけど、フレアは先に行っててもらっていい?」

「それは別に構わないけど。あんたはどうするの?」

「俺は、まあ、ちょっと」


 少し言い淀むような声を出し、ユウリは二階の窓を覗き見る。そこに見える、キラキラと光る球体。


「――知り合いに呼び出されたみたいで」


 それは過去、マナフィアと取り決めていた集合の合図。

 緊急の事態が起こった時の信号であった。



 ★


「――で、こんなところに呼び出してどうしたのさ」


 フレアを先に行かせて、ユウリは会場の外へと赴く。

 光の球体はマナフィアの魔術、光弾(ライトボール)。それが上空に上がったということは、その下に集合という合図だ。


 移動した先にはやはりと言うべきか、マナフィアとリリアンナがいた。

 この都市で初めて見た時と同様、二人して擦り切れた茶色のローブを身に纏っている。しかしそのフードの下から覗くマナフィアの顔は、金色の髪のせいか輝いて見えた。


「ふむ、思ったより遅かったな。危機感が足らんぞ」

「そうですよぅ。リリとマナフィア様は結構待ちましたよ?」

「んなこと言われてもねぇ」


 マナフィアとリリアンナ。

 二人からしてそのような言葉を受けることとなった。

 せっかく赴いたのに、いきなりダメ出しを受けるとは思わずユウリは肩を竦める。


「それより、要件は?」


 だが一瞬の内に目付きを変える。

 鋭く尖ったような刃物、それを思わせる雰囲気を纏った。

 先ほどの光弾は危険信号。緊急の要件がある時にだけ上げられる。その意味をユウリは理解しているからこそ、呑気な態度は取らない。


「そうだな、何から説明すればいいか……。リリ」

「わっかりました! ではリリから説明させていただきます」


 マナフィアの代わりとばかりに、リリアンナが一歩前へと出た。

 ユウリもまたそちら視線をやる。


「まずフォーゼ様から手紙が届きました」

「手紙?」

「はい。内容は"再生者"の構成員、その多くがこの都市に侵入している恐れがあるというものです」

「――」


 『再生者』がこの都市に潜伏していることは知っていた。先日のアルバンなどがまさにそうだ。

 しかし大人数がここにいることは寝耳に水である。


「しかも、最悪なのは"厄災の使者(エンドリスト)"も存在する可能性が高いとのことです」

「A+級を超えるっていう大罪人が?」

「フォーゼ様によると」


 そして次の内容に愕然とする。

 ユウリとて聞いたことはあった。

 "厄災の使者(エンドリスト)"。危険度において最上位とされる危険度A+級、その領域を逸脱した最凶の犯罪者達の存在を。


 それがこの都市に来ていると。目の前の少女はそう語った。


「嘘だろ?」

「さあて、どうだろうな。(じい)も間違うことはあるかもしれんが、信憑性は低くない」

「爺さんが言うならその可能性もあるんだろうけど。他に言われたことは?」

「この都市の近くで巨大な怪鳥を見たという情報が。ゴツゴツした形をしており、何やら不穏な空気を撒き散らしていたと」

「次から次へと怪しい情報が飛び交うな……」


 言葉の通りである。

 いきなりここに呼び出されたと思えば、矢継ぎ早に知らないことを教えられるという今の状況。


「それで、結局伝えたいことは?」

「今年の魔導学論展は何かが起こる。特に"再生者"の奴らが頻繁に動きを見せているのが気にかかる」

「だから気をつけろ、と」

「そういうことだ」


 マナフィアは強くはっきりと頷いた。


「ユウリ。貴様はルーノ・カイエルの護衛に就いていると言っていたな。しっかりと対象を見ていろ」

「そんなに危険なのか?」

「どうも胸騒ぎがしてな。特に、今日は」

「リリも同意見です」


 二人からの意見は、決して楽観的なものではなかった。


 本日、この日。一体何が起こるというのか。

 ユウリは視線を細めて、空を仰いだ。




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