開催日
魔導学論展とは、魔導社会の中核ともいえる魔導技術――その祭典ともいえる催しである。
新たな魔導技術の発見、応用方法。また魔導技術に関する重大な情報や新技術の実用化など。時には革命的な魔導機器や武具が発表されることもある。
まさに魔導関係者にとっては最重要と言っても過言ではない祭典だ。
その魔導学論展が本日、開催する。
「人が多いなぁ」
「当たり前だ。この論展のためにルグエニア王国は愚か、各国の魔導研究者が集うのだからな」
都市アルディーラの中央に佇む幾つかの巨大な建物。その一つに人々が殺到するように集まっていく。
この会場こそ魔導学論展が開催される場所だ。
その人集りを見てユウリが「ほへー」と間抜けな声を上げると、隣にいるレオンが反応した。
「それにルグエニア王族の人もね。今回は第二王女のセリーナ様が来ているんだよ」
「ああ。そういえばあの人達、この都市にいたもんな」
レオンの隣にいたステラも補足とばかりにそのような言葉を付け足す。
この魔導学論展は大陸の中でも有名なものであるため、国を代表とする王族が毎回出席することを義務付けられているらしい。去年は第一王女。そして今年は第二王女であるセリーナに白羽の矢が立ったとのこと。
「で、ユウリ。私とあんたはこれからどうすればいいの?」
そこまで説明を受けた時、背後から声が聞こえた。
何度も聞き覚えのある声は振り向かずとも声の主を頭の中に描いてくれる。
自分と同じくルーノ・カイエルの護衛を担当することになった銀の少女のことだ。
「どうすれば、というのは?」
「ルーノさんのところに行くんでしょ? あの偏屈魔導研究者の」
「フレアさん。腐ってもあの人は大陸を代表する有名人なんだよ? それを偏屈って……」
「本当のことを言って何が悪いのよ」
ふんっと悪びれもせずに鼻を鳴らす。
フレアは今日も相変わらず、気難しい性格を前面に表に出していた。
「ま、偏屈ってのは同感だな」
「ユウリ君……」
「まあまあ。それよりフレア、俺達はこれからルーノさんの控え室に呼ばれてるぞ」
「ふぅん。控え室なんてあるのね」
「まあ考えれば当然ね」と。フレアはそう呟く。
「んで、レオン達はどうするんだ?」
「僕達はこのまま中に入って場所取りをしようと思う。魔導学論展は立食パーティーの形式を取ってるんだが、位置取りを怠ると何時間も場所に困ることになるんだ」
「前に言った時なんて場所取りをやらなくて大変なことになったもんね」
昔のことを思い出してか、ステラは苦笑した。
どうやら二人は過去にそのような失敗をしたことがあるらしい。
「というわけで僕達はそろそろ行かせてもらう」
「早くしないと埋まっちゃうもんね。じゃあね、二人とも」
「おーっす。また後で」
そう言って二人とは別れた。
遠ざかるレオンとステラは人の波へと向かっていき、やがて消える。
それによってこの場に残ったのはフレアとユウリの二人だけだ。
「それじゃ、フレア。俺達もそろそろ」
「――お、ユウリじゃねえか!」
行こうか。
そう口にしようとした時のことだ。
今度はユウリの背後から声がしたことにより、二人は振り返ることを余儀なくされる。
そこに立っていたのはユウリの見知った人物だった。
濁るでもなく色素が薄いと称されるような灰色の髪と意思の強そうな茶色の瞳の若き女傑。
会うのは"暴れ牛"の事件を収めた時以来だろう。
A級傭兵として名高い"岩断ち"のエミリーがそこにいた。
「久々だな! 元気にしてたかよ?」
「見た通りですよ。エミリーさんも元気そうで何よりっす」
「おうよ。そっちの嬢ちゃんも久しぶりだな。"暴れ牛"の奴らをシメた時以来か?」
「ええそうね。そのぐらいだと思う」
フレアもかの"岩断ち"とここで再会することは予想外のことだったのだろう。
僅かな驚きを表すように目を丸くしていた。
しかしそんなことはお構い無しと、エミリーは言葉を続ける。
「――で、どうしてお前らがここにいるんだ?」
「今日この日にこの会場の前にいるってことは答える必要ないんじゃ?」
「つうことはなんだ。お前らは魔導学論展に参加すんのか」
今度はエミリーの方が驚いたような顔をした。
「エミリーさんも?」
「俺は魔導学論展に参加というより、警備の依頼を受けてんのさ。……なんてったって、"再生者"の奴らが襲撃してくる恐れがあるらしいかんな」
最後の方は周囲にあまり聞こえないようにボソッと呟くように言う。
ユウリ達は魔導汽車にて襲われたからこそ。アルバン・ドアとの邂逅を得たからこそ知っているが、周囲には未だ噂の領域で留まっているからだ。
わざわざ混乱させるような情報を流す必要もないという騎士団側の配慮である。
彼女の言葉にユウリは唇を引き締め、フレアは視線を細めた。それを見たエミリーは、ニヤリと笑う。
「そんなに心配すんなって。俺もいるし、何より蒼翼の騎士団も出張ってんだ。"再生者"がいくら厄介な集団だからって、ビビるこたぁないぜ」
そう笑顔で答えつつ、ユウリの背中をバンッと叩いた。
「エミリーさん、痛い……」
「こんくらいで痛いとか言ってんじゃねーよっと。じゃ、俺もそろそろ持ち場に就くわ。そっちの嬢ちゃんも、一応変な輩がいた場合は俺に教えてくれ」
「わかったわ」
フレアの言葉に「よし」と頷くエミリー。
その後、二人に手を振りつつ警備の依頼へと戻っていった。
「まるで嵐みたいな人ね」
「前も強引に連れ回されたことがあったし、その表現は的を得てると思う」
「ふぅん。ま、どうでもいいけど。そろそろ私達も行きましょ」
エミリーが去ると同時にフレアもまた歩き出す。
目的の場所はルーノ・カイエルが控える部屋。そこで彼と落ち合う約束をしているからだ。
スタスタとルーノの部屋まで進んでいくフレアの後ろ姿を見て、後を追うようにユウリもまた歩を進めた。
★
「やっぱり人が多いな」
中を覗くと、そこも人で覆われている。
視線を周りに移すと、会場内のフロントは高級ホテルを思わせる華美な装飾がされていることが見て取れた。
全体的に温暖色の基調に合わせられており、所々に設置された椅子や机からは荘厳な印象を与えられる。
上を見上げれば薄橙色の光が周囲を照らしつけ、下を見れば深く赤い絨毯が踏みならされていた。
正面には立食パーティー会場への大きな扉が佇んでいて、右側を見れば階段が、左側を見れば控え室への入り口が確認できる。
ユウリ達が行くべき場所は控え室だ。つまり左側に用がある。
「何してるの。さっさと行くわよ」
「あ、ちょいと待って」
早足で歩いていくフレアにユウリが付いていく形で進んでいった。
控え室への入り口を通ると、石造りの廊下が視界に飛び込んでくる。その下にもどっしりと重い雰囲気を漂わせる絨毯が敷かれているが、先の受付の部屋ほどの装飾はない。
しかし趣は感じさせるものだと、ユウリは思わず息を吐いた。
「……もしかして、あれ?」
フレアが指を差す。
見える一室のプレートには、ルーノ・カイエル氏と刻まれていた。おそらくあれであろうと、ユウリも彼女と同様当たりをつける。
「……失礼しまーす」
その扉を開いた。
室内でルーノが待っているはずだと、中を覗く。
「――ああ、君はなんと美しいんだ。まるで砂漠に咲く一輪のはなのよう」
ユウリはこの時感じたものは一体何だったのだろうか。
言葉にするのなら、既視感というものが一番当てはまるのではないかと思われる。
紙束の散乱した室内。
資料の山が幾つも存在する。
その中央で無機質な機械に頬ズリをしながら、まるで百年に一度の恋でもしているかのような甘い声を囁く白衣の男。
無言でパタンと扉を締めた。
「……ユウリ」
「どうした」
「今のは、何?」
「さあ。俺は何も見てないから」
嘘である。
「えっと。とりあえず中に入らないといけないのよね?」
「そうだな」
「じゃあ、扉を閉めちゃ駄目なんじゃない?」
「そうだな」
フレアの言うことも最もである。
二人はルーノの護衛及び手伝いとしてこの都市や会場に無償で辿り着けた。ゆえに仕事をこなす義務があるわけで、扉を開けて彼に会わなければそれを果たすことはできない。
しかしどうしてだろうか。
ユウリ・グラールの腕は、足は、動きそうにない。
それから数秒の沈黙を経て。
ユウリは決死の覚悟で扉を開いた。
「――なこの色彩。重量感あるボディ。素晴らしい、実に素晴らしい……ッ! 君とならどこまでも天へと向かって昇天していけそうな気がするのはどうしてだろうか。さあ、私の長年における最高の産物よ。理想や理論こそ考えられていたが誰も実際に手掛けることができなかったその真髄を、今! 我が国に、他国の同志に! 刻み込んでやることこそ我らの使命――おっとユウリ君に、フレアさん。やっと来たようだね」
「……」
「……あはは、は」
一瞬にして態度を変化させた。
二人を見た瞬間のルーノの反応はコンマ一秒にも満たないだろう。
先ほどまでの甘い声から一転、まるで何も興味を示すもののない道端の石でも見るような無機質な灰色の視線がユウリ達へと飛んだ。
ユウリ及びフレアは表情を引き攣らせることしかできないのも至極仕方のないことである。
「えっと。ルーノさん、とりあえず俺達は何をすればいいのか教えてもらっても?」
そしてあまり深く考えないこととした。
「君達にお願いすることは、主に私の演説中に舞台裏で控えてもらうことだねぇ。実はこの会場に来た時点で君達の仕事はほぼ終わってるのさ」
「私達の仕事が、ほぼ終わってる?」
「そうとも。ここまで護衛を担当してもらい、私は無事にここに辿り着いた。あとは帰りの護衛をお願いするばかりなのだが……」
そこまで言った時、ルーノの顔にニヤリという笑みが張り付いた。嫌な予感を覚えたのは、気のせいではないだろう。
「せっかくのことだ。君達に一つ頼み事でもしようか」
「頼み事?」
「この資料を受付まで持って行って欲しい。くれぐれも失くさないようにお願いするよ」
「構わないけど。これを受け渡したら、またここに戻ってくればいいんすか?」
「それが終わった後は自由にしていいよ。魔導学論展が始まるまで幾ばくかの時間があるから、二階で展示物でも見ているといい」
言われつつ「これだ」と差し出されたのは、一束の資料。
おそらくこの資料の中にルーノがこれから発表するであろう魔導技術の何らかが記されているはずだ。
くれぐれも無くさないようにという指示を受けたことから、それなりに重要なものであることは読み取れる。
「確かに受け取りました。じゃあ行ってきます」
「ああ、頼んだよ」
ルーノの見送りの言葉を背に、ユウリとフレアは扉を開いては、受付までの道を歩き出す。
ふと、フレアが手元の資料をチラリと見た。
「ここに魔導の真髄が……」
ごくりと喉を鳴らす。
何事においても興味のなさげな表情をすることの多い彼女がここまで気にかけるというのも珍しい。そのことに少しだけ面白がりながらも、彼女の歩調に合わせてユウリは目的の場所までの道をゆったりと歩いた。




