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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 中編
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停滞

 キンッと甲高い音が木霊する。


 場所はルグエニア王国西部にある大都市アルディーラ。その中央に佇む巨大な円形の闘技場にて響いていた。


「――ッ」

「どうした、レオン!」


 瞬きすら許さない速度でユウリはレオンの懐へと潜り込む。

 相変わらずの瞬発力は、未だ自身を未熟とするレオンの目から見てもB級傭兵の領域から逸脱しているだろうことが伺える。そのレベルだ。


 早朝から行われた模擬戦は今回で三本目へと突入している。

 一回目、二回目、共にユウリが勝者として終わった。


 そして三回目は――。


「――参った」


 拳がレオンの顔面、その直前にて止まる。

 これもまた、ユウリの勝利で幕を閉じることとなった。


「ふぅ。お疲れさん」

「やはり勝てない、か」


 疲弊が目に見えるほど溜まっているレオンは、崩れ落ちるようにその場に座り込む。

 ところどころに傷が見えるが、動けなくなるほどではないらしい。

 対するユウリもまた、レオンほどではないが傷を負っていた。


「振り返れば、まだ一度も君に勝ったことがない」

「経験の違いかねぇ。死線は相応に潜り抜けてきたんで」


 呑気な口調で言った。

 しかし視線は真剣に、レオンへと向けたまま。


 三回ほど模擬戦を行って思ったことが一つある。

 それはレオン・ワードの成長速度の速さだ。


 最初に彼と模擬戦を行った時のことは今でも覚えてはいる。

 あの時は魔術を受けないように、必要最低限の動作で防ぎ、仕留めることを考えていた。その余裕があったとも言える。


 だが今は全力を持って相手をしなければ、とても敵う相手ではない。それほどに成長しているのだ、目の前の"剣皇"の卵は。


(剣皇の血筋は争えないっていうことかねぇ)


 "魔波動"の全てを使えば、勝てない相手ではない。

 しかし全力だ。全力でやらなければ危ない場面が幾つも出てくる。


 最悪、敗北する。

 才能あるレオンの腕にユウリは多少の戦慄を覚えざるを得なかった。


「レオン。お前はどんどん強くなるな」

「いきなり何を言うんだ」

「いや、思ったことをちょろっとね」

「ふん。敗者の僕がそのような言葉を勝者から聞いても、嬉しくはないな」


 レオンはユウリの言葉を勝者の余裕と捉えたのだろう。

 ふて腐れるようにそっぽを向いた。その仕草がどこか子供じみているので、ユウリはフッと微笑んでしまう。


「笑ってくれるな。……今回はどこが悪かった?」


 ユウリの反応にムッとしたレオンは、早くその表情から逃れたいがためにすぐさま話を進めた。


 模擬戦終了後は互いが互いの動きの感想を言い合うようになっている。

 といっても今の所は経験の差からユウリが一方的にレオンの戦闘技術に関して助言をしているという結果に終わっているが。

 今回もまたそのパターンである。


「剣速。俺の瞬発力よりも早く剣を振らなければ対処されるよ」

「君の動きよりも速く剣を振るうことなど、すぐには無理だろう」

「なら俺の動きを予想するしかない。俺が動く前に、俺の予備動作から俺の攻撃の到達地点を推測するんだ」

「推測か、なるほど」


 レオンはユウリの言葉に頷く。それを吸収して、飲み込み、早く自分の腕を伸ばすためだ。

 ユウリもそのためなら惜しむことなく口を開く。


「あと魔術の発動タイミング。相手の虚を突くためにも、できる限り切り札は温存していた方がいい」

「だが純粋な剣術だけでは君に押し切られてしまう。温存する余裕などないんだが」

「別に魔術の全てを温存するわけじゃないさ。剣術に絡める魔術と温存する切り札、その二つを区別しといてもいいんじゃないかって話」

「ふむ、それも頷けるな。参考になる」


 ユウリから見て、レオンの課題は三つある。


 一つは剣術の基礎を鍛えること。

 一つは敵の動きを思考に含めること。

 一つは魔術という手札を出来るだけ晒さないよう立ち回ること。


 まず剣術について。

 もちろんのことではあるが、レオンの剣術は決して低いわけではない。ユウリの目算では危険度C級の魔獣ならば剣術だけで相手取れるほどの腕を持っている。

 しかし今のままではそこ止まり。剣士である彼が強くなるためには、彼の立ち回りの土台となる剣術の底上げが必須課題だ。


 次に挙げるなら敵の動きに対する観察眼。

 レオンはその才能ゆえに、敵の動きをあまり考えない。考えずとも対処できてしまう場合が多いからだ。

 ユウリからすると、なんと羨ましいことである。が、今よりも上を目指すなら観察眼を養うことは必要でもある。

 これを怠ることは傭兵として生きていたユウリにとってはあり得ないと言えるほど致命的だ。


 最後に魔術について。

 レオンは魔術の才能も豊富である。ユウリの立場から言わせてもらうなら、大陸の彼方まで吹き飛ばされてしまえばいいとすら思ってしまうほどの才能だ。

 ゆえに手札も多い。


 だがその手札を切るタイミングが素人。

 一つ一つ、状況を見極めて手札を晒せばいいのにも関わらず、レオンは距離を取ればすぐにでも魔術を放ってくる。

 はっきり言わせてもらうなら対処し易いのだ。


 だがそれは現段階の話。

 レオンは有能な人材である。

 未来のルグエニア王国を背負って立つ、稀有な魔術剣士だ。

 道を違えず真っ直ぐと進めたならば、"剣皇"の座も決して届かない領域というものではない。


 ここまで考えて、ユウリは思ってしまった。

 なんと素晴らしい才能の持ち主なのだろうか。目の前の金髪は、と。


「はぁーあ。今言ったことを注意すればもっと強くなれるんでねーの?」

「なぜ投げやりな態度なんだ」

「別にぃ」


 決してレオンの有能さに嫉妬したわけではない。

 ひたすらにムカついただけである。


「ほら、そんなことより時間も昼間になったぞ。ステラと約束があったはずだけど?」

「ああ、一緒に都市を見て回るという約束か。よく覚えていたな」

「そりゃ覚えるさ」


 ステラを応援している者としては、少なくとも記憶に刻まれるはずだ。


「女の子を待たせるのは御法度だぜ。さっさと行きな、しっしっ」

「だからなぜ不機嫌なんだ」

「別にぃ」


 ともかく早くレオンを行かせるためにも彼の背中を押す。その動作に疑問を覚えながらも、約束を破ることは良くないとレオンもまた闘技場を跡にするよう歩き出した。


「ちゃんと優しくエスコートしておやり」

「いや、ステラもこの都市には何回か来たことがあるんだが」

「そういうこと言わない。さっさと案内してこい」


 言葉でも強引に送り出した。

「本当に鈍感だな、あいつ」と。思わず溜息すら溢したくなる。

 ステラも大変だと、レオンが去っていった闘技場の出入り口を見ていた視線に少しばかりの同情も乗せた。


 一人。

 その場に残ったユウリは伸びをする。


「んで、いつから見てたの?」

「ふふ。流石にバレていたか」


 否。

 この場にもう一人、その姿を晒す者が現れた。

 金色の髪を日光に反射させ、紅い瞳がユウリを捉える。

 マナフィア・リベール。昨日再会したユウリの旧友だ。


「部屋にお前がいなかった。だから探しに行ったのだが、やはりここだったな」

「だからいつからって聞いてる」

「二本目の試合からだ。中々見所ある奴だったな。お前の友人は」


 くつくつと笑う。

 その表情はとても悪戯気なものであった。


「レオンは"南の剣皇"の息子だからな。才能があるのは当たり前っちゃあ当たり前」

「ほう、"南の剣皇"の。確か二人ほど子息がいると聞いたが」

「あっちは次男の方。長男は二つほど歳が上だったよ」

「そうかそうか。是非とも今度相手をしてもらいたいものだ」

「勝手にやってくれ。あと俺は巻き込むなよ?」


 とりあえずそう付け加えさせてもらった。

 巻き込まれては堪ったものではないからだ。


 この場に現れた天敵に息を吐いてしまう。先ほどのレオンの鈍感さには我慢ができたのにも関わらず。それだけ自分はこの少女を苦手としているのだと自覚してしまう。


 ふと、マナフィアを見て気付いた。


「そういや、リリはここにいないのか」

「ああ、宿に置いてきた。あやつが食事をしている間に、そろっと抜け出したからな」

「可哀想になリリ。今頃発狂しつつあんたを探してるんだろうよ」


 彼女の側近であり、自分を兄として慕ってくれる可憐な少女の使命に悲しみを覚えてしまったことは、決して無理からぬ話である。

 どうして自由奔放なこの横暴少女の側近として、あの純粋無垢な妹分が苦労しなければならないのか。


 哀れリリアンナ。そう呟いてしまった。


「さて。そんな些事はどうでもいい」

「些事なんだ……」


 些事だと言い切るマナフィアの態度にゲンナリする。

 この女はどこまでも奔放であるからだ。

 しかし、さして気にする素振りも見せずにマナフィアは言葉を続けた。


「それよりも。先の模擬戦の話の続きと行こうか」


 少しだけ空気が冷たくなったような気がした。

 もちろん感覚的なものだから確証は無し。それでもそう錯覚するほどに、目の前の少女の雰囲気が変わった。


「模擬戦ね。それで?」

「単刀直入に言おう。お前の腕、停滞しているな」

「――」


 突然の言葉に唖然とした。というわけでもない。

 ユウリもここ最近感じ始めたことを言い当てられた。そのことに言葉を飲み込んでしまったのだ。


「前に戦った時と比べても、動きのキレも技の精度も上がったとは言い難い。もちろん衰退しているわけではないが、伸び悩んでいるのは確かなはずだ。もちろんお前自身も気付いているとは思うが」

「――ごもっともで」


 肯定する。

 自身もまたそれが事実だと気付いているのだから。


 ユウリ・グラールはB級傭兵だ。

 その懐には銀色に輝くライセンスが仕舞われている。

 傭兵の中でも高位の実力者であることは疑いようもない。


 しかし、それでも。

 彼の成長はここ最近で停滞していた。むしろ止まったと言ってもいい。そしてもちろんその理由も理解している。


 ――才能。


 圧倒的に足りていないのだ。

 ユウリ・グラールには。魔導社会で生きるための能力が。その未来が。


「んまあいいんじゃないかね。生きていく分(・・・・・・)には困らないんだし」


 けれど、ユウリが悲観することはなかった。


「現に俺はここに立ってる。生きている。贅沢なんて言ってられないっての」

「贅沢か」

「そうそう。求め過ぎれば身を滅ぼす。特に俺の場合は、体質もあるからな」


 肩を竦めておどけてみせる。


 彼の言葉は魔導社会という枠組みから見ても酷く正論だ。

 魔力門と魔力抵抗力。その二つが体質として存在しないユウリには、傭兵業を行うことすら本来許されない立場なのだ。

 むしろここまで来れたこと自体が奇跡と言える。


 欠陥魔術師。

 密かに囁かれるユウリの蔑称。

 しかしそれは間違っていない。ユウリもまたそれは理解している。


「――」

「でも、鍛錬の時間くらいは増やすか。焦らずじっくり進んで行くよ、俺は」

「なら妾から言うことはもうない」


 言葉に、マナフィアは何を思ったのだろうか。

 少しだけ寂しそうに笑みを見せたその真意は何なのだろうか。

 ユウリにはわからなかった。


「ならこの話は終わり。俺はそろそろ宿に戻るわ」


 だが終わった話を引きずるほどユウリは繊細ではないので、パンッと手を叩いてそのように言う。


 時間も昼間であり、ちょうどいいくらいに腹も空いていた。

 更に言うなら明日からは魔導学論展が開催される。それが終われば学園へと帰還することを考えると、今日を逃せば都市の中を観光する時間が限られてしまうのだ。


「……? 何を言っているのだユウリ」


 予想外というべきか。

 半ば予想はできたことだというべきか。

 不思議そうな顔で、マナフィアから小首を傾げられた。


「今からお前は暇なんだろう?」

「いや暇じゃないっす。ご飯食べたいっす」

「つまり暇だということだ。少しくらい時間はあるはず」

「いや暇じゃないっす。お腹ぺこぺこっす」


 なぜか冷や汗が噴き出てくる。

 剣をゆっくりと抜き去り、重心を下げるマナフィアの体勢に。

 次の言葉は流石に予想できた。


「というわけで次は妾と訓練をしろ」

「それは勘弁!」


 ユウリは脱兎の如く逃げ出した。




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