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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 中編
46/106

進行

「ハァ……ハァ……。信ッじられませんッ!」

「まあまあスイちゃん。落ち着いて、ね?」


 荒い息遣いのスイとそれを宥めるセリーナ。

 その足元に転がるのは未だプルプルと体を痙攣させて横たわるユウリ・グラールがいた。


「顎が、的確にやられる……とは」

「今のは事故とはいえあんたが悪いわね」


 軽い脳震盪を起こすユウリに、フレアからの辛辣な言葉が返ってきた。


「……あれ、フレアさん。なんかいつも以上に冷たくない?」

「さぁ。ただ、ちょっとだけイラっときた」


 ムスッと不機嫌な表情を浮かべる彼女に、理不尽だとユウリは感じた。


 決着が着き次第、先ほどまで場外で観戦していたフレアとセリーナの二人は闘技場へと降り立った。


 フレアはユウリの様子を見るために。

 また、セリーナはというと――。


「だ、だいたい! 謝りもせずに小さいなどとは何事ですか!」

「まあまあスイちゃん」


 錯乱したスイを落ち着けていた。


「やぁー、すんません」

「反省の色が見えません!」

「いや、本当にごめん。つい本音が……」

「た、確かに世間一般から見れば小さいのかもしれませんが、私はまだ学生です! これから然るべき時にさらなる成長が見込めるんですよ!?」

「いやあんた何言ってんだ」


 捲し立てるような言葉に、ついつい素で対応してしまった。


「こほんっ。スイちゃん、そろそろ落ち着きなさい」


 それを見ていたセリーナも、彼女を諌めるためにも咳払いを一つ溢す。

 自らの主の様子に、流石のスイも落ち着きを取り戻した。


「……申し訳ありません。少々取り乱しました」

「いや、少々ってレベルじゃなかったような」

「あなたは一度黙ってください!」


 呆れるような目を向けてしまうも、未だ頬を赤らめているスイによって黙らされた。


 初対面こそ気が強く近寄り難い存在だと思われていた彼女だが、こうして見ると年相応だと思わされる。


 その際に改めて彼女の容姿を覗いた。すると彼女もまたセリーナの側にいても存在が薄れることがないほど整っていることがわかる。


 星の光に照らされている夜空のような淡い黒髪に、貴族特有の碧眼の主。

 スラッとした細身の体は女性らしさを周囲に印象付けている。惜しむらくは胸部の装甲くらいか。


「今失礼な目をしてませんでしたか?」

「いえ。滅相も無い」


 おまけに察しもいいときた。

 油断できない先輩である。


「しっかし、負けてしまったか。先輩、強いっすね」

「あなた、それは本気で言ってるんですか?」

「本気も本気。一撃で撃沈させられたじゃないっすか」

「先の模擬戦の結果は、その、私としては勝利とはとても言えないんですが……」


 ユウリの呑気な笑いに対して、どこか観察するような、そして疑うような顔を浮かばせる。

 先ほどの模擬戦の結果に満足できていないといった感情がありありと見て取れた。


 しかしユウリも別に手を抜いていたわけではない。

 事故こそ起こりはしたが、相対した彼女が実力者であることに変わりはなかった。


(何より、あのまま続けて勝てる保証もなかったし)


 ユウリは全ての切り札を切ったわけではない。

 だがそれはスイ・キアルカにだって言えることだろう。


 確証こそないが、長年の経験でユウリはわかる。彼女は模擬戦において、全力を出してはいなかった。


「それより聞きたいことがあります。私の水流両刀(ウォータクルセイド)を素手で受け止めることができたのはなぜですか?」

「あら、それは私も気になったわね。スイちゃんのあの魔術の切れ味と威力を考えれば、とても素手で受け切れるものではないと思うのだけれど」


 スイと、その言葉に頷いたセリーナの両者の視線がユウリへと向けられる。


 確かに通常、魔術をただの素手で受け止めることなどできるものではない。その常識を覆すようなユウリの体技に興味が出てくるのは魔術を扱う者としては当然の結果だと言えた。


「――内緒です」


 しかしユウリは人差し指を口に当てる。


 "魔波動"。ユウリの扱う武術。

 これがなければ戦闘に大きな支障を来すと言えるほどの必須技術である。


 この"魔波動"という技術があるからこそ、魔術を体に受けてもある程度は耐えられる。この武術があるからこそユウリは魔術師と対等とは言えなくも、同じステージの上で戦うことができる。


 でなければ、ユウリは簡単な下級魔術一撃でノックアウトするだろうから。


 魔術を受ける際に薄く純魔力を、まるで鎧のように体全体に発しているからこそ魔術による直接的な影響を純粋な衝撃に変えている。


 そうでもしないと、ユウリの魔力抵抗力では直接の魔術による影響は決して耐え切れるようなものではない。


(それに――)


 さらに言うならユウリは魔力総量が極端に少ないため、《身体強化》だけでは大した身体能力を得られない。それでも並みの魔戦士ほどの身体能力は得られるのだが、それだけではユウリのハンデを覆すことなどできはしないのだ。


 ゆえに自身の移動、攻撃、防御の質を一つ一つ高めてくれる"魔波動"は必要な技だ。


「ま、強いて言うなら落ちこぼれの悪あがきを使ったとだけ」

「悪あがき?」

「俺の体質上、普通の戦闘方法じゃどうにもならないから」


 魔導社会においてこの体質をただ悲観するだけでは生きていくことができなかった。

 だから悪あがきをさせてもらう。それだけの話だ。


「ふぅん。確かにいまどき純粋な素手での戦い方は珍しいわね」

「確かに。私との模擬戦の時も武器らしい武器を使いませんでしたし」

「やぁー。武器を使う才能より、こっちの方が俺には合ってるらしくって」


 思い出すのは師であるフォーゼとの修行の日々。

 ユウリの適性は剣を振ることよりも。魔術を扱うことよりも。拳一点に集中させた方がより効果があるとのこと。


 ゆえに魔波動を含め、この戦闘スタイルを貫いている。


「ふぅーん」


 ユウリの話を意外そうに聞いていたフレアとスイ。そこで隣のセリーナはコホンと一つ、咳をする。


「とにかく。あなたとスイちゃんの模擬戦は非常に有意義だったわ。面白いものを見せてくれてありがとう」

「どうも。それより、もう二度とこんなことがないよう総会本部でも徹底して欲しいかな」

「それは約束しかねるわ。バン君とスイちゃん次第ね」

「その時は全力で逃げ切ってやる」


 セリーナの言葉に、そう宣告する。

 ふと隣のスイの瞳を見ると、その色から再戦をする気があることは一瞬の内に察することができた。


 ならばユウリもまた全力で逃げ切ってやると、決意する。ここでおとなしく諦めないところは流石であった。


「――ではユウリ君。また会いましょう」

「……次は負けませんから」


 ふふっと笑い、セリーナは踵を返していく。

 付き従うようにそれを追っていくのは長い黒髪を靡かせる少女。その目は獲物を狙う獰猛な獣のような光を発していた。


「あんたも大変ね」

「次は負けませんって、さっき負けたの俺なんだけど」


 一通り背中を眺め終わった後のこと。

 フレアの可哀想な人間を見る目と、ユウリの納得いかないとばかりの視線が交錯した。



 ★


「"再生者"の輩がすでにこの都市に入ってきている可能性が高いと?」

「そうなります!」


 王宮騎士団とされる蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)。その副隊長であるジーク・ノートは机につきながら、部下の報告に耳を貸していた。


「衛兵の者に呪術の痕跡を持つ者が数人ほどいましたので、間違いありません!」

「呪術の痕跡か。ただでさえ扱える者の少ない呪術を、しかもここまで悟られないようにする輩がいるとは」

「正直、私も驚いております」


 場所は都市の中央付近に佇む都市アルディーラの兵舎。

 彼らのいる一室は華美でこそないが相応に整えられている書斎の形を取っている。

 その場所で、ジークの目の前の部下はそのように言った。


 呪術というのは魔術の一種である。

 しかしその効果は極めて危険なものであり、かつ道徳的に反している。ゆえに禁呪と指定されている、失われゆく技術であるはずだった。


 それを扱うことができ、かつ自分にすら察することのできない呪術を使う人物。

 ジークの脳裏に一人の女性が思い浮かぶ。


「あり得ぬとは思うが。この都市にあの"厄災の使者(エンドリスト)"がいるかも知れぬな」

「呪術を使う"厄災の使者(エンドリスト)"……。もしや」

「ああ。"汚染"ゾフィネスだ」


 "汚染"。その言葉を聞いた瞬間、報告にこの部屋を訪れた兵士が目を剥いた。


 現在の魔導社会において一般常識であるが、この世界には危険度というものが存在する。


 他者を襲う魔獣や重罪を犯した手配人などが、その危険度によってEから始まりD−、D、D+と上がっていき、そして最終的にはA+まで分類される。これによってどれほど危険視されているのか、戦闘力のある程度の目安がわかる。


 その中で、最上位である危険度A+を超えて、最高位に危険とされる人物が存在する。


 危険度A+級という枠組みの中を飛び越えて最凶とされる四人の手配者。

 危険度A級オーバー、またの名を"厄災の使者(エンドリスト)"。

 その人物が訪れる先には厄災が降り注ぐとされる、四人の危険人物である。


「奴ならば"再生者"の連中をこの都市に潜入させることなど容易いだろう」

「しかし、もしもそれが正しいのなら"再生者"とゾフィネスが組んでいることになります。そうなれば、我々の戦力だけでは厳しいのではないでしょうか……?」

「このようなことであれば、レオナール隊長をお呼びするべきだったか」


 眉を寄せて舌打ちを一つ。


 ただでさえ"再生者"の輩には手を焼かされるというのに、その上"汚染"まで関わっている可能性があるとするならば、アルディーラに留まっている戦力だけでは足りない恐れが出てくる。


 危険度A+級の手配人というのはそれを危惧させるほどの危険人物だ。

 それこそ小国の騎士団などでは決して太刀打ちできないような強さ。


 その領域から一歩を踏み外した"厄災の使者(エンドリスト)"ともなれば街一つを容易く滅ぼすことも考えられる。


「ジーク副隊長。どのように致しましょうか」

「――」


 冷静な目で、思考で、考える。


 危険度A級オーバーを相手にするために必要な戦力。


 蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)の副隊長を務める自分であれば、相応に相手をすることもできるだろう。しかし被害を最小限に留めることはできない。その余裕がなくなる。なおかつ勝利を約束することも叶わない。


 さらに国家テロリストである"再生者"を加味すれば、本当に都市一つが滅びかねないような状態である。


「――仕方がない。彼を呼ぶ」

「彼、とは」

「幸いにしてここは学園から近い。あの"加護持ち"の学生なら、学園を通して呼びつけることもできるだろう」

「――まさか」


「そのまさかだ」と。

 静かにジークは息を漏らした。


 自分の考えすぎという線もあり得る。まだ"汚染"がこの都市に訪れたと、"再生者"に加担しているという可能性があるだけで確定したわけではない。


 しかしその可能性があるのならば、最悪の状況にならぬよう手は打っておくべきであろう。


「学園に直ちに連絡をして欲しい。S級傭兵、"銀竜帝"シド・リレウスに依頼を要請すると」

「ハッ!」


 ジークの言葉に敬礼を返して、兵士は去っていく。


 慌ただしく消えていったその姿を見るに、彼もまた聞かされた推測に焦りが生まれているのだろう。

 自らの部下の背中を眺めた後、ジークは一つだけ息を吐いた。


 願わくば、自分の心配が杞憂に終わればいいと。

 ジーク・ノートはそう願った。




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