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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
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来訪者

 "再生者"の魔導汽車襲撃事件。

 その報せが都市アルディーラの中を駆け巡るのに、そう時間はかからなかった。


「レオンッ!」

「ステ……うおっ」


 レオンの姿を見つけるなり、形振り構わずその胸に飛び込んでいくステラ。

 その様子に苦笑しながら眺めるユウリは、無事に帰還することができたことを噛み締める。


 ユウリとレオンが襲撃者を退け、魔導汽車の中に戻る頃には目的地であるアルディーラへの到着が終えていた。


 乗客は皆乗車場へと降ろされ、その中にはもちろんフレア達も含まれており、ユウリとレオンの二人が彼女らと再会したのは魔導汽車を下車した後、つまり乗車場でのことである。


「レオンが無事で良かったよぉ……」

「ステラ……」


 涙を浮かべる蒼い髪の少女。

 昔からの幼馴染ともいえる存在の、そのような姿にレオンは何を言えばいいのかがわからなくなった。


 僕は無事だ、と。

 心配をかけた、と。

 そのような言葉で済ませていいのかが彼の中で疑問に思ったから。


「――お二人さーん」

「とりあえずそういうことは宿を取った後でやって欲しいわね」

「え――キャアッ!」

「グハッ」


 抱擁する形を取っている二人の姿に、我慢ならずといった様子でユウリとフレアが同時にジト目を向けた。

 その視線の意味を悟ったのだろう。ステラはみるみる頬を紅潮させていき、遂には悲鳴を上げてレオンの胸を強烈な勢いで押し出した。


 潰れた蛙のような声を漏らして壁へと激突するレオン。

 彼に非がないことは理解しているが、それでもユウリは自業自得と厳しい評価を付け足した。


(レオンが俺に同行した時点でこうなることは目に見えてたもんなぁ)


 もはや二人の動向には苦笑すら出てしまう。

 しかしそれもまた日常なのだと、ユウリはうんうんと満足げに頷いた。


「――それで、相手はどんな奴だったの?」


 ステラが顔を赤くしながら咳き込むレオンを介抱しているところ。

 いつの間にやら隣にはフレアが立っており、ユウリの顔を覗き込むような形でそのように尋ねてきた。


「相手?」

「ええ。もちろん"再生者"の奴らと一戦して来たんでしょ?」

「あー……。まあそうだね」

「で、どんな奴だったのよ」


 白銀の少女は純粋な疑問を向けてくる。

 対するユウリはどう答えたものかと、頭を掻いた。


「"軽業師"と"蛇弾"の二人。その異名くらいは聞いたことがあるんじゃないかな」

「――どちらも聞き覚えがあるわ。危険度B級のお尋ね者でしょ?」

「その通り。流石に二人も現れた時は死ぬかと思った」


 自然と拳が硬く握られる。

 対峙した二人の威圧感は形容できる言葉が見つからない。

 二人合わさった時の緊張を、ヒシヒシと感じるばかりであったからだ。


 思えばよく怪我なくこの場に立っていられるな、とユウリは自身の運に感謝すらしたくなった。


「ふぅん」

「んで、それがどうかしたの?」

「別に。ただ――」

「ただ?」


 いつも言葉をはっきりと告げる彼女にしては、妙によそよそしい言葉であった。

 ユウリはその言葉の続きを待つように、彼女に向けて首を傾げる。


「……無事でよかった」

「え?」

「ううん。やっぱりなんでもない」


 スタスタと前を歩いて行ってしまった。

 その時の彼女の顔が少しばかり赤くなっていたのは気のせいだろうか。


(もしかして心配してくれた? あのフレアが?)


 今しがたの言葉が自分の聞き間違えではないかと疑うほど、ユウリは白銀の少女の態度に驚きを示した。


 フレアはいつも気丈に、そしてはっきりと物を告げる。しかしその中に誰かを労うような言葉や心配するような言葉を向けたところを、ユウリは知らない。


「何だか調子が狂うなぁ」と、ユウリはポリポリと頬を掻いた。


「――ユウリ君。お仕事お疲れだねぇ」


 背後から一つの声がかかった。

 その姿が先ほどから見えないと思っていたのだが、どうやら別の場所にいたらしい。


「ルーノさん」


 振り返ると、灰色の髪と瞳を持つ白衣の男――ルーノ・カイエルが立っていた。

 しかしその隣には見覚えのない人物が一人いることが確認できる。


 赤い髪を後ろで結んだ、鎧の騎士。

 切れ長の瞳は茶の輝きを灯し、近寄るものを寄せ付けないような雰囲気がその男から発せられていた。


「ルーノさん。こっちの人は?」

「ああ、彼の自己紹介がまだだったね。今回の魔導学論展の護衛隊の責任者だよ」

「お初お目にかかる、俺の名はジーク・ノート。王宮騎士団――蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)――の副隊長を任せられているものだ」


 そう言って鎧の胸に部分に施されている一対の蒼い翼を指差した。

 ユウリとて耳にしたことがある。

 全体的に薄い蒼色の鎧に、胸の部分に刻まれている蒼翼。

 ルグエニア王国が誇る王宮騎士団、その名を蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)という。その騎士団の一員である証だ。


「王宮騎士団の副隊長……」

「その通り。私も要人であるからね。彼と少しばかり今回の事件について話を聞かされていたのさ」


 ルーノの言葉と隣に佇む騎士の頷き。

 先の事件は"再生者"という国家テロリストの仕業だということを考えれば、事情聴取されることには納得がいく。


「それで、俺にもその番が回ってきたのかな」

「ふむ、話が早くて助かる。聞けば、君は"再生者"の奴らと戦闘を行ったらしいな。詳しい話を聞かせてもらいたい」


 王宮騎士団、蒼翼の騎士団(ノーブル・ソード)

 その副隊長であるジークの一歩が、剣呑な雰囲気と共に踏み出される。

 カチャリと鎧から鳴る音を耳に聞き届けながら、ユウリは黙ってその言葉に従うように頷いた。



 ★


「――――話は以上です」

「なるほど」


 後ろで結んだ赤い髪を揺らして、ジークは一つ頷きを返した。


 ユウリは都市アルディーラの中央付近に建てられている騎士団の駐屯所に連れて来られている。

 そこの一室で今回の"再生者"による魔導汽車襲撃事件について、知っている情報をジークに話しているところだ。


「突如とした襲撃。敵は頭上より降って降りてきた、か」

「ふーむ。おそらく待ち伏せを食らっていたのだろうねぇ」


 ユウリと共にこの場所までついてきたルーノが、不敵にすら思える笑顔を浮かべてそう呟く。


 彼の言葉を聞く前からユウリもその可能性については考えていた。

 しかし彼の言う内容には決して賛同し難い部分がある。


 高速で走る魔導汽車に、いかにして待ち伏せをするのかということ。

 乗り込むための方法はなんであったのかということ。

 この二つの答えが出ない限りは、ユウリも頷くことはできない。


(……いや)


 しかしそこで首を振る。

 あの二人ならそれも可能だと考えたからだ。


 "軽業師"であるツヴァイが乗り込んだタイミングは、魔導汽車がちょうど森の中を走っていた時のことだ。

 高い木々に登って魔導汽車が通る時に乗り移ることは、あの身軽かつ俊敏な"軽業師"なら可能だろう。


 "蛇弾"レイドスに関しては、最後に見せた風魔術を飛び乗る直前で使えば屋根上への着地は容易だ。

 彼が頭上より降って来た時は崖を走っていた。上で待機していたのだと考えれば納得できる。


「時間差で襲撃するつもりだったってことか」


 第一陣はツヴァイ。

 それで襲撃が難しいようなら新手としてレイドスを用意していた、と。

 ユウリはそこまで考え、そして一つだけ理解できない部分にぶつかった。


 それはすなわち。


「敵が襲撃してきた目的。これが分かればいいのだが」


 話を一通り聞いたジークもその問題に直面したようだ。

 解せないと、言葉を発するよりもわかりやすく表情でその胸中を語っている。


「ユウリ殿。何か襲撃者が目的のようなものを語ってはいなかったか?」

「目的、ね。そんな言葉は思い返してみても――」


 そこまで言った時、脳内にあるフレーズが過ぎった。


 ――魔導汽車が我々に襲撃されていることはアルディーラの方でも届いているだろう。この二人を相手にしていれば、例の物を入手するどころか騎士の奴らとやり合うことにもなりかねない。


 この言葉は都市アルディーラに到着する少し前、魔導汽車が間もなく都市に辿り着くことを察したレイドスが口にしていたものである。

 ここで重要な単語が一つ。


「……例の物を入手する。確か、そんなことを言ってたような気がする」

「例の物?」

「はい。それが何かはわからないっすけど」


 確かにレイドスはそのような言葉を、味方であるツヴァイに対して発していた。

 つまり"再生者"が狙う何らかの物があの魔導汽車に存在していたことを、意味している。


 しかしその例の物という単語が一体何を指していたのかは、ユウリにはわからない。


「ふむ、例の物か。とにかくこちらでも魔導汽車の状況について調べてみよう。時間を取らせて申し訳なかった」

「いえ、大丈夫です」

「そう言ってくれると助かる。ルーノ殿、良ければこの少年とあなたを宿までお連れしましょう」

「ふむ。そうしてくれると助かるねぇ」


 少しばかり思案するように顎に手を置いたルーノであったが、断る理由もなかったのかジークの提案に対し、素直に頷いた。

 席を立ち上がるルーノとジーク。その横でユウリもまた此度の事件について考えを巡らせていた。


「奴らの狙い、一体なんなんだ――」



 ★


「――総会長。例の事件について、聞きましたか?」

「ええ。流石に耳に届いたわ」


 ルグエニア王国の比較的西部に存在する都市アルディーラ。

 主要都市ゆえに魔導汽車が通過する数少ない大都市である。その都市に一つの大きな事件の情報が広がっていた。


 "再生者"による魔導汽車襲撃事件。


 かの事件は都市に存在する多くの人間の耳に届いた。

 それは魔導学討論に出席するために遥々ルグエニア学園から赴いた彼女達も例外ではない。


 学園総会長、セリーナ・ルグエニア。

 学園総会本部員、スイ・キアルカ。


 高貴な身分の者のために用意された別邸の一室で、二人は甘い匂いの香る紅茶を口に含んでいる。

 一見すると、なんとも平和な空間のように思えるが、しかし話す内容は決してほのぼのとしたものではなく、むしろ殺伐としている先の事件についてであった。


「乗車しているのが偶々危険度B級に対抗できる傭兵だったから良かったものを、一歩間違えれば多くの犠牲者が出るところでしたね」

「ええ。このようなことに備えて魔導汽車には必ず腕利きの傭兵か騎士を護衛として付けるよう、お父様に進言しようかしら」


 紅茶を口にしながらそのように語る。


 今回の件、"再生者"の刺客を撃退したのは偶然乗り合わせたB級の資格を持つ傭兵だと聞かされていた。

 しかしセリーナは考える。もしもその傭兵がいなかったらどれほどの被害が及んでいたのだろうか、と。


「大事ない、で済まされるものでもないでしょうから」


 結果的に、此度の事件では何も被害は及ばなかった。しかし次にまた被害が何もないと言えるほど楽観視もできないはず。


「――何より、まだ"再生者"の狙いはわからないところが不安ね」

「そうですね。私達もまた気を付けなければ」

「ええ。ほんとに」


 残りの紅茶を全て飲み込む。

 "再生者"は一度退いた。

 だが目的を達成していない彼らがまた襲撃することは十分考えられる。

 敵の狙いが何なのか、それがわからなければ安心することはできないだろう。



 ★


「――ふふ。間に合ったようだな」


 ところどころが泥で汚れている茶の外套を纏った二人の人物。

 旅人なら珍しくもないその格好をした、二人の内の片割れがそう言って微笑んだ。


「マナフィア様、嬉しそうですね」


 その笑みを見たのだろう。

 もう片方の人物がそう尋ねてきた。


「それはそうだろう。(じい)に聞けば、この都市には彼奴がいるらしいからな」

「リリも兄様に会うのは久っしぶりです! ああ、元気でやってるかなぁ」

「ふふん。妾が見込んだ男なのだぞ? 何かあっては困る」


 言いつつ、都市へと足を踏み出した。

 それに続くように隣の人物も。


「くっふふふ。さぁて、どれほど腕を上げたか早く確かめたいなぁ……!」

「マナフィア様マナフィア様。多分兄様は絶ぇッ対に嫌な顔すると、リリは思うんですよぅ」

「何を言う。あれは文句も言わずに喜んで妾と踊ってくれるだろうさ」

「ああ……! 兄様、亡骸はリリがずっと抱きしめてあげますからね……」


 二人の内の、背丈が小さい方が胸の前で手を合わせた。まるで神にでも祈るような仕草である。

 隣に歩く人物のそのような行為に、しかしもう一人は気にした様子もない。


 頭から被っている外套のフードの下で、その口を愉快そうに吊り上げるばかりであった。


「――早く会いたいぞユウリ。マナフィアは今行く」





 二章 魔導学論展編 上編 ―完―




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