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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
41/106

襲撃者は笑う

「――"再生者"、だと?」


 耳に届いた放送の内容に、レオンが眉を寄せる。


 それもそのはず。

 今しがた告げられた内容は、この魔導汽車が"再生者"と名乗る国家テロリストの襲撃を受けているというもの。


 なぜ、どうして、と。疑問がいくつも頭に過る。


「ふふふ。"再生者"。まさか魔導汽車に襲撃してくるなんて予想もつかなかったねぇ」

「いや、笑ってる場合じゃないと思うんだけど。"再生者"って確か危険集団っすよね?」

「まさか噂の集団とこんなところで会うなんてね」


 ルーノが笑い、ユウリはそれを見て呆れ、フレアが周囲への警戒を強める。


 放送によれば現在も襲撃を受けている途中ということになり、襲撃者と遭遇する可能性は捨てきれない。

 噂通りの精鋭集団ならば、一切の気も置けない状況だとユウリは視線を鋭くさせた。


「――痛……っ」

「大丈夫か、ステラ」

「うん、ありがとうレオ――」


 ふと、レオンの方に視線を向けると。

 彼の胸で苦悶の声を上げる少女の声がした。


 激しい揺れに体が倒れそうになったステラを、レオンが咄嗟に抱き止めたためだ。

 レオンはそんな彼女を気遣うように声をかける。


 もちろんであるが、声をかけられたことに返事を返そうとするステラ。


 しかしここで彼女は気付いてしまった。

 息がかかるくらいに近づいた互いの距離。その事実に次第にステラの顔が真っ赤に染まっていく。


「ひゃあッ!!」

「な……ッ!?」


 乙女というのは恐ろしきかな。

 頬を朱に染めながらレオンの胸を押し出し、こんな状況にも関わらず思いっきり壁へと叩きつけた。


「な、何をするステラ!」

「ご、ごめん! でも、ほら、だって……」


 収まるところを知らないとばかりに赤みを増していく彼女の顔に、しかしレオンは何を気付くでもなく頭の上に幾つもの疑問符を浮かべるだけ。


 あうあう、とチラチラとレオンの顔に視線を向けたり離したり。


「あのーお二人さん」

「そういうことは全部終わってからやってもらいたいんだけど」


 そのような二人の様子に、ユウリとフレアはただただ呆れの視線を向けるばかりだ。

 今は非常事態であり、緊急事態なのである。そのような時に青春のひと時を送らないでほしいと、ユウリはジト目を向けながら切に思った。


「やっ、違うの!  本当なの! 信じて……?」

「へぇ」

「ふぅん」

「やめて! そんな目で見ないでっ!」


 遂に耐えきれなくなったのか、若干の涙を浮かべて恥ずかしいとばかりに頭を抱える蒼髪の少女。

 ちなみに隣の金髪は何が起こっているのか全く理解していないようで、首を傾けるばかりである。

「悲しきは鈍感か……」とユウリは額に手を当て、フレアはそれに同意するように溜息を吐いた。


「とはいえ、これからどうすっかね」


 レオンとステラのことはさておき。

 襲撃された魔導汽車に乗っているのは傭兵ギルドに登録しているユウリだ。

 このような非常事態において、傭兵ならばただ黙って見逃すという選択肢は少年の中にはなかった。


 ゆえに一歩、踏み出す。


「――どこに行くの?」


 突然歩みを開始したユウリに対して、疑問を浮かべるように視線を向けた。

 その尋ねに対してユウリはニッと笑う。

 同時に懐から取り出すのは一枚の紙。それは傭兵ギルドのライセンスである。


「俺は傭兵。なら、このまま何も動かずにいるのは違うかなぁと」

「つまり?」

「襲撃者を返り討ちにする」


 冷静に、そう言い切った。


「襲撃者を返り討ちに?」

「それがこの状況の打破に一番適してるじゃん?」

「あんたって人は……。しかも本気でそう言ってるんだからタチが悪いわよ」

「本気も本気さ」


 簡単に言ってのけるユウリに、フレアは呆れたような目を向ける。

 確かに状況の打破という一点においては、出向いて仕留めることが最短の道になるのであろうが。


 しかしことはそう簡単に上手くいくはずがない。


「き、危険だよ! いくらユウリ君が強いからって、相手は本物のテロリスト。ここは本職の騎士や傭兵に任せようよ!」

「その本職の傭兵が俺だって。だから動くんだろ?」

「でも……」


 そう。

 ユウリは本職の傭兵なのだ。その彼が事態の収拾に当たるのは何もおかしなことではない。

 だが不安な気持ちを拭されないステラはその瞳を大きく揺らす。


「――大丈夫だって。なんとかなるさ」


 それでもユウリは止まろうとはしなかった。


「ちょっくら行ってくるから、他の人はここで待機してて。いざとなったらフレア、後は頼んだ」

「……気は乗らないけど、わかったわ」


 周りを見渡し、そしてフレアに視線を移したところで止まる。


 彼女は"加護持ち"だ。はっきり言ってしまえば、この場の誰よりも戦闘力というその一点に関してはズバ抜けたものを持っている。

 それはユウリと比較しても例外ではなく、低く見積もっても彼女の実力はA級傭兵にすら届くだろう。


 いわば彼女は最終兵器。

 この場を任せるのに、彼女以外の適役がいない。


「よし、そろそろ行くか」

「――気をつけて行って来るんだよ」

「お、ルーノさんが珍しく心配してくれている」

「当たり前さ。下手に取り押さえられなかったら、万が一ではあるけれど私の魔導学論展への出席が叶わない可能性があるじゃあないか」

「なぬ」


 てっきり自分の心配をされているのかと思っていたが、ルーノはこのような事態でも構わず彼らしさを失わなかったようだ。

 ガックリと頭を落とすも、しかし半ば予想はしていたと開き直る。


「待て、ユウリ」


 出発しようと、個室を出ようとしたところ。

 背後から一つの声がかかった。

 声の主はレオンである。


「君に一つ頼みがある」

「頼み?」


 この状況においての突然の言葉に、ユウリは首を傾げる。

 そんな彼に対してレオンは一つ、言葉を吐く。


「――僕も連れて行って欲しい」



 ★


「本当にいいのか?」

「僕が決めたことだ。君は気にしなくていい」


 魔導汽車の最後尾に向かう、ユウリとレオン。

 ステラの制止を振り切り個室の外へと出てきてユウリの跡を追うレオンに、本当に良かったのかと再度視線で問い詰めるも、強い意思を込めた瞳で見つめ返される。


「それにこのような事態で本職の傭兵に付いていけることなんて滅多にないからな。いい経験になる」

「――相手は"再生者"。噂通りの強者揃いなら、もしもの時に助けられるかはわからない」

「助ける必要はないさ。僕も騎士の端くれだからな」


 凛とした佇まいでそう言われてしまえば、ユウリとしてはこれ以上彼を止めることはできなかった。


 ルーノとステラは"加護持ち"のフレアに任せている。よほどの相手が来たとしても撃退するくらいは叶うだろう。

 つまり守りは最上なものを用意してるのだ。


 ゆえにユウリは好きなように攻められる。

 やはりフレアを連れて来て正解だと、胸中でそう呟いた。


 そうこうしている内にパニックに陥った魔導汽車の中を通り過ぎて、二人は最後尾へと到着する。


 最後尾は手すりがあるだけで、壁や天井が存在しない。

 森の中に敷かれたレールを走っている魔導汽車は、次々と木々を追い越していく。その景色がその場所から見えた。


「襲撃ってのは背後からじゃない、か」

「ということは、上だな」


 ユウリとレオン、互いに考えていることを無言で共有して頷く。

 魔導汽車を襲撃するとして、走る汽車の正面から行うことは流石にないだろう。


 次に考えられるのは背後からの強襲。

 だからこそユウリ達は真っ先に魔導汽車の最後尾へと移動したのだが、ここも外れであった。


 ならば考えられる敵の居場所は予想できる。


 魔導汽車の屋根上。


「落ちるなよ、レオン」

「君こそな!」


 二者は両足に魔力を込めて跳ぶ。

 身体強化のおかげでやすやすと屋根上へと登ることができた二人は、先を見据える。


「――ッ」


 ユウリはそこで、一つの影を見ることとなった。


「あれは……」

「おそらく、敵かねぇ」


 二人同時に警戒レベルを最大まで引き上げる。それは目の前の人物が危険な雰囲気を匂わせていることからくる。


 そして同時に。

 相手側もこちらの存在に気付いたようで、首だけをこちらに向けてその双眼を投げかけてきた。


「――なぁーははッ。お前達は誰だぁーね?」


 長い白髪を真下に垂らした一人の男。

 長髪の下から伺える目は刃物のように鋭い吊り目であり、まるでこちらをいつでも射殺さんとするほどの鋭利な目付きである。


 毛皮で作られた簡素な服を身につけている、いわば戦闘には適さないような軽装。その右手には男の身の丈ほどの長さを誇る細長い棍棒が握られていた。


「あんたが襲撃者?」

「そうだぁーよ。んでも、対応が早いと思ったら子供かねぇ。つまんね」


 魔導汽車が走ることにより、屋根上には強烈な風が三人を襲ってくる。

 そんな少しでも力を抜けば振り落とされる現場の中、白髪の男は余裕の態度で足を付けつつこちらを眺めている。


 視線の意味は、侮辱。

 こちらを侮っている、そんな気配がヒシヒシと伝わってくる。


「――あんた、"軽業師"のツヴァイだな。危険度B級の手配人」

「ほぅほぅ。オイのことを知ってるのかぁー?」

「まあね。東の国では随分と暴れていたそうじゃないか」


 ユウリが睨みながら、しかし口元には笑みをつける。

 長い白髪に棍棒を所持する男。その存在を一人だけ知っている。


「"軽業師"?」

「ああ。傭兵ギルドの間じゃ有名な手配人だ。とある国では一つの衛兵団を壊滅させたこともあるらしい」

「そんな奴が、"再生者"に……」


 レオンの視界に映っているのはツヴァイという男。もっと言えば彼が左腕に彫ってある刺青である。


 再生を司る魔獣、ウロボロス。自らの尾を飲み込む蛇の紋様がそこには刻まれていた。

 その刺青は――"再生者"の構成員を意味する。


「話には聞いていたけど、実際にあの刺青を見るのは初めてだ」

「そりゃそうでしょぉーな。もしもこの刺青を過去に見てるなら、おまいらはここにはいないだぁーよ」


 冷や汗を流すレオンは、憎々しげに目の前の敵を睨みつける。

 正面からやり合ったのでは、自分では絶対に勝てないと悟ったからだ。

 それほどの実力差を目の前の彼は有している。


 しかし。


「変な喋り方だな――とりあえず一発いっとくか」

「――とぉッ!?」


 電光石火の一撃。

 ユウリは恐るべき瞬発力ですぐさま(ツヴァイ)へと踊りかかった。

 時間にして数秒にも満たない短時間での接近は、さしもの手配犯でも反応するのがやっとであったらしい。


 正面からの右拳撃。

 咄嗟に躱したツヴァイであったが、その頬には擦り傷が一つ生み出された。


(やはり、流石だ)


 一人ならば勝てない。

 しかし共にいるのはユウリ・グラールである。

 自らが認めたこの男は、危険度B級の手配人である敵を打倒しうる。そんな存在なのだ。


「レオンは後方で援護を頼む!」

「わかった。君も気を抜くなよ!」


 共に戦う者としてこれほど頼もしい者は中々いないと、レオンは口元を吊り上げた。


「オイでも反応するのがやぁーっとだなんて。警戒レベルを上げるかねぇ」

「できれば油断したまま倒されて欲しいな!」


 強風が降り注ぐ場所であるにも関わらず、驚異的なバランス感覚でユウリはすぐさま敵の背後へと回り込む。

 ガラ空きの背中。勢いをつけた、仕留めるつもりの前蹴りが放たれる。


(取ったか……ッ)


「甘いだぁーよ」


 タイミング、勢い、攻撃速度。それらを鑑みると今しがた放った一撃は当たるべき一撃であるはずだった。

 事実ユウリも攻撃が入ったと確信していた。


 しかしユウリのバランス感覚をまるであざ笑うかのような、驚異的な技を見せつけてくる。

 魔導汽車が走る中、強烈な風が襲う中、足場が余りに不安定な中。

 ツヴァイという"軽業師"は、その場で跳躍しつつ後方に抱え込み飛びを行った。


「な……ッ!?」


 遠くでレオンが驚愕している姿が目に入る。もちろんユウリとて同じだ。

 ここが何もない平地であれば何も驚くことはなかった。

 そのような動きはユウリもまたできることだからだ。

 しかし魔導汽車の上だとするなら、変わってくる。


「これが"軽業師"か」

「そうだぁーよ。このくらいの動きは朝飯前だぁ!」


 地に着いた時にはユウリの背後を取っていた。

 慌てて距離を取ろうとするも、しかし敵の動きの方が速い。

 隙だらけのユウリの体に、手に持つ棍棒を構えて横薙ぎに一閃。


「――ッ!」


 腕を交差させて胴体への直撃を避けることには成功した。

 しかし魔導汽車の走る中、屋根上を衝撃により転がることとなる。

 勢いは止まることなくそのまま続き、そして運が悪いことに魔導汽車がカーブの段階へと移った。それがすなわち何を意味するのか。


「やっ……ば……ッ!」


 ユウリはそのまま、魔導汽車の屋根上から放り出される形を取ることとなる。


「ユウリ!」


 ――それはレオンにとっても、これまでの魔術の中でも極めて集中力を高めた魔術の発動であった。


 事前に魔術式を構築していた中級魔術、爆風(ブラスト)

 それを咄嗟にユウリへと向けて放ち、彼が魔導汽車から完全に放り出される前に爆発を起こす。

 爆風はそのままユウリを反対方向へと押し出し、魔導汽車の屋根上へと再度飛ばす。


 結果、ユウリは魔導汽車の屋根上から落下せずに済むこととなった。


「――ッふぅ……!」


 そのままレオンの足元へと転がっていくユウリ。

 傭兵としてそれなりに長く活動してきた彼であるが、ここまで死の脅威を間近に感じたのはいつぶりであろうか。

 言葉にしようもない息が、肺から漏れる。


「大丈夫かユウリ!」

「あ、ああ……。助かったよ」


 助かった。その言葉しか今は言えなかった。

 もしもレオンが咄嗟に魔術を発動してくれなければ、ユウリは魔導汽車から振り落とされていただろう。

 高速で進むこの乗り物から落下すればどれほどの衝撃が襲うか、考えるだけでも恐ろしい。


 ユウリとレオンの二人はそのまま視線を目の前の刺客へと向ける。


「――惜っしい。あと少しだったのになぁーあ」


 ゾッと、冷たい何かが背中を走る。

 白髪の"軽業師"は、ペロリと唇を舐めて背筋の凍るような笑みを浮かべていた。




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