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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
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護衛依頼

「――それでハザール・グランブルにも会った、と」


 総会本部員、そして革命会の中心人物たるハザール・グランブルとの邂逅から次の日。

 教室にて席に座っているところ、レオンが近づいてきたのでユウリは昨日起こった事実を口にした。


「君はいつもいつも厄介ごとに巻き込まれるな」


 その反応がこれである。


「やぁー、はは」

「呑気に笑うことじゃない。それで、何と言われたんだ?」

「別に大したことじゃなかったよ。それに厄介ごとに巻き込まれたのは俺じゃないって。フレアの方」

「狙いが君でなかったとしても、君が近くにいるだけで事態が動く。その体質のようなものは治せないのか」

「人を疫病神みたいに言うの、やめてもらえません?」


 むぅ、と不満顔をユウリは浮かべる。

 昨日のことだって、ユウリは何一つ自分からしでかしたことはないのだ。全て受動的な行動であったはず。

 それなのにこの言われようはあんまりではないか、とユウリは愚痴の一つも溢したくなる。


 しかし言っても仕方のない話。

 本題に戻るように、視線に真面目な光を灯してレオンを見やった。


「――革命会。聞いた通り戦力を集めてるみたいだ」


 思い出すハザールの眼光。

 あれはユウリには目もくれず、"加護持ち"たるフレアばかりにいっていた。

 そこには数々の感情も含まれているようだったが、その全てを図ることは叶わなく。


 しかし並ならぬものをフレアに――"加護持ち"に持っているようであった。


「"加護持ち"のフレアに声をかけて、君にはそれがなかった。おそらく最高戦力を優先したと考えられるべきであるが……」


「しかし僕なら君を無視することはしないな」と、レオンは流し目でユウリを見る。

 レオンは知っているからだ、ユウリ・グラールの強さを。その彼からすると、ユウリを戦力外とするなら学園の大半の人間を戦力外と見なすことに同義する。


「戦力外というより、俺が平民だからって可能性の方が高そうだったけど」

「そういえば話に出てきたな。ハザールは平民を敵視しているのか?」

「敵視している、ことになるのかな。本人曰く差別するつもりはないらしいよ」


 しかし区別する、とも言っていた。

 今のルグエニア学園は彼からすると、貴族と平民との距離関係が近すぎるとのこと。

 ゆえにそれを正す、というのが彼の主張だ。


「僕からすればその主張に賛同できんな。もっとも、一理あるとは思うが」

「本来貴族と平民とじゃ住む世界が違うしなぁ。そう考える人が出てきても仕方ないんじゃないかねーっと」


 言いつつ、背もたれに寄りかかる。


 ユウリからすれば、平民だろうが貴族だろうが関係ない。

 ただの人だろうが、"加護持ち"だろうがどうでもいいことである。

 それこそ体質的に欠陥を持つユウリは魔導社会においての存在価値は、ないに等しいのだ。いちいちそのようなことを気にしてはいられない。


「――ユウリ・グラール」


 ふと、声がかけられた。

 聞き覚えのある、特に授業日では毎日聞かされる声。

 振り向くとそこには、獅子組の担任教諭でもあるズーグが立っていた。


「先生」

「少し時間をもらえないか? 話すことがある」


 ズーグの真っ直ぐな視線を浴びる。

 歴戦の猛者の印象を受けさせるその瞳の前で、ユウリは静かに一つ頷いた。



 ★


「単刀直入に言おう。このままではお前の進級が危うい」

「なんですと」


 突然の言葉に驚き慄く。

 教師から告げられたくない言葉としても上位に入るであろうお達しを、ユウリは宣告されてしまった。


 場所は獅子組の教室から少し離れた空き部屋。


 話によると倉庫のような扱いを受けている場所と聞いている。その中でユウリはズーグの言葉に驚きを示していた。


「どういうことですか」

「考えてもみろ。魔力測定でも最底辺、魔術実技も満足にいかない。そんな状態で卒業できると思っているのか」

「全くもってその通りなところが辛い」


 言われた通りだと納得するユウリ。

 呑気なユウリの様子に、獅子組の担任教師は溜息を漏らさざるを得ない。


「やぁー、参ったな。《身体強化》は使えるし、戦闘するだけなら問題ないはずだけど」

「それでも体裁が悪い。しかも魔術師との模擬戦には万が一を考えて許すわけにもいかず、何より生活魔術くらいは使えないとマズい」

「そりゃそうか」


 言われた言葉に頷く。

 そんなユウリに対し、諭すような視線をズーグは向けた。


「確かにお前の実力は理解しているつもりだ。一年生の中でも、"加護持ち"のフレアを除けば一つ飛び抜けている。しかし私が担任である以上、危険な真似をさせるわけにもいかん」

「でもそんなことを言い訳にできないんじゃないですかね。ルグエニア学園でも、そしてこの魔導社会でも」

「――」


 言葉に詰まる。

 ズーグは思った。この歳でそれだけの言葉を察することのできる、目の前の少年はどのような生活を強いられてきたのだろうと。


 言われた言葉は確かにとも思えるものである。

 魔術に対する耐性がない。ゆえに魔術師との模擬戦を禁じる。

 そんな言葉が、例えば学園に出てから通じるのだろうか。


 答えは否である。


 例え耐性がないとしても、むしろないからこそ付け込まれる。その可能性が高くなる。

 魔導社会というのはユウリ・グラールという特異体質者にとって、あまりにも住みにくい世界だ。


「だからこそ、私の提案を飲んで欲しい」


 詰まる喉を押し開いて、言葉に表したのは少し経ってのことだった。


「提案……?」

「そうだ。私が担任教師である以上、お前を見捨てるような真似はしない。生徒との模擬戦は許可しないが、教師との模擬戦なら問題ないだろう」

「――つまりそれって」

「前の模擬戦の時と同様、これから私が君の相手をしよう」


 言われて、「げっ」と声を上げてしまう。

 それは要するに、模擬戦の度にあの地獄を見せられるということなのか。


 しかしそんなユウリの様子を気にすることなく、ズーグは言葉を続ける。


「私の魔術戦闘理論の授業で、一定以上の成績を残すことができたなら、特別枠として進級できる。お前に残された道はこのくらいだろう」


 彼が言うに、専攻する魔術戦闘理論という授業は学園の中でもかなり重要度の高いものらしい。それを最上位の成績で認定してもらえれば、進級することも可能だという。


「……やぁー、遠慮させてもらおうかな、なんて」

「遠慮することはない。お前の実力を鑑みるに、私も全力で相手をさせてもらおう」

「いやそれ死んでしまうわ」


 心からの言葉だった。


 しかし世界というのは非情なものであり、ズーグにそれを聞き入れる耳を持ち合わせてはいなかったらしい。


 不敵な笑みを浮かべて、爛々と輝いた瞳を晒している。まるで猛獣の前に晒された家畜のごとく。


 ユウリの額から、冷たい汗がドバドバと分泌し始めた。


「何よりフォーゼ殿の弟子となれば、無碍にもできん」

「そういや、爺さんに昔世話になったって言ってましたね。この特別措置はそれも込みっすか?」

「否定はできん。フォーゼ殿の弟子であるからこそ、私が直々に相手することになった」

「へぇ」


 少しばかり関心を示す。

 しかし今はそのような話を聞いている場合ではない。

 この状況を打開しなければならないのだから。


「ま、まあそんなこと考えなくていいから、先生との模擬戦は辞退させていただきたく――」

「それは許さん。もはや決定事項だからな」

「それってもう提案じゃなくて命令じゃん」

「何か文句があるなら模擬戦で聞こうか」

「全力でお断りさせてもらいます」


 そして結局のところユウリは諦めた。

 ズーグの意思が固いということもあるが、進級を盾にされるとユウリも弱い。

 なまじコネで入学しているだけ余計に。


「じゃあ今度から先生に相手をしてもらえればいいんすね?」

「そういうことだ。話は以上、帰っていいぞ」

「へーい」


 これからの模擬戦ライフを憂いてトボトボと足取りを重くする。

 とりあえず教室に戻ってレオンに盛大に泣き言をぶつけてやろうかと思いながら、部屋の扉に手をかけた。


「――そういえば」


 背後から声がかかる。


「どうしたんですか?」

「ルーノ博士から言伝を預かっていたことを忘れていた。今から研究室に来るようにとのことだ」

「研究室?」


 突然の言葉に首を捻る。

 ルーノが自分を研究室に呼ぶ、となればどのような要件か。

 考えるとすぐに思いついた。おそらく依頼の件についてだろう。


「わかりました」

「ああ。時間を取らせて済まなかったな」


 ユウリは言葉を聞き、扉にかけていた手を動かし、静かに部屋から消えていった。



 ★


 歩くこと数分。

 ユウリはルーノの研究室へと訪れていた。


「ユウリ君。最近の学園生活は満喫できているかい?」

「おかげさまで。できればもうちょい学食の量が多ければ吉かな」


 四散した紙束の山を掻い潜り、部屋の中に存在するソファの下へと辿り着く。


 対面するのは魔導機器をこよなく愛する、偏屈研究者のルーノである。

 ボサボサとした灰色の髪と、死人のような瞳は相変わらずのご様子。

 今は魔導機械のレポートについてでもまとめているのか、荘厳な机にて何やら書き込みをしている途中であった。


「ズーグ先生に聞いてここに来たんすけど。何か要件でも?」

「すでに察しているのにわざわざ聞くようなことかね」

「――今回はどんな依頼すか?」


 ルーノがここに呼ぶということは要件など安易に想像がつく。

 片目を瞑り、もう片方の開いた瞳で白衣の研究者を映した。その答えを待つように。


「一つ護衛を頼みたい」

「護衛?」


 返された答えはユウリにとっても意外なものであった。


 てっきりいつものように素材の入手を頼まれると思い込んでいたが、今回の依頼というのは少しばかり趣向が違うようである。


「護衛ってことはこの学園から移動でもするんすか」

「そうさ。というか、君は知らないのかな。来週行われる大きなイベントについて」

「いや。耳に届いてないはず」


 来週行われる行事などユウリは把握していなかった。

 頭の中を探しても、検索には引っかからない。


「次の週の初めに魔導学論展が、ここより西の都市アルディーラで開かれる。そこに私も招待を受けていてねぇ」

「ふぅん。その魔導学論展ってのは何をすんの?」


 聞き覚えのない単語であったからこそ、ユウリはなんとなしにそう聞き返した。


 そしてすぐにそれを後悔する。

 ルーノ・カイエル。彼の顔色が死人のようなものから一気に激情を含むものへと変わったことに。


「君は魔導学論展を知らないのかッ!!」

「うはっ!」


 キンッと耳に刺さるような叱咤が飛んだ。

 咄嗟に耳を塞ぎこんでしまうが、ルーノにとってはそのようなことなどどうでも良かったのだろう。

 バッと両の腕を開き、まるで神と交信するかのような体勢を取った。


 そして言を吐く。


「いいかい。魔導学論展というのはこの魔導社会においては極めて重要かつこれからの未来を背負うための必要な知識を世界に向けて発信するための最高の場であり、私達研究者にとっては二年に一度の集大成の場でもあるのだ。そこでは大陸中の様々な研究者が大いなる代償を費やして生み出してきた自身の研究を皆に、世界にッ! ぶつけるための論展なのだよ。私も今回の魔導学論展では長らく研究してきた魔力を長期間保存するための方法、およびそれを応用した魔力量の一時的な飛躍的上昇方法、そしてそれらを応用したいつでも持ち運べるような小型の魔力タンクを大陸中の強者たちにぶつけるつもりだ。これは私の長年の血と汗と涙が生んだ奇跡の体現が最高の形で噛み合った――」

「あ、もういいです。俺の頭が許容範囲を超えたんで」


 これ以上聞けば自身の頭がオーバーヒートすることを悟ったので、止めに入った。

 まだまだ話し足りないという雰囲気であったが、これ以上語っては話が脱線するので本筋に戻すことにする。


「とりあえず、西の都市アルディーラで魔導学論展がある。そこに行く時の護衛を俺がすればいいってことで把握は大丈夫ですか?」

「概ねそのようなところだね。話が早くて助かる」


 うむ、と一つ頷くルーノ。そこからおもむろに自身のポケットから二枚の紙を取り出しては、ユウリの方へと差し出した。


「この紙は?」

「魔導学論展の入場許可証だ。護衛は魔導学論展が始まっている時にも就いてもらうつもりだからね。それ一枚を手に入れるだけでも非常に困難であるから失くさないようにして欲しい」

「はぁ。つまりこれは俺とルーノさんの分ってことですね」

「いや。私の分はすでにある。というより私は魔導学論展の参加者だから入場許可証がいらないのだよ」

「なぬ」


 渡された紙と、ルーノから告げられた内容に声を上げる。

 ではなぜ二枚あるのか。


「一つは君の分。そしてもう一つは誰かに渡すといい。できれば護衛の依頼を手伝ってもらえそうな人物なら文句なしだよ」

「……それはつまり、俺一人じゃ不安ってこと?」


 自然と視線が細められる。

 ルーノ・カイエルという人物は決して他人と関わることに積極的な人種ではない。

 その彼が自分から護衛の人数を増やすということは、それが必要だからということになる。


「不安というわけではない。しかし気になる噂を耳にしてね」

「噂、すか」

「――ユウリ君。君は"再生者"という組織を知っているかな?」


 突然の尋ねに訝しげな表情をする。

 "再生者"、その言葉にはユウリも耳にしたことはあった。


「確かルグエニア王国の革命を目指すテロリスト、だったっけ?」

「その通り。実はその組織が最近、都市アルディーラの近くに出現したという話を聞いた」


 "再生者"はルグエニア王国の転覆を図る組織の名、つまりテロリストのことを指す。

 ユウリもその程度の知識はこの学園に訪れる前に、師であり保護者でもあったフォーゼ・グラールか、聞いている。


 少数精鋭で構成される"再生者"は一人一人の実力が危険度B級以上の手練だと聞く。

 つまりそれは構成員の一人一人が最低でも"赤闘牛"ズティング以上の力量を持つということだ。


「魔導学論展というのは王族なども来会される。可能性としては少ないが、彼らが暴れ出さないとも限らない」

「それでか。確かにそんな奴らが現れたら俺一人じゃ荷が重いっすね」


 乾いた笑いが出る。

 それを聞けば、護衛の人数を増やしたくなる気持ちは理解できた。


「そういうわけで、君の方から声をかけておいてくれ」

「声をかけてって言われてもなぁ。というか、傭兵ギルドに依頼するのは?」

「金がかかるだろう。少ないコストで大きなリターンを得たい私の気持ちを考えたまえ」

「いや、そこはケチるなよ」


 思わずツッコんでしまった。

 とはいえルーノにその気がないならば、無理に言い聞かせる必要もなし。


 ユウリ自身、アテがないわけでもない。

 渡された許可証を見ては、それを懐にしまった。


「ではよろしく頼む」


 魔導学論展は次週。

 西の都市アルディーラへと出発するのは三日後。

 それまでに誰を誘おうかと、ユウリは自身の脳内にて考えを巡らせた。




次回の更新は5月25日22時過ぎからを予定しています。

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