革命会の思想
銀の長髪。
鋭い碧眼。
まるで女性のような中性的な容姿をしているが、制服が男物仕様であることから少年であることがわかる。
「ハザール・グランブル……?」
名を告げられ、それを噛みしめるようにユウリは呟く。
先ほどレオンから聞かされた反学園総会側――革命会の中心となる生徒の名だ。
今しがた厄介ごとには巻き込まれないと心に決めていたのに、さっそく巻き込まれそうな雰囲気を現場は醸し出している。
隣のフレアをチラリと見ると、こちらにジト目を送ってくるのが見えた。
まるで「あんたのせいで余計なもんと会っちゃったじゃない」とでも言いたげな視線である。
しかしユウリは言いたかった。あちらの用件はフレアに対してではないのか、と。
「それで、私に何か用でも?」
ユウリの心情を感じ取ったのか否か。
どちらかはわからないが、フレアはハザールと名乗る生徒に対して声を返した。
「ええ、フレア殿。先ほども申し上げたが、革命会についての話を君にしたい」
「どうして私なの?」
「理解はされていると思うが、フレア殿は"加護持ち"かつ"五本指"の一人だ。まず君に声をかけるのは至極当然のことだと思うが、いかがかな」
「ふぅん。ま、興味はないけどあなたが言うならそうなんじゃない?」
冷たく淡白にそう返す。
人通りの少ない廊下で彼と出会ったのは、おそらく彼がこの場所を選んで自分達に声をかけたからなのだろう。
三人以外の人間はいない。
革命会という、人前で話すべきものでないことについてを語るにはちょうどいい場所とタイミングである。
「それで、用件を早く伝えてくれない?」
「なにこの俺の空気感」
「話が早くて助かりますよ。では話そう――革命会についてと、その考えを」
「無視ですか」
完全に存在を無視されたユウリは、どこか哀愁の漂う背中を晒しながら息を漏らす。
しかしそのようなユウリの存在を気にかけてくれる人物はここにはいなかった。
「まず、革命会がどういった存在かはご存知か?」
「多少は。でも詳しくは知らないわね。学園総会の総会長、その座を狙ってるってことくらいしか」
「なるほど。ではそこからお話させていただきましょう」
フレアの警戒するような眼光をも、しかしハザールはさして気にした様子もなく受け答えする。
「革命会というのはご存知の通り、今の学園総会を変えるための組織。しかしただ私利私欲のために変えるのではない。私は今の学園の価値を、正したい」
「今の学園の価値?」
「すなわち――平民と貴族の価値についてを」
視線が鋭くなる。
ハザールからは元々から只ならぬ何かを感じていたが、この瞬間だけ、鋭利な刃物を前にしたような印象を受けた。
「今の学園において、平民と貴族の距離をどう思われますか」
「どう、ね。他の国よりは近いんじゃない?」
「言う通り、近い。しかし私は近すぎると思う」
「ならあなたの正したいというのは距離を広げたいということ?」
「最終的に言うと、そうなります」
ハザールは鋭利な視線を、真っ直ぐとフレアに向けてくる。
底のしれない、腹の奥が見透かされるような瞳だ。
すぅ、とフレアの視線も自然と鋭く研ぎ澄まされる。
何が起きても対処できるよう、本能からの行動だ。
「今の平民と貴族の距離は近すぎる。元来、貴族と平民という格差が生まれたその意味を、今の学園は考えもしない」
「格差の意味?」
「なぜ貴族と平民という差が生まれたのか、それを君は考えたことがありますか?」
「……」
突然の問い。
フレアは一瞬だけ詰まり、しかし答える。
「……一部の人間が富を求めた。名声を求めた。地位を求めた。人よりも優位に立ちたいって欲が、その格差を生んだのだと思うけど」
「確かにその考え方もあるでしょうが、しかし私の考えは違う。必要だから生まれたのだと、そう思います」
返すフレアの言葉に、ハザールは首を振った。
「社会を形成するには必ず責任者がいる。代行者が必要だ。それが貴族、それが僕らの仕事だと考えます」
「ふぅん。それで?」
「今の学園はそれを履き違えている。貴族と平民で仲良しごっこ? 馬鹿馬鹿しい。背負うべき人間が民と共に歩むことは、それこそ責任の押し付け合いを意味する」
ハザールとフレアとのやり取り。
それを側から聞いていたユウリは、彼の言葉に視線を細める。
ハザールの言を借りるなら、この社会は貴族という責任者がいてこそのものである、ということだ。
しかしこの学園は貴族と平民との格差を埋めるための様々な工夫がなされている。
食堂などが共同施設であるということなどがそれに当たるのだが。
「更に言うなら、その埋め方も中途半端。格差を埋める方針を立てながら、しかし全てを平等にするというわけではない。中途半端な政策を立てるのならば、そんなものはいらないと私は考えてしまう」
長い長髪を掻き上げ、そう締めくくる。
革命会の中心人物と言われるこの男の、学園総会に対する考えを聞かされてフレアはどう思ったのか。ユウリはチラリと彼女の方へと視線を向けた。
言われた言葉を自身の頭の中に染み込ませているのだろう。
視線はそれまでハザールの方を真っ直ぐと向いていたのだが、それが今では地面の方へと向いている。
おそらく一理ある、と思わされる部分があったのか。
ユウリとて思う。
格差、立場というのは意味があるからこそ生まれたもの。
私利私欲のためならともかく、それがあるからこそ国というものは形作られているのは事実である。
それを中途半端に埋めようとしている今の政策は果たして正しいのか。
だが。
「じゃあ先輩の望む学園だと、俺達みたいな平民はどうなるんですかね」
「――君は確か、ユウリ・グラールだったか」
「あ、一応名前は知ってるんすね」
完全に存在を忘れ去られたわけではないことにどこか意外そうに目を丸くする。
もちろん今はそれどころではないので表情にはおくびにも出さない。
「もちろん平民だからと迫害する気はない。貴族寮と平民寮に分けさせてもらい、そこで平民同士で伸び伸び学ぶといいでしょう」
「ふぅん、なるほど。つまり先輩が望むのは世襲制を強める要因となるわけだ」
ユウリの一言。
その言葉にハザールの視線が一段、鋭くなる。
「どういうこと?」
「考えてみるとわかるさ。先輩が望む学園になれば、俺達平民は貴族と別の学園生活を強いられる。それはつまり学ぶものに差ができるということ」
「――」
「貴族はこれからの未来を担うための勉強をさせられ、平民は平民の生活のための知識を学ばせられる。要は平民は平民にしかなれなくなる」
チラリとハザールを一瞥する。
彼が語る言葉は、確かに一理あると思わせられる。
しかしそれは生徒の可能性を奪うことをも意味するのだ。
「――それのどこが悪い」
ポツリと。
ハザールは目元を下げて、だけれど強い口調でハッキリとそう言った。
「つまり平民は平民らしく貴族様の言うことを聞いておけ、と?」
「私は君達を差別する気はない。しかし区別はするべきだと思っています。本来、貴族と平民は近い存在になってはならないのだから」
ギリッと強く歯を噛み締める音が耳に届く。
憎悪すら感じる表情。それをハザールは平民に向けてくる。
一体何が彼をそうさせるのか。それを知らないユウリはただその視線を一身に浴びた。
と、そんな時。
「別にあなたに信頼されなくともいいわ。大体さっきから何様のつもりなの?」
まるでユウリを視線から庇うように、間に立ったのはフレアであった。
「まるでこの国の王にでもなったかのような言い方じゃない。私からすればあなたはただの学園の一生徒。貴族の子息ってだけで貴族の責任を果たしてるわけでもない。そんなあなたに何かを言われる筋合いはないわね」
ふんっと鼻でも鳴らしそうな勢いである。
しかし彼女の言葉にユウリも「なるほど」と呟かずにはいられなかった。
相手は貴族の末子であるが、しかしその責任を果たす代行者ではない。
所詮は子息なのだ。
「やっば。フレアさんかっけぇ」
「……あんたは少し黙りなさい」
銀の少女は額に手を当てて、呆れたように言葉を呟く。
更には「どうしてこの男はおとなしくできないのよ」との追撃まで行う始末。
しかし、それもすぐ目の前のハザールへと視線が向いた。
「とにかく。そんな理由じゃ革命会に手を貸すことはできないわ。何より、貴族や平民との距離感なんて私は欠片も興味がわかないもの」
「……そうですか。それは残念だ」
銀の少女。その返答。
対するハザールは碧の瞳を俯かせて肩を竦めた。
そして。
「――どういうつもり?」
向けられたのは明確な敵意。
ハザールはその手に発光する光の球体を発現させる。
敵意を向けられた主、フレアはそれを冷ややかな視線で眺めた。
その目は尋ねる。
どういう意図か、と。
「君は強い。"加護持ち"だから当然とも言えますが。そんな存在をむざむざ放置することは私にできない」
「革命会のため?」
「それもありますが――これからの為です」
これから。その言葉にはどこまでの期間が含まれているのだろうか。
革命会のその後か。それとも学園生活全般か。
それとも今後の――。
「刀を抜いたわね。一歩でも動けば容赦はしない」
全てを無に帰す、業火の蒼炎。
ハザールの発光する球体すら的確に燃やし、廊下中を自身の蒼き炎で多い尽くす。
それほどの絶対的な力をフレアは解放した。
味方であるはずのユウリですら顔を引き攣らせることしかできない。
なんという魔力であろうか。
"五本指"と称される存在に、すぐさま位置付けられることも頷ける。
それだけの力が彼女にはある。
「――これは参りました」
周りを覆う蒼炎を見て、流石のハザールもここまでの絶対的な差を見せつけられては叶わなかった。
元々"五本指"序列第三位に任命されている彼女には勝てるはずもないと悟っていたのだろう。
魔力を解放した瞬間から、ハザールは自らの敗北を悟っては、敵意を消した。
同時、フレアの解放した蒼炎も消え去った。
まるで何もなかったかのように。
「――」
「何か言いたげね」
「これほどの力を、なぜ君が」
「さぁ。神様にでも聞いたら? 私はそんな存在、信じてないけど」
目の前のハザールを障害ともなんとも思っていない。そのような目を彼女はしている。
それもそうだろう。
"加護持ち"という絶対的な力は、並みの人間が手を出せるレベルではない。
それこそ歴戦の猛者を超える、人外の領域に片足を踏み出している者達でなければ太刀打ちできないものだ。
ここにいるハザールも、それこそユウリも感じている。
自らとを隔てる絶望的なまでの力の差を。
「――どちらにせよ、この場は引かせてもらいましょう。私と君達のどちらにもこれ以上の会話にメリットがあるとは思えない」
「そうしてくれると助かるわ。私も無駄な体力は使いたくないの」
冷たくそう言い切る。
使う魔術は蒼炎であるが、まるで氷の女王のようだとユウリは思った。
「ではまたいずれ会おう。"加護持ち"フレア殿」
「私は別に会いたくないけど。それじゃあね」
ハザールは持ち前の長髪を靡かせて踵を返す。
そのままユウリ達のもとから去るように、その背中を小さくしていった。
「あれが革命会ね」
「なんつーか。俺のことは眼中にない感じだったなぁ」
「あんたが平民だからじゃない?」
「それを言ったらフレアも」
「私はほら。"加護持ち"だから」
「納得いかねー」
思わず溜息を漏らす。
しかし理解はできる。
おそらくハザールにとっては"加護持ち"であるフレアが最優先するべき対象だったのだろう。
ユウリ・グラールはどうとでもなると思われたのかもしれない。
なるほど。
それならそれでいい、とユウリは思う。
「厄介ごとに巻き込まれたの、結局俺じゃない……」
先ほどのレオンの言葉を後で訂正させに行こうと、ユウリはこの時そう決めた。




