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ユウリ・グラールとフレア。
彼らが退室していった総会本部室では、四人の総会本部員が二人の背中を目で追っていた。
「――失礼します!」
「あら。おかえりなさい、レーナちゃん」
ガチャリ、と音を鳴らして。
一人の生徒が書類の山を持ったまま、肩で扉を開く。
金の色をしたツインテールの少女であった。瞳の色は貴族に多いとされる碧色である。
クリクリとした瞳は小動物を思わせるもので、可憐な容姿をしているがそれ以外では特に目立ったところは存在しない。
つまりは並み。美形の多い貴族の集団の中に入れば有象無象の存在だとすら言えるほど特徴のない少女だと言える。
しかし胸に見える赤い獅子の刺繍。
それが彼女を有象無象の者ではないことを物語らせるには十分な働きをしていた。
レーナ・マドンヌ。
先ほどまで席を外していた、学園総会本部員における最後の一人である。
「す、すいません! 思ったよりも書類の申請に手間取ってしまいました……」
「それはいいのよ。それより、さっきこの本部室から生徒が二人退室したんだけど、すれ違わなかったかしら?」
「え? あの、黒髪の男の子とすっごく綺麗な容姿をした女の子のことですか?」
「そう。その二人よ」
レーナの言葉に、セリーナが頷く。
ちなみにスイはどう反応していいかわからないような顔をしており、バンは興味がないとばかりに欠伸をしていた。
「あなたから見て、あの二人はどう映ったのかしら?」
「それは、どういう意味ですか……?」
「言葉が足らなかったわね。あなたはあの二人に何を感じたのかしら」
真っ直ぐな視線を飛ばす。
それを浴びて、レーナはセリーナの意図を察した。
レーナの能力、とも言えるべき才能。
それは他人の魔力や気配、その他の色々な情報を読み取って大まかな相手に対するイメージを固めるというもの。
今はそれを求められていると悟った理解したレーナは、自信なさげな声色ながらも口を開いた。
「えっと。銀色の女の子の方は、何か使命に燃えているような印象でした。とても、とても強い力を持っている。おそらくセリーナ総会長と同等のものです……」
「――嘘でしょう? いくら"加護持ち"といっても、会長と同等の者がいるなんてことが……」
言葉に、スイが驚愕の意を含めた視線を送った。
彼女からすれば、学園においてセリーナ・ルグエニアに匹敵するような生徒は、たった一人の異質を除けばいない。
しかし彼女の言を信じるのならば、フレアという少女はルグエニアが生んだ奇跡とされるセリーナ王女と同レベルの力を持っていることになる。
「なるほど。ニール・ワードを倒した実力というのは本物だということだね」
しかしその言葉を聞いた副総会長レスト・ヤードには驚くような素振りはなかった。
"五本指"である彼は同じ地位を手にしているニール・ワードという男の実力を知っている。それを破るとするなら、それこそセリーナに追随する力量を持っていなければ敵わない。
レーナから告げられた言葉は、むしろレストを納得させるものであった。
「じゃあ、次にユウリ君の方はどうかしら?」
「――」
フレアの話を聞き、やはりと頷きを一つ返したセリーナ。そしてすぐさまもう一人の少年、ユウリ・グラールについて尋ねた。
そう、尋ねたのだが。
「――わからない、です……」
告げられた言葉に、言葉を待つスイ、教室の端で壁にもたれかかるバン、椅子に腰かけようとするレスト、紅茶の入ったティーカップに手をかけたセリーナの四者の動きがピクリと止まった。
「わからない、というのはどういうことかしら」
「……あの人が、一体何を考えているのかがわからなかったんです。魔力の気配がほとんどなかったことから、噂は本当みたいですけど」
自信のなさそうに俯き、ボソリと答える。
今まで彼女は一目見ただけで、その人物の特徴を大まかに理解できていた。
魔力や立ち振る舞い、そして気配と雰囲気。
これに独自の感性を加えた彼女の目は、あらゆる人物のイメージを捉えている。
そんな彼女が、ユウリ・グラールに関してはわからないと言った。
「レーナちゃん。全くわからない、ということで把握しても大丈夫かしら?」
「全く、というわけではないです。ほんの少しですけど、掴めたイメージはありました」
「それは、どのような感じだった?」
「――あの人の中はほとんど空っぽ、です」
空っぽ。
その言葉にその場の全員が視線を細めた。
「微かな光で空っぽの中身を埋めようとしてる、そんなイメージが……浮かびます」
「なるほど。それだけでは彼が何を考えているのかはわからないけれど、参考にはなったわ」
思案するようなセリーナの表情。
空っぽというのは果たしてどういう意味合いなのか。それをセリーナが理解することはまだできない。
しかし一筋縄の、一年生の生徒でないことは確かなことだと言える。
「――ユウリ・グラール」
「あら、スイちゃん。彼が気になるのかしら?」
「話を聞けばバンとも互角に渡り合ったみたいなので、少し」
「別に互角じゃねェよ。あのままやってたら俺が勝ってた」
「さて、どうでしょうか」
バンの抗議を、しかしスイは流した。
この場合どちらが強いかという点にも気にはなるが、それ以上に自分達"五本指"候補者に匹敵する実力者が一年生から出たというところが問題である。
"加護持ち"ならいざ知らず、ただの一介の一年生が相手となると気にもなるもの。
しかし今は考えても仕方のないことなのかもしれない。
「どちらにせよ、今はまだおとなしくしておきましょう。それ以上に、ハザール君の動向の方が気になるしね」
「確かに。彼が何をしてくるかは僕にもわからない」
「ケッ」
総会長と副総会長がそう言葉にしたなら、スイから反論するようなことはしなかった。
レーナもそれに肯定するように、気弱にだが頷いている。
問題児たるバン・ノートだけが気に入らないような態度を取っているが、そこはスイも慣れたもの。さらりと流した。
「これからおそらくハザール君達の行動が目立ってくるはずよ。各自、気を抜かないように注意するように」
★
「――それで総会本部室に……」
「二人とも大変だったね。フレアさんが連れて行かれた時は何事かと思ったけど、まさかユウリ君も一緒だったなんて」
総会の根城である本部室から帰還したユウリとフレアは、ユウリの強い進言により食堂へと赴くことになった。
そこで出会ったのがレオンとステラの二人である。
特にフレアの方はスイ・キアルカから総会本部室まで連れて行かれる間際までこの二人と行動を共にしていたらしい。
「ほんとだよ――んぐっ。腹減ってたってところで捕まるなんて――もぐっ。思ってもみなかった――ごくっ。おかげで疲れて食欲失せたってーの」
「ユウリ君。そんなにバカ食いしてたら説得力が全然ないんだけど」
「腹が減っては戦ができぬってね」
「今から何と戦うの?」
次から次へと料理に手をつけていくユウリの姿に、三者はそれぞれなんとも言えない顔をしている。
つい先ほど総会本部員の一人に襲われたばかりだと聞くのだが、彼にとってはそのようなものは些事なのだろう。
「しかし兄上の起こした事件の解決がこんな形になるなんてな」
「"五本指"の序列って、聞くところによると成績云々よりも単純な実力が加味されるわけか。フレアも面倒な奴倒しちゃったもんだよ」
「別に後悔はしてないわよ。降りかかる火の粉を払っただけ――まあ、面倒だとは思うけどね」
「あのニールさんをそんな風に言えるのって、多分フレアさんくらいだと思うけど……」
それぞれがそれぞれの面でフレアを見やる。
"五本指"という称号を受け賜ることはルグエニア学園においては最高位の名誉を手にすることを意味するのだが、ここにいる全員は彼女がそれを望んでいないことを知っている。
ましてやこのような面倒ごとを避けたがる性分だ。ユウリは少しだけ彼女の境遇に同情したのだが。
「――なに他人事のような顔をしてるのよ。あんたも巻き込まれた当事者っていうの、忘れたわけじゃないでしょうね?」
「あ、これ俺も巻き込まれてるのね」
「当然でしょ。しかも総会本部員と戦闘行為に及んだなんて、私よりも目をつけられてるんじゃないの?」
「あれは向こうが襲ってきたんだ。俺のせいじゃないっての」
ユウリは襲われただけである。それに対して抵抗しただけなのに、その言われようはあんまりではないかと思った。
「――しかし。総会からの警告、僕はそちらの方が気になるが」
「確か、反学園総会側だっけ?」
「そいや、そんなこと言われたっけか」
反学園総会側という単語にユウリはピクリと眉を動かした。
総会本部室にて警告を二人は受けたのだが、高い確率でそれらがユウリ達と接触してくる可能性があるらしい。
「反学園総会側、というものには聞き覚えがある。学園では別の呼称があるらしいがな」
「別の呼称?」
「――革命会。彼らはそう名乗っているらしい」
革命会。
いかにも今の学園総会に対する敵意を感じさせる名前である。
「ふぅん。でも、レオンはよく知ってるね」
「僕も曲がりなりにも名持ちの貴族だ。これくらいの情報は自然と入ってくる」
さらりと言ってのけるレオン。
ふと見ると、隣のステラも軽くながら頷いていた。
貴族と平民の距離が近いとされるこの学園でも、やはり基盤となる関係が自分達とは違うということか。
「革命会は二年生のハザール・グランブルというグランブル家の子息が中心となる組織だ。通常、来年の総会長は総会の本部員が引き継いでなるものだが、彼はその座に就こうとしていると聞く」
「なるほど。しっかしその話が本当だとするなら、あのバン・ノートも総会長の候補に挙がってることになるのか……」
言って、少しばかりげんなりした。
あの問題児が総会長。言葉にするのも身震いがするほど違和感がある。
それだけ総会長という座に似合わない男だと思わざるを得ないことをされたのだから、当然とも言えるのだが。
「んで、その革命会とやらが俺達――特にフレアに接触してくる可能性があるってことですね」
「そういうことになるだろう。だからフレアは特に、気をつけた方がいい」
「あれ、俺は?」
「君の場合は気をつけようが気をつけなかろうが厄介ごとに巻き込まれるだろう。そんな予感がする」
「ふふん。ならその予感ってやつを外してやるよ」
握り拳を作り、そう息巻く。
レオンのその失敬な考えを正すには、それこそ結果を見せつけなければならない。
数日間は絶対に面倒ごとには巻き込まれない、とユウリはこの時そう決めた。
★
結果から言おう。
不可能であった。
「――君がフレア、"加護持ち"か」
銀の長髪を携えた貴族の少年。
切れ目の碧眼からはこちらを観察するかのような意図を感じさせる。
レオン、ステラの二人と別れて一分と経っていない短期間。
そこでユウリはフレアと共に――。
「私の名はハザール・グランブル。革命会についての話を君達にしたいのだけど、時間はあるだろうか」
面倒ごとに巻き込まれそうな、そんな予感を感じていた。




